第155話 立ち位置による見え方の違い Bパート

文字数 7,241文字

 そして事もあろうか、恐らくは先生の電話の用件も聞かずに切ってしまうお母さん。
 しかも今日の事はお父さんにも伝えるって……お母さんは私の味方をしてくれると思っていただけに動揺が広がる。
 そんな心の持ちようだから、さっきまでのドキドキなんてとうにどっか行ってしまっている。
「お母さん酷いよ! 先生が私たちにもちゃんと説明したいって言ってくれていたのに。どうして話を聞いてくれなかったの? それにお父さんにも言うって言ってたけれど、お母さんは私の応援をしてくれるって言ってくれていたんじゃなかったの?」
「説明するって言うのなら、どうして愛美に電話して来たの? 日曜日には愛美がいない時に来て、今日はお母さんがいない間に愛美に電話して来て。お母さんからしたらどっちつかずの中途半端にしか見えないわよ」
 それこそ言いがかりにしか聞こえない。
「そんな事言ったって、お母さんがいるかどうかなんて電話してみないと分からないじゃない!」
「お母さんがいない間に愛美に説明するんじゃなくて、お母さんがいる時にかけ直せば良いじゃない。伝言してくれたらこっちからかけ直すじゃない」
 酷い。お母さんは私と先生が喋るのが気に入らいように聞こえる。これじゃあお父さんと同じじゃないのか。
「ちょっと待って! 私、先生から何の説明も受けてないよ! 電話で話すような内容じゃないから、ちゃんと顔を見て話したい。だからお父さんお母さんの都合の良い日を教えてって言う電話だったんだよ」
 お父さんにあんな冷たいあしらい方をされたお母さんだったら、ちゃんと先生の話も聞いてくれると信じていたのに。
 先生の事を良い先生だって言ってくれたお母さんでも、こんなあしらい方をするんだって思うと、ものすごく寂しくなる。
「でも、友達の事なんかは先生に聞いてたんでしょ?」
 そんなの自分の友達で、昼休みに電話も貰ってるんだから気になるのは当たり前に決まっているのに。
「家のリビングだから聞かれるのはしょうがないけれど、勝手に聞いて、勝手に勘違いして、先生の話も聞いてくれないなんて酷いよ。それに先生の事、お父さんに言うって本気なの?」
 先生と私の信頼「関係」を差し引いたとしても、今回もお父さんに付く事はない。
 私は不器用なりにも頑張っている先生を応援するって決めているのだから。
「分かったわ。愛美の気持ちを尊重するって言ったのはお母さんだから、お父さんには今日の事は何も言わない。ただ、お母さんも前に言ったと思うけど、愛美を心配する気持ち自体はお父さんと同じなの。女同士でしか確認出来ないようなところに付いたアザを目にした時、お母さんがどれだけ愛美と代わりたかったか、愛美には分からないでしょうね」
 お母さんの気持ちは本当に嬉しいけれど、その気持ちで笑顔が一つなくなってしまうのなら全く喜べない。
「お母さんの言った言葉ってかなりひどいよ。お母さんが私を心配して怒ってくれたのは嬉しい。でも先生だって自分のクラスの中に被害者も加害者も入り乱れているんだから、先生の方も相当つらいよ? しかも先生は蒼ちゃんの所にも説明に行ってくれている。何も今回辛いのは私たちだけじゃない。私や蒼ちゃん、そしてお母さんに蒼ちゃんのおばさん。それに友達や先生だって……みんな辛いんだよ」
 それ以外にクラス内の傍観者――無圧――同じように、ないしは知らず噂を流した人、一緒になって加圧側に流された人――他圧――クラスの人が誰も喋らないって言うのは、そう言うのも全てない交ぜになった状態なんだと思う。
「……私。自分の部屋で勉強してるね」
 このままお母さんといたら喋らなくて良い事まで喋ってしまいそうだからと、気持ちを切り替えるためにもう一度机に向かう事にする。


