第31話 軍隊殺しの夜(2)
文字数 2,274文字
「早くエリンのところに行かなきゃ」
「そうだな」
二人が背を向けた途端、「この野郎ども、俺の前で舐めた態度を取りやがって」と、頭から血を流しながらオラーが立ち上がった。
怒髪天を衝くほどの怒りの表情だ。だが、その足元はふらついていた。
「ほんと、しつこい野郎だ。呆れるくらいタフだね。いいから行くよ、アルジ」
ターナがハアーと溜息をつく。
「待ちやがれ、このアマ」
オラーは壁に立て掛けてあった槍を掴んだ。
「女の分際で、俺を舐めやがって、許さねえ、こっちへ戻れ」
ものすごい形相でターナに向かって槍を構える。
「お前こそ、女を何だと思っているんだい。お前の欲望を満たすだけの道具だとでも思っているのかい」
ターナは背を向けたまま立ち止まる。
「うるせえ、女なんか黙って俺の言う通りにしてりゃあいいんだ。お前も楽しんでいたじゃねえか」
再びターナがため息をつく。
「つける薬がないね。尤も酒びたりのお前に効く薬はないみたいだけど。いいかい、女は体で感じるんじゃない。心で感じるものなんだ。沢山女を抱いてきているくせに、そんなことも判らないのかい。お前のはただの一人よがりなんだよ。お前と寝たって苦痛なだけなんだよ。アルジはお前より年下だけど、女の扱いはお前なんかより遥かに上手いよ。女の喜ばせ方をアルジから教えてもらいな」
「何だと、このアマ」
ワナワナとオラーの体が屈辱で震える。
「こんな奴ほっといて行こうよ、アルジ」
ターナにそう言われ、二人でドアに向かう。
「てめえ、舐めやがって、俺の言うことが分からねえ女に用はねえ。死にやがれ」
ターナの背中に向かって槍を突き出す。
「これまで散々女達をコケにして、痛ぶって喜んできたんだろう」
スウーとターナが立ち止まる。
後ろ向きの姿勢から、シュっと槍が生き物のようにオラーに向かって伸びていき、穂先が男の鳩尾に突き刺さった。
「ぐ、グオお」
ターナ愛用の多節槍フレキスピアーだった。
「あの世で女達に侘びな」
ターナが後ろ向きのまま、穂先をグイッと引き抜くと、オラーの断末魔が上がった。
二人は振り向かずに部屋を立ち去った。
それにしてもとターナは思う。掟とはいえ、あたし達もアルジのことを道具のように扱ってきたなと。アルジに取ってみれば、あたし達もオラーとかわりないのかも知れない。
複雑な心境でターナは、逞しくなったアルジの背中を見た。
ああ、何と言う快感じゃ。必死に女の体にしがみつきながら、気が遠くなりそうな感覚にサンドルは襲われていた。
しかし、さっきから何かおかしな気がする。フラつくような、夢を見ているような虚ろな感じだ。
すると、青い目の人形のような女の姿が次第に霞んでいき、ついには見えなくなった。
「結構時間がかかったわ」
ふうとエリン・ドールが溜息をつく。ベッドの上で肥えた腹を剥き出しにしたまま、頭髪の薄い男がぐうぐうと鼾をかいていた。
「ほんと、気持ち悪い。最低な男」と氷のように冷たい視線を男に向ける。
ふと上から人の気配を感じる。見上げると、天井の隠し扉から黒い影が二人、落ちてくるのが見えた。
突然、バタンとドアが開き、アルジがすごい勢いで部屋の中に入ってきた。
「エリン、大丈夫」
「大丈夫よ、アルジ」
全裸のエリン・ドールを見て、アッと目を背けながらスナイフルを手渡す。
天井から隠し扉がバタンとぶら下がっており、護衛の者らしき、黒装束の男が二人床の上に倒れていた。
「ありがとう、アルジ、みんなは大丈夫かしら」
「大丈夫だよ。みんなもう部屋の外に出ている」
「そう。そろそろお頭 がやって来る頃だわ。急ぎましょ、アルジ」
