第158話 副会長と言う役職 Aパート

文字数 6,886文字


 倉本君との通話を終えた時には、優希君との口付けの事、目の前のタッパに入ったサブレを見ても、さっきまでのドキドキは無くなっている。当然お母さんの気にしているガーゼの事についてもどうでも良くなっている。
 それよりもあのつんけんした態度ばかり取る彩風さんと、全く彩風さん自身を見ようとしない倉本君二人、幼馴染の事だ。
 私の言い方が良くなかったのか、甘かったのか。お互いがお互いの事を最後まで見ようとしなかったために、決定的なすれ違いに発展してしまいそうな二人。
 倉本君の中でハッキリと答えが出た訳じゃ無いけれど、どう考えても一緒にいて話をしていてシンドイって言うのは致命的にしか聞こえないのだ。
 そしてもう一方の雪野さんの方だ。どうして雪野さんが暴力を振るった訳じゃ無いのに、雪野さんの孤立が深まるのか。
 どう考えても分からない理由を考えれば考える程、初めにつく印象って言うのは怖いなって思う。
 ただ彩風さんの事は優希君にお任せするにしても、他に出来る事は考えないといけない。本来、女の子の事は私が何とかすると言う話だったはずだ。
 そう考えると、とてもじゃないけれど私だけが家で療養していても良いのか……本当にこの怪我が恨めしい。
 だからこそ学校以外で倉本君とは会えないし、倉本君と二人きりなんて以ての外だ。だけれど雪野さんと一緒で、倉本君も孤軍奮闘しているのだから、仲間としてやっぱりほっとけない。
 でも私にとっては事、男女間の恋情を考えた場合、優希君の気持ちが一番大切なのだから、正直に打ち明けておきたい。
『さっきの今で電話してごめんね。今、時間良いかな?』
 優希君にかけた電話が1コール待たずに繋がる。
『今帰って来たばかりだから大丈夫だけど、どうしたの? ひょっとしてキスしたくなってくれた?』
 そこから出た一言に、そんな場合じゃないのに、そこまでして私との口付けがしたかったのかと気持ちが軽くなる。
『今日は優希君がイジワル言ったから、我慢するって決めたんだけれど……さっき倉本君から電話あったよ』
 だけれど倉本君の事をしきりに気にしてくれている優希君に余計な心配を掛けたくなくて、さっきの電話の内容、

 ①雪野さん残留の交渉をしたかったのだけれど、全員の意見すらも聞けてないっ
  て事で、門前払いになった事
 ②彩風さんも学校側と同じ意見で倉本君一人が孤軍状態になっている事。それも
  あって①の内容を学校側から強く突っ込まれた事
 ③本当に途方に暮れて私に助けを求めてくれた事
 ④二人で会いたいって言われたけれど、優希君に誤解を与えるような事は出来な
  いから、相談するって答えた事
 ⑤倉本君から私への想いを言葉にされたけれど、ちゃんと断った事

 それぞれ順序立てて、優希君に全てを話してしまう。
『分かった。どっちにしても一度彩風さんと中条さんに話をしておきたいから、一日だけ時間が欲しい。それから今はそんな事言ってる場合じゃない事は分かってるけど、倉本と二人だけで会う約束だけはしないで欲しい』
『もちろん私にも会う気は無いよ。ただ倉本君自身も相当しんどいはずだから、同じ統括会として倉本君の力になりたいし、人として雪野さんを放っておきたくないの』
 いつも一人は駄目だって、彩風さんも私たちも言って来たはずなのに、気付けば孤軍状態になっている。
『大丈夫。愛美さんの優しい心は分かってるつもりだから、その件については明日必ず連絡するけど蒼依さんは大丈夫? 最近名前聞かないけど、ちゃんと連絡取ってる?』
 本当に私の親友の事まで気にかけてくれる優希君。その上、私の言葉にまでちゃんと耳を傾けてくれているのだから、こんなに嬉しい事はない。
『ううん。週末に一回取っただけだよ。私の親友まで考えてくれてありがとう』
 自分のケガと統括会の事で、正直気が回っていなかったのもあるし、蒼ちゃん自身も大変な状況だからと遠慮していた気持ちもあったりする。
『僕の事は良いし、今回は少し打算もあるから、そこまでお礼を言わなくても大丈夫』
 その優希君が謙遜してくれるけれど、私の親友も気にかけてくれたのは確かで。
『私は優希君を信じているから、気にしないでよ』
 それは言葉ばかりかも知れないけれど、それでも今までにたくさん気持ちも行動も見せてもらっているのだから、私から何か文句なんて言う訳がない。
『じゃあまた明日連絡するけど、優希君の方も何かあったらいつでも連絡待ってるから』
 だから、優希君の考えに託すように通話を終える。


