第26話 ドラングル戦記 中編 血染めのインカーンの丘(3)

文字数 2,824文字

「リンちゃん」ラーナが驚く。
 隣でリンが毅然とした表情で剣を握りしめていた。
「私もまだ未熟だけど、誇りあるテネア騎兵団第七騎兵隊です。こんな人達には負けません」
「よく言った。ラーナ、リン、お前達はもはや立派な騎士だ。先輩である私がお前達に遅れを取る訳にはいくまい」
 そういいながらロアナが剣を構えてラーナたちと一緒に前に立つ。
 三人の女性騎士のあまりの気迫に手下達が怯む中、ドラングルは、ハアとため息をついた。
「このような小娘にまで、愚かで誤った信念を植え付けるとは、ローノルド先生、なんと浅はかな、そして罪なことを教えられましたな」
 ドラングルはスラリと剣を構える。
「この小娘達は私が直々に成敗いたす」
「ホッホ、コーネリアン、忘れたか。戦いの勝敗は布陣が八割を占める、敵、味方の位置を把握し、軍勢を動かすのが鉄則だと教えたはずじゃぞ。敵より低い位置に布陣しているときは、こちらから撃ってでてはならぬと言ったはずじゃ」
 射すくめるような老兵の視線にドラングルは昔、騎士学校でそう教わったことを思い出す。
 ああ、たしかにあの時はその通りだと納得したものだ。だが、一軍の将となった今は違う。勝ったものが正しいのだ。
「ハッハ、これはしたり。この状況下で何を言うかと思えば。絶体絶命の中、遂に冷静さを失われましたな、先生」
 かつての師にニヤついた顔を向ける。
「ホッホ、聞こえぬのか、コーネリアン、あの音が」
「何い」
 後ろから沢山の蹄の音とカチャカチャと金属が擦れる音が近づいてくるのに気づく。何者だと、振り向いたドラングルのすぐ横を何かが掠っていった。
「ム」
 隣にいた手下の額に矢が突き刺さっていた。
 普通矢が飛来してくればシュッという飛行音がするものだ。しかし、何も音が聞こえなかった。どういうことだ、と驚いていると、さらに両隣にいた手下達も額に矢を刺したまま、唸り声を上げ倒れていく。
 誰かがどこからか矢を射っているのは間違いないが、空気を切り裂く音が聞こえない。それだけではない。同時に三人づつ額を矢で射られていく。
 そういえば、マウト流武術の修練に励んでいたとき、師から聞いたことがある。マウト流弓術を極めた者が射た矢は音もなく飛んでいくのだと。
「全員伏せなさい」
 マークフレアーの指示に、すぐさま全員、地面に伏せる。
 ドラングル一味やナダベルの配下の男達も伏せざるを得ないが、少しでも顔を上げようものならすぐに矢で額を貫かれる。恐るべき弓矢の腕である。
「ジミーだわ」
 ラーナが歓喜の表情を浮かべる。
 マークフレアー達がいる小高い丘の後方に同じような丘が見える。その丘はここよりも高くこちら側を見渡す事ができた。
 まさにジミーはそこから矢を次々と射っていたのである。
「へへへ、動くんじゃねえさ。動く奴から射ってやるさ」
「敵が来たら俺に任せろ、ジミー。君は弓に集中してくれ」
 その隣でディーンが剣を構えながら、全方向を警戒している。

 ドラングルとナダベル達は身動きが取れずにいた。恐るべき弓矢の腕だ。
「これは少し困りましたね」
 ナダベルが妖艶な笑みを浮かべる。配下の黒装束の男達も三人が額を射抜かれていた。
「己、何者だ、小癪な」
 ドラングルが顔を真っ赤にして怒る。しかし矢が止むまで待つより手立てはない。恐るべき弓矢の腕の持ち主とは言え相手は一人だ。いずれ矢が尽きよう。
 正に狙い通りに矢がピタリと止まった。この隙を逃さず「よし、あの丘だ。行け」と指示を出すと、手下達はオオと一斉に立ち上がり後方へ駆け出す。
 しかし、すぐに手下達は立ち止まった。
 眼の前に三百ほどの騎兵達が立ちはだかっていた。

