第155話 立ち位置による見え方の違い Aパート

文字数 6,813文字

 それにしてもびっくりした。電話で改めて伝えておきたいって言うから本当に何事かって思ってしまった。ただし、その内容に関してはさらにびっくりするような内容ではあったけれど。
 ただ、私はあの巻本先生からの気持ちには気づいているから、実は言う程の抵抗はない。それはやっぱり先生の不器用でまっすぐな性格を知ったからって言うのも大きいし、応援したい気持ちがあるからなのも大きいのかもしれない。
 だけれど、朱先輩に言い寄ったって言う男の人を穂高先生がって言うなら、その話の中身は全く変わってしまう。
 咲夜さんみたいな言い方をするなら、生徒の恋人を先生が盗ってしまって事になる。ただ幸いな事に朱先輩は何とも無さそうな上に、ナオさんって言う彼氏さんもいるみたいだから、全く気にしてないって所なのかもしれない。
 ただ、私の方はそうはいかない。前々から男子に人気のあるあの腹黒。いよいよもって優希君とは二人きりになんてさせられなくなってしまう。
 来年結婚するとは言っても、女の人の中にもマリッジブルーを盾に、男の人と浮気をする女の人もいるってお母さんから聞いた。だったらその相手に先生が優希君を選んでも不思議じゃない。
 もちろん優希君なら断ってくれると思うけれど、あの用意周到な腹黒なら何をするか分からない。

宛先:優希君
題名:他の女の人は嫌だよ
本文:他の女の人との二人きりは例え先生でも辞めてね

 そう思ったら無意識の内にメッセージを打っていた。そして何となく朱先輩がナオさんって人を、私と合わせたくないのかを理解出来てしまって
「……」
 私と同じ気持ちなんだなって思ったら、自然と笑顔になってしまう。そう言えば中条さんも昔、私には彼氏とは会わせないって言ってた気がする……あの時、私は寂しく感じたけれど。
 だったら、これもまた私と朱先輩二人だけの秘密。中条さんを含めた友達にも内緒に決まっていた。

 一通りの考えをまとめたところで、休んでいる分学校の授業に遅れないようにと夕方までもう一度集中し直す事にする。


 どこに行ったのかお母さんたちが帰って来ない中、一人机に向かっていると今度は固定電話が鳴り出す。この電話をきっかけに一度休憩を挟もうと、二階に置いてある子機じゃなくて一階に置いてある親機の方に体を運ぶ。
『もしもし……岡本です』
 朝こそは静かだったけれど、学校が昼休みの時間に入った辺りから何となく電話が鳴り続けている気がする。
『岡本か? 俺だ。担任の巻本だ』
 まさかの先生でびっくりするけれど、よく考えたら昨日か一昨日には家に来てくれたんだっけ……お父さんのあの乱暴な口調を思い出す。
『はい。私本人ですけど、先日はお父さんが酷い事言ったみたいですみませんでした』
 その上、実祝さんの話によれば、色々な説明が覚束ないくらいには元気なく落ち込んでいたらしい先生。
『別に岡本が謝る事じゃないだろ。それに、岡本のお義父さんも別に間違った事を言ってる訳じゃ無いと思うぞ。前に岡本との面談でも言ったが、こう言う事があるから、娘の一人暮らしに関しては認めない親だっているんだ。そう考えたら岡本のお義父さんって、岡本想いの良いお義父さんじゃないか』
 あの面談の時で私自身の心が軽くなったのだから、ハッキリと覚えてはいるけれど……それにしてもお父さんって……。
『そんな事ないですよ。お父さんは私の言う事もお母さんの言う事も聞く耳持ってくれないんですよ。男だから、女だからとか言うお父さんとは今、喧嘩中なんですよ』
 そう言うのは優しいとも言わない気がする。ただの押しつけなだけにしか取れない。
『そう……だな。岡本の話、意見はちゃんと耳を傾けて聞かないと駄目だよな』
 俺も前に一度それで岡本の気持ちを、掴み損ねたんだったなって……言ったり思ったりするのは私相手なら、先生の気持ちに気付いているから別に良いけれど、さっきのお義父さん発言と言い、私への気持ちが溢れるどころかダダ洩れになっている気がする。
 これだと間違いなくお父さんは暴れ出す気がする。
『先生? 私だけへの贔屓は駄目ですよ』
 私は電話口で分からないのを良い事に、少しだけ

