第65話

文字数 1,370文字



 数日後。
 ワレスは望みどおり、皇都へ帰ることになった。
 ジェイムズは単純に喜んでいる。

「思っていたより早く事件が解決してよかったな」
「まだ、ラスが捕まったわけじゃないだろう?」
 と、ワレスがしらばっくれても、まったく気づいてない。

「それは役人の仕事だよ。それに、ラスからの手紙では、自殺をほのめかされていた。あるいは、すでに生きてはいないのかもしれない」
「まあな。でなければ、手紙なんてよこしてこないだろう」

 ワレスは宿の誰にも告げずに出立したかった。
 だが、庭先で、カースティに出会った。カースティは年に不似合いな、あの憂いをふくんだ笑みで、ワレスを見る。

「いろいろと、ありがとうございました」
「ああ……たいしたことじゃない。ジェイムズ。馬をつれてきてくれないか」

 後半を、ジェイムズに向かって言う。カースティと話すために追いだそうとしたわけだ。

「え? 私が?」
「事件を解決してやったのは、おれだろう?」

 次期子爵はしぶしぶ、馬屋へ歩いていった。
 二人きりになるのを待って、ワレスは口をひらいた。

「嘘をついたろう? ほんとは、ブロンテは毒を飲んだ。君の目の前で。でなければ、女の君が、真正面から男の胸は刺せない。死体の胸から、たいして血が流れてなかったのは、ナイフがフタになったせいもあった。しかし、それにしても出血が少ない。やつの心臓は、ナイフが刺さったときには止まっていたか、止まりかけていた」

 カースティはうなだれる。

「……わたし、怖くなったんです。ヒューゴのために、いっしょうけんめい復讐を考えてるうちは、こうするしかないと思った。でも、じっさいに、わたしが手紙を書いた人たちに会うと、みんな、いい人たちで……。わたしはこの人たちをまきこむべきじゃなかったと思いました。だから、せめてもの罪ほろぼしです。あの人に、罪の重荷を感じてほしくなかった。これから、一生……」

 ワレスはため息をついた。
 この少女の心は、あやういところで救われたのかもしれないと考えて。

「これから、どうするんだ?」
「ティモシーさんの看病をしようと思います。あの人、家族がいないでしょう。一人で逝くのは、さみしいはずだから……」
「やつが死んだら?」
「そのときは、そのときです」

 カースティは顔をあげた。そのおもてに、まぶしいほどの笑みが刻まれていた。
 カースティはせいいっぱい背伸びして、すばやく、ワレスの口に接吻した。

「ありがとう」
 宿のほうへかけていく。

 あの子はぬけだしたんだなと、ぼんやり思う。
 あの子を捕らえていた、闇の迷路から。

(おれもいつかは、この闇からぬけだせる……?)

 そんな日は来ない。
 きっと、おれには。

 立ちつくすワレスのもとへ、ジェイムズがやってくる。
 物思いに沈むワレスを見て、ハッと息をのむ。

「ワレサ……?」

 ワレスは顔をしかめた。

「ワレスと呼べと言ったろ?」
「そうだけど……ワレス。君は悩んでるんじゃないのか? もしそうなら、打ち明けてくれ。友達だろう?」
「うっとうしいな」

 わざと、つっけんどんな言いかたをする。

 が……なぜだろう?
 ジェイムズの存在は、妙に人心地がつく。

 もう少しだけ、このままでいよう。
 一人で生きていくのは、さみしいから。
 友達ごっこを続けよう。

 皇都へ馬を駆る。
 青空がどこまでも、まぶしかった。



 了
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