「援軍か」「何者だ」
「戦いの最中に敵に名を聞かれて、いちいち名乗る馬鹿がいるかい」
 無精髭を生やした逞しい体格の男がそう言い放つと、無造作に目の前にいたドラングル一味の男を切り捨てる。
 ロラルド・バサス。彼率いるテネア騎兵団第三騎兵隊がボルデー戦線から駆け付けてきたのだ。
 ジミーが矢でドラングル達を釘付けにしている間に、丘の上まで登ることができた。
「ウオオ、てめえ等良くもやってくれたな」
 タブロが鬼のような形相で槍を振り回すと、あっという間にドラングルの手下達の屍が広がる。
「良くも仲間たちをやりやがったな。許さねえぞ。我が一撃をくらえ」
 ライムトンが怒りに任せたまま、思い切り突撃するとドラングルの手下達が吹っ飛んでいく。
 あっという間にマークフレアーを包囲していたドラングルの手下達は掃討される。
「ご無事ですか、マークフレアー様」
「大丈夫よ、ロラルド、よく来てくれたわ」
 マークフレアーは一瞬安心した表情を見せたが、すぐにキリッと引き締める。
「気を付けて。四罪の騎士の一人がそこにいるわ。ドラングルもジュドー流剣術に取り込まれているわ」
「ああ、そのようですね」
 そう言いながらラーナ、リンを見る。
「よく頑張ったな。二人とも。後は俺達に任せてマークフレアー様の側に行け」
 はい、と二人は安堵した表情を隠さない。
「無理しやがって。お前が死んだら師匠に何て顔向けすりゃいいんだよ」
 後ろに下がろうとするラーナに声を掛ける。
「でもロラルドが助けに来てくれたじゃない。私、頑張ったのよ、騎士としてのプライドは捨てなかったわ」
 ラーナが微笑む。全くこのお転婆娘め、とロラルドは苦笑する。
「ああ、よくやったな」
「うん」
 ラーナはそう言うと安心したのか、その場で尻もちをついた。全体力、全神経を使い果たしたのだ。「ラーナさん」「ラーナ」
 ロアナとリンが両脇を抱えながら後ろに下がっていく。
「さてと」
 ロラルドが前を見ると、逆だった茶色の髪と右頬に切創を持つ男が悪鬼のような表情でこちらを睨んでいる。
「貴様がドラングルか。よくも好き放題やってくれたな。この代償は高くつくぜ」
「どこから湧いてきおった。この虫けらどもが」
「ほう、俺達を虫けら扱いか。よく言うぜ。その虫けらにやられたら、お前達は虫けら以下ってことだぜ」
「何い」
 いつも飄々としている、ロラルドの怒りに溢れた表情が、第三騎兵隊の騎兵達の闘争心を更に掻き立てる。
「何と生意気なやつよ、良かろう。私自ら成敗してくれよう」
「御託を並べるのはいいから、早く掛かってきな」
 バチバチとロラルドとドラングルとの間で火花が散る。ドラングルが斬りかかると、受け止めながら切り返したロラルドの剣先がドラングルの左頬を掠る。
「き、貴様」
 滴る血を抑えながらドラングルは激昂する。
 一方、タブロとライムトンの槍が唸りを上げると、その勢いに乗せられるように第三騎兵隊の騎兵達はドラングル一味に襲いかかる。
「おうりゃ。てめえら一人残らず、俺の槍であの世に送ってやる。覚悟しな」
「マークフレアー様に手出しする者は、俺が許さん。我が一撃はテネアの盾なり」
 タブロとライムトン。二人の豪傑を中心とした第三騎兵隊はドラングル一味を圧倒する。
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