第159話 邯鄲の夢 (単元まとめ) Bパート

文字数 7,713文字

 【いじめ防止対策推進法第25条・第26条及び、学校教育法第11条・35条1項】 
              懲戒の定め(停学)

「それじゃあ、ここから処分についての話になるけど、ひとつずつ行くから今度は何かあれば一つずつ聞くからな。まずは同じクラスの生徒から行くぞ。一つ目が同じクラスの女生徒で天城と月森を除く6名と、他クラスの女子3名の合計9名。この9名は一年間の停学。もちろん今年の“推薦”と“指定校”の取り消し。これは良いか?」
 天城と咲夜さんを除く女子グループ三人と咲夜さんグループの三人。それと初学期の放課後、優希君と一緒に見た蒼ちゃんへの暴力の現場。二回目の時は優希君はいなかったっけ。 
(51話・60話)
 あの時も天城と他クラスの女子三人だったか。
「そして二年の女子生徒二人。こっちも停学一年だ」
「ちょっと待って下さい。二年の二人って誰ですか? 今までの生徒の話でそんな人出てきませんでしたよね」
 だったら二年の二人って……もしかして、以前中条さんがチラッとだけ口にしていた“ほとんど”を除いて戸塚の事を良く思っていないって言っていた、そのほとんどにあぶれた後輩の事なのか。そう言えば保健室で咲夜さんも、ちらっと言っていた気がする。
「ああ。まだ二年で16歳だから名前も表立っての話もしてないが、サッカー部員に混じって防への暴力に加担した上、防の私物を破損までした事は分かってる」
 それはどう言う事なのか。年が小さいから何をしても良いって事なのか。どう理解したら良いのか分からない。
「先回りして言っておくと、名前が出ないだけでその処分の重さは変わらないからな。それとこれを言うのは完全に御法度なんだが、二年で停学になった女子生徒はこの二人だけだから、岡本がその気になったらすぐに調べられると思うぞ」
 先生が私の気持ちを何とか汲もうとしてくれている事は分かるけれど、さっきのサッカー部主将と言う言い方もそうだけれど、どうして名前を公表してはくれないのだろうか。何で何も間違っていない雪野さんの名前はやり玉に挙がって、責められて、蒼ちゃんに手を出した今回の加圧側の名前は一切上がらないのだろう。
「先生は、加圧側を守るんですか?」
「そう言う訳じゃ無いんだが、色々な法律があって何でも言える訳じゃ無いんだ。そこは本当にすまん」
 色々な法律って何なのか。間違ってもいない雪野さんの名前は出回り、今回を含めた加害側の名前はどうして法律で守られるのか。そんなの納得できるわけがない。
「先生。今日は私の質問に全部答えてくれるんじゃないんですか?」
「でもな、まだ年が若い間は更生の余地があるとか、今後の将来の事を考えると――」
「――何ですかそれ! 蒼ちゃんの人生は変わっても、加圧側の将来や人生は変えられないって事なんですか?!」
 そんなふざけた話があってたまるか。
「……そうなんだ。それに被害者側の人生もだまだ長い。その時間の中で解決する事も――」
「――もし、蒼ちゃんが妊娠していても先生は同じ事が言えるんですね。先生の子供が同じ目に遭っても、平気な顔をして言えるんですね」
「……」
 先生が辛そうな顔をするけれどさすがに信じられない。女の子ならもう人生全部を変えてしまう程の事なのに、やっぱり男の人はそれを分かっていない。
「……先生は私たちの事、分かってくれると思っていたのに」
 本当に女って言うだけで生き辛いと思う事が増えてきている気がする。
「……少年法って言うのがあってな。未成年者は更生の余地があるから、更生施設に入れて社会的に適合する人間って言えば良いのか、とにかく再犯をしない様に更生する事に期待して、社会的制裁は最小限にとどめる目的の法律があるんだ。もちろん岡本の言ってる事は正しいのかもしれない。だけど俺は学校の教師だから、岡本以外の生徒の事もしっかりと見ないといけないし、子供の可能性を信じる立場に近いからどうしても少年法を意識してしまうんだ」
 結局先生も口だけで、加圧側の事を考えているって事なのか。これじゃあ被圧側の泣き寝入りと何も変わりない。
「……でもな。岡本みたいな意見もこの世の中には多い。それで今、少年法改正案も出されていてこの法案が通ったらこの名前の件については、現行20歳以降から18歳以降で実名報道に変わる。(※1)ただそれでも16歳だと名前が出ない事には変わりないが、それでも学校側としては、年齢関係なく処分の重さは同じにした」
 納得は出来ないだろうけど。とこぼしながら説明してくれる先生。
 行き場のない気持ちは強いけれど、処分内容については同じだと言う事で一度納得させておく。
「それと、もう一つ伺いたいんですが、一年の停学との事ですが、実質は来年の四月からの復学ですか?」
 だとしたら実質の停学の期間はおよそ半年くらいになるのかと思って先生に確かめてみると、
「本人の反省度合いにもよるが、アイツらの好き勝手な言い分を聞く限りだと短縮は無いだろうから、復学は来年度の中学期からだな……つまり、下手をしたら来年度も出席日数が足りなければ、二年棒に振る事になる」
 ちょっと驚いた。てっきり私たちが卒業するのだから、来年度での復学かと思っていたのだ。
 もちろん来年の中学期からの復学で、出席日数なんかは学校側も補習なんかで補うようにはするとは思うけどな。と最後に付け足す事も忘れない先生。
「分かりました」
 納得するかどうかは別として、一応先生からの説明で不明瞭な点は無かったからと、話を進めてもらう事にする。

