第60話

文字数 1,909文字



 その夜遅く、ワレスはアーリン村に帰った。

 ジェイムズはすでに眠っていた。
 少し口をあけているジェイムズの寝顔を見て、なぜか、ワレスはホッとした。
 自分で思っている以上に、友人のジェイムズによりかかっていたのかもしれない。

 皇都へ帰ったら、もう二度と、ジェイムズには会うまい。ジェイムズは自分のような人間が頼っていい相手ではない。

 立ちつくしていると、背後で足音がした。

「お食事をお持ちいたしましょうか?」
 ふりかえると、あるじのショーンが立っていた。

「そうだな。食事は欲しい。だが、ジェイムズは、このとおりだ。といって、ふきぬけのリビングでは、ほかの客に迷惑だろう。どこか個室がいいな」

「きたないところでよければ、厨房へどうぞ」
「そこがいいな。ときに、隣室のティモシーはもう寝てるのか?」
「ティモシーさんは昨夜から容体が悪化しまして。今は、カースティさんが看病についてくださっています」

 たしかに、せきの音が聞こえる。
 二人でいるなら、ちょうどいい。
 ワレスは階下へおりる前に、となりの部屋のドアをたたいた。

 ドアをあけると、カースティは泣いていた。
 病人のティモシーのほうが、カースティをなだめている。

 ワレスにはそのわけがわかった。
 二人はワレスがドアをあけた瞬間に口をとざしてしまったが。

「大事な話をしてたのか。悪かったな。カースティ。旅の途中で、女の子の好きそうなものを見かけた。おまえにやるよ」

 いきなり、例の小箱をつきつける。
 カースティは顔色を変えた。

「やはり、おまえのものか」

 カースティは唇をかんだあと、挑戦的にワレスを見る。

「ちがいます」
「そうかな? ティモシーとその話をしてたんじゃないのか? 『わたしがあなたを呼びよせたせいで、あなたは自分の命を危険にさらした』『いや。これは僕の意思だ。君のせいじゃない』そんな会話をしてたんだろう?」

 二人が緊迫した表情で黙りこむ。
 そこへ食事のしたくを終えて、ショーンが呼びにきた。

「ちょうどいい。病人をつれだすのは気がひけるが、大事な話だ。この四人で話さないか?」

 カースティとティモシーには断れないだろう。
 ショーンも三人の空気を読んで同意した。

 四人はそろって階下の厨房へ移った。土間に置かれたテーブルに、それぞれ席をとる。

 ワレスの前には、ショーンがあたためた夕食の残りものがある。いかにもありあわせだが、ゆでたジャガイモも、魚のアラのスープも、塩かげんが絶妙だ。

「やはり、うまいな。母の味に似てる」

 幼いころに死んだ母の手料理を思いださせるそれを、心ゆくまで味わう。だが、ちゃんと頭も働いていた。

「ティモシーの母は子どものころに死んだんだったな。病気で——と言ったが、ほんとは違うんだろう? ブロンテに殺されたのか?」
「…………」

 ティモシーは答えない。
 ワレスは矛先(ほこさき)をショーンに変えた。

「ショーン。あんたの奥さんは旅行さきで馬車にひかれ、歩けなくなったそうだな。馬車の持ちぬしはブロンテだった。そうだろう?」

 三人は顔を見あわせて黙っている。

「答えたくなければいい。この点は、すでに他の客で確認済みだ。今、この宿に泊まっている客は、全員、ブロンテに恨みを持っている。おれとジェイムズをのぞく全員がだ。もちろん、舞台に選ばれた、この宿のあるじ、ショーンもだ。
 そんな人物たちを宿に集めたのが、ヒューゴ・ラスだ。ラスの名前を聞いたときの全員の反応。かねてから、ラスの名を知っていた証だ。あんたたちは、ラスの名のもと、ブロンテを恨む者が集まるのだと知っていた。それが、ラスの計画だった。
 あんたたちが同意した、ラスの計画はこうだ。ひとつの宿に、ブロンテを殺したいほど憎む者だけを集める。そこへ、ラスがブロンテをおびきよせる。選ばれた一人がブロンテを殺し、ほかの客は口裏をあわせ、犯人が罪をかぶらないように

やる——そうなんだろう?」

 顔をあげたのは、カースティだ。覚悟を決めた顔をしている。

「そうです」

「どおりで、たった一度の聞き取りで、みごとに全員の疑いが晴れたわけだ。あんたたちは見ず知らずの人間だ。それは、見ればわかる。その人間たちが協力しあって、たがいに罪がかぶらないようにするなんて、常識では考えられない。
 だから、だまされた。だが、あのときのあんたたちの証言は、みんな嘘なんだ。もちろん、たいていの客が息をひそめて、なりゆきを見守っていたのは、ほんとだろう。ただ、誰かに疑惑が向きそうになったとき、それを打ち消すように申し立てた言葉には、多分に嘘がふくまれている。まず、第一に、あの部屋は密室ではなかった。そうだよな? ショーン」
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