 学校に行けない分、少し時間を多めにとって机に向かっていると
『どうしたの? 彩風さん。珍しいね』
 本当に珍しい人からの電話だった。
『むしろアタシの方が心配してました。今日の朝礼で金曜日にあった事が先生から伝えられて、今日開かれた臨時の統括会に“愛先輩に秘密を作らせてくれない人”が来て、大体の事が分かりました。いくら他学年の事とは言え、愛先輩の話なのに連絡が遅くなってすみません』
『ちょっと待って! ひょっとして今日朱先輩そっちに行ったの?!』
“秘密を作らせてもらえない先輩”私がそう呼ぶ人は一人しかいない。しかも彩風さんを含めた朱先輩やみんなが事の次第を知ったって言う事なのか。
『はい。初めは誰か分からなかったんですが、副会長が面識あったみたいで色々ありましたが、とんでもなくきれいな人でした』
 本当ならその朱先輩の様子であるとか、優希君の話を聞く限り、私のお願いをまだ聞いてくれていない彩風さんのせいで、優希君と喧嘩になりそうだった事と合わせて、文句を言いたかったのだけれど
『えっと。朱先輩。そっちに何しに行ったの?』
 昼下がりくらいに電話があった時には、そんなこと一言も言ってなかったはずなのに。
『えっと。何か副会長と二人で愛先輩の話をしてました。あ、そう言えば保健室だったか、保健の先生だったかに寄ったって言ってました』
 何で朱先輩が母校に来て先生と話して、優希君と話をしたのかが全然分からない。あの電話と何か関係があるのかな……ってまさかの可能性に思い当たる。
『えっと。その時の朱先輩の格好は?』
 でもあの先生の秘密の事は驚きはしたけれど、軽はずみに言って良い事じゃないからそもそも聞くことが出来ない。
『えっと。大人の女性のような上品な格好をしてました』
 つまりいつもの格好で、制服じゃなかったみたいだ。
『それよりも、どうやったらあんな綺麗な人とお知り合いになれるんですか? しかも愛先輩に対する時だけ、すごい優しさを感じましたし……いくら統括会のOBとは言っても、清くんも面識がないんですから、愛先輩だってこの学校では面識はないんですよね』
『そんな事ないよ。朱先輩はみんなに優しいよ』
 ただし、優珠希ちゃんの時のように、私に対して快く思っていない人には、冷たいかもしれないけれど。
『そう言えば、その時に副会長から“可愛くない後輩二人”って言われたんですけど、あれってアタシたちの事ですか?』
 日曜日、せっかく会えた優希君と喧嘩になりそうになった時、彩風さんに文句を言うって言ってくれていたっけ。こんな所まで一緒だったなんて嬉しいに決まっている。
『そうだよ』
 だったら彩風さんから振ってもらった話。便乗させてもらう。
『……副会長も言ってましたけど、どうせ冬ちゃんの事なんですよね』
 しかもその内容まで優希君と同じだって、優希君の行動が分かって嬉しくなる。
 お母さんとのやり取りで気持ちが落ちていた分、喜びもヒトシオだったりする。
『彩風さん。自分でそこまで言えるって事は、中学期に入ってからお願いした事、理解も実行もしてくれていないって事だね』
 日曜日、優希君とのデートの時にもそれらしい事は口にしてくれていたのだ。
『愛先輩。愛先輩に

を振るったのはあの冬ちゃんの友達なんですよ。このまま愛先輩が良い人を続けたら、もっとひどい事になってしまいます』
 彩風さんの言い方で、学校側がどこまで言って、何を公表していないのかがおぼろげながら分かる。
 ただ今回の事に関してはあまり関係は無かったりする。今問題なのは、彩風さんの言いたい事も分かるけれど、何度言っても中々分かってもらえないと垣間見えるやり取りに落胆する
『もっとひどい事になるってどう言う事? 私、彩風さんのせいで優希君と喧嘩になったんだけれどどうしてくれんの? 私からしたらそっちの方がよっぽど問題なんだけれど』
 もちろん私は女だから、顔や体に傷が付くのは絶対に避けたい。でも、優希君は今の私の顔でも可愛いって、優しいって言ってたくさん口付けしてくれた。たくさんの“好き”を見せてくれた。
 だけれど、それは私と優希君で心を通わせているからで、決して強制出来ない人の心。万一優希君の心が私から離れてしまったら、それこそ本当に取り返しがつかなくなってしまう。
『そんなの全部冬ちゃんの友達のせいじゃないですか。その責任も含めて冬ちゃんが全部取るって――』
『――分かった。彩風さんが誰の話も聞かない、役員の自覚も無いって事だけは分かったよ。それから倉本君。相当悩んでいるよね』
 聞くに堪えなかった。あの友達の悪い話を聞くのがしんどいと言ったのは本当に何だったのか。優希君の言っていた通り初学期の中頃から、本当に雪野さんの事なんて何も気にしていなかったって事なんだろうか。
 倉本君が言った親戚の事すら、こっちのせいにされたらシャレにならない、困ると言っていたあの言葉。一体どういう気持ちで聞いていたのか。
『……何で清くんを、気にし始めるんですか? なんでいつも愛先輩は清くんの考えが分かるんですかっ!』
 話を聞く耳は持たないくせに、その反応だけは敏感な彩風さん。
『倉本君の男性としての気持ち、それに会長職としての気持ち、マネジメントとしての気持ち。全部とはいかないけれど、

