第35話 スクランブル

文字数 4,635文字

 ニシは巧なコントロールでゴツゴツした石が転がる林道を、羅道トラックの倍以上の速さで駆け下る。
 しかし、相手は上空を高速で飛ぶディアボロス、逃げ切れるものではない。
 荷台に乗るリオに向かって、サーベルの嘴や爪を伸ばしてくる。
 ドガガガッ、十分引き付けたところで短機関銃の引き金を絞るが、全速で林道を走るピックアップは激流に揉まれるように揺れて銃身が定まらない。
 それでも短機関銃の連射を生かして数発を当てる、8ミリ弾と違い45口径弾は当たればディアボロスにも確実にダメージを与える。
 走り出して15分の間に45口径弾30発とショットガンのバックショット4発を使って3鳥を仕留めた、最初にいた15鳥からピックアップを狙うディアボロスは5鳥にまで減っていた、残り7鳥は別の獲物を見つけたらしい。
 「リリィ姉、お願い!」
 激しく揺れる荷台からリオが、窓ガラスを取り払ったリアガラスから残弾を打ち尽くしたM870散弾銃を運転席に差し出す。
 間髪をいれず装弾された短機関銃をリリィがリオに渡す、そして再びM870に装填する、連続で発射された銃身は火傷するほどに熱くなっているはずなのにリリィは眉ひとつ動かすことはない。
 シートベルトをしていても、身体が小さく体重も軽いリリィは、突き上げるマグニチュード7の激震が襲う助手席で転げまわるように揺すられ、その度に天井やサイドガラスに打ち付けられている。
 ニシが見かねてリリィに叫ぶ。
 「おいっ、前を向いて踏ん張っていろ、危ない」
 「だめだ!お嬢様に渡すタイミングを逃すわけにはいかぬ!」
 不安定な体制で荷台のリオばかりを気にしている。
 「渡す前に怪我するっ!」
 「主君のために負う怪我なぞ武士の誉ぞ!」
 「まったくこの頑固者、島津の侍ってのは!」
 「!?」
 ドゴォッ、リオの放ったバックショット弾が4匹目のディアボロスを屠る。
 少し長い下りの直線道路、正面の林は抜けて見通しが良い、アクセルを開けるピックアップトラックを挟みこむように前後からディアボロスが飛翔してくる。
 相対速度は200キロメートルを超えるチキンレース。
 「やばい、挟まれるぞ、ニシ!!」
 後ろにいるディアボロスの方が距離を詰めて、爪を伸ばしてくる。
 「お嬢、伏せろ」
 足を広げて荷台を抑えたまま前屈姿勢で荷台に顔をつける。
 「せーのっ!!」
 ニシはアクセルを抜いてサイドブレーキ、急制動をかける。
 ズシャアアーッ、横滑りを始めようとする車体をねじ伏せて直進を保つ。
 ディアボロスは目の前で獲物を捕らえたと思った瞬間、伸ばした爪は空を切り、目の前には仲間が迫っていた、低空での制御は効かずピックアップトラックの前で200キロメートルの運動エネルギーが空中衝突する。
 バシャアァーン、激しい衝突音とともに絡まったまま谷に向かって落ちていく。
 「みんな無事か!?」
 「やったわね、ニシ」
 リオは荷台で伏せていた上半身を起こす。
 「見事じゃ」
 リリィの額から血が流れている。
 「!大丈夫か、血が出ているぞ」
 「心配ない、それよりあと少しじゃ、気張っていけ」
 「応っ!」
 ニシは再びピックアップトラックに鞭を入れる。

