第12話 暗殺

文字数 3,035文字

 押収したベタの保管庫がある刑事局中央倉庫は郊外の畑作地区の中にあった、もとは覚醒教練校だったが移転廃校となったものを10年ほど前から刑事局に移管され、内部を改装し保管庫と使用していた。
 改装したとはいえ元は学校でありセキュリティー面は緩いと言わざるをえない。
 刑事局は軍隊ではないため、武装は貧弱だ、個人に与えられるのは22口径拳銃1丁のみであり、保安庫警備用としてもサンパチ式小銃の装備が数丁あるのみで軽機関銃にも対抗するこが難しいだろう。
 この国、リーベン国においては一般国民が銃火器を所有することは許可されていない、狩猟や予備役の軍人のみが所有を許されている。
 さらに銃の販売、許可については国軍事務所が所管しており、マフィアといえど非合法の銃火器を入手するのは難しい。
 そんな規制の中でも銃火器を使用した犯罪が増加していた、それも軍品の大口径の銃を使用したものが。
流している者が軍の内部にいることは明らかだった。

 今、保管庫にはバナマ運河襲撃事件時に発見、押収された麻薬ベータロイン10トンが保管されている、あまりに大量であるため空き部屋だった教室に箱積みされた。
扉ひとつ破壊すれば持ち出し可能な状態にある。
 
 ニシからの連絡を受けた保管庫では刑事局の各課から駆り出された局員50名が緊張の面持ちで配置についていた。
 
 局員が待ち構えた保管庫に秋に大麦の収穫を終え平面になっている畑が続く細い砂利道を照らすトラックのライトが近づく。
 堂々とライトを点灯させての襲撃などあり得るか?しかもトラックは1台のみだ。
トランシーバを片手にトラックを注視していた現場指揮官も当初から疑念を抱いていた、だいたいマフィアが刑事局に全面戦争を仕掛けるなど信じられない。
 やはりニシの予測が正解なのではないか、だとすれば情報を掴んでいて周知しないのは管理者の怠慢を糾弾される事態だが、きっと情報事態が握りつぶされ事無きとされるだろう。
 
 近づいたライトは側道へ向きを変えると保管庫の周囲をダラダラとドライブを始めた。
 やはり欺瞞だ、トラックを止めて職質してもなにも出ないだろう。
 管理官室へ状況を上げたが返事は(トラックが離れるまでそのまま待機)であった。
 現場指揮官はやるせない気持ちでトランシーバのトークボタンを切った。

 ジェイとニシは現場に現れない
ジェイが管理官への昇級を留意するのは捜査員として覚醒した矜持なのかもしれない。

 午前3時、国立生物学高等大学の敷地内、自然林を残したキャンパスの雨水マンホールがゴトリと薄く開かれると小型の潜望鏡的な筒状の鏡が伸びてくる、周囲を確認すると今度は大胆にマンホールが開かれ、黒の戦闘服に眼だし帽の男たちが続々と飛び出す、先に出た男たちはサイレンサー付きの拳銃を構え周囲を警戒する、素早く無駄のない動き。
 黒戦闘服は全員で10名、装備していた無線通信用イヤフォンを外し両耳に耳栓をつめる。
 リーダーらしき黒戦闘服が手信号で合図をすると、5人2班に分かれ視線を上下左右に分担し走り抜ける、フェルト地の靴底により無音で鳥類学科棟の玄関、裏口に向かって移動を完了する。
 2班は同時にピッキングでドアを開錠すると1名ずつをドアの内側に残し部屋を一室ずつ慎重に確認していく、ソニックウェポンを警戒している。
 
