第154話 記憶に残る生徒 Aパート

文字数 8,246文字

            サブタイトル:癒えない傷跡

 どこまでも愛さん自身のせいにしようとする先生を追い詰めて、先生が保健室でしてた事も匂わせて。一通りの目的を果たした時には、もう最後の授業も終わりかけの時間になってたんだよ。だからもう一回先生を不安に叩き落すために、“話を大きくする”煽りを入れて、万一の確率でも愛さんが涙してしまう可能性の芽を、摘ませてもらうんだよ。
 それでも先生に対する怒りが収まらなかったわたしは、まだ穂高先生の連絡先を消さずに愛さんのいない、3階の役員室へと足を運ぶんだよ。

 そして今日最後の授業中、生徒さんがいないあの頃から変わってない部活棟を一つずつ昇って行くんだよ。
 一階手前には体育会系の中でも、球技系が主に部室の割り当てになってる。そして中央階段を超えた少し奥の方には、球技以外陸上、剣道、柔道のような部室が割り当てられてる。その辺りも何も変わってない。
 わたしは階段の奥を少しだけ眺めて、中央階段を二階へと上がるんだよ。ちなみに一階には体育会系の要望で、シャワー室があったり、男女別の更衣室があったりするんだよ。
 そしてこの二階には本校舎へと繋がる階段は無いんだよ。中央階段を境に入り口手前の方は廊下の突き当りになってる。
 そしてこっち側には主に文科系の部活の中でも文芸部など静かな部活が主に部室を貰ってる。最後にこの中央階段から奥の階段に向かっては、天文部や化学部なんかの、少し音がしても気にならないような部活動が部室を貰ってる。
 ただ、今までの説明で出て来なかった吹奏楽部や演劇部のような一部の部活動なんかに関しては、主な活動場所が体育館や舞台館になるから、部室としては一部の特別教室が割り当てられてるんだよ。
 わたしは三年間どの部活にも入らなかったけど、教頭先生の勧めもあって、二年から統括会に参加して毎週この部活棟に足を運んでた。だから思い入れ自体はあるし、やっぱり郷愁も感じるんだよ。
 そして役員室のある三階。実はこの広い部活棟内の三階には、ほとんど何にも無かったりする。設立当初は学園祭や文化祭のような学校行事の際の場所だったらしいけど、進学校へと校風を変えてからは、そう言う行事は一切無くなったって聞いた。
 だからなのか、今となってはどこの学校にでもあるような、朽ち果てた物置教室みたいになってるんだよ。
 もちろんそれぞれの物置教室みたいな空き部屋には、全て鍵がかかっている。
 そして三階までは、この中央階段と一番奥の二か所に階段があるけど、4階踊り場……屋上へと続く階段は部活棟奥に一つしかない。
 当然屋上に出るための扉には鍵がかかってるけど……このお話はまた今度にするんだよ。
 今はわたしが二年間書記としてお世話になった役員室へと足を向けるんだよ。
「残念。開いてないんだよ」
 懐かしさ込み上げる役員室の扉には、鍵がかかってる。ここの鍵は年長者“全員”が持つ事になってる。だからわたしは会長さんか、空木くんが来るまでしばらくの間、この静かな部活棟三階で待たせてもらうんだよ。