「次に立場の難しい二人。月森と天城だが……まずは天城の方から。先の説明通り天城は防に関しては加害者側で、サッカー部に対しては被害者。その上、脅迫被害や強制性交など、被害的な部分も多い事から今学期の停学と、“推薦”の取り消し。因みに停学期間に関して、今学期一杯と50日……つまり10月末までを妥当とする意見と両方あったが、岡本、夕摘に対する余罪……があった事も俺は見て、一部メモを取っていたし、月森の証言もあって今学期と言う事になった。そして月森だが……」
 先生がもう一度言葉を区切って、今度こそ疲れ切った表情を隠すことなく見せて来る。
 本当なら今学期って事は、終学期(しゅうがっき)にはまた出て来るって事で、蒼ちゃんの加療期間の事を考えたらとてもじゃないけれど納得出来る訳が無かったのだけれど、先生の表情を見るとそれ以上何かを言う気にはなれなかった。
「……月森の処分に関しても正直、1週間・2週間・1か月で割れた。そこで加味されたのが、防に対するいじめほう助なんだが、厳密に言うと月森は防に暴力を振るっては


 まさかあの保健室での咲夜さんのあの言葉と言うか、告白はどうなったのか。
「確かに月森自身は自分でそう言ったのかもしれないが、自分が参加しないと自分が的になってしまう。自分の身を守るために、本当にやむを得ず暴力に参加した。本来なら考えられない判断ではあるが、イジメに関する全容を口にした事、夕摘自身を守ろうとしたと、夕摘から直接の談判もあって、本当の意味での例外適用として、その全てを正当防衛として認定した。ただし、その事をすぐに知らせなかった事に対しては同情の余地自体はあるものの、イジメに該当する(他圧・無圧)と言う事で、停学期間は一週間としたんだが……月森本人からの談判で、せめて岡本が出て来るまではと言う事で、停学は二週間になった」   
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【※いじめ防止対策推進法案に対する附帯決議 文部科学第7項・応用】
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 先生の話で合点が行く。
 だから咲夜さんの休む期間が非常にあいまいだったのか。でも、どうしてそんな答えになってしまうのか。実祝さんは咲夜さんへの処分が軽くなるように談判までしてくれたのに、どうして咲夜さんは実祝さんを長期間一人にしてしまうような判断をしたのか。
 私の所にまで電話を掛けて来てくれた実祝さんの気持ちが分からないのだろうか。
 その何もかもが中途半端なのは何がゆえなのか。
「先生。今日が9日の水曜日で、元々が1週間の停学だったんですよね」
「まあそうだが……まさか月森に来週から出ろって言う話か?」
 さすがは先生。私の事を分かりかけてくれているだけの事はある。
「そうです。昨日先生には言ったと思いますが、今実祝さんは独りで寂しいはずなんです。だったら謹慎・停学だけが処分じゃなくて、友達の為に辛くても学校へ行くって言う処分があっても良いんじゃないんですか?」
 だったら私の気持ちをぶちまけるだけだ。
「でも一度決めた事を覆すのは――」
「――先生。その言い訳は実祝さんの成績再考の時に聞きました。それに学校側の処分に対して、該当生徒の希望を聞くって言うのは、不公平に当たらないんですか?」
 だから、絶対に咲夜さんの思い通りにはさせるかって言う気持ちで、あの夏休みの事を引き合いに出してやる。
(127話・128話)
「……分かった。明日の職員会議の時に話はするが……最近九重が月森にちょくちょく声を掛けてるのは目にするぞ?」
 先生の予想外の返答にびっくりする。確か九重さんってごく稀に私に分からない所を聞いて来てくれていた人だったと思うけれど、急にどうしたんだろう。
「それでも私は先生に、実祝さんと咲夜さんをお願いしましたよ」
 でもその事とは別で私は咲夜さんに実祝さんをお任せしたのだから、例え喧嘩したとしても、蒼ちゃんの態度に対しては思う事もあるし気持ちも痛いくらいには分かるけれど、私としては最後まで咲夜さんにお任せしたい。
 その上で実祝さんに喋る人が一人でも増えるのなら、それは良い事だと思う。
「そう……だったな。大丈夫だ。ちゃんと岡本の言う事には耳を傾けるようにするからな」
 先生が再三に渡って私への想いを漏らした時、お母さんがわざとらしく咳払いをする。

