第154話 記憶に残る生徒 Bパート

文字数 6,656文字


 愛さんがいないからなのか、これが会長さんの地なのか……それとも恋敵からなのか、とても言葉悪く空木くんに言い返す会長さん。
「うっせぇな。それじゃ今から臨時の統括会を始めるが……先週の金曜日に、俺たちがここで統括会を開いてた時にあった事を伝える」
 そう言って先週の金曜日の事を、名前や決定的な性暴力の事だけは伏せて、サッカー部男子2人が女子3名に振るった暴力。内一名は長期的な暴力が繰り返されていた事。そして後から来た女生徒含めた、被害者6名・加害者は15名・合計

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名が関わった概要の説明が入る。

 その後、処分対象となった15名の処分内容を一つずつ明瞭に説明して行く会長さん。さっきの対応は何だと言わんばかりの分かりやすさなんだよ。
 ただ一通り説明を終えた時、
「愛先輩にそんな……酷い」
 ある程度は知ってたのか、名前を出してないのに再び目を真っ赤にするポッと出の後輩。驚いた事にそのポッと出の後輩に会長さんがハンカチを渡しながら、
「大丈夫だ。岡本さんは10日もあれば完治して、痕が残る事もなく元気に登校できるそうだ」
 ポッと出の後輩を励ますんだよ。
「でもその男子二名って世の中じゃあ犯罪じゃないの?」
 そしてわたしの予想通り、“素直に”ものを言うポッと出の後輩。
「その辺りは学校側が判断するらしい。ただ問題なのは今回学校側が気付けなかったのは元より、より生徒側に近い俺たちが全く気付けなかった事だ。しかも俺に至っては初学期の雪野の時と同じ失敗を繰り返した事になる。要は岡本さんの事に気付けなかった俺が、統括会の会長としてふさわしいのかどうかと言う話なんだ」
 そう言って頭を抱えてしまう会長さん。本当に一つ一つの考え方が初々しいなって思うんだよ。
「……違うだろ倉本。愛美さん以外の生徒……残りの二人の生徒も同じだろ」
 ところが空木くんが不思議な表情をしながら会長さんに訂正する。
「何だよ、イチイチ突っ込んで来やがって」
「……分かった。じゃあ僕からはこれ以上は異論は言わない」
 そうなんだ。ひょっとしなくても空木くんは愛さんだけじゃなくて、他の被害者の事も気にしてくれてるんだよ。なんて言うか視野が広い。年に見合わず視野が広い気がするんだよ。
「……それを言うならワタシの友達の事です。会長がそこまでご自分を責めるのでしたらワタシを解任して下さい。初学期に次いでの岡本先輩への暴力。ワタシを解任するには十分じゃありませんか?」
 その上、大嫌いな雪野さんも頭の切り替えが出来るのかさっきまでの雰囲気は全く無いんだよ。
「何度も言うが、それは聞き入れられない。それは前に説明した通りだ」
「雪野さん。初学期の時に愛美さんも言ってたけど、何も悪くない雪野さんが責任を感じる必要は無いよ」
 それに本当に当たり前のように愛さんの気持ちを代弁する空木くん。
「……また冬ちゃんばっかり。どうして辞めたいって言ってる冬ちゃんを残すの? 絶対辞めた方が冬ちゃんの為になるって」
「だから、辞めて済む話じゃないって言っただろ」
 大嫌いな雪野さんの途中解任。本当に一生懸命考えて、でも視野はまだ狭くて。本当は駄目だと思うんだけど、こんな誰もが顔をしかめた表情なんて、愛さんが()(この)む訳がないんだから、
