第21話 ドラングル戦記 前編 インカーンの丘での戦い(2)

文字数 3,257文字

 高い背と逞しい体格。逆だった茶色の髪、右頬の切創。盗賊騎士団の頭目ドラングルが軍勢の一番前に立つと、丘の上のテネア騎兵団を見据える。
「あんな少数で我々に立ち向かってくる気か。おのれ、どこまでもコケにしおって。良いだろう。奴らを皆殺しにして、後悔させてやるわ」と言い放つと、
「ハッ」と副官のドレルが鋭い視線を向ける。
 背はあまり高くはないが、広い肩幅が逞しい体格を表している。
 四年前の屈辱を忘れてはいない。
 ドラングルの片腕だったトーマンが五百騎を率いてテネアに襲い掛かったとき、配下にいたドレルはテネア騎兵団と交戦した経験があった。
 あの時、トーマンはテネア地方長官ルーマニデアが死んだのを好機と捉え、テネアへの進撃を主張していた。
 その通りだ、とドラングルは出撃の準備を指示した。
 しかし、トーマンは「テネア地方長官はマークフレアーが継ぐという話です。はてはて小娘に一体何が出来るというのか。ここは一つ、テネア地方長官就任祝いを私から贈ってやりますわい」
 そう言って、手勢の五百騎を引き連れて、テネア近郊の村々を襲い始めた。本格的にテネアに攻め込むつもりではなく、相手の出方を伺い、敵を混乱させることが目的だった。
 新しい地方長官のお手並みを拝見しよう、そんな感覚だった。


 ところが迎撃にやってきたのは、女達だけで編成された騎兵隊だった。しかも数が三百とこちらよりも少ない。
 舐められたと思ったトーマンはすぐさま攻撃を開始した。
 ところが、激しい相手の弓矢にこちらの突撃を阻まれた。かなりの精度で飛んでくる矢に、盾を持って来ていなかったトーマンの兵達は次々と落馬していく。
「女ごときが舐めるな」
 それでも前進を続けていくと、相手の矢が尽きたのが分かった。これはチャンスだと、鼻息荒く一気に突撃していく。
「よくも我ら相手に舐めた真似をしてくれたな」
 マウト流武術の達人であるトーマンは槍を構えると、物凄い勢いで突っ込んでいった。
 飛び道具である矢であれば女でも、我らに痛手を与えることが出来よう。しかし、互いに体同士が接触する槍や剣による戦いでは男に勝てるはずがない、とトーマンは高をくくっていたのだ。
 そこへ逞しい黒毛の馬に乗った女騎士が一人立ちはだかった。切れ長で隠れ二重瞼の瞳。カールの掛かったセミロングの黒髪。身長は180cm近い長身の女だった。
 トーマンは怪訝な顔を向けた。まさか、女の分際で我と一騎討ちをしようというのではあるまいな、と思ったのだ。
 目の前でジャキっと槍を構える女騎士を見て、ほう、この女は本気だ、本気で我に一騎打ちを挑もうとしている、面白い、とトーマンは馬に鞭を振るい速度を上げた。
 女騎士もパンッと鞭を振るうとトーマンに向かって突っ込んでくる。
「我が名は、テネア騎兵団第七騎兵隊隊長、ミランドラ・カネル。我が槍の一撃はテネアの盾なり」
 これまで見たことのないような速さで女騎士が迫ってきた。互いにすれ違いざま槍を突き出す。ドーンとすさまじい音がした。
 宙を舞ったトーマンの体が地面にドスンと叩きつけられた音だった。
 衝撃が走った。あのトーマンが一撃で仕留められたのだ。
「貴様らのような盗賊どもが騎士を語るなど、断じて許さん。我が一撃を食らわせてやるから覚悟しろ」
 そういいながら、女騎士が単身突っ込んでくると、次々と味方の男達が吹っ飛んでいき、軍勢に風穴が空いた。
 そこへ第七騎兵隊の騎兵達が一気に突撃してきた。
 女だと侮っていたが、その強さは驚愕するものだった。槍の突き合いでは突き負け、剣の斬り合いでは斬り捨てられ、次々と討たれていく。
 結局、壊滅状態に陥った盗賊騎士団は、指揮官のトーマンを初め多くの屍をローラル平原に晒して、パキルに戻ることとなった。
 女騎士は一躍、英雄としてテネアの人々から讃えられ、一撃のミランドラと称されるようになったと聞いた。
 あのときの屈辱を忘れはしない。パキルに戻ったドレル達を待っていたのは、仲間達からの冷笑だった。女達に不様に負けたらしい。情けない奴らだ、というあからさまな視線を浴びた。
 そんな中、ただ一人ドラングルだけは、彼の片腕であったトーマンの死を痛み、(かたき)を取ることを誓っていた。マウト流槍術の達人である、トーマンの実力を良く分かっていたのである。
 そして、トーマンに勝てるほどの実力を持つ相手を警戒することも忘れなかった。
 ドレルは目をギラつかせながら、小高い丘に布陣しているテネア騎兵団を見る。
 いた。ミランドラだ。黒く逞しい馬に乗ったその姿は自信に満ち溢れているように見える。
 その後ろにいる女騎士どもが一糸乱れぬ陣形でこちらを睨んでいる。
「おのれ、我が誇りにかけて、あの女どもを皆殺しにしてやるわ」
 闘志を剥き出しにするドレルを見てドラングルは満足する。
「そうだ。受けた屈辱は戦いでしか晴らすことは出来ぬのだ」
 ドラングルの目が赤く光る。
 小高い丘に布陣する騎兵団で一際目を引く騎士がいた。
 スラリとした肢体と輝くブロンドの髪。奴がルーマニデアの娘か。ノコノコとやられに出てきおったか。
 アルファンヌ見ているかい。君は人生の選択を間違ったのだ。あんな男と結婚したばかりに、テネアなどという、ローラル平原のちっぽけな町で不遇な人生を送り、娘も殺されようとしている。
 都にいれば、僕と結ばれていれば良かったものを君はあえて苦しみの人生を選択したのだ。
 ここで君の娘を殺してやろう。そうすれば君が生きた形跡は何も残らない。苦しみと後悔だけが残る。

