第25話
文字数 2,153文字
だが、そのときだ。
ユリエルがむじゃきに微笑して立ちあがった。
「わかりました。じゃあ、その場所に案内します。僕についてきてください」
場所を変えるのはマズイ。こっちは人数が少ないから、分断されるのが一番、困るのだ。
だが、事情を知らないユリエルは、一人でさきに立って歩いていく。ジョスリーヌもついていくので、しかたなく、ワレスはランスに手招きして、あとを追った。ローラも心配げに歩いてくる。
伯爵家のがわからは、オーランドとホークネス、デビウスがついてきた。
「ユリエル。どこへ行くつもりだ?」
ユリエルは階段にむかっているようだ。
ワレスがたずねると、ふりかえって答えた。
「僕が前に使っていた部屋だよ。今はフランが使ってたから、空室になってるだろうと思って」
なるほど。伯爵の部屋か。それなら、ここ数日は無人だ。忍びこんで室内に細工はできる。
ワレスはそう考え、ユリエルについていった。
おそらく、ザービスが事前に似た宝剣を用意したのだと。
伯爵の部屋は屋敷の三階にあった。日当たりのいい東の角部屋だ。
「ここだよ」と言って、ユリエルがその部屋の前に立つ。
オーランドかホークネスに引き止められるだろうと思ったのに、彼らは止めない。
やはり、何か企んでいる。でなければ、こんなに、あっさりとユリエルの自由にはさせないはずだ。
ユリエルはドアをあけ、なかへ入っていった。
ワレスたちも続く。
室内は暗い。ジョスリーヌやローラが食堂から燭台を持ってきていたので、それで部屋のランタンや壁の燭台に灯をともした。
「なんだか、カビくさいのね」と、ジョスリーヌは顔をしかめる。
たしかに、伯爵家の当主の部屋だというのに、ここにも傷あとが目立ち、屠殺場のような匂いがしみついている。
「ねえ、ユリエル。わたくし、あなたのこと好きよ。とてもチャーミングね。でも、生まれ変わりを信じているわけではないの。あなたに証明できる?」
ジョスリーヌに問われて、ユリエルは得意げだ。
「はい! 見ててくださいね」
そう言うと、ユリエルは暖炉に近づいていく。
ワレスの考えたとおりだ。
あの裏庭の暖炉と同じだ。この屋敷には、何ヶ所か、そういう仕掛けがほどこされているのだ。
ユリエルはみんなが見守るなかで、暖炉に両手をつっこんだ。
そしてレンガを外すと、それをとりだした。
黄金の地金に大粒の宝玉をいくつもあしらった、豪華な宝剣。その鞘を。
「ほらね。以前、死ぬ前に、ここにかくしたんだ」
ユリエルは宝剣の鞘を、ジョスリーヌの前にささげる。
ワレスはそれをよこからとりあげた。ふところから、刃のほうをとりだす。人の血を吸い、さびた剣は見るからに禍々しい。
「あッ! それは——」
ホークネスが思わずというように声をあげる。
ワレスは皮肉に笑った。
「ああ、そうだよ。この前、フランシス伯爵が死んだときに、おれが保管しておいたんだ。ジョスリーヌの命令でね」
ホークネスはだまりこむ。ジョスリーヌの名前を出されれば文句は言えない。
「でも、それじゃ、家宝の宝剣を持ってこられる者なんて、誰もいなかったじゃないですか?」と、オーランドが小声で言う。
「だから、この鞘が重要なんだろう? これが本物なら、この剣がピタリとおさまるはずだ」
「そう……ですね」
不安そうな顔つきで、オーランドはうなずく。
オーランドが恐れているのは、あるいは、この鞘が本物で、爵位をユリエルにうばわれる事態ではないのかもしれない。このあと起こるであろうことに恐れをなしているのではないかと、ワレスは思った。
だが、ちゅうちょなく、ユリエルが見つけてきた鞘に剣をおさめる。やはり、それはなんの抵抗もなくおさまった。完全なる一対。
「本物だな。鞘だけなら新しく作れるだろうが、これはまちがいなく、この剣のために作られた鞘だ」
ワレスはジョスリーヌに宝剣を渡した。
ジョスリーヌはそれを手にとってから、「あっ」と声をあげた。
「この汚れ……血じゃないの?」
鞘は刃ほどではないが、よく見れば、点々と黒いサビが浮いている。
フランシス伯爵の遺体を見たときに、血でさびた短剣を見ているから、ジョスリーヌも察したようだ。
ユリエルがうなずく。
「僕が死んだときの血です。僕はこの部屋で殺された。この宝剣で刺されて。剣は弟に持ち去られてしまったけど、鞘をひろい、最期の力をふりしぼって隠した。血はそのときについた。おぼえてる……ここに来て全部、思いだした」
ユリエルの両眼から、するりと涙がこぼれおちる。
「僕は弟に殺されたんだ」
ローラが口元をゆがめる。
「まあ! フランシスね?」
だが、ユリエルは首をふった。
「僕を殺したのは、ドミニクスだよ。ローラ伯母さん」
ローラは意味がわからないようだ。
ワレスは補足した。
「奥さま。あなたが実家に里帰りしていたころには、まだ末弟のドミニクスは幼かった。だから、あまり印象になかったんだろう。でも、ユリウスとフランシスが栗の木から落ちたのは、フランシスのせいじゃなかったんだ。ドミニクスが上から二人をつきとばしたせいだ。ユリエルがそう言った」
ユリエルの語った前世の記憶と、ローラの語った三兄弟の思い出には、大きな食い違いがあった。それが重大なカギだったのだ。