第12話

文字数 903文字

「だから俺には関係ないって言ってるじゃんよ!」
 『A・KILLER』のラウンジで悠斗は怒鳴り声をあげて大理石のテーブルを力任せに叩いた。開店前なので客はおらず内勤ホストだけが怯えた顔でその状況を見ていた。
「でもあの子のLINE、ほとんど君としかやりとりしてないんだよね。何か知ってることあるでしょ?」
 オールバックの髪を撫でながら阿州が目を細める。絵梨が小型GPS装置付きのバッグを質屋に売り払ってしまったため一週間前から消息が掴めずにいた。苛立ちは以前に押収した携帯データの連絡先に及び、一番やり取りが多かった悠斗の元を訪ねて情報収集にあたっていたのである。
「逆に俺が知りてえよ。ツケ、二百万残しやがって」
 一皿五千円の柿ピーナッツを貪りながら六十四年物のマッカランウイスキーで流し込む。阿州も苦笑いを浮かべ、出されたオレンジジュースを一気に飲み干した。
「な、俺に協力してくんない?」
 荒々しい鷲が彫刻された十四金のZIPPOライターで煙草に火をつけた阿州は指の関節をポキポキと鳴らしながら悠斗の顔を見た。
 ミラーボールが煌びやかな光を放っている。悠斗は首を横に傾げた。
「組むメリットは何?」
「辰紺組と手を切りたいんだろ。俺が仲立ちしてやるよ」
 辰紺組とはこのエリアを牛耳っている任侠団体である。開店した当初からA・KILLERは月売上の五パーセントをみかじめ料として支払っていた。それだけではない。店で使うおしぼりも、観葉植物のリースも全て傘下の会社と法外的な金額で長期契約を結んでいた。何度も契約の見直しを求めているが相手は一向に応じない。
 阿州は辰紺組に貸しがあった。系列を辿ると元は同じ団体に行きつく。相手先の組長ともそれなりに面識はあり、その程度の交渉事なら容易かった。しかも、悠斗とコネクションが出来ればこれまで手薄だったホストクラブルートの金脈も広がるだろう。そこまで瞬時に計算し、言葉巧みに腹を探っているのである。
「な、悪い話にはしないからよ」
 阿州は荒れた右手を差し出した。
 ウン、と頷いた悠斗は立ち上がって柔な右手でその手を握る。
「おしょうしな」
 阿州は口元を歪めて交渉成立を喜んだ。
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