第28話 狩人

文字数 4,278文字

 「しまった!」
 ブリヤーは眼前に現れたトンネルの終わりを見て、またしても罠に嵌ったことを悟った。
 「行き止まりだと?奴はどこに消えた!」
 「足跡だってこのとおり……!」
 戻り足、踏んだ足跡をバックして戻ったのだ、やつは後ろにいる。
 ブリヤーは振り向きざまにヘッドライトを即座に消す。
 「ライトを消せ、後ろにいるぞ」
 パアァンッ
 振り向いたサイのヘッドライトが粉砕される、6.5ミリのライフル弾がヘルメットを紙のように貫き、頭蓋内で暴れまわる。
 サイは目、鼻から血を噴出しながら膝を落とし、後ろ向きにブリッジの形で動かなくなる。
 即死だ、やつは暗闇の中の3センチ程度の的を正確に1発で射抜いた。
 「なんてやつだ」
 地面にめり込むほどに伏せながら、湧き上がる尿意を堪えられないほどの恐怖を感じる。
 狩られる恐怖とはこれほどのものか、最新の銃の性能差など熟達した技術の前ではお飾りに過ぎない。
 「クソが!」
 短機関銃を撃ちまくりながら出口に向かってジクザクに突進する。
 鍾乳洞内に銃撃音と跳弾の音が無茶苦茶に反射する、出口までが長い、1分以上も走った気がするが実際には10秒程度、発射炎の明かりを頼りに分岐の外に転がり出て伏せる。
 銃撃音の木霊が鍾乳洞の奥に吸い込まれて消えると、辺りにはなんの気配も音もない、静寂が訪れる。
 「はっ、はっ、はっ……」
 自分の鼓動が爆音のヘビーメタルのようだ。
 どこだ、どこにいる、前か後か。
 いや、だいたいどっちが前だ?方向を見失った、走り出したい衝動に駆られる。
 頭の中が恐怖で塗りつぶされる。
 ヘッドライトを一瞬だけ点灯させ辺りを探る、逃げ込めそうな岩を見つけた、後ろに回り込める、7歩走って右手に1歩で伏せる、一刻も早く移動しろ、恐怖が背中を押してくる。
 気力を振り絞って走り出す、1歩2歩、雲の上を走っているように実感がない、5歩6歩、右手で岩を探る、あった、7歩、右側に滑り込む、やったと思った瞬間。
 身体は地面を捉えなかった、浮遊感、ブリヤーが最後に感じた感覚。
 ゴシャッ
 骨が砕ける音、岩の後ろは3メートルほどの虚空の穴、罠ではなかった。

 岩の直ぐ近くの陰から人影が立ち上がる、エゾは最初からそこにいたのだ。
 リバーシブルのマントを裏返し、ドーランを塗った顔、漆黒の闇に溶けて淡い光では判別出来ないだろう。
 ブリヤーが落ちた穴を慎重に覗き込む。
 首が後ろ返しに向いた男が寝ている、即死だろう。
 エゾは死体に向かって手を合わせる。
 「怖い思いをさせてすまなかった」
 「恨んでも構わないが、娘たちを逃がすまでは待ってくれ」
 最初の白布トラップに移った影から鍾乳洞に入ってきたのは3人と予想できた、猟犬を追いかけていた人数はもっといたはず。
 敵は分散している、地上を回り込んでの待ち伏せを狙ったのだ。
 鍾乳洞の出口はいくつも存在している、よほどの人数がいなければ全てをカバーして待ち伏せすることは出来ない。
 エゾは狙撃銃を肩から斜めに背負ってA地点を目指して小走りに移動を開始する、分散した敵の裏を取るために。
 この山に入り込んだ時点で狩るものと狩られるものは決まっていたのかもしれない。

 タルシュ中尉はダーラニー暗殺のための外人部隊5人、囮役に羅道のチンピラを50名で風花の雪が舞うシャトー・ガイラ襲撃作戦を深夜未明に開始した。
 寝静まったシャトーには深夜でも外灯が灯され、灯の下を雪が舞う光景が見える。
 まるで要塞だ、シャトーに通じるつづら折れの道は細く小型以外の車両は通れない、しかもシャトー屋上から丸見えだ。
 大型兵器による襲撃はできない、襲撃を衆人の前に公には出来ないからだ、もちろん情報部の関与も疑わせてはならない。
 銃火器はサイレンサー装備、殺傷は可能限りナイフを使用する、国制生物学高等大学でダーラニー暗殺を試みたが失敗し、刑事局の捜査員1名を排除することとなった、大きな失敗だ、これ以上ハン大佐に害が及ぶことは阻止しなければならない。
 救国の英雄、やがては情報部を、いやこの国を導く人間だ。
 
 この男も天才的なダークエンパス、ハンの術中に取り込まれ心酔している1人だ。

 羅道のチンピラは広大な敷地の周囲に等間隔で配置する、銃にはサイレンサーを装備させ、所定時間にシャトーに向けて進撃する予定だ、撃ってきたら反撃せずにすぐに引き返し時間を見て再び進撃する。
 シャトーまでたどり着く必要はない、敵の目をかく乱できればよい。

