第11話

文字数 1,309文字

新宿駅での二回目の逃亡劇から二週間が過ぎた。今、借金がいくらに膨らんでいるのか絵梨には計算が出来なかった。警察にも相談してみたが、例え違法な契約であったとしても金銭の貸し借りは民事問題にあたるため警察は介入できないと突き放された。弁護士に解決を依頼するだけの費用も持ち合わせていない。いずれにせよもう自分の力では返済できないことに変わりはなかった。ならば一生身を潜めて生きていく、そんな覚悟で蒲田の街を今日も彷徨っている。
 お腹の虫は何度も泣き叫んで空腹を訴えていた。昨晩、コンビニで五十円引きの鮭おにぎりを一個食べて以来何も口にしていない。駅西口の円形広場に腰を下ろし、色褪せたフェンディの革財布をじっと眺める。
「財布の中には千円札が一枚」
 小学校の時に習った童謡『ふしぎなポケット』のメロディーを口遊み、掌で財布を軽くパンパンと叩く。
「たたいてみるたび 千円札は増える……な訳ないか」
 虚しく溜息を吐いて絵梨は財布をバッグの中に放り込んだ。
 目の前のタコ焼き屋が香ばしいソースの匂いを漂わせる。タコは苦手だがこの空腹をしのげるのならいくらでも我慢できる。「タコが嫌い」、そんな話をしたのは何だっけ。頭の中で記憶を呼び起こしてみる。二週間前の新宿の夜。浮かんでくる玲雄の顔。彼は今、何をしているのか。ずっと気になってはいるもののお互いに携帯電話も所持しておらず、連絡を取る術がなかった。新宿に戻れば再び会えるのか? 会いたい。でも会えない。どうやったら会えるのか。会ったら何かが変わるのか……。延々と頭の中で問答が続いている。
 いっそのことゴミ箱でも漁って飢えを凌ごうか、そう考えた時にふと玲雄のブログを思い出した。『新宿無宿』、都会のジャングルを生き抜く情報が盛り込まれたあのブログで近況が分かるかもしれない。そう考えた絵梨はアーケード入口ある一時間三百円のマンガ喫茶に掛け込んだ。
 パソコンを立ち上げ、『新宿無宿』と検索すると玲雄のブログがヒットする。絵梨は祈る気持ちでクリックした。しかし、最終更新日は二週間前の十月二日のまま。内容はかつてネットカフェで偶然読んだものと同じだった。
 途端に玲雄の安否が気になった。あの後、阿州に拉致監禁され、借金返済のためにマグロ漁船に乗せられてインド洋あたりにいるのでは。臓器を売り飛ばされたのでは。保険金を掛けられどこかの海に沈められたのでは。かつて自分の父親が失踪した時、母親が事あるごとに口走っていた妄想・憶測。私のせいで玲雄がそんな目にあっているかもしれない。そう考えると胸が張り裂けそうになる。何か連絡をとる手段はないか。ブログをじっと眺めていると下にコメント欄があることに気がついた。勢いに任せて彼女はキーボードを叩き、画面に文字を打ち込んだ。
『絵梨です。今どこにいますか? 私は蒲田の西口駅前広場にいます。会いたいです。連絡ください』
 エンターのキーを押し、メッセージが反映されたか確かめてみる。十月十八日 午後五時五十分。伝言は預かられていた。
 制限時間まで残り五十分。三百円で受けられる恩恵を一通り満喫すべく、ドリンクバーで喉の渇きと腹をひたすら満たした。
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