第35話 ラッセルの七面鳥の定理

文字数 2,461文字

(帰納法の問題点を指摘します)


「ヒストリアンとビジョナリスト」というタイトルは、ヒストリアンでは、問題解決ができないという主張です。

一般に、科学は、帰納と演繹によって、仮説を検証すると考えられています。そして、最初のステップは、過去のデータを集めて、帰納によって法則を発見することであると思っている人も多いです。

ヒストリアンの思考形態は、帰納法が実用になるという前提です。

(1)正しい解決方法(正解)が存在する。
(2)過去の類似ケースを集める帰納法で、正解に到達できる。

帰納法が正しい結論を導かないことを、ラッセルは明示しています。

1)ラッセルの七面鳥の定理

ウィキペディアには次の様に書いてあります。

ある七面鳥が毎日9時に餌を与えられていた。それは、あたたかな日にも寒い日にも雨の日にも晴れの日にも9時であることが観察された。そこでこの七面鳥はついにそれを一般化し、餌は9時になると出てくるという法則を確立した。
そして、クリスマスの前日、9時が近くなった時、七面鳥は餌が出てくると思い喜んだが、餌を与えられることはなく、かわりに首を切られてしまった。

これに対するウィキペディアのコメントは「特によくあるのは、早すぎる一般化である」となっています。

つまり、コメントを書いた人は、データを積み上げれば、問題のない一般化が可能であるという視点です。

しかし、この場合、いくらデータを積み上げても、永久に、一般化はできません。その理由が、わかりますか。

もしも、わからないようであれば、読者は、ヒストリアンに洗脳されています。

「餌は9時になると出てくるという法則」は、七面鳥の飼い主が作ったルールです。人間がつくったもの(人工物)を筆者はオブジェクト・アーティフィッシャルと呼んでいますが、人工物のデータからは、帰納で法則はつくれません。それは、七面鳥の飼い主は、いつでも新しいルールをつくることができるからです。そして、ここでは、飼い主は、「9時に首を切る」という新しいルールを作った訳です。

もう一つの解釈では、「餌は9時になると出てくるという法則」は、定常過程を前提とした法則です。実際には、遷移過程などの非定常過程であった場合には、法則は成立しません。七面鳥の場合には、「餌は9時になると出てくるという法則」は、クリスマスまでの日数に依存した非定常過程であったか、七面鳥の体重に依存した非定常過程であったと思われます。

まず、帰納法では、正しい結論が得られないことを、「ラッセルの七面鳥の定理」と呼ぶことにします。

2)ラッセルの七面鳥の補助定理

上記の考察から、次のレンマ(補助定理)が導けます。

人工物のレンマ(ラッセルの七面鳥の定理):

 人工物に帰納法を適用すると、正しい結論が得られません。

遷移過程のレンマ(ラッセルの七面鳥の定理):

 遷移過程に帰納法を適用すると、正しい結論が得られません。

人工物の補助定理では、飼い主が、「餌を9時に出す」ルールを作っています。

餌を食べる時間のルールは人工物です。人工的なルール(ソフトウェア)だけでなく、ハードウェアでも、同じような帰納法のエラーが、発生します。

例えば、自動車の車幅の最大値は、道路の幅を考えてきまっています。この値は、自然法則できまっていません。自動車を1000台集めて、幅を測れば、帰納的に法則を導き出すことができます。

しかし、この法則は、人工物のレンマによって、怪しいことがわかります。

3)展開

他にも、調べれば、レンマはできそうです。

統計的因果律では、ランダム化試験ができない場合でも、バイアスが大きくならない条件を調べて、利用します。

レンマの考え方も、これに似ています。帰納法を用いる場合のバイアスが大きくなりそうな条件を事前に調べて、回避することで、エラーの起こるリスクを下げることができます。


トマ・ピケティは、『21世紀の資本』で「資本主義の富の不均衡は放置しておいても解決できずに格差は広がる。格差の解消のために、なんらかの干渉を必要とする」といいます。

ピケティは、18世紀まで遡って「r」(資本収益率)と「g」(経済成長率)のデータを分析した結果、「r」の資本収益率が年に5%程度、「g」は1~2%程度なので、「r>g」という不等式が成り立つといいます。

ここで、ピケティは、帰納法を使っています。対象は、18世紀以降の経済です。経済制度は人間が設計しています。つまり、人間の作った経済制度の結果として、「r>g」になっている訳ですから、「r>g」にならないように、制度設計を変更すべきだという結論になります。

経済制度は、1枚の設計図でできている訳ではありません。複数の経済制度が、合成して、現実の経済が回っています。その性質は、帰納法で調べられますが、帰納法で得られた結論が物理法則のように、普遍の法則ではないわけです。

人工物のレンマが主張することは、帰納法が無効だというのではなく、普遍法則を得る手段ではないということです。

自動車を設計図に従って製造した後で、ブレーキの効きを調べることがあります。ブレーキの性能が足りなければ、設計を変更すれば良い訳です。

ピケティの帰納法の利用法はこれと同じです。

なお、新しいブレーキを設計するときに、古い車のデータを活用することもできますが、必須ではありません。ゼロから設計図をひくことも出来ます。

「r>g」であるという知識は、興味深いですが、「r>g」でない制度をつくるために、必須の条件ではありません。例えば、デジタル経済においても、「r>g」である可能性は高いと思いますが、未だ、帰納法で検証はされていません。しかし、デジタル経済に、「r>g」でない制度を作りこむためには、その検証は必須ではありません。

つまり、ビジョンは、ヒストリーに勝るのです。

引用文献

帰納 ウィキベテア
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B8%B0%E7%B4%8D
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み