 チャイムが三回鳴って部活棟の階下が騒がしくなってしばらくしてから、
「えっと……どちら様ですか? って言うか、私たち役員に何か御用ですか?」
 わたしよりも少しだけ背の低い、肩くらいまでの髪を揺らせた女の子と一緒に来た利発聡明そうな男の子が声を掛けてくるんだよ。
 女の子の方に全く元気ないのが気になるけど、まずは自己紹介なんだよ。
「わたしは以前、この学校の統括会で書記をしてた言わばOBみたいな人なんだよ」
 そう言えば、今の学府の学生証は身分証として持って来たけど、ここの学校の生徒手帳は持って来なかったんだよ……
 今日は愛さんがいなくて良かった。わたしが自分のうっかりさんにホッとしてると、元気の無かった女の子が目に涙を溜めてわたしをじっと見て来るんだよ。
「分かりました。それじゃあ中に入って話をお伺いしますから、少しお待ちください」
 でも、一緒に来た女の子には全く何を気にする事もなく、わたしにはおもてなしをしてくれるけど……それだと社会人的にも、男の子的にも減点なんだよ。
「えっと、そちらはここの役員の人?」
「はい。俺――私がここの統括会の会長である倉本です。挨拶が遅れて申し訳ありません」
 かと思ったら、どこかのビジネスマンかって言うくらい、背筋を伸ばして礼儀正しく挨拶をしてくる会長さん。
「――ほら。霧華も挨拶くらい出来るよな」
 続けて全く元気の無い女の子の髪を、ポンポンと二回ほど撫でて促す会長さん。こう言う所を見ると、倉本くん――会長さんがとっても世話焼きな人には見えるんだけど……さっきからの様子がどうにも離れない。
「彩風……霧華です。ここの……総務をしています」
 その彩風さん……つまりポッと出の後輩が挨拶してくれるけど……
 愛さんは空木くんの事が好きで、その空木くんの事を大嫌いな雪野さんが横恋慕していて、一方会長さんは愛さんに気があって、その会長さんには幼馴染のポッと出の後輩がその幼馴染の壁を乗り越えようともがいている事を一通り思い出すんだよ。 (65話)
 ……愛さんの言葉を思い出したわたしは、今度は注意深く二人に流れる空気って言うか、二人の距離感みたいなのを観察することにするんだよ。
「それではどうぞお待たせしました――霧華も中に入ろうな。今日は俺が準備するから座っとけ」
 そのポッと出の後輩の代わりに、テキパキと動き始めるけどなんて言うか、女の子からしたら物足りないんだよ。
「ああっ! すいません。今から椅子をもう一つ準備しますんで」
 会長さんは忙しなく一人でバタバタしてるだけで、ポツンと一人座ってるポッと出の後輩には目を全く向けてくれないんだよ。
「わざわざありがとうなんだけど、今日空いてそうな席があったら、そこで良いんだよ」
 少し不自然になった気がしないでもないけど、それでもわたしの正体に気付く事なく、いつも愛さんが座る場所を聞けた気がするんだよ。
「……」
 けど返って来た答えは視線だけだったんだよ。それだけ皆から愛さんが慕われてるのは嬉しいけど、逆に言うと学校側が皆に隠さずに言ってしまったって事になるのかな。
「いや、その席は……」
 わたしが愛さんの席に座ろうとして、その声に濃い愛さんへの想いを織り交ぜた会長さんに止められる。
「……アタシが用意します」
 その会長さんの反応を見たポッと出の後輩が、そんな事をしたら炎症を起こしてしまうのに、目元を一回腕で拭って椅子を向かいの正面……二脚並んだ間に、迷った末に入れてしまう彩風さん。
 これで何となく分かったんだよ。コの字型の上座に会長さん。それに対して直角に位置するこの席に愛さんとポッと出の後輩。
 そして空いてる向かい側の二脚に空木くんと、わたしが大嫌いな雪野さん。その間にポッと出の後輩が椅子を入れたって事は、多分二人の仲は認めてない。そして愛さんが時々口にするポッと出の後輩の印象を思い出すと、愛さんと空木くんの仲を応援してくれてる。
 もし迷ったのが、空木くんの隣にわたしが座るのをためらってくれたとしたら……このポッと出の後輩はとっても“素直”な女の子じゃないかと思うんだよ。だったら後は愛さんの時と同じで幼馴染である会長さんへの気持ちが強すぎて、一歩を踏み込む勇気が出ないって事だと思うんだよ。
 だったらこのポッと出の後輩も味方なんだよ。わたしはポッと出の後輩の頭を一撫でしてから、追加で出された椅子へと一度腰掛け直すんだよ。

「それで、本日は統括会の方へどのようなご用件でしょうか」
 結局会長さんが今、ここにいる三人分の飲み物を用意してくれたところで、話を聞く態勢に入る。
「今日は統括会って言うより穂――養護教諭に用事があったんだよ。そのついでにOBとして役員室に顔を出したの」
 だけど残りの二人……空木くんと大嫌いな雪野さんは良いのかな。さっき穂高先生から聞いた本題じゃないから、気にしないって事なのかな。
「……えっと。その当時は統括会で何をなさっていたんでしょうか」
「……書記なんだよ」
 緊張してるのかな。さっきと同じ質問をしてる。
「……ところで以前と変わってなかったら、後二人、副会長と議長の子がいると思うんだよ」
 それにしても空木くんも何をしてるんだよ。大嫌いな雪野さんも遅いし会長さんもそれを気にする様子もないんだよ。
「アイツらなら時期に来ますよ」
 空木くんが愛さんを巡るライバルだからなんだろうけど、なんだかこの会長さんのお話を聞いてたらとっても寂しくなるし、こんな人に愛さんは惹かれないと思うんだよ。