 それから程なくして、先にシャワーを失礼させてもらってから夜ご飯を頂く。
 その後、蒼ちゃんにも連絡するために早々に自分の部屋へとこもる。
 もちろん夕食時にも、頬にガーゼがない事に対する好奇の視線をお母さんから感じはしたけれど、今日も早く帰って来ていた慶がいたからか、表立って何かを聞かれると言う事は無かった
 ただ昨日慶にも言われたからか、明日担任の先生が何時頃来てどう言った内容の話をするのかの確認と言うか、話題だけはしっかりと挙がってはいた。

 もちろんそれを聞いた慶は悪態をついてはいたけれど、昨日程の口の悪さだけは鳴りを潜めてはいた。
 もっとも慶の方には、一緒に話を聞く気自体は無さそうだったから、明日の話は進路の話なんかもあって、私とお母さんの三人での三者面談みたいにはなりそうだ。

 まあ、先生が明日私の願書を持って来てくれるって言うのなら、話自体は早いのかもしれない。
 そんな夕食の一幕を思い返したところで、改めて蒼ちゃんに連絡を取る事にする。
『愛ちゃん、久しぶりだね』
 数コールを待っての久しぶりと感じる蒼ちゃんの声だけれど、なんだか元気がないような気がする。
『なんか三日ぶりとは思えないね。あれから少しは落ち着いた? 私は今日病院には行って来たけれど、蒼ちゃんは?』
 あれだけの暴力痕。そう簡単に元気なんて戻る訳は無いのだから、ちょっと無神経な聞き方をしてしまったかもしれない。
『うん。行ったけど……やっぱり時間はかかるみたいな事は言われた。愛ちゃんの方は?』
『私の方も初めの通りやっぱり2~3週間はかかるって言われた』
 ただそうも言っていられなさそうだから、無理矢理にでも登校する事にはなりそうだけれど。
『そっか……メッセージで転校させる! みたいな事も書いてあったけどそっちの方は?』
『そっちも何も、お父さんは何が何でも転校させるって言って全く話を聞いてくれない上に、この前なんてわざわざ説明に来てくれた先生まで追い返してしまったんだよ。だからそれ以来喧嘩中』
 大人だとか子供だとか。そんな事ばっかり言ってこっちの話を聞いてくれないお父さんなんて嫌いに決まっている。少しは優希君を見習って欲しい。
『それはまたすごいねぇ。じゃあおばさんは?』
『お母さんも私の味方だって言ってくれていたくせに、昨日先生から掛かってきた電話を、私の目の前で無碍に断ってそのまま切ってしまって慶と二人で喧嘩。そして夕方前に仲直りしたところ』
 お母さんとの喧嘩も、慶がいなかったらもっと長引いていたのは間違いないはずなのだ。
『慶久君とって……慶久君が愛ちゃんの味方になって、一緒に喧嘩してくれたの?』
 まあ、蒼ちゃんは今までの慶の態度や行動をずっと見て来ているから、驚くのは分かるけれど、最終的には蒼ちゃんを気にしていたのだから、その下心自体は丸見えだったけれど。
 ただ今回は助かった訳だから、そこは蒼ちゃんには伏せておいてやることにする。
『……やっぱり姉弟がいるって良いね。私なんて一人っ子だからそう言う時は寂しいよ? 特に今回の件は私も言い返しにくいし……だから今の学校は辞めてお料理教室の方に専念したらって、今両親から説得され続けてるの』
 予想していた事とは言え、蒼ちゃんからの改めての話に息が止まりそうになる。
 そう言う意味では、お母さんだけでも理解してくれている私の方は、まだマシなのかも知れない。
 ただ、蒼ちゃんの両親の気持ちを考えると、安易に私の気持ちを口にするのは憚られる。
『……愛ちゃんは私と一緒に卒業したいとは言ってくれないの?』
 なのに、蒼ちゃんは私からその一言が欲しいと言ってくれる。
『……今日ね。病院の先生に言われたの。辛くてしんどいのは分かるけど、心に元気が無かったら治るのも遅くなるって』
 その上、私が素直になれるように背中の一押しまでしてくれる蒼ちゃん。本当にこう言う所まで見抜かれているのは……嬉しい。
『私だって蒼ちゃんと一緒に卒業したいに決まってるよ! でも、蒼ちゃんの好きな料理学校の方へ……やっぱり今のはナシ。蒼ちゃんには私の前で笑って欲しい』
 初めから違う学校だったならまだしも、二人で後三年は一緒にいようって決めていたのだから、こんな理由で別々になるのはあまりにも寂しすぎる。私たちのした約束はそんなに軽い物じゃない。
『ありがとう愛ちゃん。そう言ってもらえて私は嬉しいよ』
『そんな、私だけって事は無いよ。あの担任の先生だってそうだし、優希君だって今日蒼ちゃんの事をとても気にしてくれていたんだよ。それに――』