「誰も辞めなくて良いし、たった五人だけで全校の責任なんて取らなくて良いんだよ。そんなのは大人である学校側に全部任せてしまえばいいんだよ」
 少しだけわたしが考え方を教えるんだよ。
「何ですかそれ。結局ワタシたちに無責任でいろって事なんですね」
「違うんだよ。今回愛さんの身に起こった事はこの学校に限らず、どこの学校の生徒でも起こりうる事なんだから、統括会だけでなくて、全校生徒みんなで考えてもらったら良いんだよ」
 それだけで色々な抑止にもなると思うし、一人一人の意識も高まる。それに万一の場合は他の人に声を上げやすくもなると思うんだよ。後はそこの訴求力次第なんだけど……。
 ただイジメる方もどんどん陰湿に、分かりにくくなってるから、いたちごっこの様相は呈して来てるけど、それは大人たちに任せてしまえばいいんだよ。今必要なのは愛さんが好む笑顔を増やす事なんだよ。
「……俺たち五人で一つのチームじゃなくて、学校全体を一つのチームとして考えるのか?」
「じゃあアタシたちって何なの?」
「……チーム全体をまとめる組織?」
 さすがは成績上位者なんだよ。少しのヒントで考え方が変わった。
「つまりもっと生徒の意見に耳を傾ける機会を作る必要があるって事で良いのか?」
「その前に、今回の件も生徒を守れなかった統括会として謝るべきです。でないと全ての事が中途半端になります」
 愛さんがいない分、重苦しい空気には変わりないけど、それでもみんなの意思はちゃんとまとまって来てるんだよ。
「じゃあ俺が――」
「――は良いけど、清くん一人だけなんておかしいから。それやったら愛先輩に怒られるんでしょ」
 本当に悔しそうに顔を歪めるポッと出の後輩。
「……分かった。それじゃあ一度統括会として謝る。その上で今度からは全校生徒に参加してもらう形で、呼びかけたいから、またみんなに良い案が思い浮かんだら俺に力を貸して欲しい」
 驚いた事にみんなに向かって頭を下げる会長さん。
 この会長さんは部下を部下として見ずに、多分だけど人材として見てる気がするんだよ。
「それともう一個だけ。確かにここのみんなは役員だけど、みんなはまだ学生で責任を取ってくれる大人、指導・注意をしてくれる先生だっているんだから “責任” だとか “失敗したら” とか考えなくて良いんだよ」
 そんなのは社会人になってからも同じ事。“組織に準ずること”に関しては、大人になっても更に大人の人……目上の人、上司が責任を取ってくれる。その代わり今回の男子2人や穂高先生みたいに、組織の中にいたとしても“個人に準ずること”の責任は自分で取らないといけない。
 大人と子供。それに成年と未成年。最後に上司と部下。わたしは、そう考えるんだよ。
「そうですね。ありがとうございます。俺も、もう少し今までの自分を振り返って、これから先の事を考えたいと思います――それから今回の処分については、学校側からの発表が正式にあるまでくれぐれも緘口令でお願いする」
 会長さんの一言で主題が終わったと判断したわたしは、この学校の主役じゃないからと、空木くんから借りたルーズリーフと、恐らくは愛さんとのイニシャルが入ったペン――二人のお付き合いの記念に、空木くんが格好つけたのか――のペンで、議事録を付けて役員室を後にするんだよ。


