第37話 憂苦の騎士の最後(2)
文字数 2,934文字
至る所に血糊が貼り付き、至る所に傷を負ったアザムの甲冑は、激戦をくぐり抜けてきたことを物語っていた。
ドラングルとナダベルとの戦いの最中、丘の下の戦況を確認する余裕がなかったため、アザムが生きていたことにマークフレアーは安心する。
「アザム、無事だったのね。良かった」
「何の、これしきではくたばりませんよ」
「ミランドラはどうなの。無事なの」
ドラングルとの一騎打ちの際に卑怯にも横から槍で突かれ、落馬したミランドラは一体どうなったのか。ラーナ、リンをはじめ皆緊張の面持ちでアザムに注目する。
「生きてますよ。あいつもそんな簡単にまいる玉じゃありませんよ。尤も出血が酷かったので予断は許しませんがね。サンディ達が命懸けでミランドラを守ったんです。彼奴等を褒めてやってくださいよ。マークフレアー様」
「分かったわ」太陽の女神は安堵した表情で頷く。
ドレルの槍を脇腹に受けて落馬したミランドラだったが、急所は外れていた。疾走する馬に乗った人間を槍で突くのは容易なことではないのだ。
ドレルの穂先は肋骨に当たり、内蔵へは届かなかったのである。
第七騎兵隊の女性騎兵達がすぐに駆けつけ命懸けで守ったおかげで、ミランドラは追撃を受けずに済んだ。
中でも副隊長のサンディは槍を振って奮闘し、自身、何度も体に傷を負いながらも最後まで守り抜いたのである。
それと、第七騎兵隊には医療に長けた者が三名配置されていたのが大きかった。彼女達は、ミランドラの傷が内蔵を損傷させるまでに至っていないことを確認すると、すぐさま応急処置を施し、止血し、傷口を縫合したことで出血多量を免れていた。
マークフレアー達は丘を降りる。女性騎兵達に囲まれて静かに横たわっているミランドラがいた。
「ミランドラ、生きていてくれて良かった」
「マークフレアー様、ご無事でしたか」
一撃のミランドラと異名を取る、勇猛果敢な女性騎士は涙を流して喜んでいた。
「皆が守ってくれたわ」
「良かった。このミランドラ、不覚を取り、この有り様。面目次第もありません」
「いいえ、あなたはよくやってくれたわ。ミランドラ。後は私達に任せて、治療に専念しなさい」
「はい」
ロアナ、ラーナ、リン達がすぐに駆け寄る。皆涙を流していた。
「良かった。ミランドラ隊長」「ミランドラ隊長に、もしものことがあったらと思うと、私、私」
「無事で嬉しいです」
うんうん、と頷きながら「お前達、よくぞマークフレアー様をお守りした。頑張ったな」とミランドラは涙を流して労う。
「さすがですね。サンディ副隊長」
満身創痍にならながら、フウと安堵のため息をついて立っている、サンディにロアナが声をかける。
「ロアナか。隊長を守るのが我らの役目、当たり前だと言いたいところだが、正直危なかったんだ。でもそこへベードが来てくれた」
すぐ横に照れくさそうにしているベードがいた。
「そ、それこそ当たり前であろう。仲間のピンチに駆けつけない騎士がどこにいる」
少しどもりながら胸を張るべードに、「よく言った。べード、少し見直したぞ」とサンディがバンバンとはげしく肩を叩く。
「や、止めよ、痛いではないか」
「ハハハ、これくらい大したことはないだろう。ハハハ」
いつもの光景にロアナは苦笑すると共に少しホッとする。
「お前もよくぞ、マークフレアー様をお守りしたな。ロアナ」
「そうですね。ですが、今回の殊勲者はリンとラーナです。ドラングルと憂苦の騎士に立ち向かっていった、彼奴等の勇気ある行動は騎士の鏡です」
「そうか」とサンディは目を細める。
そのすぐ横の地面に伏している多くのドラングル一味の屍の中に副官ドレルの姿があった。
カッと目を見開いたまま、泥と血に塗れた顔。背中に負った、数え切れないほどの刺し傷と切創がドレルの壮絶な最期を物語っていた。
戦いから二時間が経過していた。マークフレアー率いるテネア騎兵団は大きな損害を出しながらも、ドラングル盗賊騎士団を撤退させることに成功した。
ランビエル配下の医療班が乗った荷馬車がすぐに駆けつけてきて、次々と負傷者を回収していく。ミランドラも乗せられていった。
一息つくと、騎兵達は小休止を取る。しかし、ロラルドは前回の反省から警戒の者の配置を怠らない。
「しかしよ、ナダベル、あいつは一体何者なんだ。ディーンがあいつのことを斬ったのは見た。だけど霧のように消えちまったじゃないか」
と、タブロが疑問を呈す。確かに手応えはあったような無かったような、何かドス黒い空気のような物を斬った感触はこの手にまだ残っている。