 咲夜さんだって、とは続けられなかった。
『――それに、実祝さんだって寂しいって言ってくれているよ』
 だから代わりに実祝さんの名前を使わせてもらう。
『……それで良いんだよ。私としてはアノ人の事はもう忘れて、夕摘さんと仲良くしてくれたら嬉しい』
 結局実祝さんをほったらかしにしている咲夜さんを見ていると、蒼ちゃんの言葉を否定できない自分もいる。
『ねぇ蒼ちゃん。私、蒼ちゃんに会いたい。どうせお互い学校に行けないのだから、朝でも昼でもいつでも時間の都合は付けられるよ』
 蒼ちゃんの様子が一度気になってしまえば、電話だとかえってもどかしさを感じてしまう。
『私もそうしたいけど、治るまでは中々家から出してもらえないの。だから話は出来ても、顔は見れないかも知れない』
 それって2、3か月の間は蒼ちゃんの顔が見られないって事になってしまうんじゃ……もう半年ほどしかない学校生活でそんなにも会えなかったら、もうほとんど時間がないんじゃないのか。それに夏休みですらそんなに長い期間蒼ちゃんの顔を見なかった事なんてない。
『だったら、私が蒼ちゃんの家まで行くよ! そしたら蒼ちゃんの顔は見られるんだよね』
 蒼ちゃんの顔を見られないのなら、私の顔を気にしている場合じゃない。
『ありがとう愛ちゃん。愛ちゃんの気持ちは嬉しいから、せめて愛ちゃんにだけは会いたいって一度お母さんに頼んでみるよ』
 そう言ってもらえるのは嬉しいけれど、蒼ちゃんの方が状態は酷いのだからくれぐれも無理だけはして欲しくない。
『私、蒼ちゃんの家までは行くよ?』
『愛ちゃんの顔も大変な事になってるんだから駄目だよ。ちゃんとお母さんにお願いしてみるから、1日だけ待ってね』
 だけれど蒼ちゃんもまた、私を第一に考えてくれる。
『分かったけれど、蒼ちゃんに会えるんだったら顔の一つくらい我慢にもならないんだから、焦って明日って決めずに確実に行こ?』
 そんな蒼ちゃんに決して無理はして欲しくなかったし、何でも良いから私も蒼ちゃんの力になりたかった。そう言えば
『心に元気って、さっき言っていたと思うけれどどう言う事?』
 病院の先生が、わざわざなんでそんな言い方をしたのかが気になる。もちろんそこに私が力になれる事があるなら是非もないんだけれど……
『なんか家にずっと独りでいるのもあんまり良くないみたいで……そう病院の先生に言われても、お母さんは聞いてくれないんだけどね』
 話を聞いてくれないって、中身が違うだけで私の家と同じ事が起こっていたのか。
『ずっと独りって、先生からの連絡とかは?』
 蒼ちゃんの家にもかけているって先生は言ってくれていたはずなのに。
『いつも家にかかって来てるみたいで、私が直接喋る事は無いかな……愛ちゃんは違うの?』
 これなら蒼ちゃんの力になれるかもしれない。
『先生からは、私の携帯にもかかって来るし、後は統括会絡みで連絡はそこそこあるのかな』
 咲夜さんに至っては、最後喧嘩みたいになってしまっているし。統括会に至っては雪野さん絡みな上に、状況もかなりひっ迫して来ているし、楽しい話だなんて間違っても言えない……優希君の連絡だけは別だけれど。
『先生からって……先生に愛ちゃん個人の携帯番号を教えたの?』
『教えたって言うか……教えた?』
 どうも蒼ちゃんの声にトゲが混じったのが分かったから、言い換えようと思ったけれど、いい言葉が思い浮かばずに、同じ言葉を二度続けるような形になってしまう。
『……愛ちゃん? その事、空木君には?』
『え? そんな携帯番号の事までイチイチ言わないって』
 そんなの当たり前って思いもしたけれど、蒼ちゃんに言われると、なんだか悪い事してるような気になってしまう。
 ただまあ、その事はいったん置いておくことにして、いつもの蒼ちゃんらしい雰囲気が戻って来ただけでも良しとする。
『まあ、恋愛上級者の愛ちゃんがそう言うんだったら、私からは何も言わないけれど……』
 その割には何か言いたそうに、思わせぶりな言い方をして言葉を止める蒼ちゃん。
『とにかく! 蒼ちゃんと会えるのを楽しみにしているから、急がなくても良いしまた良い返事を聞かせてね』
 それでも嫌な予感が働いた私は、私に出来そうな協力に目算を付けたところで、話をまとめ込んでしまう。
『分かったけど、この話の続きはまた会った時にじっくり聞かせてもらうね』
 あれ。これだとまとめ切れていない気がする。
『分かったよ。楽しみにしているね』
 ……結局逃げ切れないまま約束だけをする事に。


