第27話

文字数 3,471文字



 戦闘は朝まで続いた。

 彼らは伯爵家の人間を皆殺しにした極悪人だ。捕まれば縛り首だと、全員が知っていた。だから、降伏という選択はなかったのだ。首領のホークネスが死んでもなお、最後の一人まで抵抗してきた。

 ワレスはシーザーたちと合流し、伯爵の部屋にこもって応戦した。広い場所で十三対百は大差だが、ドア一枚でしか行き来のできない室内でなら、ときおり、扉をやぶって押し入ろうとする連中をしりぞけさえすればいい。

 どうにか交代でしのいでいるうちに、ザービスがとなり町の領主の援軍をつれてきた。ローラの夫が助けをさしむけてくれたのだ。

 朝方、到着した援軍に、盗賊たちは次々に倒された。なかには逃げだした者もいるかもしれないが、ごくわずかだったろう。ドミトリー盗賊団はここに壊滅した。

 全力で戦いぬいたワレスは、死体の山に埋もれて床の上で眠った。

 目がさめるとベッドのなかだった。
 やわらかな羽毛布団が血で汚れている。目の前にはジョスリーヌがいて、あどけない顔で眠っていた。彼女の高価な絹の夜着も血にぬれている。きっと、血みどろのワレスを抱いたからだ。

 守りきったんだなと思うと、ワレスはホッとした。
 これ以上、後悔の種が増えてもらっては困る。

 見つめていると、ジョスリーヌが瞳をひらいた。
 なんだか怖いくらい甘ったるい目をして、ワレスに抱きついてきた。

「勇ましかったわ。素敵よ。ワレス」
「とうぜんだね」

 キスは甘いが、正直、それより水がほしかった。のどがカラカラだ。

 どうやら、まだ伯爵家のなかのようだ。邸内がざわついている。

「今、何刻だ?」

 言いながら、ワレスはふところをさぐった。銀の懐中時計は正午前をさしている。
 ベッドをおりて外へ出ていくと、邸内はだいぶ片づいていた。
 となり町から来た援軍が死体を庭へ出してくれたようだ。

 ユリエルやローラたちは、どうしているのだろうか?

「ワレス。どこへ行くの?」
「ユリエルは?」
「ユリエルはいったん自分の屋敷へ帰ったわ。ここじゃ落ちつけないものね」
「そうだな」

 ワレスは食堂へ行って、小間使いに食事を持ってくるよう命じた。

「そういえば、小間使いなどは、やつらの手先じゃなかったんだな」
「盗賊は男ばっかりだものね。屋敷をのっとったあと、新しく雇ったんでしょうよ」
「なるほど」

 小間使いがありあわせの食事を運んでくる。何よりも、ただの水をこんなにウマイと思ったのは初めてだ。

「ねえ、ワレス。わたくし、まだわからないんだけど。それで、けっきょく、ユリエルはほんとに前の伯爵の生まれ変わりだったの?」

 ワレスのとなりにすわりながら、ジョスリーヌが問いかけてくる。

「ユリエルの転生は作られたものだ。ザービスは盗賊団にこの屋敷が襲われたときの、わずかな生き残りの一人なんだ。目の前で仲間がみんな殺され、主君の命までうばわれた。
 だが、一騎士にすぎない彼が、それを訴えてでても誰も信用しないだろ? 屋敷には伯爵の弟のフランシスにそっくりな男がいて、爵位を継いだと言っているんだ。彼の頭がおかしいんだと、誰だって考える。
 でも、ザービスは仲間や主君の無念を晴らすために、決してあきらめなかった。そして、彼は知っていたんだ。殺された伯爵には生まれたばかりのときに里子に出された妹がいると。
 だから、今日のこの日を計画して、ユリエルを伯爵の生まれ変わりに仕立てあげた。ユリエルの母アウリナの屋敷に教育係として入りこみ、赤ん坊のユリエルに毎晩『おまえは伯爵の生まれ変わりだ。おまえこそが正統なオージュベール伯爵家の継承者だ』とふきこんだ。
 香をたいて眠りを深くし、毎夜、枕元でささやくんだ。伯爵家での暮らしや風景、伯爵の人柄、伯爵が何さいのときに、どんなことをしたかなど。それらの言葉が夢を誘発し、ユリエルはそれをさも自分の体験のように感じた。そうだろう? ザービス」

