第15話 日本の科学技術はどうして遅れているか

文字数 2,616文字

(日本人の給与があがらない原因と日本の科学技術が遅れている原因は、マーケットの欠如というコインの表裏の関係にあります)

1)日本の科学技術の没落

国際的に見た日本の科学技術の遅れは、もはや明確です。

論文の数、大学のランキングといった指標は、長期的に没落しています。

指標の客観性は、限定的で万能であると考えるべきではありませんが、多くの指標が揃って、没落傾向を示していることは、実力の没落が止まらないと判断せざるをえません。

ところで、現在行われている対策は、問題のある所に予算をつける方法です。

過去30年間、「変わらない日本」が続いていました。

そして、「問題のある所に予算をつける方法」が繰り返されてきました。

つまり、この方法には、効果があるというエビデンスはありません。

また、倫理的にも、焼け太りと呼ばれる不公平なルールです。

焼け太りというのは、問題を起こすと予算が増えることを指します。

予算内で、効率よく成果をあげ、あるいは、効率をあげて、予算を節約すると、次年度の予算が削減されます。

つまり、「問題のある所に予算をつける方法」は、非効率を推奨することになります。

そして、この方法の最大の課題は、ヒストリーの再構築をしないため、問題点が継続的に温存される点にあります。

2)DXの遅れを考える

科学技術の遅れを前提として論じるのは容易ではないので、ここでも、簡単な例をヒントに問題を考えてみます。

日本の企業のDXの遅れは、明らかです。

DXについても、「問題のある所に予算をつける方法」が行われています。

2022/03/25のNewsweekで、加谷珪一氏は日本のDX投資額が際立って低く、伸びていないことを示しています。

前節と同じように、企業と個人のスケールで、DX投資を考えてみます。

企業が、DX投資をしないのは、経営に経済合理性がないためです。

経済合理性は、例えば、現状維持のプランA以外に、プランB、プランCを考えて、パフォーマンスがベストと予想されるプランを採択することで、実現されます。
ここには、ビジョンの比較が含まれています。つまり、ビジョナリストでないと経済合理性のある経営判断はできません。

ヒストリアンのCEOは、経済合理性を無視して、ビジョンを排除して、今までのヒストリーの延長線で、経営を考えます。

クリスチャンセン博士は、現状を延長するヒストリアンの経営政策を、イノベーションのジレンマと呼びましたが、それほど高度な経営判断がなされなくとも、CEOがヒストリアンであれば、ビジョンを立てないヒストリアンの経営が行われます。簡単に言えば、過去の成功体験を繰り返す経営です。

経済学は、経済合理性は、マーケットを通じて実現される最適化のメカニズムだと考えます。プランA、プランB、プランCは、市場で取引されている訳ではありませんが、疑似的には、CEOが、市場をイメージした経営判断をしているとみなすこともできます。

労働者の個人のレベルでこの問題を考えます。現状のプランAでは、特に新しい技術は不要です。プランB、プランCを実施するには、DXのような新しい技術が必要であると仮定します。

こうした新しい技術が売れるのであれば、時間と労力をかけて技術習得するモチベーションがあります。日本は、ジョブマーケットがありませんので、こうした新しい技術は売れません。しかし、年功型雇用を採用していない日本以外の国には、ジョブマーケットがありますので、ジョブマーケットを通じて、DXが進みます。

新しい技術を持った労働者は、労働生産性をあげますから、高い賃金を支払う価値があります。経営者が、新しい技術を持った労働者を低い賃金で処遇すれば、労働者は、引き抜かれて、いなくなります。つまり、ヒストリアンの経営者のいる企業は、新しい技術を持った労働者不足で淘汰されます。

海外で起こっているDXは、次のようなサイクルを形成していると思われます。

労働生産性をあげるプランBの採択ー>プランBを実現できる技術を持った労働者の高い給与での募集ー>労働者の再学習と技術習得ー>大学等の再教育カリキュラムの充実ー>大学の科学技術のレベルアップ

これらは、ジョブマーケットを通じて、連携して、技術革新を進めます。

年功型雇用でも、技術を評価して給与に反映させる成果主義を導入すればよいと考える人も多いかもしれません。しかし、それは、戯言です。社会主義政権下では、物の生産量と労働者の賃金を必要に応じて最適に設定する社会主義経済が可能であると主張されていました。しかし、社会主義が崩壊したあとで、政権担当者の残した記録をみれば、物の生産量と労働者の賃金を必要に応じて最適に設定する手法はなく、思い付きで設定されていたようです。

技術の評価は、将来何が使えるかで異なります。つまり、株価評価のような側面を持っています。その場合の評価は、マーケットに任せるしか方法がありません。

公共経済学では、いくつかの条件がある場合には、マーケットの失敗がおこるので、政府の介入が望ましいと考えます。しかし、その範囲は限定的です。少し前までは、宇宙開発は、マーケットがないので、政府主導で行うべきと考えられていましたが、現在では、宇宙開発の中心は、民間企業です。日本は、政府中心で、民間企業を育てなかったために、ロケットの発射本数でみると、宇宙開発から、ドロップアウトしています。

技術革新は、技術が、企業利益や、労働者の所得、大学の経営にプラスになるようなマーケットの作成が基本です。

技術開発やDXに補助金を付けても、効果があるというエビデンスはありません。

最悪の場合には、宇宙開発と同じように、健全なマーケットの成立を阻害する政府の失敗を引き起こします。

過去30年間に、補助金を投入しても、効果の見られなかった分野では、政府の失敗が起こった可能性が高いです。

そして、「変わらない日本」が、蔓延していますから、補助金による政府の失敗が蔓延していても、不思議ではありません。

ジョブマーケット問題を無視して、「変わらない日本」を変えることは不可能だと考えます。


日本「賃金停滞」の根深い原因をはっきり示す4つのグラフ 2022/03/25 Newsweek 加谷珪一
https://www.newsweekjapan.jp/stories/business/2022/03/4-166.php

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み