第18話 ヒストリーとビジョンの狭間

文字数 2,583文字

(ヒストリーとビジョンの間には、ビジョンの開始点の思いつきがある)

ここまで、ヒストリーとビジョンを既知の日常用語として扱ってきました。

ここでは、2つの違いを考えてみます。

ヒストリーは、過去に起こったファクトを記録したものです。

ビジョンは、過去の記録にはないものです。

1) ピアニストのビジョン

ピアニストを例に、ビジョンとは何かを考えています。

あるピアニストが、ベートーベンのピアノソナタを演奏する場合を考えます。

ベートーベンの楽譜はヒストリーです。

ピアニストの解釈がビジョンになります。

この他に、過去の演奏があります。これは、演奏した時点では、ビジョンですが、録音などによって、ヒストリーになっています。ビジョンは演奏と録音という行為によって、ファクトになります。

つまり、ヒストリーには、もともとのファクトのヒストリーとビジョンがファクトになったヒストリーがあります。

この表記は、ややこしいので、「ヒストリーには、ファクトのヒストリーとビジョンのヒストリーがある」と記載することにします。

ヒストリーになっていないビジョンは、something newです。

ピアニストは、以下に優れていても過去のピアニストにビジョンをコピーすることは許されません。聴衆は、ピアニストにsomething newを求めます。

今まで、多数のピアニストがべートーベンのピアノソナタを演奏してきました。ちょっと考えると、ビジョンのヒストリーに新しいビジョンを付け加えることは困難です。しかし、そのハードルを乗り越えなければ、プロのピアニストとしては、認められません。

しかも、something newだけはダメで、演奏は聴衆に感動を与えなければなりません。

新しいビジョンは、「something new+感動・納得」(=価値あるsomething new)が必要です。

これは、ピアニストだけでなく、クリエイターと呼ばれる職業には、必須の条件です。

サービス経済の拡張に伴って、プログラマーなど多くの職業に、ビジョンが求められるようになりました。優れたクリエイターは、高い所得を得ることができますが、ヒストリアンや、出来の悪いクリエイターは、低い所得しか得ることができません。
いわゆる高度人材の多くは、クリエイターで、他の人の出来ないことをこなして、価値あるsomething newを作り出します。

2) 脱暗記教育とビジョン

2020年から、センター試験に代わり「大学入学共通テスト」が開始されています。

教育において、脱暗記が、求められています。

ハワード・ガードナーの多重知能理論(Theory of Multiple Intelligences)が、脱暗記に対応するという人もいます。

ここでは、ヒストリアン育成の教育(暗記教育)とビジョナリスト育成の教育を考えてみます。

つまり、教育の再編をヒストリアン対ビジョナリストの視点で解析してみます。

ヒストリアン育成の教育では、歴史を学習して暗記します。

俗に、暗記物と呼ばれる歴史のような教科は、単語やキーワードを覚えることから始まります。語学も、初歩の段階では、暗記が必須の条件です。

暗記物のバリエーションは、解釈の暗記とパターンの暗記です。

「鎖国の解除が日本に与えた影響について記せ」といった設問は、一見すると考える力を問うているように見えますが、判断材料となる資料が試験問題に添付されている訳ではありませんし、ゼロから考えて、解答時間内に、答えを出すことも不可能ですから、「鎖国の解除が日本に与えた影響」について、もっとも一般的な学説は何かを聞いているだけの暗記問題です。

同様に、暗記物ではないと言われる数学でも、実際には、解法のパターンを暗記しているかを、調べている例が多いです。

それでは、ビジョナリスト育成の教育も、どのような試験が可能でしょうか。

ピアニストの例をみれば、ビジョンの作成は、次の2つのステップからなります。

(1)something newを生み出す

(2)生みだされたsomething newを選抜、再構築して、価値あるビジョンを作り出す

この他に、前提としては、

(3)(楽譜をよめる、指が回るなどの)基本的なスキルが必須になります。

プロのピアニストであれば、過去の代表的な演奏の解釈は頭に入っていて、それに、該当しないsomething newを生み出す努力をします。しかし、学習段階にある人は、そこまでの基礎知識はないので、something newは、教科書にのっていない解釈のレベルに止まります。

このレベルのsomething newの9割以上は使い物になりませんが、この(1)のステップを通らないと、(2)のステップには進めません。


つまり、ビジョナリスト視点で考えれば、暗記はダメ、正解は1つでないという基準は甘く、ヒストリアンの視点に止まっているように思われます。

ハワード・ガードナーの理論は、ビジョンのヒストリーです。それを引用したいというのは、ビジョンのヒストリーを探せば正解があるというヒストリアンの視点です。
ビジョンには、もっともらしさや、説得力といった指標はありますが、正解はありません。評価は時間が経過しないと確定できません。

ビジョナリスト育成の教育では、評価は次のステップで行われるべきです。

(1)基本的なスキルの評価

(2)something newの評価

(3)something newの説得力の評価

つまり、(2)では、まったく、頓珍漢な答えでも、something newであれば、一旦は、そのレベルで評価することになります。

また、(3)の評価基準は、アートの評価手法で、ヒストリアンからみれば、極めて主観的になります。

ビジョナリストは、そのアートの評価手法を使うことで、初めてスタートできます。ビジョナリストにとって、アートの評価手法は、主観・客観性を越えた唯一の判断基準です。客観性がありうると考えるのは、ヒストリアンのバイアスです。

以上のように考えると、現在の脱暗記教育は、ヒストリアンに止まっているように見えます。

3)まとめ

ヒストリーとビジョンの間には、ビジョンの開始点の思いつきであるsomething newがあります。一旦は、これを認めないと、ビジョン作成の次のステップに進めません。
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