第22話 お嬢

文字数 3,750文字

 ダーラニーのセーフィティハウスはアイゼン家本館にある地下シェルターが当妻カレラにより準備された。
 10メートル四方ほどの部屋には、通常の人間1名用の扉の他に脱出路兼荷物搬入路が設置されており、ダーラニーの担架を運び入れることが可能なため、中にあった家具等を運びだし医療設備とダーラニー用のベッドを設置するスペースを確保した。
 通常出入口は言うまでもなく搬入路も途中に隔離扉や格子扉を設置し、搬入出口は水が張られた池としてカモフラージュされていた。

 リオ、リリィがアイゼン家を訪れた3日後の深夜、ダーラニーはオックスと共にセーフティハウスに移動した、場所はニゲル学長にも知らせてはいない。
 搬送はアイゼン家の人間、執事のファレルが運転を務め、ニシが尾行者の監視にあたったがそれらしき者はなかった、やはり大学の内通者の情報で敵は動いているようだ。

 ニシはアイゼン家に驚愕した。

 「これは、いったいどういう……」

 まるで要塞ではないか。
 愛車118クーペでリオのオートバイの後に続くが道幅はギリギリだ、大型トラックは通れないだろう。
 おまけに途中途中に段差がある、リオは中央にある細い斜道を上がっていくが、ニシのローダウンされた118クーペでは毎回どこかを擦るいやな音がする。
 道路に面した入口から水路に囲まれた本館までは、つづら折りの細い道が続き高い石垣により見通しは悪い、途中に水路が伸びた小川に橋がかかるが跳ね上げ式となっている。
 狭いヘアピンでは必然的に徐行となり、パワーアシストのないオモステハンドルには素早く移動することが難しい。
 本館周囲の水路は幅25メートルにもなり、出入口は1か所、やはり跳ね上げ式の橋だ。
 水路を隔てる城壁は高く10メートルはある、さらにその上に忍び返し付格子フェンスが設置されている、城壁のところどころに空いているのは銃眼だろうか。
 あそこから除けばつづら折りを上がってくる者は隠れる場所がない。
 そして、敷地内に外灯が多い、死角となる場所がほとんどなく、潜入しようとするには断然不利な造作だ、意識して設計されたものに違いなかった。

 よくみると城壁の屋上から見え隠れしているのは銃身、対空砲ではないだろうか、ワイン醸造の城ではなかったのか。

 軍服らしき服装の人間たちが行き交っているのが見える
「まさか、軍に協力を依頼したのか?」

 ニシは不安になった、軍部の事件への関与は濃厚だ、味方陣地にみすみす敵を引き入れることになる。

 城壁内部に車をとめると、慌ててリオに声を掛けにニシは走った。
 「おい、リオ、ここは軍の施設じゃないのか?」
 「ん?私の実家よ、シャトー・ガイラというわ」
 「そう……なのか!?屋上に対空砲みたいなものが見えたが見間違いか」
 「目聡いわね、そう対空砲よ」
 「は?……なんでワインのシャトーに対空砲があるのだ」
 「ふふん、まあ、驚くのはまだ早いわよ」
 「少し、覗いてみる?」
 リオは不敵な含み笑いを浮かべる。
 2人は高射砲が見えた城壁屋上に上ってみる、そこには98式20ミリ機関砲が2門、山脈側に銃身を向けて設置されている、周囲4か所にサーチライト、なにかのコントロールパネル、望遠鏡、エレベーターが設置されていた。
 「これって、違法だよな、まさかマフィアだったのか」
 「馬鹿言わないでよ、全部許可取ってあるわよ」
 「許可?どこの」
 「国よ、国軍が定める都市防衛予備基地というの」
 「国軍というのは陸軍、海軍でもなく、もちろん情報局とも違う内閣直属の軍のことね」
 「国軍に銃管理以外の業務があったのか、聞いたことがない……」
 「まあ仕方ないかも、国軍の軍事力そのものは解体されていて事務所が内閣調査室にあるだけだから」
 「内閣調査室、では指揮権は軍ではなく総理にあるのか」
 「そのとおり、もともとは消防団みたいな自衛組織だったのよ、地域の有力者が自己資金で侵略や暴動、内戦に備えるための施設よ、ここは国内でも最大級の予備基地なの」
 「知らなかった、そんな組織があったのか」
 「そうね、この国は戦時下とはいえ都市部に爆弾が落ちたことなんてないし、敵機が飛来したこともない、侵略の危機なんて100年以上も前の話なのだから」
 「平和ボケってことか」
 「人間が集まれば必ず軋轢や摩擦があって紛争がなくなることはないし、暴力から生命を守ることを人任せには出来ないわ、自衛権は自衛する側の覚悟と労力があってこそ成り立つと思う」
 「自分の手を血で染めて、敵の命を奪って守れる命があるなら戦うわ」
 「俺はとんでもないところに話を振っちまったのかも知れんな」
 「ここを落とすのは軍の武力でも歩兵だけなら簡単じゃないと思うわね」
 「戦車や爆撃機なら?」
 「それなりには戦えるわよ」
 「そうなのか、もう聞くことはやめにしよう……」
 それなりって、対戦車ライフルとか高射砲とかまであるのか、どうなっているのだ、この城は。
 「そんなわけだから、ダーラニーは安全よ、少なくとも刑事部の施設よりはね」
 「そのようだ」
 ニシは刑事部のあまりの火力の無さに泣きが入る、民間の軍事施設とは言え正面から衝突したら絶対制圧できない。
 法の執行人たる自分たちの立ち位置が揺らぐ事態だ。
 確かに非常時の自衛組織としては良い考え方だが、運用する側の良心によるところが大きく危険だとも思った、しかし100年前から存在してなお事件になったことはない、なにしろ自分が、刑事部の捜査員が知らない組織なのだ。
 合法でありそれだけ意識が高いということなのだろう。
 アイゼン家の当主は自分のような1捜査員とは次元が違うところで国防の一翼を担っているのだろう。
 