 生きて工場から出発した20人の半数がディアボロスによる高空落下刑に処され、この刑罰を科されて生き残った者は当然いない。
 生き残ったハンたちと羅道10人は運河施設の目的地、小型ボートが収納されているハンガーのシャッターを開けて我先に船外機のエンジンを始動させて乗り込む。
 小型ボートには12.7ミリ重機関銃が装備されている、戦闘機の武装とほぼ同様の火力が羅道の闘争心と復讐心を煽る。
 ハンが搭乗したのはリアに巨大な扇風機がついたボート、ホバークラフトだ。
 ホバークラフトは破壊された運河閘門を進むことができる、さらに上流部の凍結した激流をも進むことも可能だ。
 ハンが小型ボートに檄を飛ばす。
 「もう、容赦することはないぞ、クソ鳥どもを1匹残らず撃ち落としてやれ!!」
 「おおうっ、やってやるぜ」
 重機関銃を得て気が大きくなった男たちは疑いもせずダム湖方面に時速40ノットを誇る高速ボートで一気に飛び出していく。
 処刑場となった運河施設前で死刑囚を啄んでいたディアボロスに向けて12.7ミリ重機関銃3台が一斉に火を噴く。
 ドドドドドッ、重く低い連続発射音を伴って1分間に400発以上を撃ち出す、地上にいたディアボロスたちは2次元の水平射撃であることもあり7鳥のうち2鳥がハチの巣となり吹っ飛び即死した。
 「どうだっ、ざまぁみやがれ!!」
 「ブッ殺してやるぜ!!」
 
 ダム湖内水面にはバナマ運河襲撃事件以降、ディアボロスの出現を警戒して陸軍内水面警備隊の小型戦闘艦が対空目的で配置されているがバナマ運河までは出撃しない。
 しかし、ダム湖内面方向より空冷多気筒エンジンの咆哮が近づいてくる。
 上空2000メートルから。

 リーペン共和国・セントラル・コースト地区サン・ベニート郡・陸軍航空隊R293基地。
 「指令、ヴォルデマール指令!」
 「お嬢の秘匿通信です!」
 「きたか!!」
 管制塔の通信員が機器の調整をしながら無線に呼びかけている。
 「聞こえますか、こちらR293コントロール、オスカー2きこえますか?」
 「ザザ……」
 「お嬢、リリィ曹長、聞こえますか?」
 「ザ……わたし……オックス……ザザ」
 「オックス、お嬢たちと出撃したオックス・デルナシエか」
「聞こえるか、オックス、聞こえるか」

 ビィーッ、ビィーッ、第1小隊ハンガーにスクランブルの発令音が響く。
 待機所より飛行服装備のパイロットたちが駐機してある1式戦に向かって走る。
 「一式戦発進プロトコル開始!」
 「プロペラピッチ最大角44度、ミクスチャコントロール全開」
 「燃料ポンプ開け、加圧3.5キログラム正常」
 「フライホイール回せー!」
 整備員が手動でプロペラを回す。
 「点火!」
 ドルッ、ドルルッ、ドオォォォォ、星型14気筒が目覚める。
 「オスカー3、準備完了!」
 「オスカー4、同上―!」
 「オスカー5、同上―!」
 「全機準備よーし、離陸滑走始―め!」
 ゴオォォォォォー、西の空に日が隠れ始めたラライ山脈に向かって第1小隊の1式戦3機が全速で出撃していった。
 ハンガーでは整備員たちが更なる準備を始める。
 「夜間着陸になるぞ、滑走路の灯かりを準備するぞ」
 「救難ヘリ部隊も出動準備、連絡あるまで待機せよ!」

 無事にエゾとオックスたちは山脈を迂回して4WDを駐機した場所までたどり着いていた、バッテリーは切れていたが坂道を利用して、押かけスタートすると秘匿無線でR293基地を呼び出しながら街まで降りてきたのだ。
 「聞こえますか?R293基地、私はオックス・デルナシエ、O・B・S、O・B・S!目標はノルマン自治区、目標はノルマン自治区!」
 「R293コンロールよりO・B・S、感あり、無事か!?」
 「はい、私と現地協力者3名でラライ山脈西林道を南下下山中で無事ですが、子供1名が負傷の可能性があるため救急車を要請します」
 「了解した、こちらで手配する、お嬢、いやリオ曹長たちの状況は分かるか」
 マイクをエゾに代わる。
 「私は現地協力者のエゾというものだ、彼らはマフィアが200人いる工場に潜入した、こちらが山脈西側のルートで脱出しているときに爆発音と煙が見えた、彼らは戦っているに違いない」
 「エゾ……ひょっとしてナジリス戦役で勲章を取ったエゾ・ヤマモト軍曹か!?」
 「知っているのか」
 「私も従軍していた、あなたに助けられた1人だ」
 「そうか、だが今はリオさんたちの手助けをたのむ、どういうわけか分からんが魔の黒鳥ディアボロスがノルマンに集まっているようだ、おかげで我々の道中では襲撃を受けなかった」
 「ああ、もちろんだ、出撃準備は完了している」
 「もうすぐ日が暮れるが戦闘機は飛べるか?」
 「精鋭を揃えている、大丈夫だ」
 「たのんだぞ!」

