第17話 欲望のパキル城(3)

文字数 2,476文字

 そして彼には商才があった。貴族を相手に金を貸すことを思いつくと、エメラルドの商人と手を組み、資金を調達、手始めに下級貴族を相手に金貸しを始めた。
 各町の地方長官を務める地方の貴族であれば、領地から年貢や税金を徴収し、独立採算で経営するが、エメラルドのような大都市ともなれば、有力貴族を含め貴族の数はかなりの数に上る。
 そうした貴族の経営は、王室から下される公金で賄われるが、階級によってその額は天と地との開きがあり、下級貴族ともなれば仕える有力貴族から下される給金で暮らす他はなかった。
 その額は少なく、暮らしが決して楽ではないことをサンドルは身に染みて分かっていた。このまま、ユラシル家に仕えても高が知れている。
 彼は自分と同じ境遇の下級貴族に高金利で金を貸し、支払いが滞れば容赦なく取り立てた。中でも彼は貴金属に注目し、借金の形に取り上げることが多かった。
 返す金が無いと分かれば、邸宅、馬、剣、衣装などは勿論、これ以上取り立てる物がなくなれば、貴夫人、令嬢を娼館に売りとばした。
 こうして、彼の持つ財産は一気に大きくなっていった。
 そして次に彼は低金利で有力貴族に金を貸した。これは金利の回収が目的ではなく、有力貴族に取り入ることが目的であった。
 一国の領主とならなければ、自分の思うままに財産を増やす事ができないと考えた彼はローラル平原のある町に目を付けていた。
 パキルという名のその町は、わずかだが金が産出されると聞いた。これはやり方次第では金になる。そう踏んだ彼は、王室への口利きのため有力貴族に取り入り、地方長官の座を金で買った。
 首都エメラルドに暮らす高貴な人々にとって、辺境の地、ローラル平原の地方長官など忌避の対象でしかない。さらにパキルは、西の果てノーマル山脈の懐にある町だ。誰も興味すら持っていなかったのである。
 彼の読みは当たった。パキルは多くの金を埋蔵していた。次々と産出される金に、彼は狂喜した。抜かりなく王室や有力貴族に金を送りながら、彼は金の流通を図った。
 ところがそこに立ちはだかる人物がいた。ローラル平原の影の王といってもいい、大商人ランビエルである。テネアを拠点にピネリー王国はおろかアジェンスト帝国にまで及ぶ広大な流通ネットワークを持つ彼に、多額の手数料を払わなければ金を流通させる事ができない。
 何とかならぬものかと、思案に暮れているところに、かつての主家の御曹司であったコーネリアンがパキルに流れついて来たのである。
 久しぶりに見たコーネリアンは、全く見る影もないほど荒んでいた。元騎士だった男達を従え、大規模な盗賊団を結成していた彼はドラングルと名乗っていた。
 初めは厄介な男が来たものだと思っていたが、テネア地方長官であるルーマニデア・ワーズに異常な憎悪を持っていることが分かると、彼を利用することを思いつく。
 ランビエルを叩けばテネアの経済力は低下し、ひいてはルーマニデアを追い落とす事ができますと、ランビエルの配下にある商人たちを襲うよう唆したのである。
 ドラングルは期待通りの働きをしてくれた。徐々にではあるが、ランビエルの支配力に陰りが出てきたのが実感出来た。
 そこへ今度はアジェンスト帝国が侵攻してくるのだという。ナダベルと名乗る帝国の使者の男は気味が悪かったが、帝国と手を組み、テネアを攻めるというドラングルの話は、一気にランビエルの息の根を止める事ができる絶好の好機と捉えた。
 金が全てを解決してくれると信じて疑わないサンドルに取って、ローラル平原がアジェンスト帝国領になろうが、関係のない話だった。
 幾ばくかの金を送り、協力関係を築けば良いだけの話だった。その上、目の上の瘤までいなくなる。
 金さえあれば、全て思うがまま、地位も名誉も贅を尽くした食事も良い酒も、そして美しい女も手に入るのだ。
 現に今、ランビエルの使いと称する、魅惑的な女達が自分の欲望を満たしてくれるべく、目の前に傅いている。
 こんなに興奮するのは久しぶりだった。今宵は思う存分、この女を堪能するのだ、と気もそぞろに酒を飲む。
「おい、お前たちは邪魔じゃ、どいておれ」
 両脇に侍らせていた接待役の女達を邪険に退かすと、エリン・ドールを傍らに座らせる。
 厚化粧で着飾った女達はあからさまに不機嫌な表情で退席した。
「おお、今宵も素晴らしい演奏だったぞ」と両手を叩く。
「ほれ、まずは一杯飲まぬか」
 と勧めると、エリン・ドールは「恐れ入ます」と酒杯を受けた。
 九人いる騎兵隊長達も、それぞれ隣の席にエリン・ドール配下の女達を侍らせていた。
「グワッハハハ、楽しみに待っておったぞ。オオ、近くで見ればやはり気の強そうな顔をしておるわ。ますます気に入った。ターナとやら、今夜は朝まで可愛がってやるから、お前も存分に楽しむがよい」
 第一騎兵隊長のオラーが、大きな体格をした赤い髪の女の腰を擦りながら、グッと抱き寄せている。隻眼のその女は傍から見てもかなりの嫌悪感を発していた。
「オラーよ、あまり張り切り過ぎるなよ」
 明日の昼過ぎ、ドラングルに続く第二陣として、テネアに向けて騎兵団三千を出撃させることになっている。騎兵団の指揮はオラーに任せているため、あまり羽目を外すな、と釘を差したのだ。
「心配は無用でございますぞ。この女、体が大きく、かなり相手のしがいがありそうですが、このオラー。出陣前夜に、朝まで五人の女の相手をしたことがありますわい。御懸念は御無用ですぞ。グワッハハハ」
 そういいながら、隻眼の赤い髪の女の胸に右手を伸ばす。
 あの馬鹿めが調子に乗りおって、とサンドルが苦々しい顔をする。
「明日はまさか、テネアに向けてご出陣なさるおつもりではありませんか」
 青い目の人形のような女が無表情で聞いてきた。
「いやいや、それはそなた次第じゃ。そなたの誠意次第で如何にもなる。それに明日は出撃するのではない。演習じゃ。うむ、これはいつもの演習じゃ。それよりも、ほれ、もっと近くに寄らぬか」
 そう言いながら、エリン・ドールを抱き寄せる。
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