第14話  本当の声

文字数 3,262文字

 オックスとオルドレスは中央管理棟の手術室で息を殺して、響く銃声に怯えていた。
 銃声は間違いなく鳥類学科棟の方向から聞こえてくる、学長ニゲルの指示がなければ今頃はダーラニーと共に殺さていたかもしれない。

 やがて銃声は収まり、代わりに刑事局のサイレンと救急車が入り乱れてやってくる、戦時下とはいえ平穏な都市部では滅多にない騒ぎに早朝の街はたたき起こされる。
 それから2時間を要して入り乱れた車両は去っていった、敷地内への立ち入りを制限されていた研究員たちが通勤してくるが、職員数は通常の半数以下、准研究員や臨時などは自宅待機とされていた。

 出入できる扉に全て鍵をかけて閉じこもっていた2人だが、ガチャリと開錠された音に10㎝ほど飛び上がった。
 なぜか両手をとりあっている。
 ドアをマスターキーで開放し姿を現したのはベルチェリ総務班長、ニゲル学長と刑事局麻取の平凡な方だ、革ジャン優男はいない。

 「おっ、脅かさないでください」
 オルドレス班長は一昼夜剃っていない髭が伸びた顎より顔色が青い。
 
 「無事だったか」
 ニゲル学長は白髭で分かりづらいが複雑な表情で2人と1鳥を見る。
 「なぜ中央棟の手術室に移動を?」
 ベルチェリ総務班長がオルドレスに向けて問う、口調に棘がある。
 「ニゲル学長の指示よっ、私に聞かないで」
 「学長の?」
 「わしも、まさかとは思ったのじゃが、ニシさんの言うとおりになってしまったわい」
 全員の視線がニシに向けられた。
 ニシはオルドレス以上に青い顔で立っている、瞳に怒気が宿る。
 ズカズカと学長たちを押しのけオックスの横を抜けダーラニーの横に仁王立ちすると、胸のホルスターが14拳銃を引き抜きダーラニーに向けた。
 あまりに早いホルスタードロー、周囲にいた誰もが突然手の中に拳銃が湧き出たように感じた、マジックのようだ。

 「捜査員が死んだ、何を知っている……話してもらおう」
 オックスは突然現れた拳銃を見て殉職したのは革ジャン優男だと直感した。
 「待って、待ってください」
 拳銃とダーラニーの間に両手を広げて身体を割り込ませて立ちはだかる。
 「ダーラニーに拳銃なんて向けないで」
 ニシの目を真っすぐに見る。

 「その男は撃つ気などないね」
 「 ! 」
 オックスは驚いて声の主を、ダーラニーを振り返った
 ダーラニーがニシの声でリーペン公用語を女官の話し方で喋った。
 オックスとニシ以外はニシが喋ったと騙されていた。
 完璧な声真似、T-800のようだ。
 「その拳銃は弾倉が外してあるね、弾が入っていないね」
 「俺の声…」
 その時になり声の主がダーラニーであることに全員が気づく、
 「公用語…も話せるのですか?」
 オックスが唖然として問いかける。
 「話せないとは言っていないね」
 ダーラニーは平然と返す。
 「拳銃の事が分かるのか」
 「拳銃、飛行機械、船、運河…麻薬だいたい知っているね」
 「…そうか」
 ニシは拳銃をホルスターに収めて近くにあった椅子を引き寄せ腰掛ける。
 姿勢を正すと、ダーラニーと両目を合わせて一礼する。
 「失礼なことをした、謝罪する、私はリーベン国刑事局麻薬取締係 捜査員のニシという、今回のバナマ運河襲撃について、あなたの知り得ることを教えてほしい」
 そこまで話すと再び頭を下げ
 「お願いします」
 と付け加えた。
 
 「わかったね、お話しするね、でもひとつ条件があるね」
 「なんでしょう、お伺いします」
 「話をするのはニシとオックスだけね、他の人間とは話さないね」
 「わかりました、そうしましょう」
 ニシは振り向くとニゲル学長に視線を向けて頷く。
 「仕方ないのう、退出じゃ」
 「えぇぇ、私もダメですか、執刀医なのにぃ」
 良いオネエでもだめなのだ。
 ベルチェリが不満そうにしていたが学長が反論もせずさっさと出ていったため後を追って退出した。
 バタリとドアが閉められ外から3人の気配は消える、オックスが鍵穴から除くと誰もいない、施錠してダーラニーの傍に腰掛ける。