「分かった」
エリン・ドールは、サッと服を着ると、ベッドの上に横たわっているサンドルを冷たい視線で見下ろす。
「アルジ、この男は生かしておけってお頭から言われているから、外に連れ出して頂戴」
「分かった」
アルジは手早く、サンドルの両手両足を縄で縛り上げると、ヒョイっと片手で担ぎ上げた。
それにしても、とエリン・ドールをジッと見る。
「どうしたの」
「い、いや、あのその、うん。さっき宴会場でエリンが口移しでサンドルにワインを飲ませているのを見て凄い怒りが込み上げて来たんだ。作戦だって分かってはいたけど、僕はまだまだ駄目だな。冷静さが足りないよ」
言ってから、アッとアルジの顔が赤くなった。僕は何てことをいってしまったのだろう。
「そう。あたしと同じね」
「え」
「さっき、アルジが女隊長さんから口移しでワインを飲まされているのを見たわ」
「え」
スッと青い目の人形のような女の顔が近づき、唇が重なった。
「急ぐわ、アルジ」
そう言って部屋の外に出ていくエリン・ドールの後を慌てて追う。そして、アルジは顔が綻ぶのを我慢できなかった。
宴会場は騒乱の場と化していた。突如乱入してきた山賊風情の男達と女達に、パキル騎兵団守備隊の騎士達は為す術もなく次々と討たれていく。
「皆殺しだ。一人も活かして外に出すんじゃないよ」
マキが二十人ほどの女達を率いていた。ルナもサーベルを振るっている。
「マキ達がいる。お頭 が来たみたいだな」
ターナとナナが宴会場の様子を片目に見ながら、サーベルで守備兵を斬り伏せていた。
「大丈夫、ターナ、ナナ」
エリン・ドールが声を掛ける。
「平気だよ、お嬢」「ああ、あたしは大丈夫だ、お嬢は大丈夫か」
「ええ、心配いらないわ」
小太りの男を肩に担いでいるアルジを見て、ターナが声を掛ける。
「さっきは助かったよ、アルジ、ありがとな」
「うん」
やっぱり僕もパキルに来て良かったと思う。
「そうだな」
二人が背を向けた途端、「この野郎ども、俺の前で舐めた態度を取りやがって」と、頭から血を流しながらオラーが立ち上がった。
怒髪天を衝くほどの怒りの表情だ。だが、その足元はふらついていた。
「ほんと、しつこい野郎だ。呆れるくらいタフだね。いいから行くよ、アルジ」
ターナがハアーと溜息をつく。
「待ちやがれ、このアマ」
オラーは壁に立て掛けてあった槍を掴んだ。
「女の分際で、俺を舐めやがって、許さねえ、こっちへ戻れ」
ものすごい形相でターナに向かって槍を構える。
「お前こそ、女を何だと思っているんだい。お前の欲望を満たすだけの道具だとでも思っているのかい」
ターナは背を向けたまま立ち止まる。
「うるせえ、女なんか黙って俺の言う通りにしてりゃあいいんだ。お前も楽しんでいたじゃねえか」
再びターナがため息をつく。
「つける薬がないね。尤も酒びたりのお前に効く薬はないみたいだけど。いいかい、女は体で感じるんじゃない。心で感じるものなんだ。沢山女を抱いてきているくせに、そんなことも判らないのかい。お前のはただの一人よがりなんだよ。お前と寝たって苦痛なだけなんだよ。アルジはお前より年下だけど、女の扱いはお前なんかより遥かに上手いよ。女の喜ばせ方をアルジから教えてもらいな」
「何だと、このアマ」
ワナワナとオラーの体が屈辱で震える。
「こんな奴ほっといて行こうよ、アルジ」
ターナにそう言われ、二人でドアに向かう。
「てめえ、舐めやがって、俺の言うことが分からねえ女に用はねえ。死にやがれ」
ターナの背中に向かって槍を突き出す。
「これまで散々女達をコケにして、痛ぶって喜んできたんだろう」
スウーとターナが立ち止まる。
