第24話 ビジョンとビジョンもどき

文字数 2,781文字

(問題解決を目指さないビジョンもどきと問題解決を目指すビジョンは、区別されるべきです)


「ヒストリー対ビジョン」というフレームで、物事を整理する場合に、注意すべき点があります。それは、問題解決を目指さないアイデアにビジョンという名前をつける事例があることです。


ここで、ビジョンを振り返ってみます。ビジョンは、問題解決のための展望であり、ビジョンに従って、手順を組み立てていけば、問題が解決できると思われるアイデアです。

もちろん、実施段階で、ビジョンが予想通りに展開せずに、問題解決ができない場合もあります。

それでも、ヒストリーを繰り返すよりは、ビジョンの方が、問題解決に至る確率が高いと考えられます。

本来、ビジョンは、問題のあるところに存在する性質のものですが、全く異質なものを、ビジョンと呼んでいる例もあります。

国土利用計画のサブセットとして、都市計画区域マスタープラン(正式には、「都市計画区域の整備、開発及び保全の方針」)を定めるルールになっています。

これはマスタープランであって、ビジョンではありません。ビジョンは、問題を特定して、その解決方法を提示します。ビジョンのサブセットとして、ロードマップが描かれ、ロードマップが個別に実施されることで、問題が解決されます。

都市計画区域マスタープランは大切です。しかし、そこで、ビジョンという単語を乱用することは望ましくないと考えます。

都市計画法では、自治体に都市計画のビジョンを作ることを求めていて、コンサルタントが仕事を請け負って、「ビジョン」という表紙のついたレポートを作成します。

こうした、「ビジョン」と書かれたレポートを見慣れていると、これがビジョンだと思っている人が多いと思いますが、これは、ビジョンもどきであって、ビジョンではないと思います。ビジョンもどきのつくり方は以下です。

(1)過去の計画、マスタープランの歴史を取りまとめる。
(2)住民アンケートを行い、要望を吸い上げる。
(3)過去の計画を一部修正して、新しいマスタープランに、ビジョンと名前をつける

これは、ビジョンの歴史を調べて、その延長線を引く、フォーキャスト作業であり、ヒストリアンの手法です。つまり、ビジョナリストの手法ではありません。


たとえば、高齢化で自動車の運転が出来ない人がいます。田舎では、公共交通は少なく、運転ができないと、移動ができなくなります。

高齢者の移動手段を確保することが問題であれば、それを解決するビジョンは、マスタープランの作成ではなく、自動運転の自動車を開発することです。

都市計画区域マスタープランの作成のガイドラインには、ビジョンという単語を使う指定はなさそうです。しかし、理想の将来の都市像をビジョンと呼んでいるマスタープランも多いようです。理想の将来の都市像には、実現のための手順が含まれませんので、問題解決を目指していません。都市計画区域マスタープランには、問題解決の手順を書くルールにはなっていませんので、そのこと自体に問題はありません。

しかし、多くの問題は、誰かがどこかで、問題解決に向けたビジョンを作って動き出さなければ、解決しません。

少子化の問題も、30年以上前から指摘されていましたが、結局、誰も、都市計画マスタープランに、ビジョンを描けず、動きだしていません。「変わらない日本」が実現しています。

都市計画マスタープランは、一つの例で、同じような意味で、ビジョンという単語を使っている例は多くあると思います。

しかし、「変わらない日本」から脱却するためには、ビジョンに真摯に向かうことが必要なので、できれば、問題解決をする本来のビジョンと、問題解決を目指さないビジョンもどきは区別すべきだと考えます。

例えば、本書の読者が、ビジョンの意味を、問題解決の手順を含まない望ましい将来像であると勘違いされると、ここで書いている論点は、全く理解できなくなります。
そうした事態は、出来れば、回避したいです。

フェースブックは、社名をメタに変え、メタバースを新しいターゲットにしました。
その結果、「メタバース」が、フェイスブックの新しいビジョンの名前であることは、広く知れ渡りました。

しかし、知れ渡ったのは、ビジョンの名前であって、ビジョンではありません。メタ―バーズのビジョンは、ザッカーバーグの頭の中にあります。ザッカーバーグ以外は誰も、その全容はわかりません。

ビジョンを推定するヒントはあります。なので、「メタバース」の3割くらいは、こんなものかと推定している人はいます。

ビジョンは、バックキャストして、ビジョンを実現するための手順を含みます。手順を伴わないものは、ビジョンではありません。

アップルが、アップルカーを作るという話は、以前からあります。ビジョンは、ティム・クックの頭の中にあります。おそらく、ティム・クックは、テスラより、競争優位なEVをつくることができるという明確なビジョンを探していると思われます。それが、明確なビジョンになった時点で、アップルカーがスタートすると思われます。

アップルは、アップルウォッチを作って売っています。ウェアラブル・コンピュータの時代が来るとは、10年以上前から言われていました。「ウェアラブル・コンピュータの時代が来る」というのは、ビジョンではありません。それは、どのようなエコシステムの製品にまとめれば、競争優位にたてられるかというビジョンがあって、初めて、市場のシェアをえることができます。

このように、ビジョンの名前と中身を区することは重要です。「ウェアラブル・コンピュータ」という名前を唱えても、問題は解決しません。アップル・ウォッチの成功は、iPhoneで構築したクラウドネットワークのエコシステムに大きく依存しています。スマホの無線システムなしには、アップル・ウォッチの機能は実現しません。「ウェアラブル・コンピュータ」を聞いたときに、それを実装するために、必要なエコシステムのビジョンを描いて、階段をのぼることができた企業だけが生き残ります。


ビジョンは、過去の歴史から作ることはできません。過去の歴史は、ヒントになることもありますが、ビジョン作成の阻害要因になることもあります。

コンピュータのシステムが、人間の作業を代替する時代は、10年前に終わっています。コンピュータは、新しいエコシステムで、そこに、人間や企業が移住する時代です。エコシステムが変わる場合には、ヒストリアンの手法は、ぼぼ、全滅します。

あまりに、この条件に当てはまる事例が多すぎて、列挙することもはばかられます。

現在は、ヒストリアンのつくったビジョンの歴史や、ビジョンの名前が氾濫して、本来、検討すべき、ビジョンがないがしろにされています。

この方向が行き詰まるのは、時間の問題です。

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