第6話 カーネマンの二重過程理論

文字数 2,234文字

(カーネマンの二重過程理論を考察します)

カーネマンは、「ファストアンドスロー」で、思考形態をシステム1とシステム2に分ける二重過程理論(Dual process theory)を提示しています。人間の脳の思考を、処理が速い「システム1」と、処理の遅い「システム2」の2つのモードに分けています。

思考形態を2分類する理論は、カーネマン以前にも、多数あります。

カーネマンの2つのシステムの理解にもいろいろな解釈があり、解釈は混乱しています。

筆者は、次の様に解釈しています。

(1)システム2は、時間とエネルギーを膨大に消費します。このため、全ての思考を、システム2で処理することは不可能です。

(2)狩猟生活をしていた時代の人類は、判断の遅れは食料の獲得を逃すので、速い判断ができるシステム1を中心に進化してきたと考えられます。

(3)システム1の中心は、過去の手順を繰り返すヒューリスティックです。過去の経験を、焼きうつして行動します。狩猟の場合には、ヒューリスティックの採用の正否は、獲物の量で短時間に判定でき、フィードバックしてヒューリスティックに基づく意思決定が修正されます。農業生産でも、農事暦のようにヒューリスティックが採用されますが、タイムラグが大きいため、最終的な収量の変動原因がわからず、フィードバックによるヒューリスティックの修正は、困難になります。現在のビジネス組織でも、OJTのようなヒューリスティックが採用されていますが、意思決定をフィードバックして修正するのは、更に困難になり、同じ間違いが繰り返されることも稀ではありません。

(4)システム1とシステム2の双方のスイッチがONの状態では、システム1が優先的に使われ、システム2は作動しません。システム2は、システム1のスイッチをOFFにしないと作動しません。

この中で問題は、(4)です。

二重過程理論を、1桁+1桁の足し算は、システム1,2桁x2桁の掛け算は、システム2のように説明してある例も多いです。この説明では、システム1とシステム2の双方のスイッチがONの状態で、1桁+1桁の足し算は、システム1、2桁x2桁の掛け算は、システム2に、自動的に割り振られることになります。

つまり、課題の難易度を基準に、課題は、システム1とシステム2に適切に割り振られると考える説明です。この説明で良ければ、(4)を考える必要はありません。

しかし、自動的な割り振りが機能しないので、(4)を考えるべき場面も多いと思います。

1)囲碁

囲碁には、定石があります。定石は、昔から伝えられてきた部分的に正しい打ち方のことです。初心者は、まず、定石を覚えて使います。定石は、ヒューリスティックに従い、システム1を使う方法です。

上級者(有段者、高段者)になると手の意味をしっかり考えて定石ではない手も打ちます。

これは、システム2に相当します。

まとめると、

入門者:システム1(定石)
上級者:システム2

となります。

上級者が、着手の意味をしっかり考えた結果の手が、定石になることもありますが、これは、システム2を使っています。

2)試験勉強

3日後に、期末試験がある場合、数学で、問題の意味を理解して、納得するまで勉強することは不可能です。その方法では、タイムアウトになって、試験の準備が完了しません。

こうした場合には、公式を暗記して、問題が出た時に、どれかの公式に当てはめて、解答を作ります。

つまり、時間のかかるシステム2を諦めて、システム1で、試験対策を行います。


3)まとめ

以上のように、本来は、システム2で対応すべき問題を、時間と労力を節約して、システム1で対応することが多く行われます。

囲碁では、初心者を卒業した段階で、定石のシステム1を封鎖して、システム2を使うようにしないと、上達しません。

数学も、システム1に頼っていると理解が進みません。試験では、カンニングが問題になることがありますが、それは試験で、システム1を評価するからです。試験で、システム2を評価するのであれば、カンニングは発生しません。これは、辞書も、公式集も、電卓も持ち込みできる試験になります。


システム1で、ヒューリスティックにより過去の手順を繰り返す方法では、正否が直ぐにわからない場合には、手順は修正されません。


定石は、部分的に正しい打ち方にすぎませんが、初心者は、定石の間違いを修正できません。 上級者になって、システム2を使うようになって初めて、定石から抜け出せます。

ヒューリスティックは、ヒストリーに基づきます。

つまり、

システム1=>ヒューリスティックで処理が速い=>ヒストリー=>ヒストリアン

の対応があります。

ここで、システム2の思考処理は、ヒストリーから、独立しているので、結果をビジョンと呼ぶことにします。

そうすると、

システム2=>処理が遅い=>ビジョン=>ビジョナリスト

の対応が考えられます。

これは、囲碁の上級者を考えれば納得できます。上級者は、可能性のある手を数手先まで予測して、その手の中から、ベストと思われる手を抽出します。これは、時間とエネルギーを消耗するシステム2そのものです。


ビジョンは、上級者にならないと作ることが難しそうです。
囲碁に見るように上級者になるには、トレーニングが必要です。

次回は、この辺りの検討を進めます。

引用文献

カーネマン ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか? 早川(2014)

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