唇全体を湿らせる。
『……っ。いや、俺にそんなつもりは無いんだが……ただ、生徒の意見には耳を傾けないといけないって、改めて認識しただけだからな』
 それだったら何も私の意見って限定しなくても良いと思うんだけれど、今は先生と二人きりの電話口。そんな無粋な話なんて必要ない。
『それで今日はどうしたんですか?』
 だから私の方からは先生の言葉に対する明答・明示は避けるようにする。
『岡本。あれからまだ一週間も経っては無いが、ケガの調子はどうだ? まだ痛むのか? もうそろそろ出て来れそうか? 先日ご両親には伝えようとしたが、病院からの診断書の通り最低でも三週間は学校としても公欠を認めるし、心の不調なんかも言ってくれたら、延長は出来るからな』
 先生の矛盾を含む言葉に、内心苦笑いを浮かべはするけれど、先生が本題を口にし始めた時、その口調がハッキリ変わったのを感じる。そう言う節々に先生の目指す先生を垣間見ることが出来るから、私を女として見たとしても嫌悪は感じないし、応援したくなってしまうのだ。
『ありがとうございます。また明日病院へは行きますけれど、私としては治った時点で登校したいなって思っています』
 それに状況は大きく変わってしまったけれど、この先生には咲夜さんと実祝さんをお任せしているし、先生も私に早く学校へ来て欲しそうだし。
『そうか……ありがとう岡本。早く岡本だけでも登校してくれたら俺は……』
 余程先生の心が堪えているのか、途中で声を詰まらせる先生。
『それで、蒼依の方はどうだったんですか? 先生が説明してくれたんですよね』
 だけれど、今回は一歩踏み込んで聞かないといけない。それは先生どうのじゃなくて、私にとって唯一無二、断金とも言える蒼ちゃんの事だから。
『防の方は……説明だけはしたが……聞き入れてはもらえなかった。もちろん岡本同様、大切な娘さんを預からせて頂いての今回の事件。お詫びのしようもないんだけどな……』
 そしてまた声を詰まらせる先生。
『でも親友である私も、統括会でも、学校側としても誰も気づけなかったんです。だから先生一人だけがどうのって事じゃ無いと思います』
 そして蒼ちゃんのご両親自身も。
 だから先生だけがなんて責任を感じて欲しくは無かった。
 そして偶然にも、自分が口にした言葉であの教頭先生が本当に今回の蒼ちゃんの事に気付いていなかった事に気付く。
『岡本の気持ちは嬉しい。だからこそ岡本に対する俺の気持ちは間違ってないと自信を持って言える。だけどな、違うんだ。俺は自分の夢と目標を持ってる。そしてその夢と目標を俺はまずは叶えた。だけどその目の前に広がっていたのは、夢のような世界には程遠い。俺からしたら全てくすんだ世界だ。だけど俺は岡本だけに話した通り、俺の理想とする先生を目指したい。俺の目指す理想に対して、岡本が絶対必要なのは今でも変わってない。だけど、それは岡本だけがいれば良いって言う訳じゃ無いんだ。防もみんなも含めてこの学校を卒業出来て、良かったと思ってもらえるような教師になりたいんだ。だから今回の事は逃げたくないし、同じ事は繰り返したくない』
 私の意思を聞かなければ

。相談に乗らないと


 一度は嫌々なのか、強制と義務だけで聞くのか。その言葉だけを切り取ってしまえば穿った見方も出来てしまうけれど、先生の理想とする先生を目指す上で、その気持ちと責任感まで理解してしまったなら、私の方こそ先生を色眼鏡で見てしまっていたんだなって痛感してしまう。
 それほどまでにこの先生は不器用なのだ。
『先生……いくら何でも自分を追い込み過ぎですよ。先日も言いましたけれど、まだまだ大人とは間違っても言えない私たちたちですけれど、それでも全くの子供って言う訳でもないはずです。それは私たちや先生方学校側だけじゃなくて、加害者側だって同じです。戸塚を始めあの女子グループ達に、少しの常識と責任に対する自覚があれば、起こり得なかった話だと思いませんか?』
 もちろんこんなのは性善説でしかないし、こんな理想論だけを普段から語る程、私の脳内はお花畑じゃない。ただ理想に対しての理想。先生が先生の