 わたしが寂しくしてると、少しだけ外が騒がしくなる。
「ちょっと雪野さん。そう言うのは何度も辞めようって――」
「――ワタシの心を分かってくれる空木先輩なら、これでも一歩引いてるのは分かって貰えるんじゃないですか?」
 その騒がしくなった扉に姿を見せたのは、待っていた空木くんと大嫌いな雪野さんだったんだけど……わたしの心を逆撫でするように、大嫌いな雪野さんと腕を組んで役員室に入って来る二人の姿だったんだよ。
 今日のわたしはものすごく機嫌がよくないのに、愛さんと少しずつ仲を深めてるはずの空木くんは、いったい誰と何をしてるんだろう。どうして愛さんを平気で裏切ることが出来るんだろう。
 この場所はわたしにとって、色々な出来事を想起させるだけに、どうしても自分自身の気持ちを持て余してしまう。
「――そちらの方は誰です? どうしてワタシと空木先輩の間に――」 
「雪野さん! お願いだから離れてっ!」
「何でですか?! この女の人が空木先輩と何か――っ!」 
「なっ?!」
「……」
 それは誰の驚きの声だったのか。あんまりにもあんまりな行動をしてる二人の間に割って入ったわたしは、空木くんに本気のビンタをお見舞いするんだよ。
「なっ! ……あ、貴女! 男の人の顔に手を上げるってワタシの空木先輩に何する――」
 愛さんの大好きな人なのに、この大っ嫌いな雪野さんの言葉に我慢できなかったわたしは、二人共にビンタをお見舞いする。本当に、愛さんを涙させる人なんて大っ嫌いなんだよ。
「ちょっと冬ちゃん! 副会長は愛先輩の恋人なのに、その言い方は先輩に対して失礼じゃないの?」
「……失礼? ワタシが空木先輩の事をどう呼ぼうと、空木先輩が嫌がって無ければ良いじゃないですか」
 だけどさっきわたしが感じたように、このポッと出の後輩はやっぱり愛さんの味方なんだよ。
「だから雪野さん! 僕はそう言うのは嫌だって――」
「――空木くん! これはどう言う事なのか説明して欲しいんだよ。あの日の約束と全く違うんだよ!」
 今更嫌がったって、もう見てしまったんだからどんな言い訳だってさせないんだよ。今、愛さんが傷ついて辛い時で、その気持ちに日曜日に少しでも応えてくれたはずの空木くん。
 キス一つで大喜び出来る愛さんに、男の子の事情をゆっくりと、優しく教えて欲しかったのに。愛さんを大切にしてくれるって信じられそうだったのに。その翌日には愛さんに隠れてこんな事をしてるんだから、愛さんを任せるのは駄目なんだよ。
「おい空木! 雪野に手を出して、岡本さんを選んだと言っておきながら、早速放課後にコソコソと他の女子と逢瀬をしたと思ったら今度はこの学校のOBと浮気か? お前な! そんなんだったら岡本さんと別れろよ! なんで俺が、岡本さんと遊びで付き合ってるお前のために身を引かないといけないんだよっ!」
 怒鳴り声と共に、空木くんに掴みかかる会長さん。その巻き添えにいくつかの椅子が倒れるんだよ。
 だけど、あの日みたいに今日の空木くんは泣いたりしないんだよ。その会長さんの腕を払った空木くんが起き上がって、
「……みんな勝手な事ばっかり言って。誰一人優しい愛美さんの気持ちなんて分かってないくせに、勝手な事ばかり言わないでくれっ!」
 言葉と共に、よりにもよって愛さんの事を分かって無いと言い出すんだよ。さすがにこれにはカチンと来るんだよ。誰が何と言ったって、わたしが愛さんの一番の理解者なんだよ。
「空木くん。浮気の言い訳としては最低なんだよ。今日の事――」
