第18話

文字数 1,111文字

二人が葬儀場で耳にした噂は本当だった。GODの最終審査に残ったのはシュリンクした音楽シーンを象徴するかのような八組だった。人気若手声優のユニット、ネットで話題の地下アイドルグループ、ビジュアル重視のガールズバンド。昨年までの顔ぶれとは打って変わった商業志向。既に手垢のついたブレイク予備軍が揃った渋谷ホールでのファイナルのチケットはプラチナ化し、例年とは全く違う客層で大いに盛り上がりを見せた。
『1989組の頂点はRABI★DOG』
 くしゃくしゃになったスポーツ新聞の中面に優勝トロフィーを掲げた五人組アイドルの写真が大きく載っている。
「こんなのが優勝か?」
 賞味期限切れの総菜パンを齧りながら苫太郎がボソッと呟いた。
「まあ、元々俺らみたいなのはお呼びでなかったということでしょ」
 約二カ月ぶりに新宿に戻ってきた玲雄は実家に帰ってきたかのように苫太郎の寝床に横たわって空を見上げていた。
 雲ひとつない十二月の青空。手を伸ばしてみても到底届きそうにない。
「もう、やんないのか、歌」
「俺一人でやっても仕方ないよ」
「じゃあ、俺と一緒にやるか? 民謡くらいなら歌えるぞ」
 調子に乗った苫太郎は御世辞にも美声とはいえない喉を披露した。玲雄も茶化すように合いの手を加えて盛り上げる。
「ねえ、苫さん、将来何したい?」
 歌い終わり、ゴクゴクと備蓄水を飲む苫太郎に玲雄は尋ねた。
「将来? 天国行った時の話か?」
 唐突な質問を苫太郎は笑い飛ばす。
「何か夢とか、目標とか、やってみたいこととかないの? いつまでこの生活続けるつもり?」
「夢なんて寝てる時に見れりゃ十分だ。起きてる時はどう生き延びるかだけを考える。じゃないと、虚しいだろ。叶わないことをずっと考えてたって」
読み終わった新聞を無造作に折りたたみ、ポンと玲雄に投げつけた。
「でも、もし人生やり直せるのなら別れた母ちゃんと娘にもう一度会いたいなぁ」
 えへへ、と照れ笑いを浮かべて苫太郎はボロボロのハンチング帽を被り、よいしょと掛け声をあげて沿道に停めていた自転車に跨った。日課である午後の空き缶拾いである。
「俺も付いていっていい?」
 玲雄が尋ねるまでもなく、苫太郎はかつての相棒の働きをあてにしていた。
「ところでおまえの将来は? 人に聞くだけ聞いといて言わねえのは卑怯だぞ」
 玲雄の歩くペースに合わせて苫太郎はゆっくりとペダルを漕ぐ。
「もっぺんやり直せるのなら、俺はあいつらと歌いたい」
 錆びたチェーンがギーギーと悲鳴を上げていた。将来。いったい何時のことを指すのか。定義づけさえ曖昧な言葉。来るのか、来ないのか。何の確信も持てないまま、二人は叶わないかもしれない願望を口に出してみた。
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