第25話 ドラングル戦記 中編 血染めのインカーンの丘(2)

文字数 2,603文字

 その時だった。
「待て、そいつは俺の獲物だ。貴様は手を出すな」と叫ぶ声が後ろから聞こえた。
 振り返ると、悪鬼のような表情で仁王立ちしている、逆だった茶色の髪と右頬に切創のある男がいた。
「ドラングル」
 盗賊騎士団の頭目ドラングルが遂にマークフレアーのところまで攻め上ってきたのだ。
「その女には手を出すな。ナダベル」
「これはこれは、ドラングル様。お約束どおり、加勢に参りましたよ」
 ナダベルは振り上げた剣を下ろし、フフッと微笑む。
「加勢にきたのは構わぬ。だがこの女に手を掛けることは許さん」
「これはこれは。しかし、お言葉ではございますが、マークフレアーの命を取れば、この戦いは終了でございます。後は略奪と凌辱が残るだけでございますが」
「ナダベル、貴様。私の命令に従えんのか」
「おお、怖い怖い。分かりました。マークフレアーはドラングル様にお任せいたしましょう」
 そういいながら、ナダベルは後ろに下がる。
 入れ替わるようにドラングル率いる盗賊騎士達が前に出てくると、直ぐにマークフレアーの周りを取り囲む。
 何処にも逃場がない。正に絶対絶命だった。
「ホッホ、コーネリアン。久しぶりじゃのう」
 老兵が語り掛ける。
「おお、これは、ローノルド先生、お久しぶりですね。お会いするのは、騎士学校を卒業して以来、二十年以上になりますか。すっかり禿頭になられましたな。ルーマニデアの元で気苦労が耐えなかったご様子。同情いたします」
 ローノルドはジッとドラングルの表情を見た。
「ホッホ、そう見えるか」
「そうではないのですか。先生ほどの方がローラル平原の片田舎で、しがない男の参謀をされているなど、人生と才能を棒に振ったとしか思えませんね」
「ホッホ、コーネリアンよ。騎士にとって一番の大事は、己の信念に従い天に恥じぬ生き方をすることだと教えたはずじゃぞ」
 ドラングルは何も答えない。
「ホッホ、為政者として民の為に生きるという信念を貫き通し、必死に生きたルーマニデアと共に、民から慕われる喜びを分かち合えたことに、わしは何よりも満足しておるぞ。コーネリアン」
「老いましたな。ローノルド先生。恩師である先生のことはこの手にかけまいと思っておりましたが、良いでしょう。充実した人生を送られたのであれば、もはやこの世に未練はありますまい。老い先短い人生、ここでマークフレアーと共に終わりにして差し上げます」
「ホッホ、悪に与するは騎士に非ず、騎士とは正義に尽くすべし、と教えたはずじゃぞ、コーネリアン。お主がその理を理解出来なかったのは師であるわしの責任。甘んじてお主の手に掛かるのもやむを得まい」
「さすがはローノルド先生。潔いお覚悟でございますね」
「ホッホ、じゃが、マークフレアー様に手を掛けることだけは許さぬぞ、コーネリアン。わしが最後までお守りするから覚悟いたせ」
 老兵の言葉にドラングルの手下達が笑う。
「ハッハッハ、これは傑作だ。頭の禿げ上がった爺イが何を言うかと思えば」
「ヒッヒッヒ、笑いが止まらぬわ。剣を握れるのか、爺さんよ」
 右手を上げドラングルは部下達が大笑いするのを制す。
「耄碌されましたな。これ以上、嘲笑される先生の無様な姿を見るのは耐えられません。いいでしょう。配下の兵達全員を先に始末し、己の無力さを味あわせてから マークフレアーを殺そうと思っておりましたが、今すぐ手にかけてやりましょう」
 そういいながら剣を握り直す。
「出来るものならマークフレアーを守ってみるがいい。先生。いや、テネア騎兵団参謀ローノルド。己の無力さを思い知るがいい」
 邪悪に満ちた、その構え。マウト流武術とは遠くかけ離れたものだった。
「ホッホ、何じゃ、その悍ましい構えは。あれほど研鑽を重ねたマウト流武術すら捨てたか。コーネリアン」
「フフ、マウト流武術など、このジュドー流剣術に掛かれば稚児の遊戯のようなもの」
 ジリジリと近づいてくるドラングルの前にローノルドが立ちはだかる。そこへさらに立ちはだかるべくロアナや近衛兵達が前に出る。
「全員皆殺しにしろ」
 ドラングルが命令した、そのときだった。
「待ちなさいよ」
 一人の女性騎士の怒りに溢れた声が響きわたった。
「あなた、それでも騎士なの。情けないわね」
 ラーナだった。
「ラーナ、何をしている。下がれ」
「ラーナさん」
 ロアナ、リンが血相を変えて叫ぶ。
「お嬢ちゃん、威勢がいいな」
「小娘、そんなに早く死にてえのか」
「今すぐ体中、串刺しにしてやるぜ」
 ドラングルの部下達がニヤニヤ笑いながら誂う。
「下がりなさい。ラーナ」
 マークフレアーが強い口調で命令すると、ラーナは微笑みながら振り向いた。
「大丈夫です。マークフレアー様をお守りするのが私の役目ですから」
「ラーナ」
 マークフレアーを始めテネア騎兵団の騎士たちは言葉を失った。
「やるなら、やってみなさいよ。あなた達になんか負けないから」
「やめろ、ラーナ」ロアナが叫ぶ。これ以上挑発しては駄目だ、そう思ったのだ。
 すると、ラーナは、カラン、と槍を地面に捨て、剣を抜いた。覚悟が出来たときから、最後はテンペスト流剣術で抗おうと決めていた。
 私の大好きなこの剣術で騎士としての使命を全うするのだ。
「次から次へと面白れえ奴が出てくる。構えをみりゃ分かるぜ。小娘。お前の腕じゃ無理だ」
「お嬢ちゃん、俺達に自慢の剣を見せてくれよ」
「俺達に負けないとは良くぬかしたものだぜ。怖いもの知らずとはこのことだ。ワッハッハ」
 ハハハとラーナは笑った。
「む、小娘、何が可笑しい」
「確かに私の剣の腕は未熟よ。あなた達には敵わないかもしれない。でもね、あなた達に負けないって言ったのは騎士としての信念のことよ。正義を愛し、悪を憎み、困っている人を助けるという騎士の信念なら、あなた達には絶対に負けないって言ったのよ」
 ラーナはキッと睨みつける。
「何だと」
「言わせておけば、生意気な小娘が」
 顔色を変え、ジリジリと剣を持って近づいてくる手下達にラーナは覚悟を決める。
(お父様、先にお母様の元に逝かせていただきます。でも騎士としての使命を果たすためなのです。どうかお許しください。マモル、ヘレン、ごめんね。あなた達を見守ることが出来なくなってしまって。お姉ちゃんを許してね。お母様、もう少しでそちらに行きます。待っていてくださいね)
 その時、もう一人の女性騎士がスッとラーナの隣に立った。
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