とする先生を目指すなら、

論を語るのはありだと思うのだ。
『そうかも知れないが、

問題、そんな話で防のご両親も、岡本のご両親も納得しないだろ』
 そう。だから現実はいつだって残酷だと思うのだ。だからこそ未だ子供の私には、
“無責任”な励まし方しかできない。
『それでも先生は、先生の理想とする先生を目指すんですよね? だったら私は先生の応援もしますし、出来る協力もしますよ』
『……全く岡本は。俺の気持ちを知った上でそう言うんだよな』
 そして再び私への気持ちを漏らし始める先生。私も優希君相手に経験があるから分かるけれど、私の予想が正しければ先生の気持ちも相当育っているのかもしれない。
『先生の気持ちを知っているからこそ、応援したくなるんですよ』
 それは先生の“夢”に対する応援か、それとも――
『……なあ岡本。明日か明後日に、今回の加害者側と処分の決まった全15人の内容のご説明に上がりたいんだが、どちらか都合の良い日……ご両親はおられるか?』
 そうか。その話をしたくて日曜日に訪ねて来てくれたのかもしれない。それをお父さんが無碍に酷い言葉と合わせて断ってしまったのかもしれない。
 でも、その話をする前にもう一つだけ確認したい事があるのだ。
『その前に一つだけ確認したいんですけど、今日月森さんが休んだって実祝さん――夕摘さんから連絡があったんですけれど、どういう事ですか?』
 あんな奴らよりも、友達の事の方が気になるに決まっている。
『どう言う事も何も、程度は違えど月森も天城と同じ加害者側でもあり、被害者側でもあるからな。難しい立ち位置にある事には変わりないぞ――夕摘がその件で何か言ってたのか?』
 私が友達の事を大切にしている事を知っているはずなのに、やっぱり何かごまかした先生。
『はい。私が聞いたのは、月森さんが今週一杯は体調不良で休んで来週からは登校出来るって聞きました』
 不器用な先生が私相手にごまかすって言うんなら、私だって先生にカマをかけてみる事にする。
『月森は来週から――ってあれ? 月森は来週じゃなくて再来週の21日(月曜日)からだったと思うが』
 ところが先生の予想外の反応に、私の中の予想が崩れる。まさか本当に体調不良なのか。だからって蒼ちゃんを言い訳に使った咲夜さんを許すつもりは無いけれど。
『え? じゃあ夕摘さんは21日の月曜日まで、誰とも喋る人がいなくなってしまうんじゃないんですか?』
 ただ、どちらにしても実祝さんが私に電話をして来てくれた以上、咲夜さんもあんな体たらくだし、私も家で療養なんて言っている場合じゃないのかもしれない。
『岡本の話を聞いてたから俺も気にはしてるけど、そもそもクラス全体の雰囲気がそんな感じでもないぞ』
 そう言えば実祝さんが“喋る相手もいない、喋ってる人もいない”って言ってたっけ。
 口下手な実祝さんに自然笑顔が出るけど、それでも現在教室で一人な事には変わらなくて。
『じゃあ先生が実祝さん――夕摘さんと喋って下さいね』
 その先生にお願いしようとするも、先生の気持ちに気付いているからか、私の話をよく聞いてくれているからか、どうしても友達と喋っているような感覚になってしまう。
『別に無理に言い直さなくてもそれが岡本の素なら、誰の事を言ってるかは分かるからそのままで良いぞ……って言うかそのままの岡本の方が俺としては嬉しいから、むしろお願いしたい』
 そのタイミングで先生からの一言。
『分かりました。それじゃあ先生のお言葉に甘えさせて頂きますね』
 でも先生への印象が変わってからは、そこに下心が透けていてもまったく嫌な気にはならないし、近い内に多分イチイチ気にしなくなると思う。
 そう言う気持ちだから、先生との電話の中で顔が酷い状態だったとしても、家に一人きりの中、笑顔が浮かぶ。
『……それで岡本の言う通りに動けば、岡本の俺への印象も良くなることは分かってるんだけどな……岡本が俺にとって特別な人だったら或いはでもあるけど、俺はあのクラスの担任だから。それに岡本には理想の教師を目指す応援もして貰ってるからな』
 だからこそ、今の重い雰囲気の教室の中。私のお願いを聞き入れるのは難しいと、その会話の中にびっくりするような事を言いつつ、断って

