第19話 欲望のパキル城(5)

文字数 2,300文字

 青い目の人形のような女が側に来るのを、サンドルは息を荒くして待っていた。
 ワコルが建築したこの遊興施設には、宴会場のほか、女達と寝るためだけに作られた10もの寝室が併設されている。
 中でも高級な丁度品を誂えらた、一番広いこの部屋はサンドルのお気に入りだった。
 金を払い、弱みにつけ込み、この部屋で一体何人もの女と夜を過ごしてきたことだろう。
 この手に抱いた女達のことを思い出すと、サンドルは今でも興奮を覚える。
 そして今、目の前に、これまでで一番魅惑的な女がいる。この女も、我が騎兵団の参戦を防ぐための交渉条件として体を差し出そうとしている。
 それにしても、女が衣服を脱ぐのを眺めているだけで、こんなにも興奮するのは、いつ以来のことだろう。
 少年の頃、女の体を初めて知ったときのことを思い出す。
 初めての女はユラシル家に仕えていたベテランの侍女だった。歳は二十代後半で、一度結婚したものの夫を亡くし今は一人身なのだと聞いた。 
 決して女にモテる容姿ではないと自覚していた。そこで金で女を誘ってみた。初め、女は断っていたが、脈はあると踏んでいた。
 案の定、金額を釣り上げると女はすぐに体を開いてくれた。
 ああ、見た目の良い容姿など必要ないのだと、その時サンドルは理解した。金だ、金さえあれば女は付いてくるのだ、と実感したのである。
 あの美しかった母でさえ生活のため、夜な夜なユラシル伯爵の屋敷に通っていたのだ。
 愛だの、恋だの、と騒いでいる世の中の連中を見ていると本当に馬鹿馬鹿しい奴らだと思う。
 どんなにその女に恋い焦がれていようと一緒に寝ることなど出来ないではないか。だが、金があれば、相手の弱みにつけ込むことが出来れば、造作はない。相手の感情など、どうでもいい話だ。
 自分の欲望さえ満たすことができれば良いのだ。

 男の好色な視線の前で、一糸まとわぬ姿となった、青い目の人形のような女がこちらを向く。
 透き通るような真っ白な肌。背中に彫られた蝶のタトゥー。ああ、何という美しさじゃ。
 堪らず「早くじゃ、早くこちらへこぬか」とベッドにくるよう催促するが、女は中々こちらへ来ようとはしない
「エリン・ドール、早くこちらへこぬか。御願いじゃ、早く、早くじゃ」
「私との約束、覚えておりますか」と、こちらをジイっと見つめる女に「分かっておる、分かっておる。テネアヘの出撃は考え直しても良い。分かっておるから、早くこちらへ来ておくれ」と男は鼻息を荒くさせて懇願する。
 すると、青い目の人形のような女は「約束でございますよ」と念を押し、無表情で男に近づいてきた。
「分かっておる。分かっておるから」
 取り憑かれたように男が、コク、コクと頷くと、女は静かにベッドの上に仰向けになった。

 少し左膝を立てて横たわる、長身で靭やかな肢体にサンドルの目は釘付けになる。
 誰にも媚びず、何事にも動じることのないように見開かれた青い瞳は美しく、相手を圧倒するような気高さが感じられる。
「おお、美しい。何と言う美しさじゃ」
 高級なシルク生地の肌触りを味わうかのように、長い両脚に頬を何度も擦り付ける。
 エリン・ドールの顔を見上げると、青い目の人形のような女は目を閉じる様子もなく無感情のまま、ただジッと天井を見つめていた。
 本当に人形のような女じゃ、わしがこんなにも昂っているというのに。
 まるで女から虐げられているような感覚に興奮した男が、爪先から脹脛、太腿へと貪るように舌先を這わせると、これ以上の侵入を拒むかのように、青い目の人形のような女は両脚を閉じた。
 しかし、柔肌を押し分け、強引に潜り込んできた男の熱い息が内腿に触れると、エリン・ドールは、僅かに残った男の髪に細長い指を絡ませ、身を捩らせる。
「ああ、わしのエリン・ドール」
 荒い息を籠らせながら、男の頭部が蠢き始めると、青い目の人形のような女は、オオッと叫び体を仰け反らせた。
 

「いい部屋だろう」
 四人並んでも寝れるような大きさのベッドにワインの瓶を乱暴に放り投げると、オラーはベッドの上にドンッと腰掛けた。
 目の前で、鋭い目付きで男を睨んだまま、ターナが服を脱ぎ捨てていた。
「ほう、そんなに早く俺と寝たいのか」
 と、オラーがニヤニヤ笑う。
「ふん、勘違いするんじゃないよ。あんたに乱暴に扱われて服が破けちまうのが嫌だから先に脱いでいるだけだよ」
「ほう、そいつはいい心掛けだ」
 そう言いながら、ワイン蓋の口に右手の親指をズボッと突っ込むと、アルフレムから取り寄せたという30年物のワインをグビグビと水のように飲む。
 プハァーと熱い息を吐く、男の肌が赤く上気していくのを、ターナは微動だにしないまま睨んでいる。
「そんなに怖い顔すんなよ。夜は長いぜ」
 そう言いながら腰のベルトを外すと、「こっちへ来な」とベッドに来るよう催促する。
「チッ」
 ベッドの上に仰向けに寝転がり、ニヤ二ヤと笑みを浮かべる男を見下ろしながら、ターナは強く下唇を噛んだ。

 ギシイ、ギシイとベッドが規則的に軋む音と共に、唸るような男の荒い鼻息と、微かに漏れる女の吐息が聞こえる。
 ベッドが軋むたびに伸し掛かってくる、自分より大きな女の肉感に男の興奮が高まっていく。
 目の前でゆっさゆっさと揺れる女の豊かな膨らみに舌を這わせると、女は「チッ、くそったれ」という嫌悪の言葉を吐き、男の背中に両腕でしがみつく。
「いいぜ、一晩だけじゃ勿体無え。俺の女になれ。ターナ」
 そういいながらオラーが体を大きく弾ませると、ターナは、アアと大きな声を漏らしながら男の頭を強く抱いた。

 パキル城の長い夜は始まったばかりだった。
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