 棟中央にあるダーラニーを収容していた治療室までくると前後の扉に2班は別れ、同時に室内になだれ込む、ダーラニーが寝かされていた三角ベッドに向けて8丁のサイレンサーから弾丸を発射した、着弾したベッドが木片をまき散らす。
 ひとりが左手を上げる、射撃中止、銃口から薄煙が揺れる。
 両端の2人がベッドに近づき中を確認するが、目標はいない。
 左手を上げた男に振り返り首を振る。
 全員が耳栓を取り外す。
 「クソッ、どういうことだ」
 「別な場所に移動させたようだ」
 「どうする、分散して探すか」
 「ああ、このまま撤退できない」
 「プランBへ移行する」
 「タイムリミットを設定、今から30分、ゼロサンヨンゴウに侵入場所より退却、時間厳守、待つな」
 「ターゲット以外の排除は?」
 「ターゲットを秘匿している者がいる、排除を許可する、ターゲット殺害を優先」
 「ただし、死傷者が発生した場合は身分隠匿を優先直ちに撤退、証拠を残すな」
 全員が頷く。
 「無線通信機を装着、散開」
 全員が振り向いた瞬間、玄関と裏口方向から連続して複数の銃撃音が響いた。
 「 ! 」

 今の連射で2人はイチヨン式拳銃の弾倉にある8発を撃ち尽くしていた、予備弾倉をリロードする。
 ジェイとニシは黒戦闘服の襲撃前に到着し、玄関と裏口を監視できる樹木の影に潜んでいたのだ、距離は50メートル、2人の放った銃弾は半数がドア付近に着弾しコンクリート壁を削った、連続射撃としては良い命中率だ。
 ニシは羅動の狙いはダーラニー暗殺であると見抜いていた、この事件の肝であることは間違いない。
 「さあ、どうする」
 発射炎からこちらの位置を特定されているかもしれない、周囲の草を揺らさないよう静かに移動する。

 ジェイが潜む玄関から5人がばらばらの方向に走り出てくる、迷うことなく引き金を引く、乾いた発砲音が響き発射炎が暗闇に光る、ジェイが膝たち姿勢から転がり移動すると同時に銃弾で叢が千切れとんだ、最後に走り出た1人が立射している、相当な訓練を積んだプロだ。
 50メートルの距離を拳銃で動体目標に着弾させるのは偶然の力を借りなければならない。
 ジェイの背中に冷たい汗が伝う。

 裏口のニシの扉も解放されると同時に5人が走り出る、ニシは先頭の男のみを狙い3発を発射する、後ろの4人は無視する。
 「ぐぁっ」
 先頭の男が転倒する、どこかに当たったようだ。
 確認することはせず移動すると、潜んでいた木幹に銃弾が連続して撃ち込まれる、1人の銃撃ではない。
 ニシは身を屈めながら撃ち込まれる銃弾を観察する、同方向から射撃されているようだ、敵は同方向に移動している、被弾した仲間をカバーしているのだろう。

 静寂が訪れる、むやみに移動するのは危険だ、五感を研ぎ澄まし気配を探る。
 ジェイは暗闇でも猫のように暗視が利く、林の中を音もなく進む人影を見つける、距離はさらに離れている。
 遠巻きに距離を保ち追跡を開始する、林から園路に出たところで土手の影になり見失う。
 ジェイが林から園路に出たところで後に殺気を感じて振り向くと10メートルほどの距離に黒戦闘服がひとり立っていた、銃口を上げた刹那、首筋に熱い奔流を感じたところでジェイの意識は消えた、即死だった。
 ジェイを襲ったのは刃渡り20センチのコンバットナイフ、柔らかい飴を切るように延髄まで両断していた。
 「総員撤退」
 ナイフをホルダーに収納しながら手を挙げる男から殺しの後悔や怯えの感情は一切見えなかった、淡々と冷えた目線でジェイの死体を見下ろし歩き去っていく。

 辺りが白み始めた午前5時過ぎにニシは力なく俯せで園路に転がるジェイを見つけた。
 すでに色を失った顔色と綺麗に開いた首筋の傷が即死を示している、鳩尾が重く自分にかかる重力が何倍にもなったようだ。
 管理官へ連絡しなければならない、ジェイの傍を離れるのが辛い、座り込んでしまいたくなる、膝を片手で支え、ジェイが握るイチヨン拳銃のみ回収し、殉職者の連絡のため車両無線に向かった。

 車両までの道のりが酷く長い。
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