 蒼ちゃんとの通話を終えたところに、

宛元:優珠希ちゃん
題名:誰と喋ってるのよ
本文:いつもいつも電話が繋がらないけど、いったい誰と話してるのよ。おかげで
   アンタに伝えられなかったじゃない。まさかアンタ、園芸部の事、忘れてる
   んじゃないでしょうね。

 優珠希ちゃんからのメッセージが届くけれど、園芸部の事って何かあったっけ。いくら思い出そうとしても思い当たる節が無いんだけれど。
 ただ優珠希ちゃんのメッセージを放っておくと、また朝まで待っていそうだからと

宛先:優珠希ちゃん
題名:相手は親友
本文:連絡くれていたのに気付けなくてごめんね。また時間がある時に色々話を
   聞かせてね

 園芸部の事以外で返事をして、今日はそのままベッドに潜り込むことにする。


 翌朝の9月9日水曜日。雨音で目が覚める。今日はせっかく先生が来てくれる日なのだから晴れの方が良かったのだけれど。
 今日は朝から先生の事を考えながら起き上がると、

宛元:優希君
題名:今日また連絡する
本文:だから安心して欲しい。それと、昨日果たせなかった愛美さんとの約束を
   果たしたい

宛元:優珠希ちゃん
題名:面貸しなさいよ
本文:アンタにはゆいたい事がたくさんあるんだから、どっかで話を付けるわよ。
   当然女二人だけでお兄ちゃんには秘密よ

 何が秘密なんだか。私と優希君の事は散々お兄ちゃんから聞き倒しているくせに。本当に、私が嫉妬するほど息がぴったりだって優珠希ちゃんは自覚があるのか。私の方が問い詰めたいくらいなんだから。

宛先:優希君
題名:ありがとう
本文:なにも不安自体は無いよ。でも、昨日は優希君が断ったんだから、どうしよう
   かな? 優希君が私の寂しかった気持ちを分かってくれるまでは、お預けか
   な? それから、出来ればで良いけれど、蒼ちゃんも家でずっと独りだから
   気にかけてくれると嬉しいな

宛先:優珠希ちゃん
題名:お話したいね
本文:私に会いたいって思ってくれてありがとう。私も蒼ちゃんも今は電話でしか
   話が出来ない状態だから優珠希ちゃんからのメッセージは嬉しかったよ。御国
   さんにもよろしくね。

 いつも同じような時間に送ってくれるメッセージ。私が優珠希ちゃんに嫉妬しているなんて弱みを見せる訳にはいかないから、あくまで余裕がある体でのメッセージの返信を意識する。


 階下へ向かうと、お母さんが家にいるからなのか最近早起きしている慶から、何の意図があるのか分からなかったけれど、時折視線だけはもらう。
 それに対して私が何をどう聞いても、昨日・一昨日の慶はどこへ行ってしまったのか、不機嫌そうに返事をするだけで、理由は分からずじまいだった。
 だから私も慶の相手はそこそこに、自室へと戻る事にする。

宛先:蒼ちゃん
題名:おはよう
本文:今日は昼から改めて先生が来てくれるから、それまでは勉強のつもり。
   その代わりお父さんの耳に入って、先生に文句を言われたらたまらない
   から、お父さんには全部内緒

 そこでふと思いついた私は、蒼ちゃんにメッセージを送ってから、改めて午前中だけでもと机に向かう。

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