第18話 欲望のパキル城(4)

文字数 2,243文字

「サンドル様、如何です。楽しんでおられますか」
 少し時間が経過した頃、ワコルが声を掛けてきた。
「オオ、ワコルか。これ、この通りよ。ランビエル殿からの誠意は確かにお受けしたぞ」
 エリン・ドールから酌を受け、サンドルは上機嫌だった。
「それはそれは、ランビエル殿も、さぞやご安心なさっていることでしょう」
 ニコニコと愛想を振り撒く、この男にランビエルとの交渉を持ちかけられた時、こう言われたのをサンドルは思い出す。
「ランビエル殿には誠意の証として、女を使わした方が良いのではと話をしております。ランビエル殿もかなり乗り気なご様子。よりすぐりの女達を遣わしてくることでしょう」
「オオ、さすがじゃ、ワコル」
 ローラル平原一の大商人と呼ばれる男が、一体どんな女を送ってくるのか、興味本位で待ってはいたが、予想を遥かに超えていた。
「確かにどの女も見目麗しく、さすがはランビエル殿が遣わした女達でございますな。オラー様もかなりお気に召したご様子」
 そう言うと、ワコルは後ろに控えていた召使い達に目配せする。
「私からの差し入れでございます。アルフレムから取り寄せました30年物のワインでございます」
 召使い達が次々と黒い瓶をテーブルに並べる。
「オオ、良く手に入ったものよ」
 サンドルが歓喜の声を上げる。エメラルドに居た時、一度だけ口にしたことがある。由緒正しき修道所で製造されたワインだと聞いた。あの奥深い味わいは今でも忘れることができない。
「沢山ご用意しております故、隊長様方もどうぞ」
 ワコルはそう言いながら、騎兵隊長達の席を練り歩く。
「そなた達、隊長様方がご満足いくようお持て成しをするのだぞ。さすれば、ランビエル殿もそなた達を遣わした甲斐があったというものだろう。エリン・ドールよ、分かっておろう」
 ワコルは女達に促す。
「はい、承知しております」
 そう言うと、エリン・ドールはワインの栓を開け、「どうぞ」とサンドルのグラスに注ぐ。
「うむ」と、一口飲んだサンドルは感嘆の声を上げた。
「これはさすがの旨さじゃ。うむ、本物のアルフレム産だ。ほれエリン・ドールよ。そなたも飲め」
 そう言いながら自分が持っていたグラスを手渡し、ワインを注ぐ。
 青い目の人形のような女は、しばしグラスを揺らし、黒い液体を眺めていた。
「ほんと、素晴らしいワインだわ」
「そうであろう、ほれ遠慮はいらん。そなたも飲んでみよ」
「ありがとうございます。それではサンドル様も御一緒にいかがでございますか」
「?」
 青い目の人形のような女が、グラスを傾けワインを口に含む。そして、突然サンドルの首に両腕を回し、唇を重ねてきた。
 甘美な味わいが口中に広がり、口端から溢れたワインが滴り落ちる。サンドルの頭の中は真っ白になった。
 ワインを注ぎ終えると青い目の人形のような女は静かに唇を離した。
「いかがでございましたか」
 無表情な女の青い瞳に見つめられた途端、一気に情欲の炎が燃え上がった。
 人目を憚らずに、ガバっと覆いかぶさる。ハアハアと荒い息を立てながら、自分でも信じられないほど興奮しているのが分かる。
「ここだと恥ずかしゅうございます。どこか二人きりになれるところに連れて行ってくださいませんか」
 エリン・ドールが耳元でそう囁く。
「わ、分かった、分かったから、こちらへ参れ」
 青い目の人形のような女の手を取り立ち上がる。
 ふと周りを見渡すと、男たちの頭に女達が両腕を絡ませながら口移しでワインを注いでいるのが見える。
 女達の従者だという若い大男が、目の前で繰り広げられている光景を、茫然自失の表情で見ている。
「アハハ、こりゃすごい光景だね。何だい、こいつら、よっぽど男に飢えているのかい」
 茶色の髪の女騎士ランダが笑う。
 そして、「おい、お前、こっちへ来な」と、突っ立っている若い大男を呼び寄せる。
「お前には刺激が強過ぎるようだね。でも、ほら、お前にも味あわせてやるよ」
 そう言うと、ワインを口に含み、若い大男の唇を塞ぐ。若い大男は呼吸が苦しく顔を歪ませるが、ランダは中々唇を離さない。
 やっと開放された途端、若い大男はむせ返り、大きく咳込む。
「ブハア」
「何だい、勿体無いね。せっかくの極上のワインなのにさ。あんたにはまだ早かったかい。アハハハ」
 異様な雰囲気の中、サンドルはエリン・ドールの手を引き、「こっちじゃ」と宴会場を出る。サンドルの手の平は興奮で汗ばんでいた。
「良い部屋があるのだ。そこであれば二人きりになれるぞ。ほれ付いて参れ」
 ギラギラと脂汗が光る小太りの男に連れられ、青い目の人形のような女は、長い廊下の奥に消えていった。

「もたもたすんなよ。早くこい」
 と怒鳴る黒く酒焼けした男の後を、赤い髪の隻眼の女が、もの凄い形相で睨みつけながら付いて行く。
 男の手には未開封のワイン瓶があった。
 目の前で、次々と女たちが、欲望に目をギラギラと滾らせた男達に連れ去られていくのを若い大男は歯を食いしばって見ていた。
「お前の女たちは、団長達に連れていかれちまったよ。ハハ、あいつら、好き者揃いだからね、朝までたっぷり、お前の女たちを可愛がってくれるよ」
 若い大男をランダが舌なめずりするような眼差しで見つめる。
「お前の女たちがどんな目にあわされるか分かるかい。フフ、悔しいだろう。寂しいだろう。でも、お前はあたしが可愛がってやるから安心おし。ほら、ついてきな」
 ランダは若い大男の腕を掴み、女たちが消えていった長い廊下の奥へと歩きだした。
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