「――まず船倉さん。いきなりあんな場面を見て幻滅する気持ちも分かりますけど、僕の彼女は愛美さんただ一人で、愛美さんの彼氏は僕一人です。その愛美さんが学校を休んでいる間、“可愛くない後輩”『――っ?!』は頼りにならないから僕が代わりに雪野さんのフォローを頼まれたんです。船倉さんはそう言う愛美さんの、自分の気持ちを押し殺しても、相手を大切にする気持ちを本当に理解した上で、僕に対して文句を言ってますか? それとみんなの名誉の為に言っておきますけど、僕は確かに雪野さんの気持ちを理解できる。でも僕が好きなのは愛美さん一人だけだし、何なら確かめてもらってもかまいません。それから雪野さんは統括会メンバーで、この何か気に入らない事があればすぐに手を出してくる倉本の方針通り、みんなで守ろうって言う話もしています。それに僕も雪野さん自身は仲間だと思ってるので、何も義務感だけで雪野さんのフォローをしてるってつもりもないです」
 あの時、涙ばかりしてる男の子姿は無く、そこにいたのは愛さんの想いを第一に考えた空木くんの姿だった。
「それでも、愛さんは他の女の子とくっつく空木くんを見て何とも思わない訳ないんだよ」
 触れられた事が中々忘れられなくて、大好きな人との“初めて”が無くなった事にすごく苦しんだ愛さん。だから“好きな人同士の初めて”っていう考え方を愛さんにしてもらった。つまりわたしの方が愛さんの事を良く知ってるんだよ。
「だから僕は手をポケットから出さないんです。この手を繋ぐのは愛美さんだけって決めてるから。愛美さんをこれ以上泣かさないって決めてるから」
 それでもわたしの目をまっすぐに見つめて、しっかりと言い返してくる空木くん。まるでわたしが愛さんの事を分かってないような言い方にカチンと来たけど、確かに愛さんならどんな人でも一人にはしない気がするんだよ……それでも、わたしの方が愛さんの事を理解しはしてるけど。
 それによく見ると、言葉通りカバンを肩にかけて歩き辛そうにしてるにもかかわらず、両手ともポケットに入れたまま手の平を出す素振りすら見せてないんだよ。
「……空木先輩はそこまでワタシと触れ合うのは嫌なんですか? そんなに岡本先輩が良いんですか? ワタシ、空木先輩の為なら、本当に何だってします! 出来ます!」
 な……なんでもって……女の子が公衆でなんて事を言うんだよ。こんなのを見せつけられたら、愛さんじゃなくても不安になって当たり前なんだよ。
「嫌なんじゃないよ。ただ僕は愛美さんを泣かせたくないだけなんだ。愛美さんが泣くような事は僕には出来ない。ただそれだけ。だから雪野さんがどうとかじゃないんだ。それに雪野さんにだって、心からそう思える相手が必ず出来るから、今はしんどくても何とか頑張ろうよ」
 その上にとんでもない優しさを見せる空木くん。愛さんの不安や、かき乱される気持ちが手に取るように分かるんだよ。
 仮にナオくんがわたしの知らない所で、こんな言葉を他の女の子にかけてたら……今日の夜はたくさんナオくんに甘えるんだよ。
「おい空木! 岡本さんを泣かせたクセに何勝手な事ばっかり言ってんだ! この事、岡本さんに俺は言うからな」
 こっちもなんて事を言い出すんだよ。そんな事したらまた愛さんが涙する理由が出来てしまうんだよ。
「勝手にしたら良いけど、愛美さん泣かせたら本気で怒るからな」
 なのにそれすらも空木くんが抑え込んでしまう。
「それから彩風さん。さっきから黙ったまま僕に不満そうな顔を向けて来てるけど、僕の注意聞いてくれてる? 愛美さんの言葉届いてる? 倉本を始め統括会全員の意思は理解してくれてる? 昨日彩風さんが協力してくれないから、愛美さんと喧嘩になりそうだったんだけどそこんところはどう?」
 これだけ周りから言われても、愛さんの気持ちを一人一人に合わせて代弁して行く空木くんの姿に感動しかけたけど、喧嘩になりそうなんて聞いてないんだよ。
「それは……」
 このポッと出の後輩が言い淀むところを見ると、思い当たる節自体はあるって事なのかな。
「それから雪野さん。雪野さんの僕への恋慕はすごく伝わるけど、前に言った通り

