第11話 第三騎兵隊パキルへ(3)
文字数 1,576文字
久しぶりに背中に冷や汗が滴る。だが、徐々に黒髪の騎兵の馬は遅れ始めた。先ほどまで戦場で酷使されていたのだ。馬の疲労感の差が顕著に出てきたのだろう。
林を抜け、草原に出たところで鞭を振るうと、馬は速度をさらに上げ、その差はかなり開いていく。
黒髪の騎兵は追いつけないことを悟ったようだった。手綱を引くのが気配で分かる。
後ろを振り返らずにビクトは、草原を駆け抜けていった。
「首領、ご無事ですか」
配下の者が乗った馬が並走してくる。
「ああ、大丈夫だ」
戦場でビクトが素顔を晒されたのは、いつ以来のことだろう。配下の者達の表情に驚愕の色が浮かんでいる。
「これは我らの障害となる恐れがある。すぐにテプロ様に報告せねばなるまい」
と言ったビクトは、命拾いをした安堵感が心中に浮かんでくるのを否めなかった。
遠ざかる黒い影を見ながら、ディーンは兜を脱ぎ、ふうとため息をつく。
これまで出会ったことのないタイプの相手だった。 相手の気配を全く感じることが出来なかった。窪地に潜んだまま、ジッとされていたならば、その存在に気付くことが出来なかっただろう。
矢を射ってきたことで位置を把握することが出来たのだ。男の頭巾を斬ったとき、顔がチラッと見えた。鋭い切れ長の目が印象的だった。
何者なのだろうか。恐らくは敵の偵察部隊だと思うが恐ろしい相手だ。こちらの動きが筒抜けになっているのかもしれないという恐怖を感じる。
陣地に戻ると皆が、地面に横たわるマサリルを囲んでいた。皆沈痛な面持ちだ、
「畜生、畜生」とライムトンが拳を何度も叩いている。「マサリルの兄貴」とタブロが悔し涙を浮かべ、ジミーは何も言わず、悲しげな表情で空を見上げていた。
面倒見の良い兄貴分だった。しかも子供が生まれたばかりなのに、何故、マサリルが死ななければならないんだ。ディーンの胸中に憤りと怒りが渦巻く。
ふとマキナルのことを思い出す。
彼は四年前の、ここボルデーでのアジェンスト帝国との戦いで、妻子を失ったという。家族を守るため命をかけて戦ったのに、結果的に守ることが出来なかったのだ。
そのときのマキナルの心中は察して余りある。
何故、こんなに理不尽なんだ。一体誰が悪いんだ。頭の中で自問自答する。
そうだ、アジェンスト帝国だ。奴らが侵略さえしてこなければ、こんな悲劇が起こることはないのだ。
その根底にあるのは悪霊の騎士の存在だ。俺達の悲しみすら、あの男達は喜んで邪悪な魂の糧にするのだろう。
許せない。沸々と怒りが湧いてくる。
無表情で、マサリルを見下ろしながらロラルドは思う。
激戦が続き、死者が出るのが日常茶飯事になってくると、感覚が麻痺してくるものだ。だが、こうして死んだ仲間を見送ることに決して慣れることはない。
サルフルムが近づいてきた。
「マサリルは気の毒だったが、後はわしらに任せてすぐにパキルに向かえ」と厳しい顔で告げられるが、すぐには了承の言葉が出てこない。
「こいつ、子供が生まれたばかりなんですよ。使者を一人テネアに向かわせてやってください」
せめてテネアで待つ、マサリルの妻に伝えてやりたかった。
「分かっておる。マサリルの他にも死んだ者はいる。兵站の者に頼むとしよう」
そうなのだ。この戦いで散った者は他にもいる。今後も出てくるだろう。
サルフルムの指示で第一騎兵隊の兵達が穴を掘り始めていた。
戦死者はその場に葬るのが決まりだ。広大なるローラル平原に墓標を建てるのだ。
「ちゃんと埋葬してやるから安心せよ。我らは皆、最後はローラル平原の土に戻る」
サルフルムは、地面に静かに横たわるマサリルに向かって黙祷すると、去って行った。
そうだ、段々と思い出してきた。これが戦いという奴だ。