「……それで残り二人。主犯格の内、統括会でも頭をひねってる、あの議長の知り合いだったか、直接岡本に手を出したあの後輩野郎だが、結論から言うと、一番重たい処分から二つ目の無期停学だ。その理由として、防への長期間に渡る積極的な暴力及び岡本に対する暴力と性暴力。それからこれも後程の話にも繋がって来るが、サッカー部全体の暴力への扇動。性暴力ほう助。それに天城への暴力に余罪として、初学期の時に岡本が解決してくれた園芸部員たちへの暴力。これに関しては職員会議全体で一致だった」
 そっか。あの男子、あの学校からいなくなるのか。そう思ったら安心できたのか体の力抜ける。と同時に世界が揺らぐ。
「……愛美――先生。その生徒がどう言う生徒かは知りませんが、警察へは突き出せないんですか?」
 そこでこれまで黙っていたお母さんが口を開く。 
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【※いじめ防止対策推進法23条6項】/↓【改正少年法・犯罪刑事処分区分】↓
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「もちろん可能は可能ですが、該当生徒はまだ16歳で未成年者保護処分として少年院送りとなるかと思います。もちろん人を殺めたとか一般で言う重犯罪なら直接検察官に送る事になりますが、本当に幸いな事に岡本本人は最悪の事態は免れています」
 お母さんに対してしっかりと説明してくれる先生。
 だけれど、私からしたら雪野さんには悪いけれどいなくなってくれたのなら、それ以上は望まない。無条件でそう思えてしまう程、本当にあの時は怖かったし、今思い出しても夜一人で寝られないかも知れない。
 二度とあの恐怖と言うか、非日常を味わいたくない私からしたらそれだけで十分だ。
「ただ、今回の件におきましては知事への届け出はしましたので、場合によっては家裁送り、最低でも保護観察処分となるかと思います」
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【※いじめ防止対策推進法31条1項 及び 私立学校法第3条】
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 ひょっとしたらそう言う噂も二年では出ていて、余計雪野さんに非難が集中しているのかもしれない。先生の説明に納得したのか、先生に向かって首を一回縦に振るお母さん。

「そして一番最後に主犯の……戸塚義則だが……今日付けで退学処分になった。その内容については今更説明の必要もない程だとは思うが、防に対する強制性交罪(※2)と傷害罪(※3)及び脅迫罪(※4)だ。更に傷害罪以外の二つに関しては天城にも適用されるし、岡本に対する傷害罪も適応になる」
 先生はさらって説明してくれたけれど、私は違和感を覚える。
「ちなみに戸塚の場合は18歳になってるから、一部は少年法で守られるが刑事責任能力はあると言う事で、実刑判決が出る可能性が高い(※5)事も考慮して、今回は無期停学ではなく退学処分となった」
 そうか。18歳以上で各種法律が適応されるから普段耳にするような罪名の話になるのか。
「たださっきも言ったが、まだ未成年と言う事もあって、実刑が出たとしても時を遡っての実名が出る事はない事だけはもう一度言っておく。だから岡本が無暗に外で戸塚の名前を出すと、今度は名誉棄損で訴えられるから、この情報に関しても、くれぐれも他言無いように頼むな」
「分かりました」
 そもそもあんな男の人の事なんて思い出したくないのだから、私から名前を出す事なんてある訳が無い。

