第62話

文字数 1,743文字



「そして、もう一人、おれが部外者だと知っていた。カースティ、おまえだ」

 カースティはまっすぐに、ワレスを見つめる。

「おまえはラスに育てられた。ラスはブロンテのもとで偽造文書を作成していた。が、ブロンテにひどい裏切りを受けた。大事な利き手の指がなくなっていたのはそのせいだろう。おそらく、二人の詐欺がバレそうになり、ブロンテに指を切られて、すてられたんだ。もっと残酷な仕打ちを受けていても、おどろかないがな。
 とにかく、ラスはブロンテを殺したいほど憎んだ。何年も、何十年もかけて、復讐の計画をねった。その恨みつらみを子守唄にして、おまえは育てられた。そう。ラスの死後、みんなを宿に呼び集めたのは、カースティ。おまえなんだ」

 昨夜のアルシスを思いだす。死者をあわれみ、死者の念に踊らされた、アルシスを。
 強い意志力をもつ者が、数年にわたり、魂の未成熟な子どもにある感情を植えつける。
 すると、それが、どのような形に育つのか。
 ワレスはこの目で見てきたばかりだ。

「おまえはラスから筆跡の模倣の技術を教わったんだな? ラスの筆跡をまねて、手紙を書いた。
 復讐の途中までは、ラスが自分で進めていたんだろう。ブロンテに恨みをもつ者を根気よく調べ、信用のおける者をしぼり、舞台と役者をそろえていった。病にさえ倒れなければ、最後まで自分でやりとげるつもりだったんだろう。だが、自分が長くないと知ったとき、ラスはあとをおまえに託した」

 カースティは、ワレスの目を見つめたまま、うなずく。

「おれはおまえの計画に入ってない人間だった。だから、おまえはおれがブロンテを殺さないと知っていた。おれの代わりに、あの夜、殺人をおこなえたのは、おまえたち三人のなかの誰かだ。では、じっさいには誰が殺したんだろう?」

 ここで、また三人は顔を見あわせた。三人にもあの夜の真相はわかっていないのだ。

 カースティが問う。
「あなたにはわかるんですか?」

 ワレスは嘘をついた。
「三人を二人にしぼることはできる」

 これはもう順番の問題だ。
 三人は殺意をもって、あの夜、ブロンテの部屋へ行った。三人から話を聞けば、誰が最初に殺したのかはわかる。

「死体は鈍器でなぐられ、ナイフで刺され、首をしめて、つりあげられていた。それぞれを別の人物がやったとしても、死体が宙吊りになっていれば気づく。つまり、死体をやたらに縛って梁につったのは、最後に行ったやつだ」

 思ったとおり、ティモシーの表情が動いた。

「ティモシーか。あんな力技をしたから、体調がくずれたんだな」
「はい……」

「おまえが嘘をついてることはわかってたんだ。考えてもみろ。オーベルは町で会えば、善人がよけて通るチンピラだ。そんなヤツにむかって、『あんたのイビキはうるさかった』なんて、ふつうの市民が言えるはずがない。オーベルが怒らないと知ってたからこそ言えたんだ。
 あれは、オーベルの疑いを払拭するためのものでもあったし、そのうえ、さりげなく自分の無実をアピールする意味もあった。あんたは、あの夜、一晩中、死体の装飾のために動いていた。とうぜん、翌朝は寝不足だった。イビキのせいで寝られなかったというのは、一石二鳥の言いわけだったな」

 ティモシーはいくらか得意げだ。
「そう思います」

「サウディやティルダは騒音がしていたのは一刻ほどだったと言った。だが、おれの感覚では、夜明け近くまで、ずっと続いていたように思う。あの二人は誓いどおり、犯人をかばっただけで、深い意味はなかっただろう。なんとなく、事実と違うことを言ったほうが、犯人に有利になるんじゃないか——そう考えたんだろうな。

 おれはみんなの前でブロンテをなぐったし、気短なヤツと思われたのかもしれない。そんな短気な人間が、夜中の長時間の騒音に、文句ひとつ言いにいかないのも変だ。
 彼らは例のごとく、おれが犯人だと思ってるから、騒音をたてたのが、おれ自身だと考えた。部屋で寝てたっていう、おれのために嘘をついてくれたわけだ。

 まあ、じっさい、おれがブロンテの部屋になぐりこみに行かなくてよかったな。でなければ、あんたたちの一世一代の大仕事をメチャクチャにしてしまうところだった。なあ、ティモシー。あんたは

に自分の命をかけたんだ」
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