だから愛美さんが嫌がるような事はしないで欲しい。それから僕が愛美さん以外の人に惹かれるって言う事はないから、それだけは本当にごめん」
 この姿を見たら愛さんじゃなくても心を盗まれるかもしれないんだよ。それくらいには女の子の……愛さんの気持ちをしっかり理解してくれてるんだよ。
「空木先輩……」
 大好きな人からここまではっきり言われたら、誰だって涙してしまう。だけど空木くんの気持ちにほとんど揺れは見られないんだよ。
「それから最後に倉本。愛美さんを傷つけるような発言には納得してない。せめてこの船倉さんの事だけは取り消してくれ」
 さっきまで支配してた幻滅の感情や腹立たしい不信感みたいなのは全て消えてるんだよ。
「取り消しだと? このOBは空木のコレなんじゃないのか!」
 そう言いながら小指を立てる会長さん。このくらいの年齢の男の子なら、多少下品なのは仕方ないにしても、愛さんが恋愛対象にするにはちょっと無理だと思うんだよ。まあ、愛さんには空木くんがいるんだから、そんな事をこの会長さんに教える必要なんてないけど。  “秘密の窓”非開示
「まぁそう思うんなら思う分には勝手にしたら良いけど、愛美さんを傷つける事だけは言うなよ。僕は言うべき事はちゃんと言ったからな」
 そう言って、いつも自分が座る席らしきところに腰掛ける空木くん。つまり愛さんの正面の今空席の場所が、大嫌いな雪野さんの席だったんだよ。
「ところで船倉さん。僕としてはどっちの席でも大丈夫なんですが、愛美さんの席じゃなくても大丈夫なんですか?」
 その空木くんがわたしに気遣いを見せてくれるんだよ。
「今日は空木くんの気遣いに甘えるけど、その気遣いは愛さん以外にはしたら駄目なんだよ」
 だったら空木くんをもっと立派な男の子にするために、“愛さんがもっと安心できるような気遣い”のヒントを教えてあげるんだよ。
「分かりました。二度と愛美さんを泣かせないために覚えておきますけど、愛美さんの大切な人なんですから大丈夫だと思いますよ」
 空木くんも本当に、いつも愛さんの事を中心に物事を考えて動いてるんだよ。
「それから必要なら使って下さい」
 そう言って一枚のルーズリーフの紙と、筆箱の中から迷った一本の緑色のペンを取り出す空木くん。
「……ありがとう。使わせてもらうんだよ」
 受け取ったペンを見てみると、E&Yのイニシャル。そう言えばお付き合いをした記念に貰ったって愛さんは嬉しそうに電話して来てくれたっけ。
 思いがけず空木くんが、いつも愛さんを近くに置いてくれてるのが伝わってわたしは安心するんだよ。
 今日のこの空木くんの姿を知ったら、愛さんはとっても喜んでくれると思うんだよ。
「……あの。船倉先輩って……ひょっとして愛先輩が時々言ってた“愛先輩に秘密を作らせてくれない人”ですか?」
 ……どこかで聞き覚えのあるフレーズが聞こえた気がするんだよ。
「そんな事は無いんだけど、わたしは愛さんの一番の理解者なんだよ。で、さっきの空木くんの質問じゃないけど、愛さんのお願いは聞いてくれてないんだってね」
 いくら愛さんお気に入りのポッと出の後輩だからって、愛さんのお願いを聞いてくれない、愛さんを悲しませる人はわたしは大嫌いなんだよ。
「……それは冬ちゃんが……」
 人のせいにしようとして、顔を膨らませて、言葉も尻すぼみになって……穂高先生と違ってとっても素直なんだよ。
 自分にも悪いところはあって、でも自分の中でうまく感情を消化しきれてないって所かな。
「おい倉本! 今日の統括会。まだ始めないのか?」
 言葉を詰まらせたポッと出の後輩を見て、空木くんの一言。今さっきその気遣いは愛さん以外には駄目だって言ったばかりなのに。

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