「ちなみに岡本には一度話した事はあったと思うが、戸塚の奴はプロサッカーリーグ入りも決まっていたが、その話自体が泡沫の夢(ほうまつのゆめ)泡沫の夢(うたかたのゆめ)……その全てが白紙になった。そして本来なら該当生徒及び、その保護者しか知らない話なんだが、何もなければ一芸卒業と言って卒業用件を満たしていなくても卒業出来たはずなんだ。しかも戸塚の場合は入団契約まで交わしてたから、恐らくは膨大な違約金も必要になるだろうと思う」
 本当に多くの富と名誉を目の前にして、もったいない事をしたよなって零す先生。
「でも、それもこれも全てあの戸塚がして来た事なんじゃないんですか?」
 女の子を性の道具としてしか見なかった戸塚相手に、何を同情するのか。信用している先生なだけにどうしても言葉にトゲが混ざってしまう。
「念のために言っとくけどな、俺は別に戸塚に対して惜しい気持ちがある訳じゃ無いぞ。ただアイツくらいになると周りに女子も寄って来て、将来の金も約束されてる。正直言って男の俺からしたらカネと女の両方が手に入るって言うのは、どう綺麗事を言い繕ったって男なら誰でもあこがれるぞ」
 カネと女って……先生のあまりにも自分勝手な男の人の話に、思わずため息をついてしまう。
「その上、ただ新年の卒業を待つだけで自分の夢が叶うはずだったのにな。何が戸塚を狂わせたのかは知らないけど、先週までは未来の星で、今日からはただの犯罪者だ。しかも今日付けで退学処分になったから、明日からは何の身分の保証もないただの犯罪者だ。いや下手をして有罪判決が出たら18歳以上だから禁固刑も付くし前科だってついてしまう」
 言いながら先生が大きなため息をつく。

 ひょっとしたら先生は私に何かを伝えたいのかもしれない。
「昨日まではカネと名声と女が寄って来て、ここまで繁栄するのにその人生の大部分を費やして来たはずなのに、その次の日には、ホウマツの夢。ウタカタの夢。すべては自分の手・体からこぼれ落ちたわけだ。
 いくら自分がしでかしてしまった事とは言え、繁栄した自分と言うか、結果を享受出来た時間はあまりにも短いなと思ってな。
 下手をしたら、プロの世界の門の前で全てを失った戸塚は、その恩恵――カネと女と名声――そのどれもの恩恵を受ける事無く、終わってしまったんじゃないのか?」
 泡沫の夢……やっぱり先生は私に何かを伝えたいのかもしれない。
「夢は叶えて、スタートラインに立ってからが全ての本番なのにな。こう言う栄枯衰勢(えいこすいせい)の儚さ、実際の繰り返す繁栄や衰退の脆さの事を【邯鄲の夢(かんたんのゆめ)】って言うんだ」

「邯鄲の夢……」
 響きだけで寂しく感じるのは、先に先生の説明を受けてしまったからだろうか。それとも――
「そう。良い思い、甘い汁を吸えるのは、ほんのわずかな時間でそれに合わせて何事も繁栄は長いものでは無く、むしろ短く儚いものって意味だ。俺はこの後に自分で“だからこそ、慢心する事なく、今を大切にして自分に出来る事をコツコツとやっていく”と戒めとして覚えているんだ」
 お金や名声をたくさん持っている男の人より、今の先生の方がよっぽど好感も持てるし、私はカッコ良いと思う。そんな先生から、今を大切に生きろって教えられたら、聞かない訳にはいかない。
 それと同時に、先生らしさを垣間見れた気がして嬉しくなる。
「邯鄲の夢……覚えておきますね。先生っ!」
 カネや女、それに名声の話には女の私からしたら辟易とするけれど、そう言った男の人の事を理解してしまうと、本当に先生を信用して良かったと素直に思えるから不思議だし、先生の事を応援できることが嬉しい。
 その気持ちが沸き上がって溢れた私は、お母さんがいる事も忘れて先生にとびっきりの笑顔を向けた。

================次回単元予告================
   いよいよ長い間をかけて、色々な人たちから説得され続けた一つのけじめを
             迎えようとする二人の人物

     その中で離れる心と近づく心。そこには意外な人物の想いもあって……
             その中で無視できない心の傷

          「だったら優希君が私の心も守ってよ」

             次話:160話より171話まで
               明暗を分かつ二組 

―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
       一通り説明を終えた先生と、受けきったはずの母娘(おやこ)
           だけれど、一つ忘れていた説明もあり……

        その一通りの話を終えて、もう一つの本題。推薦願書
          その日程と変更になった試験科目の説明後、
               先生を見送る玄関先……

            再び時を刻み始め、色々動き始める周り

             『それで明日、愛美の家に行ける』

               次回 160話 理想と現実

〖補足書き〗
(※1)2021年5月 改正少年法成立 2022年4月より施行(当作品反映済み)
(※2)刑法177条
(※3)刑法204条
(※4)刑法222条
(※5)実刑判決が出ない場合は少年院や保護観察処分(基本、一部の量刑と扱いが変わるだけで基本は同じ)
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