第6話 ボルデーの戦い(3)
文字数 2,402文字
「どうした、敵を追うんじゃねえのか」
「まさか、撤退するのか」
「ロラルドのおっさんは、何を考えているのさ」
タブロ、ライムトン、ジミーが不満気に声を上げる。
「いいから、隊長の命令は絶対だ」
マサリルが注意する。二十七歳の彼は、配属されたばかりのディーン達新人騎士四人に取って頼りになる面倒見の良い先輩だった。
「マサリルの兄貴」
「チッ、仕方ないさ」
タブロ、ジミー達は渋々従うと、ディーンの近くに寄る。
「なにかあったのか」
「さっき通り過ぎた森に敵が潜んでいる。それを何とかしないと、こっちがまずい状況になるだろう」
「え」
ディーンの言う言葉に、前方の森を見据えると、突如、敵兵がワサワサと森の中から出現するのが見えた。歩兵が主体だが騎兵もいる。
「本当にいやがった」と、ロラルドは驚きを隠せなかったが、すぐさま指示を出す。
「三隊に分ける。べード、お前は右の敵勢に当たれ。ケルン、お前は左の敵勢に当たれ。中央は俺が指揮する」
「ハッ」「ハッ」
二人の副隊長がそれぞれ百騎づつ率いていく。
「ディーン、タブロ、ジミー、ライムトン、お前たちは俺と一緒に中央に突撃しろ」
「オオよ」「任せなさ」「一撃を食らわせてやる」
「はい」とディーンが頷く。新人騎士を突撃に参加させるのは異例のことだった。しかし、これまでの戦いぶりを見ると、その抜擢が間違いでないことを周りの兵達は既に理解していた。
森に潜んでいた千人ばかりのアジェンスト帝国軍の伏兵は、敵が反転してこちらに向かってくるのを見て目を剥いた。
想定外のことだったのである。
気付かれたか、と伏兵を指揮していた隊長は青ざめた表情をしたが、すぐに気を取り直すと「突撃」と兵達に気合をかける。
しかし、怒涛の勢いで突撃してくるロラルド隊に為すすべがなく、すぐさま混乱状態に陥る。
さらに後方からきた、サルフルム率いる軍勢が戦闘に加わると、千人の伏兵はあっという間に規律を失い、次々と討たれていった。
「不要な殺生は不要。まずは敵を終え」
サルフルムが叫ぶと、兵達がオオっと追撃を再開する。
サミエルは絶句した。森に忍ばせておいた伏兵までやられた。こんな戦況は想定していない。
「もはやこれまで。全軍撤退だ。殿 はカナリムに任せる」
これ以上敵の勢いを止めることは出来ないと判断したサミエルは、言うやいなや馬に跨り、走り去っていく。
「撤退、撤退」「早くしろ。撤退だ」
怒号が飛び交う中、一人顔を真赤にして、兵達にその場に残って戦うよう絶叫している男がいた。
「ええい、引くな引くな。絶対に引いてはならんぞ」
ダボーヌだった。
「ダボーヌ様、サミエル副司令から撤退命令が出ております。もはやこれまで。早く撤退を」
「何をいうか、勝負はこれからだ。ピネリー王国の弱兵共に負けてたまるか」
逆上したダボーヌにテネア騎兵団の兵達が迫ってくる。さらに右からも百騎ほど向かってくるのが見える。
「敵将がいたぞ」「オオ、首を取れ」
迫りくるピネリー王国兵を目の当たりにした副官のモレンドが血相を変えて叫ぶ。
「ダボーヌ様、早く撤退を」
「何をいうか。私は戦うぞ。一人でも戦ってやる」ダボーヌは剣を掲げたまま、制止を受け入れる様子がない。
「やむを得ん。御免」埒が明かないと判断した、モレンドがダボーヌが乗っている馬の尻に鞭を入れると、馬はヒヒーンと嘶きを上げ、喚き散らす男を乗せたまま後方に駆けていった。
一方、殿 を任されたカナリムは怒涛のように押し寄せるピネリー王国軍に、孤軍奮闘していた。
「くそ、ええい。とどまれ、留まらぬか」
後退しながら敵の追撃を迎え撃つ殿 は、正に決死の役目だ。味方の兵を逃がすため、少しでも敵の追撃を遅らせることが求められる。
「ええい」