「ステラ牧師様はこう仰られていたわ。人は誰しも欲というものを持っている。恐らく、悪霊の騎士というのは、人の欲深さを表しているものじゃないかと。憂苦の騎士も人々が持つ負の心を表しているのかも知れないわね」
マークフレアーが言う。
「ホッホ、マークフレアー様の悪に屈しない強い心。そして人を思いやり見返りを求めない心に、ナダベルは屈してしまったと思いますな。その前提に皆のマークフレアー様を命をかけて守ろうとする強い意志があってのことじゃな。ホッホ」
ローノルドの言う言葉に皆、頷く。
「ホッホ、そしてディーン。お主の剣じゃ。見偽夢想流 剣術は、相手の心を読み理解し、黄泉の世界に送るのが真髄ときく。よくぞ、ナダベルの心を読み理解した」
「ありがとうございます」
「そう、あなたがいなかったら、ナダベルを退ける事はできなかったわ」
マークフレアーを中心に一体となって戦ったテネア騎兵団の勝利ということだろう。
だが、多くの犠牲を払った。
死して、その意思を貫いた者達は皆、その場に埋葬されるのが習いだ。
「テネアのために尽くしてくれた皆の勇気を私達は決して忘れません。だから安らかに見守っていて」
マークフレアーが敬礼すると、横一列に並んだ騎兵たちも続けて敬礼する。
皆、最後はローラル平原の土に還るのだ。俺もそうなるのだな。ディーンは哀愁を感じずにはいられない。
「ホッホ、マークフレアー様、全軍準備が整いましたぞ」
ローノルドの言葉にマークフレアーは頷く。
「ドラングルを追うわ。全軍、出撃」
オオ、と力強く騎兵達が応える。
先ほどランビエルの使者が報告にきたばかりだった。パキル騎兵団を壊滅させたという、衝撃的な内容だった。一体どうやって、三千もの騎兵団を壊滅させたのだろう。
にわかには信じられない話だが、正直安心感の方が強い。しかし、その話が本当であれば、ドラングルを成敗する絶好の機会でもある。
「ホッホ、ランビエル殿を信じるしかありますまい」
ローノルドの言葉にマークフレアーは覚悟を決め、ドラングル追撃を決意する。
今回、追撃に参加するのはロラルド率いる第三騎兵隊だけとなった。
かなりの損害を受けた第五、第七騎兵隊にはテネアへの帰還を命じたのである。
第五騎兵隊長のアザムは、一緒に追撃すると言って聞かなかったが、テネアまで医療班の護衛をしなさい、というマークフレアーの命令に渋々従ったのだった。
ドラングル、奴はここで仕留めなければならない存在だ。奴がいる限り、またテネアに悲劇が起きる。
俺が必ず仕留めてやる、とロラルドは固く決意した。
ドラングルとナダベルとの戦いの最中、丘の下の戦況を確認する余裕がなかったため、アザムが生きていたことにマークフレアーは安心する。
「アザム、無事だったのね。良かった」
「何の、これしきではくたばりませんよ」
「ミランドラはどうなの。無事なの」
ドラングルとの一騎打ちの際に卑怯にも横から槍で突かれ、落馬したミランドラは一体どうなったのか。ラーナ、リンをはじめ皆緊張の面持ちでアザムに注目する。
「生きてますよ。あいつもそんな簡単にまいる玉じゃありませんよ。尤も出血が酷かったので予断は許しませんがね。サンディ達が命懸けでミランドラを守ったんです。彼奴等を褒めてやってくださいよ。マークフレアー様」
「分かったわ」太陽の女神は安堵した表情で頷く。
ドレルの槍を脇腹に受けて落馬したミランドラだったが、急所は外れていた。疾走する馬に乗った人間を槍で突くのは容易なことではないのだ。
ドレルの穂先は肋骨に当たり、内蔵へは届かなかったのである。
第七騎兵隊の女性騎兵達がすぐに駆けつけ命懸けで守ったおかげで、ミランドラは追撃を受けずに済んだ。
中でも副隊長のサンディは槍を振って奮闘し、自身、何度も体に傷を負いながらも最後まで守り抜いたのである。
それと、第七騎兵隊には医療に長けた者が三名配置されていたのが大きかった。彼女達は、ミランドラの傷が内蔵を損傷させるまでに至っていないことを確認すると、すぐさま応急処置を施し、止血し、傷口を縫合したことで出血多量を免れていた。
マークフレアー達は丘を降りる。女性騎兵達に囲まれて静かに横たわっているミランドラがいた。
「ミランドラ、生きていてくれて良かった」
「マークフレアー様、ご無事でしたか」
一撃のミランドラと異名を取る、勇猛果敢な女性騎士は涙を流して喜んでいた。
「皆が守ってくれたわ」
「良かった。このミランドラ、不覚を取り、この有り様。面目次第もありません」
「いいえ、あなたはよくやってくれたわ。ミランドラ。後は私達に任せて、治療に専念しなさい」
「はい」
ロアナ、ラーナ、リン達がすぐに駆け寄る。皆涙を流していた。