 最後の難関、大岩の仮道路部分はリオたちが乗る小さなピックアップトラックには幅が十分であったためスムーズに通り抜けられたが上空にはまだ、しつこく1鳥が喰いついていた。
 「お嬢様!短機関銃はこれで最後です」
 「了解、M870も残りスラッグ弾4発だけよ!」
 「見えたぞ、運河だ!」
 ローズが命を散らした場所、再び帰ってきた。
 「あれは、なに!?」
 地面が赤く染まっている、血の匂いがする。
 林道からコンクリートの運河施設の広場に飛び出すと、一面が血の華だ。
 「これは、なんなんのだっ!!」
 ばらばらに散らかされた人だったと思われる一部は内臓も四肢もごちゃ混ぜになって散乱している、まるで空から垂直に機銃掃射を受けたようだ。
 よく見ると上半身だけ、下半身だけといった死体もある。
 さすがに3人も顔を覆いたくなる惨状に思考が追いつかない。
 ニシは上空が遮蔽できる場所を探すと、運河上流へ向かう魚道脇の管理道を見つける、上空は木々でトンネルになっている。
 「あそこだ!」
 ドタッタツタッタッ、湖上で3隻の小型ボートが上空を飛翔するダィアボロス5鳥にむけて機銃を撃っているが、先ほどの不意をついた静止目標の水平射撃と違い、動目標の立体射撃ではそうは当たらない。
 無駄に弾が消費されていく。
 赤華を避けてPUトラックを走らせる、しつこかった1鳥も赤華に向かって降りていく。
 ザザーッキィー、トンネルの入り口でようやく車を止める。
 リオが素早くロープを潜りトラックからM870を片手に飛び降りる。
 「ひどいドライブだったわ、お尻が割れちゃうじゃない」
 冗談を言う余裕がまだあるらしい。
 「どういう状況なのだ、これは」
 リリィが乾いた額の血をこそぎながら降りてくる、前かがみに手を荷台に置いている。
 「大丈夫か」
 ニシがすかさず後ろから支える。
 「2人ともディアボロスの足を見て、爆撃をするつもりだわ」

 リオが指さす先を注視すると爪が何か掴んでいる、赤黒い線が空中にたなびいていた。
 ディアボロスは艦上爆撃機のように銃口を向けることが出来ない真上から垂直降下してくると、降下速度を乗せた爆弾をラドウの小型ボートに向かって放った。
 バッシャァァ!
 爆弾は一直線に小型ボートへ着弾する、爆炎ではなく血飛沫が舞う。
 小型ボートが40キログラムの半身人間爆弾を受けて搭乗していた3人が湖面に投げ出された。
 投げ出され湖面に浮く2人の男を別なディアボロスが救い上げ、上空に加速する。
 残った2台に向けて生きたままの80キログラム爆弾を浴びせる。
 倍のエネルギーは小型ボートを転覆させるには十分だ。
 ドッシャアアアッ。
 「うわああっ」
 「たっ助けてぇ」
 転覆したボートの回りに無抵抗な餌となった男たちが浮かぶ。
 その中に工場でニシに冷蔵庫の鍵を渡した気の弱い男がいた。
 男は泳げなかった、他の男たちは岸に向かって全力で泳ぎ始めたが転覆したボートにつかまっているしか出来ない男は目の前で虫のように掬われていく仲間を見て恐怖のあまり、目を瞑り水の中に潜った、息の続く限り潜っていたが限界がきて浮き上がるとひっくりかえったボートの裏の隙間だった。
 そこには空気が堪っており、ロープに掴まることができた、西日が射しこんできた湖面のざわつきを見ながら流されるままに男はボートとともに漂っていった。
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