分かるよ』
 結局倉本君同様、彩風さんもまた倉本君を見ようとはしていなかった。ただ倉本君を使って、恋に恋をしていたんじゃないかって言う気すらしてくる。
 相手を心から想う気持ち、好きって気持ちはそんな綺麗なもんじゃない。どうしたって他の異性の事も気にしないといけないし、自分自身も努力しないといけない。
 どうやっても二人だけで完結出来る世界じゃない。
『……まさか。清くんと連絡、取り合ってるんですか?』
 本当に大人たちの言う通りだ。一つの経験を通して知っているのと知らないのとでは、こんなに差が出るものなのか。
『まだ。取ってないよ』
 この事を教えるための次の一言。だけれどこれを言ってしまえば、教頭先生の課題の達成はほぼ絶望的になってしまう。
『まだって……愛先輩は副会長に、ご友人の事を“そこの女”呼ばわりした清くんの事なんて、嫌いになったんじゃないんですか? 興味ないんじゃないんですか!』
 そうか。実祝さんに対して暴言を吐いた事、彩風さんに優希君が言っていたのか。
『何で? 倉本君。みんなの事ちゃんと考えてくれているじゃない』
 男の人としては私の中では全く対象外でも――
『周りを見ながら、驚く程の考えや思考を見せてくれてるじゃない』
 私の中では倉本君と一緒になっても全く幸せになれる気がしなくても――
『あれだけ後輩に対しても、しっかりと耳を傾けて親身になってくれるじゃない』
 男の人として耳を傾けてくれなくても――
『だったら私だって倉本君への協力、やっぱり惜しむ事は出来ないよ。だから彩風さんの分も私が力になるね』
 あくまで統括会メンバーとして、倉本君と直接のやり取りは優希君に叱られるから、それ以外のやり取りで。
『アタシ……愛先輩の事が……本当に……心配で……仕方がないだけ……なのに』
 それでも感情に振り回されている彩風さんが、意図して省いた私の言葉に嗚咽を混じらせる。
 私も同じ女だからって言って良いのかは分からないけれど、感情に振り回されてままならない事も多いけれど、彩風さんの場合にはあまりにも感情に振り回され過ぎだ。
『それじゃあ私、電話したいところがあるからそろそろ切るね』
『え?! それってまさか清くん――』
 私は半ば強制で彩風さんとの通話を終えて、出来上がった夕ご飯を食べるためにリビングへと向かう。


