第22話 ドラングル戦記 前編 インカーンの丘での戦い(3)

文字数 2,247文字

「ホッホ、向こうから攻めてきましたな」
 ドラングルことコーネリアン・ユラシルは、若き頃、都エメラルドの騎士学校で、ローノルドの教えを受けていた。
 戦いの勝敗は布陣が八割を占める、敵、味方の位置を把握し、軍勢を動かすのが鉄則だと教えてきた。
 敵より低い位置に布陣しているときは、こちらから撃ってでてはならぬと言ったはずじゃ。わしの教えを忘れたか、コーネリアン、と老騎士は心の中で憂う。

「弓隊、迎撃準備」
 ロアナら三十人ほどで編成された弓隊が矢を構える。ラーナとリンもサッと構えた。
「奴ら、正気か」
 低い地形からまっすぐ迂回もせず突撃してくる敵軍勢を見て、第五騎兵隊長のアザムは驚く。
 敵ながら無謀としか思えない。
「まだ射るな。もっと引きつけてからだ」
 ロアナの声が聞こえる。
 え、もっと引き付けるの、もうすぐそこに、手の届きそうな位置まで敵が迫って来ているのに、とラーナは矢を射ちたい誘惑に駆られる。
「まだだぞ、ラーナ」
 その気持ちを見透かされたようにロアナから注意を受ける。
(え、でも)血走った目でこちらに突っ込んでくる敵兵の表情が見えた途端、ラーナは反射的に弦に番えた指を離していた。
「馬鹿、ラーナ」と、ロアナが叫ぶ。
 ビュンと飛んでいった矢は、男の三十センチほど脇を逸れていく。
「あ、ああ」
 ラーナは頭が真っ白になった。
「次の矢を番えろ」
 すぐにロアナの指示が飛ぶが、あわあわとして、矢が手につかない。
 オオ、と血走った目で槍を突き出そうと構える敵兵を見た瞬間、やられる、とラーナは目を瞑った。
 しかし、次の瞬間に見えたのは、グオオと唸り声を上げて落馬する敵兵の姿だった。一体何が起こったのか、あまりにも咄嗟のことで分からない。
「ラーナ、まだだ、前の敵を見ろ」
 ロアナだった。彼女がラーナに迫る敵兵に目標を変え、矢を射ったのだ。
 そして素早く次の矢を番える。
「早く次の矢を番えろ」「は、はい」
 ハッと我に返り矢を番える。
「射て」
 ロアナの指示で矢が一斉に放たれる。
「ウグウ」「ぐわぁ」シュパーと風を切りながら矢が飛んでいくと、敵兵が悲鳴を上げながら次々と落馬していく。
 無我夢中だった。さっきは死んだと思った。その危機をロアナに救ってもらった。今度は私が頑張らねばならない。一人でも多くの敵兵を倒すのだ。
 ラーナの表情が引き締まる。自分の射った矢が向かってくる敵兵の右腕に当たった。もんどり打って地面に転がり落ちた敵兵は、すぐに立ち上がると槍を拾い上げ、ウオオと雄叫びを上げて向かってくる。
「ラーナ、射て」とロアナが叫ぶ。
「はい」夢中で射った矢は敵兵の首にグサッと突き刺さった。さらにロアナとリンが射った矢も突き刺さる。
 敵兵はその場に倒れた。しかし、その屍を踏み潰しながら敵兵の乗った馬が次々と殺到する。 
「よし、弓隊はここまでだ。退け、退け」
 ミランドラが命令する。
「はい」
 弓隊が急いで後方に下がると、すれ違うように槍を構えた女性騎兵達が前に出てくる。
 ミランドラ率いる突撃班だ。アザム率いる第五騎兵隊の突撃班も前に出る。
 逞しい黒毛の馬に乗ったミランドラが「全隊、突撃」と掲げた右腕を振り下ろす。

 隣ではアザムが、「第七騎兵隊に遅れを取るな。第五騎兵隊、全隊、突撃」と激を飛ばす。
 一気に両騎兵隊が突撃を開始した。弓隊によりかなり削られたところへ、地形的に上から突撃を受けたドラングルの兵達は、次々と槍で突かれ地に伏していく。
「我が名は、テネア騎兵団第七騎兵隊隊長、ミランドラ・カネル。我が槍の一撃はテネアの盾なり」
 一撃のミランドラ。彼女の強烈な槍の一撃を受けた盗賊騎士団の男達がバタバタと倒れていく。
 アザムも負けてはいない。勇猛果敢なこの男がウオオと叫びながら槍を振るうと、次々と敵兵が倒れていく。
 マークフレアーは丘の上から冷静に戦況を見ていた。その隣には毛髪の薄くなった頭を撫でているローノルドの姿があった。
 騎士学校では、不利な布陣のときは、交戦を避けるよう策を巡らせるのだ、と教えてきた。兵達を無駄死にさせてはならぬとあれほど言ってきたのに、コーネリアン、わしの教えは何一つ忘れてしまったか。戦いのなか、ローノルドはそう思う。
「?」
 その時、ものすごい勢いで地形的不利をものともせずに駆け上ってくる一人の敵兵の姿が目に入った。
 まるで獲物を前にした飢えた野獣のように、爛々と赤く目を光らせ、一心不乱に向かってくる。
「コーネリアンか」
 才能ある若者だったころの面影は全く無かった。しかし、あれはコーネリアンだと確信する。
「ホッホ、身も心も、コーネリアン・ユラシルの名を捨てたか。あれはコーネリアンではない。盗賊ドラングルじゃ」
 第七騎兵隊の騎兵達が立ちはだかるが、野獣のような咆哮を上げたドラングルの槍が一閃すると、次々と倒されていく。
 何だ、あれは。あれはマウト流槍術ではない。あの邪悪さは異常だ。
「下がれ、そいつは私に任せろ」
 ミランドラが槍を振るいながら、ドラングルに近づき、「そこまでだ」と立ちはだかる。
 ミランドラを前にドラングルは手綱を引いて立ち止まった。
「何者だ」
「我が名はテネア騎兵団第七騎兵隊隊長のミランドラ・カネル。貴様がドラングルであろう」 
 なんという邪悪なオーラを発しているのだ、と内心驚くが表情には出さない。
 そうだ。オーベル、バラルと同じだ。あの時感じた邪悪なオーラだ。こいつはあの邪悪な武術を身につけたに違いないと、ミランドラは確信する。
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