先生。
 朱先輩に言い寄った男の人を盗ってしまったっぽい穂高先生。逆にそんな軽い男の人と朱先輩が一緒にならなくて良かったと安堵する反面、今の巻本先生の話を聞いてしまうと、どうしても両者を比べてしまう。
 今となっては最後まであの先生を信用しなくても良かったのかもしれない。
『だったら先生。咲夜さんは21日の月曜日まで休むんですか? 体調不良できっちり二週間ってどうして区切れるんですか?』
 私の殴打に対する療養期間でも約二週間から三週間って、期間を持たせているのに。
『……その辺りの事も岡本の顔を見ながら……いや! ちゃんとご両親に説明したいと思ってるんだ』
 つまり学校側の判断も色々と加味されているって事で良いのかな。
『先生。実祝さんと咲夜さんは私の友達で、二人共の事を先生にお願いしたのも私ですよ』
 もう一押ししたら先生も何か喋ってくれそうだけれど。
『だからこそだ。岡本が頼んでくれた事だからこそ、適当に電話で済ますんじゃなくてちゃんと顔を見て説明したいんだ』
 先生の気持ちを聞いて、私自身内心で恥じる。先生の不器用なほどの真剣さに対して、私のしようとしていた事がとも浅ましく感じて。
『お母さんだったら明日――』
「――お母さん宛ての電話なの?」
「――っ?!?! お! お母さん?!」
 私しかいないはずのこの家の中、先生と二人でずっと喋っていたはずなのに、聞こえるはずの無い声にびっくりし過ぎて内臓から震えあがって変な声が出てしまう。しかも驚き過ぎて顔も痛かったし。
『っ?! お! 岡本?! 何か起きたんなら今からすぐに先生が向かうぞ!』
 先生の焦った声が受話器越しから聞こえてくるけれど、いつから、どこから聞かれていたのか。口から心臓が飛び出そうなほどの驚きをそのままに、お母さんと対峙する。
「白昼堂々とお母さんに聞かれたらまずい話でもしてたの?」
「な?! き……聞かれたらって……この電話は学校の友達の事を聞いていただけだって」
 びっくりし過ぎて私の心臓が大変な事になっている。
「――先生に?」
「――?! ってちょっとお母さん?!」
 その動揺している私に、正確な一撃となる一言を付け足した上、私の手から受話器を取り上げてしまう。

『もしもし。愛美の母親ですが、何か娘に用事でしょうか』
 さっきまでとは一変したお母さんの電話口での声。
『あの。愛美と、どう言う関係かは存じ上げませんが、少し馴れ馴れしいんじゃありませんか?』
 私と話していた時や、さっきまでのお母さんは咲夜さんみたいな、“悪い笑み”を浮かべていたはずなのに、気付けばどうにも空気がおかしい気がする。
『娘さんって……先生はどう言うおつもりなんですか? まさかとは思いますが、こんな事があったにもかかわらず、愛美に不埒な気持ちを持ってるんじゃないでしょうね』
 かと思ったら、お母さんの声が怒りを孕んだ冷たい物へと変わってる。
『そんなの当たり前です。それで今日は娘しかいない時間に連絡をして来て、どのようなご用件ですか?』
 しかも先生が電話口で何を喋っているのか、あるいは何も喋っていないのかもわからなくて、無言のお母さんに先生を応援したい私の心が不安になって来る。
『先生がどう言うつもりかは存じ上げませんが、その話を娘にして、娘から私にお願いさせるつもりだったんですか?』
 そしてお母さんの口調が、お父さん相手にする時とはまた雰囲気が変わる。
『娘の事は学校の先生方よりも、私たちの方がよっぽど分かっています。今日の電話は主人にも伝えますから』
 会話の流れが全然分からないから、何とも言えないけれど、どうしてここでお父さんが出て来るのか。
『――大体本人の様子も何も、あなたたち学校側の不行き届きで、愛美がこんな目に遭ったんじゃないんですか?』
 先生とどんな会話をしているのか、お母さんの機嫌がどんどん悪くなっている気がする。
『とにかく、娘をダシにしようなんて誠意がなさすぎます』

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