「全隊、これよりパキルに向かう」
ロラルドが命令すると、兵達は、オオ、と気勢を上げた。
林を抜け、草原に出たところで鞭を振るうと、馬は速度をさらに上げ、その差はかなり開いていく。
黒髪の騎兵は追いつけないことを悟ったようだった。手綱を引くのが気配で分かる。
後ろを振り返らずにビクトは、草原を駆け抜けていった。
「首領、ご無事ですか」
配下の者が乗った馬が並走してくる。
「ああ、大丈夫だ」
戦場でビクトが素顔を晒されたのは、いつ以来のことだろう。配下の者達の表情に驚愕の色が浮かんでいる。
「これは我らの障害となる恐れがある。すぐにテプロ様に報告せねばなるまい」
と言ったビクトは、命拾いをした安堵感が心中に浮かんでくるのを否めなかった。
遠ざかる黒い影を見ながら、ディーンは兜を脱ぎ、ふうとため息をつく。
これまで出会ったことのないタイプの相手だった。 相手の気配を全く感じることが出来なかった。窪地に潜んだまま、ジッとされていたならば、その存在に気付くことが出来なかっただろう。
矢を射ってきたことで位置を把握することが出来たのだ。男の頭巾を斬ったとき、顔がチラッと見えた。鋭い切れ長の目が印象的だった。
何者なのだろうか。恐らくは敵の偵察部隊だと思うが恐ろしい相手だ。こちらの動きが筒抜けになっているのかもしれないという恐怖を感じる。
陣地に戻ると皆が、地面に横たわるマサリルを囲んでいた。皆沈痛な面持ちだ、
「畜生、畜生」とライムトンが拳を何度も叩いている。「マサリルの兄貴」とタブロが悔し涙を浮かべ、ジミーは何も言わず、悲しげな表情で空を見上げていた。
面倒見の良い兄貴分だった。しかも子供が生まれたばかりなのに、何故、マサリルが死ななければならないんだ。ディーンの胸中に憤りと怒りが渦巻く。
ふとマキナルのことを思い出す。
彼は四年前の、ここボルデーでのアジェンスト帝国との戦いで、妻子を失ったという。家族を守るため命をかけて戦ったのに、結果的に守ることが出来なかったのだ。
そのときのマキナルの心中は察して余りある。
何故、こんなに理不尽なんだ。一体誰が悪いんだ。頭の中で自問自答する。
そうだ、アジェンスト帝国だ。奴らが侵略さえしてこなければ、こんな悲劇が起こることはないのだ。
その根底にあるのは悪霊の騎士の存在だ。俺達の悲しみすら、あの男達は喜んで邪悪な魂の糧にするのだろう。
許せない。沸々と怒りが湧いてくる。
無表情で、マサリルを見下ろしながらロラルドは思う。
激戦が続き、死者が出るのが日常茶飯事になってくると、感覚が麻痺してくるものだ。だが、こうして死んだ仲間を見送ることに決して慣れることはない。
サルフルムが近づいてきた。
「マサリルは気の毒だったが、後はわしらに任せてすぐにパキルに向かえ」と厳しい顔で告げられるが、すぐには了承の言葉が出てこない。
「こいつ、子供が生まれたばかりなんですよ。使者を一人テネアに向かわせてやってください」
せめてテネアで待つ、マサリルの妻に伝えてやりたかった。
「分かっておる。マサリルの他にも死んだ者はいる。兵站の者に頼むとしよう」
そうなのだ。この戦いで散った者は他にもいる。今後も出てくるだろう。
サルフルムの指示で第一騎兵隊の兵達が穴を掘り始めていた。
戦死者はその場に葬るのが決まりだ。広大なるローラル平原に墓標を建てるのだ。
「ちゃんと埋葬してやるから安心せよ。我らは皆、最後はローラル平原の土に戻る」
サルフルムは、地面に静かに横たわるマサリルに向かって黙祷すると、去って行った。
そうだ、段々と思い出してきた。これが戦いという奴だ。
「全隊、これよりパキルに向かう」
ロラルドが命令すると、兵達は、オオ、と気勢を上げた。