後ろ向きの姿勢から、シュっと槍が生き物のようにオラーに向かって伸びていき、穂先が男の鳩尾に突き刺さった。
「ぐ、グオお」
ターナ愛用の多節槍フレキスピアーだった。
「あの世で女達に侘びな」
ターナが後ろ向きのまま、穂先をグイッと引き抜くと、オラーの断末魔が上がった。
二人は振り向かずに部屋を立ち去った。
それにしてもとターナは思う。掟とはいえ、あたし達もアルジのことを道具のように扱ってきたなと。アルジに取ってみれば、あたし達もオラーとかわりないのかも知れない。
複雑な心境でターナは、逞しくなったアルジの背中を見た。
ああ、何と言う快感じゃ。必死に女の体にしがみつきながら、気が遠くなりそうな感覚にサンドルは襲われていた。
しかし、さっきから何かおかしな気がする。フラつくような、夢を見ているような虚ろな感じだ。
すると、青い目の人形のような女の姿が次第に霞んでいき、ついには見えなくなった。
「結構時間がかかったわ」
ふうとエリン・ドールが溜息をつく。ベッドの上で肥えた腹を剥き出しにしたまま、頭髪の薄い男がぐうぐうと鼾をかいていた。
「ほんと、気持ち悪い。最低な男」と氷のように冷たい視線を男に向ける。
ふと上から人の気配を感じる。見上げると、天井の隠し扉から黒い影が二人、落ちてくるのが見えた。
突然、バタンとドアが開き、アルジがすごい勢いで部屋の中に入ってきた。
「エリン、大丈夫」
「大丈夫よ、アルジ」
全裸のエリン・ドールを見て、アッと目を背けながらスナイフルを手渡す。
天井から隠し扉がバタンとぶら下がっており、護衛の者らしき、黒装束の男が二人床の上に倒れていた。
「ありがとう、アルジ、みんなは大丈夫かしら」
「大丈夫だよ。みんなもう部屋の外に出ている」
「そう。そろそろお
「分かった」
エリン・ドールは、サッと服を着ると、ベッドの上に横たわっているサンドルを冷たい視線で見下ろす。
「アルジ、この男は生かしておけってお頭から言われているから、外に連れ出して頂戴」
「分かった」
アルジは手早く、サンドルの両手両足を縄で縛り上げると、ヒョイっと片手で担ぎ上げた。
それにしても、とエリン・ドールをジッと見る。
「どうしたの」
「い、いや、あのその、うん。さっき宴会場でエリンが口移しでサンドルにワインを飲ませているのを見て凄い怒りが込み上げて来たんだ。作戦だって分かってはいたけど、僕はまだまだ駄目だな。冷静さが足りないよ」
言ってから、アッとアルジの顔が赤くなった。僕は何てことをいってしまったのだろう。
「そう。あたしと同じね」
「え」
「さっき、アルジが女隊長さんから口移しでワインを飲まされているのを見たわ」
「え」
スッと青い目の人形のような女の顔が近づき、唇が重なった。
「急ぐわ、アルジ」
そう言って部屋の外に出ていくエリン・ドールの後を慌てて追う。そして、アルジは顔が綻ぶのを我慢できなかった。
宴会場は騒乱の場と化していた。突如乱入してきた山賊風情の男達と女達に、パキル騎兵団守備隊の騎士達は為す術もなく次々と討たれていく。
「皆殺しだ。一人も活かして外に出すんじゃないよ」
マキが二十人ほどの女達を率いていた。ルナもサーベルを振るっている。
「マキ達がいる。お
ターナとナナが宴会場の様子を片目に見ながら、サーベルで守備兵を斬り伏せていた。
「大丈夫、ターナ、ナナ」
エリン・ドールが声を掛ける。
「平気だよ、お嬢」「ああ、あたしは大丈夫だ、お嬢は大丈夫か」
「ええ、心配いらないわ」
小太りの男を肩に担いでいるアルジを見て、ターナが声を掛ける。
「さっきは助かったよ、アルジ、ありがとな」
「うん」
やっぱり僕もパキルに来て良かったと思う。