第57話

文字数 2,238文字



 翌朝、ワレスは宣言した。

「ジェイムズ。おれは二日ほど留守にする」

 気持ちよさそうに布団にくるまって、ムニャムニャ言っていたジェイムズはとびおきた。

「なんだって? どこへ行くんだ。なんだ。その旅装は?」

「決まってるだろ。レイグラ神殿に行くんだ。おれはもともと、そこへ行くつもりだった。ここからなら往復で二日。あんたが、おれの身元を証明してくれるんだから、二日くらい宿を離れても、メーファン隊長はゆるしてくれるだろう?」
「それは、まあ、しかし……」
「いいじゃないか。友達だろう? 信頼してくれよ。それとも、あんたはおれがブロンテを殺したと思ってるのか?」

 友情を盾にした甘い言葉をささやく。
 すると、ジェイムズは、ころりとだまされた。やはり、犬みたいだ。

「友達なんだもんな。もちろん、私は君を信じてるよ」
「まあ、心配するな。ちゃんと二日で帰ってくる。そのころには事件が解決してるといいんだが」
「善処する」

 たぶん、ジェイムズの努力はムダになるであろう。

 そういうわけで、ワレスは一人、自由の身になった。
 レイグラ神殿の用をすましてしまうつもりなのはたしかだ。しかし、それ以外にも目的がある。
 ヒューゴ・ラスの住居を見てみたい。幸い、ラスの家は神殿と方向がいっしょだ。

 馬に乗り、一刻半。
 ジェイムズの言ったとおりの場所に、その一軒家はあった。
 意外にも、ラスの自宅は森の緑を背景に、こぢんまりと心地よい美観をたもっている。ラスの晩年は裕福ではなかっただろう。質素で貧しげだが、隠者の隠れ家のようで情趣はある。

 普通、一年も無住だと、幽霊屋敷みたいになるものだが、ラスの家は傷みが少ない。つい最近まで、誰かが住んでいたと言ってもおかしくない。

「おまえ、そこで何をしてる。この家に用か?」

 家には見張りの兵隊がついていた。
 呼びとめられて、ワレスは首をふる。ジェイムズの威光を最大限に利用したとしても、信用してもらえない可能性があるからだ。

「道に迷ったんだ。ここのレイグラ神殿へはどう行けばいい?」

 地図を見せると、兵士はめんどくさそうに森のなかの細い道を示す。

「湖まで帰って、湖畔ぞいに移動しろ。旅人にはそのほうがわかりやすい」

 言われたとおりに馬を走らせる。
 森をぬけ、小さな村落に入った。ラスを弔ったというのは、この村の連中だろう。

 ラスの家じたいは、すでに兵隊が調べている。
 もちろん、なかを見られれば、その上はなかったものの、むしろ、ワレスは生前のラスの話を村人から聞きたかった。

 畑ばかりが目立つ農村だ。出会うのは農作業中の農民ばかり。話し相手になってくれそうにない。

 しかし、ようやく、庭さきで椅子にすわり、ひなたぼっこをする老人を見つけた。
 家具の虫干しでもしているのか。小間物が

の上にならんでいる。

「こんにちは。お聞きしたいのだが、よろしいか?」
「なんじゃね? 道に迷いなさったかね?」
「サイレス湖に出るのは、この道をまっすぐですよね?」
「うんうん。まっすぐじゃ」
「おじいさんは、この神殿へ行ったことがありますか?」

 どうでもいい世間話をしばらく続ける。老人の口がなめらかになったところで、本題をきりだす。

「昨夜、アーリン村というところを通ったのだが。宿で人殺しがあったそうだ。この村のラスとかいう人が関係あるらしいじゃないか」
「ラスかい? あいつは昨年、死んじまったが」

「おかしいな。アーリン村では、そんなウワサだったのに」
「そういえば、兵隊たちが、ラスのことを聞きまわっておったのう」

「じゃあ、関係はしてるのか。ラスっていうのは、どんな男だったんだろう?」
「変わり者じゃったよ。なにしろ人づきあいが悪くてなあ。村の

がからかいに行くと、オノをふりまわして追いはらうという話じゃったなあ」

「なかなか強烈な男だな」
「だが、悪い男じゃなかったぞい。森にすてられとった親なし子を育てとった」

「捨て子を?」
「ヒューゴみたいな変わり者に育てられたもんだから、その子も変わり者でな。ちいとばかし、おつむが足りんのかもしれん。一度も村人の前に姿を現さなかったんじゃ。なんでも、一日中、森のなかを走りまわっとったそうだ。猿みたいなもんさね。あれは森の悪霊の子だと言う者も、村にはおるくらいじゃ。はて、ヒューゴが死んだあと、あの子どもはどうしとるかのう。死んだとも聞かんが」

「その子ども、男でしたか? 女でしたか?」

 老人は首をふった。
 ほんとに何も知らないらしい。よほど人嫌いの子どもだったのだろう。
 ほかにも、あれこれと水を向けてみたが、老人からはそれ以上、何も情報を得られなかった。
 潮時と見て、ワレスは別れのあいさつを述べた。立ち去ろうとすると、老人が呼びとめた。

「旅のみやげに、なんか買っていかんかね? 言い値でかまわんよ」

 むしろの小間物をさす。

 どれも手作りとおぼしい素朴な品物だ。木彫りの小箱や人形、木の実をつなげた首飾りなど、女の子の好きそうなものばかり。作りは素人(しろうと)くさい。

「じいさんが作ったのか?」
「いやいや。それがな。これは森のなかでひろったんじゃ。いろんなガラクタといっしょにすててあってのう。まだ使えるのに、もったいない。きれいなもんだけ持って帰ったんじゃ」
「ふうん……森のなかにね」

 さっきのラスの家の整ったたたずまいが脳裏に浮かぶ。

「いいね。この小箱なんか、細工がこまかい。これをもらおう」

 ワレスは小銭を出して、小箱をゆずってもらった。
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