 後の時間はあの子たち主役の時間。下手に出しゃばるんじゃなくてわたしの後輩たちに譲るんだよ。
 愛さんには一度言ったんだけど、自分が出来るからと言って全部一人で抱え込んでしまったら駄目なんだよ。それは言葉や行動の押し売りとなって、相手の居場所を奪う事になりかねないんだよ。だからこそ相手を立てる事も必要になるし、それが統括会を円滑に回す事にもつながる。それを思い出しながら。 (33話)
「――っと。教頭先生?」
 わたしが階段の踊り場に差し掛かった時、突然教頭先生が姿を現す。
「お久しぶりですね。船倉さん。今日は何か御用でしたか?」
 教頭先生が目を眇める時は、何かを見逃さない様に目を皿にしてる時。つまり愛さんの事を知られたくないのかもしれないんだよ。
「教頭先生こそ、こんなところにまで普段来ませんでしたよね」
 でもこの先生は隠したいからとか、隠蔽したいからとかそう言う理由からじゃない。純粋に当事者、加害者、そして第三者の事を配慮して、時と場所を最大限弁えてるだけの事なんだよ。
「いえ。養護教諭より船倉さんがこちらに向かったとお伺いしたものですから」
 そしてさっきの会長さんの話と合わせると、愛さんの所も親友さんの所も同意が取れないに他ならないんだよ。
「そうですね。わたしが教頭先生に勧められて二年間通った、この役員室がどうなったのか見てみたくなったんですよ」
 だったらわたしから愛さんの事には触れないし、話を振るような事もしないんだよ。
「それにしては積極的に【未来の光】に助言していましたね」
「……先生? レディに対して盗み聞きなんて趣味が悪いですよ」
 だから役員室から離れるように、教頭先生と二人部活棟の入り口に戻るんだよ。
「せめて親心と言って欲しいですね。船倉さん」
 わたしの両親でもないのに、敢えて親心と言う言葉を使う教頭先生。それがまた温かくもあり、わたしの中に郷愁をもたらす。
「――あれからもう五年……卒業してから早二年半ですが、学校はどうですか?」
 三階から二階へと続く階段をゆっくりと歩く。
「おかげさまで人の心を取り戻せたました。それに意中の男性も出来ました」
「……そうでしたか。私のした事はおせっかいでは無かったんですね」
 そこまでお年寄りと言う訳でも無いのに、中二階(なかにかい)の踊り場をゆっくりと歩く教頭先生。
「おせっかいだなんて……この学校で色んな事がありましたけど、おせっかいと感じた事はありませんでした」
 穂高先生の事、北君の事……入った当時の統括会の事……色々な事が脳裏に過ぎ去っていくんだよ。
「――本当に変わりましたね。在学中にあったいくつもの危機を救ってきた船倉さん。本当に卒業間近まで出なかった船倉さんの笑顔。それでも人は変われる。この長い人生のたった三年でもここまで人は変われる。私は……本当に貴女に推薦を出して良かった」
 私の心にひどく冷たい隙間風が吹く。
 ――朱寿。(さん)ないは必ず約束な――
 でも、以前のように凍る事は無いんだよ。
「……それでも変わるきっかけをくれたのは教頭先生ですよ」
 あの助言がなければ、わたしは愛さんと今のような関係は築けてなかった。
「そして船倉さんは形骸化していた統括会に息を吹き込み、恥ずかしくも我々教師までも救ってくれた」
 あの穂高先生と北君の事を思い出すんだよ。だからこそ、あの屋上のジンクスの事に気が付いたんだよ。
 それ以外にもあの統括会も、機能は全くしてなかった。ただ内申の為だけの理念倒れしてた組織でしかなかったんだよ。
「それは一部の生徒の素行から、教師の対応に至るまで」
 詳しくは語りたくないから言わないけど、あの時のわたしでないと出来なかったと思うんだよ。そう思うと今も昔も学校だけは変わらない。歴史は繰り返す。まさにその言葉通りを地で行ってる。
「先生。久しぶりなんですから、寂しい話は、辞めません?」
 ゆっくりと降りてやっと二階。私たちはそのまま一階へと足を進める……ゆっくりと。
「そう……ですね。でも、あの状況下にありながら二年次からはずっと主席。そして奨学生――」 
「――先生。昔の事ばかり言い始めたらもうお爺さんですよ」
 成績だけなら確かに良かったかもしれないけど、あの時のわたしは愛さんには知られたくない。生きてる事を実感できない心は仮死も良い所なんだよ。
 だから自分にとって都合の良い言葉
 ――人には分からない所があるから面白いんだよ――
 どうしても、わたしの弱い部分は消えてなくなってくれない。
「これは手厳しい――でも、船倉さんにしても、あの【未来の光】に対しても、どうしても言いたくなるんですよ」
 わたしの気持ちを理解した教頭先生が、愛さん達、今の主役たちに話を戻す。
「それはわたしも同じです。だからこそ、今度は先生に守って欲しかったんですよ」
 教頭先生である貴方と、穂高先生に。
「本当に今回もこんな事になって申し訳なかった。本来なら私たちは、無条件で生徒を守る立場にあるはずですから」  【改正児童福祉法(前単元参照)】
 この教頭先生はどこまで把握してるのだろう。
「大丈夫ですよ。あの子たちは強い。だからこそ折れた時がすごく心配なんですよね。本来頭はものすごく切れるはずなのに、プレッシャーに弱い会長さん。そして理解は出来るのに、素直すぎる感情のせいで振り回されてる総務の子。更にまっすぐすぎるくらい曲がった事が嫌いな為に、不器用になってしまってる議長さん。最後に全てをまとめる力は十二分に持ってるのに、その自信の無さが災いしてしまってる副会長さん。でもみんな良い物を持ってるので、その方向性を少しだけ変えてあげればさっきみたいに驚く程スムーズにいくんですよ」
 例え色眼鏡って言われても、愛さんに限っては何も付記するところが無いんだよ。
「さすが船倉さんですね。ただ会長である倉本君は、あまりにも自分を追い込み過ぎて視野がとても狭くなりがちなんですよ。だから今、出来るだけの経験を積ませたいと言うのが、学校側の狙いと言うか、私の気持ちです」
 人をしっかり見るだけじゃなくて、相手に分からない様に、気付かれない様に指摘をして、カバーしていくやり方。
「ですから、不甲斐ない私たちに代わって力になって下さい……私は、私自身が出す二人目の推薦状を出そうかと思ってるんですよ」
 教頭先生の言葉にびっくりするんだよ。
「その