 「戦争と犯罪の違いね、銃弾で人間を撃つとき犯罪者相手ならまず足を撃つのよね、私たち兵隊は必中で心臓か頭を狙う」
 「捜査員であるニシたちは犯罪者を生かして確保することを優先しなきゃいけない、でも兵隊は相手の排除を優先する、生死を問わずに」
 リオが恐ろしいことを平然と言う。
 「とんだお嬢様だ」
 ニシまでお嬢様と呼ぶようになってきた。
 「ニシまでやめてよ、ガラじゃないわ」
 ローズにもよく言ったな。
 「わかった、リリィに言われたのね」
 「次に彼女の前で君を呼び捨てにしたら、俺を殺すそうだ」
 「もうっ、こんなの苛めだわ」
 「そうかな、十分美人だと思うが」
 「なっ!」
 「じゃあ、様だけ抜いて”お嬢”でいこう」
 「もうっ、勝手にして」
 
 ダーラニーにも参加してもらうためセーフティハウスに全員が集合した。
 当主ジョシュ夫妻を中心にロの字型にテーブルが置かれ全員が着席する。
 「揃ったようだ、では始めるがその前に初顔合わせの者も多い、自己紹介といこう」

 「初めに私から、当アイゼン家15代当主、ジョシュ・アイゼンである、家業はワイン醸造、お茶の生産等の農業であるが、国家防衛の任も僅かながら担っている」
 2メートルの巨漢、戦闘服が張り裂けそうな筋肉、格闘戦になったら相手は絶望するだろう、どこを叩いても倒れそうにない。

 「ジョシュの妻カイラです、このセーフティハウスの防衛を担当します」
 俯き伏せていた顔はない、凛とし威厳に満ちた女王。

 「リリィ・アイゼン陸軍曹長、アイゼン家次女、この作戦の立案、計画責任者です」
 隻眼の少女、10代に見えるが、25才になる。

 「リオ・アイゼン陸軍曹長、アイゼン家3女、パイロット」
 185センチの長身、燃える赤髪。
 3女と聞いてニシがリオとリリィに驚いて目をやる。
 驚きの視線に気がついて2人とも顔が赤くなる、リリィは怒りで、リオは羞恥か。

 「ニシだ、刑事局麻薬取締係の捜査員だ、捜査への協力アイゼン家に感謝する」
 いつもどおりの野暮なスーツの中肉中背、平凡に見える男だ。

 「オックス・デルシナエ、国制生物学高等大学の鳥類動物学科棟で研究員をしています、
 出身が、いや14才までノルマン自治区にいました、ダーラニーのお世話をさせて頂いています」
 やっぱり短パンにサファリシャツだ。

 「アイゼン家執事のファレルと申します、アイゼン予備役要塞の防衛隊長を務めさせていただいております」
 戦闘服の着こなしでさえダンディーだ。

 そして最後に神獣が話し始める。
 「私はケツァルのダーラニー、今回の騒動の原因は全て私にある、特に当主夫妻には大事な娘子が私のために命を落とされた、お詫びの言葉もない、また運河でディアボロス襲撃からその身を盾にしてくれたリオさんにも礼をいう、そしてニシの同僚ジェイ・ハマダも私の暗殺阻止のため命を落とした」
 「私はどう断裁されても構わない、ただ首を切られ繋がれ卵を産むだけの機械とされている同胞と、魔の黒鳥に今なお追われているだろう哀れな仲間たちを助けてやってほしい」
 ダーラニーは初めから自分の声で語った。

 当妻カレラがダーラニーに寄り添う。
「夢幻泡影、ローズの好きな言葉でした、儚く一瞬の生であっても正しく今を生き抜く事、人間もケツァルも変わりません、ノルマンで行われていること見過ごすことはアイゼン家にはできません」
 
 当主が決意をもって宣誓する。
「アイゼン家の総力を持って必ず決着をつける」
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