 いや、違う。苦しいのは僕だ。僕は君のことを愛していたんだ。それなのに君は僕を選ばすルーマニデアを選んだ。何故だ。何故、僕ではなく、あいつだったんだ。
 君に聞きたい。理由を教えてくれ。何故なんだ。君のことを思うと苦しくて仕方がない。
 ドラングルの顔が歪む。
 教えてくれないのなら、この苦しみから逃れることが出来るのならば、君の娘の命を取るまでだ。
 前方を見据えるドラングルの目には輝きというものが全くなく、まるで漆黒の闇のようだ。憎悪と悲しみが入り混じったドス黒い烈情が込み上げてきて抑える事ができない。
「全軍、突撃準備をせよ」
「おお、待ってたぜ、お頭」
 感情を滾らせた手下の一人が威勢よく声を上げる。するとドラングルは漆黒の瞳でギョロリとその手下を睨んだ。
「私のことをお頭と呼ぶな。団長と呼べ。ドラングル騎士団団長と呼べ」
「あ、ああ、分かった」
 目線だけで人を殺すような迫力に、手下はゴクリと息を飲む。
「いいか、敵将マークフレアーは殺すな。生かしたまま私のところへ連れてこい。私が直々に尋問してやる。後は全員殺して構わん。女共も好きにしてよい」
「オオ」
 手下達が好色な目を浮かべる。出撃の前夜、出陣式と称する宴をパキル城で開いた。その時、以来酒と女から遠ざかっている。
 ドラングルは右手を高く掲げる。
「我らドラングル騎兵団の使命は、騎士を騙り、騎士の誇りを傷付ける者共を成敗することだ。まさに目の前にいる奴らがその輩よ。民の為に命をかけるなどと愚かな戯言を弄し、下等な身分の者共に取り入り、果てはランビエルという金の亡者を取り込むため、奴に媚びて騎士の称号を与えた」
 ドラングルは涙を流した。
「ああ、このような者共が騎士を語るなど、私には耐えられぬ。騎士は下賤な者共を導いてやらねばならぬのもの。そのためには下等な身分の者共を従えさせなければならぬ。金儲けしか頭にない商人などという輩には我らの崇高な使命の達成のため稼いだ富を貢がせてやらねばならぬ。下賤というのは生まれながらに罪なこと。金儲けという行為は大罪を犯すということ」
 異様な空気が辺りを覆う。二千人もの男達がドラングルに共感し涙を流している。
「あの者共を許してはならぬ。奴らに死を与えん。全軍突撃だ」
 オオ、と地鳴りが響き渡り、ドラングル率いる二千の男達は、テネア騎兵団が布陣している丘の上に向かって一斉に駆け出した。
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