はいつでも人のために頑張り、人の為なら自分の体を盾にまでする……そうですね。ある意味船倉さんみたいな生徒でしょうか。この生徒もまた私からの難題に対して、真剣に取り組もうと前向きな姿勢を見せてくれてます。それだけだったら一目を置くだけなんですが、この生徒も我々では気づけなかった重大事象にいち早く気が付き、独力で解決までしてしまっています。ただ、私は心配なんですよ。まわりから見たら確かにすごい事してる上、称賛される事ばかりで見落としがちなんですが、自分を大切にしてない様にも見受けられるんですよ」
 先生の言葉に、わたしと先生の思い浮かべる人物が一致してる事を確認する。そう、愛さんは徹底して他人を優先する。
 それは今も昔も変わってない。
「ですから自分を大切にする事をお教え出来れば、私としては思い残す事は無いんですけどね」
 皆が愛さんの事を大切に想う。それだけで心が温かくなるはずなのに、どうしても隙間風が消えない。
「……任せて下さい。その生徒を見かけた時には必ずわたしが、力になります」
 お互いに誰とは決して口にしない。それでもお互い唯一統括会メンバーで名前を上げてない女生徒の事を深く思いながら。

 その後先生の方はまだまだ残務処理でやる事があると言う事で、来客用の受付の所でお互い別れの挨拶をするんだよ。
 そしてわたしはナオくんの家に向かう途中、改めて郷愁に想いを馳せる。
 一年の時に一生忘れられない辛い事があって、それ以来勉強に没頭して。当時の担任にかけた一言が全ての始まりで。
 あの教頭先生の勧めで、形骸化した統括会に参加して。そこから本当に色々な事があって、愛さんと奇蹟の邂逅を果たして、大慌てで受験する学校のランクを

、愛さんと最低でも週一回会える学校を選んだんだよ。
 愛さんはいつもわたしに感謝してくれるけど、実際に助けられてたのはわたしの方なんだよ。
 どうしても慣れない一人暮らし。面白くない学校。形骸化してたあの統括会。そこに色を添えてくれたのが愛さんなんだよ。
 でも、わたしの中に愛さんを利用したなんて気持ちは無いし持ちたくもない。それくらいわたしにとって愛さんとは対等でずっと縁を紡ぎたいって思ってるんだよ。
 本当に一番初めに愛さんを見た時は本当に焦ったんだよ。思えばあの時からわたしの心は動いたのかもしれない。

 だから学校で大切なのは何もお勉強だけじゃない。“現在(いま)”しか動かせないその心が、何よりも大切な宝物だと思うんだよ。
 わたしは冷えて固まってしまった心を溶かして動かしてもらうために、今日はナオくんの家に泊めてもらうんだよ。

―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
    朱先輩からの電話を受けて、優希君への気持ちを再確認した愛さん
         もちろんその優希君への気持ちをすぐに伝える

  一方先生の方も、愛さんがとても心配で今まで以上に連絡を取り合う仲に

        その上、気持ちも心も完全に重なりつつある二人
           その二人の気持ちが期せずして重なる

            更に……他人から見た自分象の違い
      「ねーちゃんはいつだって俺の話をちゃんと聞いてくれるぞ」

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