 最後の言葉をワレスがなげると、食堂の入口にザービスが姿を現す。

「私はフランシスさまとともに、盗賊団のせん滅のため、森の洞くつへおもむいた。だが、彼らはそれをあらかじめ察知していた。野盗とは思えない戦の武器や罠で、洞くつを要塞化していた。
 みなが殺されるなか、私は逃げだした。生きたかったからではない。この危地を伯爵さまにお知らせするためだ。やつらが騎士を全滅させたあと、手薄になった屋敷を狙うであろうことは想像できた。
 だが、すでに遅かった。そのときには、すでに先発隊が屋敷を襲撃していた。私がかけつけたときには、伯爵さまもお命を落とされていた。あのときの怒りと悔しさを、絶望を、誰が理解できるだろうか? この髪も一夜にして真っ白になった。
 私は誓ったんだ。必ず、みなの無念を晴らすと。伯爵家を正統な持ちぬしのもとへ返すのだと。それまでは、どんなことをしても死ねないと」

「ユリエルは毎晩、夢枕に伯爵が立つと思っていたようだが、あれは、あなただった。あなたは“夢のお告げ”で、ユリエルに宝剣の鞘のかくし場所を教えこんだだろう?」

 ザービスは重々しく、うなずく。

「侯爵さま。それでも、ユリエルさまを伯爵家の後継ぎと認めてくださいますか?」

 ジョスリーヌは朝の甘いリンナールを一杯飲みながら、ふうっと幸せそうな吐息をもらす。

「わたくしはかまわないわ。最初から、宝剣を見つけてきた者を伯爵と認めると言っていたでしょ? でも、半分はワレスが持っていたから、ワレスが権利を放棄するなら、ですけどね」

「おれはこんな田舎の領地なんかいらないよ。だが、ほんとうに、ユリエルは伯爵になりたがっているんだろうか? あの子は今の実家で商売の勉強をしながら、のびのび暮らしていくほうが幸福だと思う」

 すると、そこへ、ローラがやってきた。うしろにオーランドをつれている。

「生きてたのか。あんたは戦わなかったんだな。オーランド」

 ワレスがお行儀悪く、肉切りナイフでオーランドをさし示すと、オーランドはビクリとちぢこまった。

「わ……私は、父が盗賊だなんて知らなかったんだ。たしかに幼少のころは母と二人、町民として暮らしていた。七さいだったかな。とつぜん、父から迎えが来て、この屋敷に招かれたんだ。ここが今日からおまえのうちだ。おまえは伯爵家の血筋だったんだと言われ、有頂天になった。でも、まさか、それが、あんな方法で手に入れられた地位だとは……」

 こうして見ると、オーランドはごくふつうの青年だ。父と離れて育ったせいか、あるいは母親に似たせいか、父の乱暴な気質は受け継いでいない。

「伯爵家はやはり、オーランドに継がせてはいかがでしょう?」と、ローラが口ぞえする。

 それにも、やっぱり、ジョスリーヌは気ままに答える。
「あら、わたくしはどちらでもかまわないわよ? でも、宝剣がねぇ」

 変にこだわっている。ジョスリーヌは自由な女だが、彼女の身分はきわめて高い。公約をたがえられないのだ。

 ワレスはジョスリーヌの前に手を出した。
「あなたに渡していたよな。宝剣。おれにくれ」

 ジョスリーヌは小間使いにとってくるよう言いつけた。
 銀の盆に載せられて、宝剣が運ばれてくると、ワレスはそれを鞘から外し、剣の部分を手にとる。

「これは、おれが見つけた。おれの権利だ。だから、これをオーランドに譲渡する。それでいいんだろ?」
「それなら、オーランドとユリエルは等分の権利を所有するわね。ユリエルの返答しだいね。あの子が爵位なんていらないと言えば、オーランドの独占的な権利になるわ」

 そこへ、ユリエルがとびこんできた。退屈して、たずねてきたようだ。
「僕は伯爵になんてなりたくないよ! ただ、僕がユリウスの生まれ変わりだって信じてもらいたかっただけ」

 ユリエルはつい今しがた来たので、さきほどのザービスの言葉は聞いていない。今でも本気で、自分が伯爵の生まれ変わりだと思っている。
 まあ、ユリエルがそれを信じているのなら、それでいいとワレスは思う。ユリエルが幸福なら、なんの問題もない。

 ジョスリーヌが宣言する。

「では、ラ・ベル侯爵の名において、今ここで、オーランド・オージュベールをオージュベール伯爵家の正統な継承者と認めます。新しい伯爵の誕生を祝って、屋敷の修繕費をプレゼントするわ。こんなボロボロの屋敷、こわして建てなおしなさいよ。でないと、もう二度と狩りになんて来ないから」

 ここにいる全員の顔に微笑が浮かんでいる。すべてが丸くおさまった。大団円。

 なんだか、とても満ちたりた日だ。
 失われた命はもどらないが……。
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