「良かった。ミランドラ隊長」「ミランドラ隊長に、もしものことがあったらと思うと、私、私」
「無事で嬉しいです」
うんうん、と頷きながら「お前達、よくぞマークフレアー様をお守りした。頑張ったな」とミランドラは涙を流して労う。
「さすがですね。サンディ副隊長」
満身創痍にならながら、フウと安堵のため息をついて立っている、サンディにロアナが声をかける。
「ロアナか。隊長を守るのが我らの役目、当たり前だと言いたいところだが、正直危なかったんだ。でもそこへベードが来てくれた」
すぐ横に照れくさそうにしているベードがいた。
「そ、それこそ当たり前であろう。仲間のピンチに駆けつけない騎士がどこにいる」
少しどもりながら胸を張るべードに、「よく言った。べード、少し見直したぞ」とサンディがバンバンとはげしく肩を叩く。
「や、止めよ、痛いではないか」
「ハハハ、これくらい大したことはないだろう。ハハハ」
いつもの光景にロアナは苦笑すると共に少しホッとする。
「お前もよくぞ、マークフレアー様をお守りしたな。ロアナ」
「そうですね。ですが、今回の殊勲者はリンとラーナです。ドラングルと憂苦の騎士に立ち向かっていった、彼奴等の勇気ある行動は騎士の鏡です」
「そうか」とサンディは目を細める。
そのすぐ横の地面に伏している多くのドラングル一味の屍の中に副官ドレルの姿があった。
カッと目を見開いたまま、泥と血に塗れた顔。背中に負った、数え切れないほどの刺し傷と切創がドレルの壮絶な最期を物語っていた。
戦いから二時間が経過していた。マークフレアー率いるテネア騎兵団は大きな損害を出しながらも、ドラングル盗賊騎士団を撤退させることに成功した。
ランビエル配下の医療班が乗った荷馬車がすぐに駆けつけてきて、次々と負傷者を回収していく。ミランドラも乗せられていった。
一息つくと、騎兵達は小休止を取る。しかし、ロラルドは前回の反省から警戒の者の配置を怠らない。
「しかしよ、ナダベル、あいつは一体何者なんだ。ディーンがあいつのことを斬ったのは見た。だけど霧のように消えちまったじゃないか」
と、タブロが疑問を呈す。確かに手応えはあったような無かったような、何かドス黒い空気のような物を斬った感触はこの手にまだ残っている。
「ステラ牧師様はこう仰られていたわ。人は誰しも欲というものを持っている。恐らく、悪霊の騎士というのは、人の欲深さを表しているものじゃないかと。憂苦の騎士も人々が持つ負の心を表しているのかも知れないわね」
マークフレアーが言う。
「ホッホ、マークフレアー様の悪に屈しない強い心。そして人を思いやり見返りを求めない心に、ナダベルは屈してしまったと思いますな。その前提に皆のマークフレアー様を命をかけて守ろうとする強い意志があってのことじゃな。ホッホ」
ローノルドの言う言葉に皆、頷く。
「ホッホ、そしてディーン。お主の剣じゃ。
「ありがとうございます」
「そう、あなたがいなかったら、ナダベルを退ける事はできなかったわ」
マークフレアーを中心に一体となって戦ったテネア騎兵団の勝利ということだろう。
だが、多くの犠牲を払った。
死して、その意思を貫いた者達は皆、その場に埋葬されるのが習いだ。
「テネアのために尽くしてくれた皆の勇気を私達は決して忘れません。だから安らかに見守っていて」
マークフレアーが敬礼すると、横一列に並んだ騎兵たちも続けて敬礼する。
皆、最後はローラル平原の土に還るのだ。俺もそうなるのだな。ディーンは哀愁を感じずにはいられない。
「ホッホ、マークフレアー様、全軍準備が整いましたぞ」
ローノルドの言葉にマークフレアーは頷く。
「ドラングルを追うわ。全軍、出撃」
オオ、と力強く騎兵達が応える。
先ほどランビエルの使者が報告にきたばかりだった。パキル騎兵団を壊滅させたという、衝撃的な内容だった。一体どうやって、三千もの騎兵団を壊滅させたのだろう。
にわかには信じられない話だが、正直安心感の方が強い。しかし、その話が本当であれば、ドラングルを成敗する絶好の機会でもある。
「ホッホ、ランビエル殿を信じるしかありますまい」
ローノルドの言葉にマークフレアーは覚悟を決め、ドラングル追撃を決意する。
今回、追撃に参加するのはロラルド率いる第三騎兵隊だけとなった。
かなりの損害を受けた第五、第七騎兵隊にはテネアへの帰還を命じたのである。
第五騎兵隊長のアザムは、一緒に追撃すると言って聞かなかったが、テネアまで医療班の護衛をしなさい、というマークフレアーの命令に渋々従ったのだった。
ドラングル、奴はここで仕留めなければならない存在だ。奴がいる限り、またテネアに悲劇が起きる。
俺が必ず仕留めてやる、とロラルドは固く決意した。