第15話 欲望のパキル城(1)

文字数 2,671文字

 ドラングル率いる二千がテネアに向け出撃した翌日の夜も、ここパキル城では酒宴が開かれていた。
 今宵もランビエルの使いだという10人ほどの女達がステージで楽曲を奏でている。エリン・ドールと名乗るリーダーを初め、女たちは皆美しく、サンドル達はすっかり魅せられていた。
 今夜、ドラングルはいない。今頃はローラル平原のどこかで野営しているはずだった。

 ドラングル達が出撃した後、ワコルからエリン・ドールが面会を求めているという申し出があった。
「おお、早く通せ」
 許可するとすぐに、ニコニコと穏やかな笑みを浮かべた小柄な中年の男が、青い目の人形のような女を伴って司令長官室に入ってきた。
 ワコルは自他共に認めるパキル随一の商人と呼ばれる男である。元々は一攫千金を夢見てパキルに流れ着いた者達の内の一人だった。彼が商才を現したのは、城に宴会場を増設する工事に携わってからである。
 その頃のサンドルは不満を溜めていた。無法者達から、金と引き換えに採掘許可と市民権を与えたまではいい。
 しかし、町が無法者達で溢れた結果、治安は最悪の一途を辿った。別に市民がどうなろうが知ったことではなかったが、困ったのは以前のように気楽に歓楽街で遊ぶことができなくなってしまったことである。
 地方長官として絶大な権力を振るう一方、恨まれることが多くなり、落ち落ちと町を歩くことすら難しくなった。特にも金の採掘に失敗し破産した者達から刃を振るわれたことは片手では済まない。
「恩知らずめが、逆恨みしおって」と怒りがこみ上げるが、いくら護衛を付けているとはいえ心から酒と女を楽しむことが出来なくなっていた。
 女達を沢山集め、配下の者達と共に快楽と欲に溢れた宴を開くことに満足感を感じるサンドルに取って鬱憤が溜る日々だった。
 城内に遊楽施設を作れば良いではありませんか、とワコルが提案してきたのは、不機嫌な日々が続く、そんなある日だった。
「城内であれば守備兵が常駐しておりますので警備は万全でございましょう。料理人や女達は寄りすぐった者達を城に呼び寄せれば良いではありませんか。どうでしょう。私に全てお任せ頂ければご満足頂けるかと」
 ほう、それは面白い。少しこの男にやらせてみるかと、サンドルから全てを請け負ったワコルは城内の武器庫を改修し、三百人は入るであろう宴会場を作った。
 武器庫を潰すとは何事かと血相を変えて反対する騎兵隊長も居たが、これだけの広さを確保出来る場所は他にはございません、武器庫は城外の兵営に設ければ問題ございませんとの、ワコルの反論をサンドルは支持した。
 己の欲望を発散することを優先したのである。
 ワコルは宴会場を竣工させると、サンドルの指示で落成祝賀会を企画した。ローラル平原中から優れた料理人を城に招き、見目の良い若い女達を調達、派手で大規模な酒宴を演出したのである。
 サンドルは大いに満足した。こうして、ワコルは建築から宴の手配まで扱っていない物は無いとまで云われるほどの商人に成り上がったのである。
 実は今回のランビエルとサンドルとの仲介を果たしたのも彼であった。ランビエルはワコルを通してサンドルへの使いの派遣を打診し、今回の女達の訪問に及んでいた。

「エリン・ドール殿をお連れいたしました」
 ワコルが一礼しながら司令官室に入ってくると、青い目の人形のような女が続いて入ってきた。
「サンドル様。ご面会頂き、ありがとうございます」
 日中に見ても、やはり美しい女だ。
「うむ、苦しゅうない。良いぞ、何でも申してみよ」
 ありがとうございます、よろしければ人払いをと、エリン・ドールは言った。
「分かったぞ」
 おい、と顎で二人の護衛兵に退室するよう命じる。実はこの部屋の壁には隠し扉があり、何か異変があれば、すぐに護衛兵が飛び出す仕掛けとなっていた。また、小さく空いた壁の穴から矢が飛んでくる仕掛けもある。
「実は我が主、ランビエルより言付けを預かっております」
「ほう、ランビエル殿からとな」
「はい」
「申してみよ」
 はい、とエリン・ドールは話を始めた。
「我が主、ランビエルは申しました。首尾よくサンドル長官への面会が叶ったならば、是非にお願いして参れと」
「ほう、なんであろうな。申してみよ」
「ありがとうございます。では、サンドル様にお願い申し上げます。ドラングルに加担しないよう、何卒ご配慮いただきますようお願いいたします」
「ほう、一体なんの話じゃ」
「ドラングル率いる一味がテネアに向けて出撃したことは存じております」
 惚けてみたが、エリン・ドールは全く表情を変えない。それどころか、出撃したことさえ知っていた。しかし、これは想定内だった。やはり、ランビエルとテネア騎兵団は連携しているようだ。
 であれば、こちらの動きは当然、分っていよう。サンドルは、ふてぶてしく前に突き出た腹を擦る。
「ドラングル様が、どこぞに出掛けたのはお主の申すとおりだ。しかも私兵を率いておる。さすがに、わしもドラングル様の動向を危惧しておる。何かしでかさねば良いがと心配なのじゃ。そこでじゃ、わしは兵を率いて後を追うつもりじゃ。所謂監視役といったところじゃ。ランビエル殿は、ドラングル様がテネアに攻め入るのではないかと心配なのであろう。大丈夫じゃ。パキル騎兵団が監視する故心配無用じゃ」
 ランビエルも、こちらの動きを分かって最後の足掻きといったところだろう。マークフレアーも藁にも縋る思いで、この交渉に一縷の望みを託しているに違いない。
 そう考えると愉快でたまらなかったが、額に油切った汗を浮かべて、サンドルは弁明する。
 しかし、全く表情を変えない青い目の人形のような女を見ていると、こちらの心の奥底まで見透かされているようで心中穏やかではいられない。
 こちらを疑っているのは分かっているが、ここまで表情が変わらないとはポーカーフェイスが過ぎる女だ。一体何を考えている。
 場の雰囲気を和らげるかのように、ワコルがニコニコとエリン・ドールに微笑みかける。
「サンドル様の仰言る通りですよ、エリン・ドール殿。御心配は無用と、ランビエル殿にご報告なされば良いのですよ」
「お言葉ですが、ランビエルは危惧しております。パキル騎兵団もテネアに攻め込むつもりではないかと」
 エリン・ドールが冷たい視線で言い放つと、途端にサンドルの表情が変わった。冷酷な目だ。
「エリン・ドール殿、何を申される。それは余りにもサンドル様に無礼ですよ」
 ワコルが強い口調で窘め、取りなすが、エリン・ドールの表情は変わらない。
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