カナリムは槍をブンブンと振り回しながら、味方の兵を鼓舞すると、兵達も果敢に槍を振るう。
そこへサルフルムが現れた。
「我が身を犠牲にして、殿役を果たすとは敵ながら見事じゃ。じゃが、ここまでだ」
ジャッキンと長槍を構えて、カナリムに向かっていく。
鬼の表情で近づいてくる老騎士に、カナリムは悟った。あれが鬼のサルフルムだ、あの伝説の男が一騎打ちを挑んできたのだ。
「貴様は、鬼のサルフルムであろう。上等だ。一度貴様とは槍を交えてみたいと思っていたところよ。我が槍の餌食にしてくれる」
カナリムは逃げずに一騎で立ち向かっていく。
「いかにもわしがサルフルムじゃ。我が名を聞いて立ち向かってくるとは、天晴な奴よ。お主の名は」
「我が名は、アジェンスト帝国軍第七騎兵団第五中隊のカナリムじゃ。我が槍を受けてみよ」
とカナリムは、オオオと叫びながら渾身の力で槍を突き出す。サルフルムもすれ違い際、ムンっと槍を突き出す。
カナリムの槍はサルフルムの右肩を掠り、サルフルムの槍は甲冑ごとカナリムの胸を貫いていた。
「グオ」と、血を吐きながらカナリムの体は馬上からドッと地面に落ちた。
「カナリム様」
「カナリム様がやられた」
カナリムの指揮下、必死に殿 役を務めていた兵達は一斉に逃げ出した。
アドレナリン全開で追撃を続けてから、既に三時間ほどが経過していた。
平原の至るところにアジェンスト帝国軍の兵たちの屍が広がっている。
「追撃やめえ」
ここでサルフルムは、そう命令を下した。兵達や馬達の疲労を考えた結果だった。
こうして、ローラル平原の各騎兵団からなる連合軍とマルホード軍の緒戦は、連合軍の圧倒的な勝利に終わった。
「全軍、小休止」
一斉にドンと腰を下ろす。
サルフルムは水筒の水をゴクリと飲むと、ふうと大きく溜息をついた。
兵たちの状況を把握すべく周りに目をやると、かなりの疲労はあるものの、負傷者は少なくそれも軽症の者が多かった。
しかし、勇猛に戦い散った者達も少なくはない。
(安らかに眠れ。わしもそのうちにそちらにいく)
静かに目をつむり、心の中で老将は祈りを捧げた。
「まさか、撤退するのか」
「ロラルドのおっさんは、何を考えているのさ」
タブロ、ライムトン、ジミーが不満気に声を上げる。
「いいから、隊長の命令は絶対だ」
マサリルが注意する。二十七歳の彼は、配属されたばかりのディーン達新人騎士四人に取って頼りになる面倒見の良い先輩だった。
「マサリルの兄貴」
「チッ、仕方ないさ」
タブロ、ジミー達は渋々従うと、ディーンの近くに寄る。
「なにかあったのか」
「さっき通り過ぎた森に敵が潜んでいる。それを何とかしないと、こっちがまずい状況になるだろう」
「え」
ディーンの言う言葉に、前方の森を見据えると、突如、敵兵がワサワサと森の中から出現するのが見えた。歩兵が主体だが騎兵もいる。
「本当にいやがった」と、ロラルドは驚きを隠せなかったが、すぐさま指示を出す。
「三隊に分ける。べード、お前は右の敵勢に当たれ。ケルン、お前は左の敵勢に当たれ。中央は俺が指揮する」
「ハッ」「ハッ」
二人の副隊長がそれぞれ百騎づつ率いていく。
「ディーン、タブロ、ジミー、ライムトン、お前たちは俺と一緒に中央に突撃しろ」
「オオよ」「任せなさ」「一撃を食らわせてやる」
「はい」とディーンが頷く。新人騎士を突撃に参加させるのは異例のことだった。しかし、これまでの戦いぶりを見ると、その抜擢が間違いでないことを周りの兵達は既に理解していた。
森に潜んでいた千人ばかりのアジェンスト帝国軍の伏兵は、敵が反転してこちらに向かってくるのを見て目を剥いた。
想定外のことだったのである。
気付かれたか、と伏兵を指揮していた隊長は青ざめた表情をしたが、すぐに気を取り直すと「突撃」と兵達に気合をかける。