 ダーラニーがドアを一瞥してから
 「あの中に臭い人間がいるね、我らの子を殺して造った麻薬の匂いね」
 女官の声に戻す。
 「やはり内通者…」
 ニシの顔が険しくなる。

 オックスは驚いていた、このニシという捜査員、一瞬でダーラニーに自分を信用させた、状況や立場もあるだろうが、最初に見た野暮でいやらしい目線の疲れたオヤジはここにはいない、背筋の伸びた精悍な隙のない男がいる。
 深夜の襲撃も予測しニゲル学長にダーラニーの移動を進言したのもニシだという、1回見ただけでは特徴のないこの男を雑踏で見分けるのは難しいかもしれない、どこにでもいそうな男を演じている、内ポケットには拳銃以外にも隠し持っていそうで底が見えないミステリアスな男だ。

 「まず、あなたの同僚の魂と、運河で飛行機械に乗っていた人の魂に安息と神の恵みをお祈りするね」
 ニシはもう一度目礼する。
 「時間はあまりないね、要点だけ話していくね」
 「ひとつ、運河襲撃事件の犯人は私だね」
 「魔の黒鳥、ディアボロスは仲間じゃないね、あそこに現れたのは予想外ね」
 オックスが口を開きかけたのをニシが手で制した。
 「事件の動機ね、仲間の開放とこれ以上奪われないための戦争ね」
 「戦争の相手、敵ね、ノルマンの民……を殺してなりすましている人間ね」
 「 ! それじゃノルマンの人たちは……お父さん……」
 「麻薬の工場ね、仲間が首を切り落とされて繋がれているね、卵を産む機械だね」
 「ケツァルの種は自我を司る大脳と、身体を維持する小脳は離れているね、首の後ろのところで切り落とすと心臓はいつまでも動いているね」
 「そんな…なんて酷い」
 オックスの言葉は悲鳴に近い。
 「あの運河は麻薬の流通の基点だね、あそから先どこに行くのかは調べようがないから分からないね」
 ダム外にケツァルはでない。
 「私以外のケツァルはただの鳥ね、喋らないし、大人しく抵抗の方法も知らない、私がいたから起こせたテロだね」
 「だから、あんまり虐めないでね」

 「ひとつ質問してもいいか」
 静かに聞いていたニシが初めて口を開いた。
 ダーラニーがどうぞと頷く。
 「敵の正体を知っているのか」
 「正体、種ではなく所属のことだね」
 「そうだ」
 「2通りだね、この国の人間と別な国、山脈の向こうからやってくる人間だね」

 マフィアがシノギで出来るレベルではない、この国の政府機関か敵性国家による麻薬テロか、莫大な費用と技術を使った未曾有の犯罪だ。
 ただでさえ貧弱な麻取の武装がさらに頼りなく思えてきた、どう対抗すればいいのか、正面から衝突すれば麻取の捜査員全員が皆殺しだ。
 さらに言えば麻取内部にも飼われているものがいると考えるのが妥当だ。
 軍はもっと可能性が高い。

 しかし、ジェイの命を無駄には出来ない、絶対に。

 「2人にお願いがあるね」
 「私を逃がして…とは言わないね、私は容疑者、分かっているね」
 「そんな…容疑者だなんて、なんでも仰ってください」
 「自分も聞こう」
 ダーラニーは少し安心したように俯き目を伏せた。
 「ありがとう、オックスさん、残した仲間、ディアボロスに襲われて散り散り逃げたね、その後どうなったかとっても心配ね」
 「ニシさん、麻薬工場の繋がれた仲間を開放してほしいね」
 「弔いか…」
 「もう、生きていないと同じ、魂はそこには宿っていないね」
 「あなた方には利益のない話だとは分かっている…それでも、お願いするしか今の私には出来ない…縋るしかない」
 あの夜のようにダーラニーの瞳から涙が零れた。
 女官ともニシの声真似とも違う、本来の声だろうか、振り絞った声でさえ神々しい。
 「ダーラニー様」
 オックスは涙を流しながら膝づき手を合わせた。
 「……」
 無言のニシをオックスが見上げた。
 「場所は分かるのか」
 「!」
 「やってみよう」
 怒りと哀しみを湛えた姿に鬼武者の影が重なった。
 驚き瞬きした後には平凡なオヤジが立っているだけだった。
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