 私がこんな事になってから何故か慶の帰りが早い。いやまあ、お母さんがずっと家にいてくれるから、その小言が嫌なだけかもしれないけれど。
「……ねーちゃんとおかん。ケンカしてるのか?」
 私とお母さんが普段喋らないなんて事が無いからか、慶がいぶかしんで来る。
「喧嘩って言う程じゃないけれど、少し言い合いになっただけだよ」
「……言い合いって……おかんはねーちゃんの味方じゃなかったのか? 確かオヤジがんな事言って嘆いてたぞ?」
 慶相手に嘆くって……あくまで子供っぽいお父さんに毒気を抜かれてしまう。
「それはもちろんよ。だけどお姉ちゃんを任せるに値するかどうかって言うのは、お母さんもお父さんと同じ気持ちなのよ」
 それじゃああの学校を、担任の先生を信用出来ないってなってしまったら、お父さんと同じ答えになってしまうんじゃないのか。
「なんかよく分かんねーけど、ねーちゃんが学校に行くのに何でおかんの信用がいるんだ?」
 私が懸念していた所に、慶の口からまさかの一言。
「そんなのお姉ちゃんのこの姿を見たら、心配するのは当たり前でしょう?」
「いや。それだってセンコーがしたって言うならそうだろうけど、学校の奴らだろ?」
 慶が代弁してくれるとは思っていなかっただけにかなりびっくりしている。
「慶にはまだ分からないかも知れないけど、そう言うのが大人の社会の信用なのよ」
 まただ。この「信用」って言葉に大人とか子供とかの区別があるのか。
「……だから俺はババァと糞オヤジが嫌いなんだよ。オヤジにも言ったけど、何で初めから決めつけて話を聞こうとしないんだよ。何か日曜日、俺が遊びに行ってる間にセンコーが来たけど、“あんなケダモノにねーちゃんを預けられないのは俺でも分かるよな”って何も聞かずに追い返したらしいじゃねーか」
 男同士で話していた内容も、やっぱりそう言う話だったのか。本当にこの家の男連中には呆れる。
 なんでいつもそう言う事しか考えられないのか。あれだけ大きな喧嘩をしたにもかかわらず、いつまで経っても変わらないお父さん。
 一方時々ではあるけれど、私にそう言う目を向けて来たとしても私たちとちゃんと向き合ってくれる先生。先生の理想とする先生を目指している先生。どっちの気持ちを優先するのかなんて考えるまでもない。
 ただ、今回の慶に関してはいつもと感じが違うから、文句は言わない。
「それはあの先生にも礼儀やマナー――」
「――おい糞ババァ。いっつもそんな言い訳ばっかして、俺の話も頭から決めつけて何も聞かねーじゃねーか。人の話もロクに聞かねー奴が何を「信用」するんだよ」
 いつも慶は話を聞いてもらえない側だからか、先生の気持ちが分かったのか、お母さんに対してものすごく言葉が悪くなる――けれど。今回は私の代弁をしてくれている事もあって、諫める事はしない。
「慶久っ! その言葉――」
「――うるせぇよ! そうやっていつもいつも俺の話を聞こうとしないけどな、ねーちゃんはいつだって俺の話をちゃんと聞いてくれるぞ」
 その中で慶から見た両親像に驚く。その姿は私から見た姿とは全く違う。
「なあねーちゃん。どうせ今回もねーちゃんは何も悪くないんだろ? だったらこんな糞ババァなんてほっとけよ。何でも勝手に決めつけて人の話を聞かねー奴と話したってしゃーねーだろ」
 そこから慶の考えている事が垣間見える。
 ただの反抗期を迎えた子供の話だとばかり思っていた慶。知らず私もあの穂高先生や他の大人たちと同じような事を、慶にしていたのかもしれないと思うと……他人のふり見て我が振りも見つめ直さないといけない。
 もちろんまだまだ跳ねっ返りな部分も多いけれど、それでも慶なりにちゃんと考えて喋っている事を、初めて正確に読み取れたかもしれない。
「ありがとう慶。でも私たちは二人で暮らしている訳じゃ無いし、ここでお父さんとお母さんを放っておいたら、それこそ慶の話を聞かない両親みたいになるよ」
 朱先輩と出会うきっかけとなったお弁当事件。慶が暴力的な子、粗野な子って言うレッテルを貼られるきっかけとなった学校での暴力事件。
 そのいずれもみんな慶が悪いってなった。でも、少なくともも私は暴力の事については、ちゃんと話を聞いて慶だけが悪いんじゃないって理解した上で、一緒に相手のご家庭まで謝りに行った。
 そして両親には一切何も言っていないお弁当事件は、未だにその中身については教えてもらえてはいないけれど、私の代わりに朱先輩と喋ってもらっている。
「ねーちゃんがそんなお人好だから、こんな暴力女でも蒼依さんは友達を続けられるんだろうな」
 そして慶の行き着く先はやっぱり蒼ちゃん。その気持ちのぶれなさは、ある意味では男の子らしいのかもしれない。
 やっぱり慶がいくら男の子とは言え、やっぱり話を聞いてくれる人がいるのといないのとでは、雲泥の差があるのだと思う。
 だったら、今日の所は慶に甘えさせてもらう事にする。
「慶。お風呂は?」
「……もう入ったっつうの」
 夕食を食べ終えた私は、そのままお風呂に入るために一度自室へと戻る。
「……」

宛先:優希君
題名:優珠からも聞いた
本文:今日保健室で何かあったみたいで、優珠も機嫌悪くして帰って来るなり同じ
   ような話をしてたよ。でも僕はあの先生に優珠の事で感謝こそすれ、それ
   以上の気持ちは無いよ。それに優珠から聞いた話が本当だとしたら僕の嫌い
   な女性のタイプだから、ホント気にしなくて良いから。でも、愛美さんの
   その気持ちは嬉しかったよ。

 優希君からのメッセージに気付かないまま。

――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
  一番の心のより所だったお母さんにあしらわれたショックを癒せないまま
     分からないなりに、気持ちを伝えようとしてくる電話の相手

 そしてお互いが一呼吸置いたその後、やっぱり主人公の理解者はお母さんで……
     そこに潜む想いを主人公はまだ受け取ることが出来なくて……

        その上、以前は可愛かった後輩との口喧嘩……
          中々うまく行かない事も多いけれど、

    「ありがとうお母さん。それと、昨日は酷い事言ってごめんなさい」

           次回 156話 信頼の積み木 6
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み