 タルシュがいるのは上空300メートルの上空、小型モーターファンが搭載されたパラグライダー6機で周囲の水路も飛び越えて、一気にシャトー屋上に降下する、屋上には外灯がない。
 電動モーターによるプロペラはほとんど音立てない。
 全員が大型のコンバットナイフや刃渡りの長い獲物を主装備とし、銃はサイレンサー付の自動拳銃7.62ミリ弾を使用するTT33を各自2挺装備している。
 上空から確認するとシャトー屋上に人は見えない、24時間の監視はしていないようだ。
 音もなく6人は屋上に着地するとパラグライダーをたたみ、周囲を警戒する。
 空から侵入されるとは思っていないらしい、シャトーは寝静まったままだ。
 タルシュは細目大男と揶揄されるように190センチ、100キログラムを超える巨体だが、バク転バク中も出来る身軽さと柔軟さを持っている。
 外人部隊5人も壁登りや鍵開け、ナイフ投げ等のスキルを買われた情報部お抱えの外人忍者部隊だ、今までも各所で必要な暗殺任務を担ってきたプロ集団だ。
 自治省建築課に申請されていたシャトーの建築図面を事前に入手し内部の見取り図は頭に叩き込んでいた、2名ずつ分班して屋上から邸内に侵入し制圧する。
現在、邸内には使用人が数人と当主は出張中であり、夫人とターゲットであるダーラニーのみのはずである。
 全員の殺害、排除が目的となる、大学側からの情報でダーラニーは会話が可能な知能を有すると信じがたいが情報がある。
 とすれは接触した人間はダーラニーからことの真相を聞いている可能性を考慮しなければ、後々ハン大佐の敵性国家内腐焦土作戦、通称OBAの障害となる。

 シャトー・ガイラは襲撃の知らせを事前に羅道や情報部の監視を行っていた内閣調査室職員から3時間前に連絡を受け迎撃の準備は整っていた。
 当妻カレラはセーフティルームでダーラニーと向き合っていた。
 部屋の中にはダーラニーとカレラ、それに執刀医のオルドレスが術後管理のため招かれていた、襲撃の報が入ったときにオルドレスには退館を勧めたが患者をおいてはいかないと譲らなかった、男らしいオネエだ。
 「いよいよ、襲撃に来るようです」
 「奥方様、本当に申し訳ないね」
 ダーラニーは女官の声だ。
 「アイゼン家の運命なのです、お気に病むことはありません」
 「詫びなければならないのはこちらの方です、人間の非道な振る舞い、許されることではありません、必ず償わせます」
 「で、でも大丈夫なのですか、敵は情報部、プロなのでしょう」
 患者がと言っていた割にはビビリまくり周囲に目を泳がせるオネエ。
 「アイゼン家とは国軍、この国を守護する勤めを担う者、全員が兵士です」
 「奥方様、あなたも兵士なのですね」
 「もちろんです、ローズの仇は私が討ちます」
 カレラは脇に吊ったホルスターにリボルバー式の拳銃を差し入れる、不似合いなほど大きい、357(スリーフィフティセブン)マグナム4インチ、総重量は1キログラム以上ある。
 「これはオマケです、私の得物はこれですから」
 カレラは立て掛けてあった短槍を手に取る。
 「その刃物からはいい匂いがしますね」
 「銘を笹貫といって、アイゼンの家に代々伝わるもで、玉鋼を鍛えたもので直系の子孫のみが継承します」
 「直系、ということは、当主様は婿殿なのですね」
 「そのとおりです、ジョシュは異国の出です」
 「そんな、相手は機関銃とか持っているのじゃ、やられちゃいますよ」
 オルドレスが心底心配そうな顔でカレラとオルドレスの間で目線が泳がす。
 「時と場合によります、刀で突撃をするわけではありません」
 分厚いセーフティハウスの扉がノックされ執事のファレルが扉の外で優雅に一礼する。
 「奥様、お客様がいらっしゃいまた」
 ファレルも戦闘服のホルスターに自動拳銃を差し、腰に金属のロープのようなものが巻き付いている。
 「そう、それではお出迎えいたしましょう、各員に指示、敵兵を排除無効化せよ」
 カレラから闘気が沸き立つ。
 「それでは、しばらくお待ちくださいませ、ああそう、オルドレス様、中から施錠するようお願いいたします」
 ファレルは出口で一礼をするとカレラとともに本館方向へ消えた。
 「ふう、2人とも、とっても眩しいね」
 「愛、哀、悲、怒、歓、いろんな気持ち、人間は複雑だね」
 ダーラニーは2人が消えたドアを少し羨ましそうに見つめた。

 羅動の戦闘員は普段のシノギでは銃を扱うことなどほとんどない、ライバルマフィアとの抗争も最近はない、いわば素人だ、指示された時間に恐る恐るフェンスや壁を越えてシャトーの方向に歩きだした、風花は止み雲間から月明りが差している。
 拳銃を握りしめて、ただ歩いて来る、遮蔽物を縫うわけでもなく、ジグザグ走行もしない、ただゆっくりと。
 シャトーの屋上は情報部が掌握している、上から狙撃の心配はない、適当に近づいて、また離れるのを繰り返す、簡単な役割のはずだった。
 羅動の失敗はそれぞれカバーしあう意識なく全員が同時に同一方向に動き出したことだ、誰も後ろの監視をしていない。

 羅動が乗り越えたフェンスの外に黒ずくめの男たち10人が並びたつ、農園の作業員兼国軍兵士だ、手にはコンパウンドボウが握られている、滑車とケーブルを利用して強力なリムを引く弓、射程は500メートルを超える。
 ゆるゆると動く標的までわずか数十メートル、リーダーらしき男が無言で手を振る。
 音もなく兵士たちが散る、残ったリーダーが散開を見届け無線のトークボタンに触る。
 「各自射撃開始!ブドウ畑の前で仕留めろ」
 銃撃音のない無音の攻撃、22グラムの矢が400キロメートルを超える速度で羅動50人を襲う。
 少しだけ熱い衝撃を背中から感じた瞬間、胸から生えた棒が見える、そして視界が狭まり
限りない地中深くに引きずり込まれる。
 羅動50人が排除されるまで10分を要していない。

 「貴様らの血でChガイラ・ピノ・ノワールを汚すことは許さない」
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