しかし、怒涛の勢いで突撃してくるロラルド隊に為すすべがなく、すぐさま混乱状態に陥る。
さらに後方からきた、サルフルム率いる軍勢が戦闘に加わると、千人の伏兵はあっという間に規律を失い、次々と討たれていった。
「不要な殺生は不要。まずは敵を終え」
サルフルムが叫ぶと、兵達がオオっと追撃を再開する。
サミエルは絶句した。森に忍ばせておいた伏兵までやられた。こんな戦況は想定していない。
「もはやこれまで。全軍撤退だ。
これ以上敵の勢いを止めることは出来ないと判断したサミエルは、言うやいなや馬に跨り、走り去っていく。
「撤退、撤退」「早くしろ。撤退だ」
怒号が飛び交う中、一人顔を真赤にして、兵達にその場に残って戦うよう絶叫している男がいた。
「ええい、引くな引くな。絶対に引いてはならんぞ」
ダボーヌだった。
「ダボーヌ様、サミエル副司令から撤退命令が出ております。もはやこれまで。早く撤退を」
「何をいうか、勝負はこれからだ。ピネリー王国の弱兵共に負けてたまるか」
逆上したダボーヌにテネア騎兵団の兵達が迫ってくる。さらに右からも百騎ほど向かってくるのが見える。
「敵将がいたぞ」「オオ、首を取れ」
迫りくるピネリー王国兵を目の当たりにした副官のモレンドが血相を変えて叫ぶ。
「ダボーヌ様、早く撤退を」
「何をいうか。私は戦うぞ。一人でも戦ってやる」ダボーヌは剣を掲げたまま、制止を受け入れる様子がない。
「やむを得ん。御免」埒が明かないと判断した、モレンドがダボーヌが乗っている馬の尻に鞭を入れると、馬はヒヒーンと嘶きを上げ、喚き散らす男を乗せたまま後方に駆けていった。
一方、
「くそ、ええい。とどまれ、留まらぬか」
後退しながら敵の追撃を迎え撃つ
「ええい」
カナリムは槍をブンブンと振り回しながら、味方の兵を鼓舞すると、兵達も果敢に槍を振るう。
そこへサルフルムが現れた。
「我が身を犠牲にして、殿役を果たすとは敵ながら見事じゃ。じゃが、ここまでだ」
ジャッキンと長槍を構えて、カナリムに向かっていく。
鬼の表情で近づいてくる老騎士に、カナリムは悟った。あれが鬼のサルフルムだ、あの伝説の男が一騎打ちを挑んできたのだ。
「貴様は、鬼のサルフルムであろう。上等だ。一度貴様とは槍を交えてみたいと思っていたところよ。我が槍の餌食にしてくれる」
カナリムは逃げずに一騎で立ち向かっていく。
「いかにもわしがサルフルムじゃ。我が名を聞いて立ち向かってくるとは、天晴な奴よ。お主の名は」
「我が名は、アジェンスト帝国軍第七騎兵団第五中隊のカナリムじゃ。我が槍を受けてみよ」
とカナリムは、オオオと叫びながら渾身の力で槍を突き出す。サルフルムもすれ違い際、ムンっと槍を突き出す。
カナリムの槍はサルフルムの右肩を掠り、サルフルムの槍は甲冑ごとカナリムの胸を貫いていた。
「グオ」と、血を吐きながらカナリムの体は馬上からドッと地面に落ちた。
「カナリム様」
「カナリム様がやられた」
カナリムの指揮下、必死に
アドレナリン全開で追撃を続けてから、既に三時間ほどが経過していた。
平原の至るところにアジェンスト帝国軍の兵たちの屍が広がっている。
「追撃やめえ」
ここでサルフルムは、そう命令を下した。兵達や馬達の疲労を考えた結果だった。
こうして、ローラル平原の各騎兵団からなる連合軍とマルホード軍の緒戦は、連合軍の圧倒的な勝利に終わった。
「全軍、小休止」
一斉にドンと腰を下ろす。
サルフルムは水筒の水をゴクリと飲むと、ふうと大きく溜息をついた。
兵たちの状況を把握すべく周りに目をやると、かなりの疲労はあるものの、負傷者は少なくそれも軽症の者が多かった。
しかし、勇猛に戦い散った者達も少なくはない。
(安らかに眠れ。わしもそのうちにそちらにいく)
静かに目をつむり、心の中で老将は祈りを捧げた。