第158話 副会長と言う役職 Bパート

文字数 6,701文字


 今日は昨日の分も含めて集中出来た昼過ぎ、再び実祝さんから電話がかかって来る。
『どうしたのって言うか、やっぱり喋る人がいない?』
 先日の電話の内容と先生の話。実祝さんは元々寡黙な人ではあるけれど、別ににぎやかなのが嫌いって訳じゃ無い。
『あたし、愛美に会いたい。愛美と仲良くしたい。愛美と喋りたい』
 かと思ったら予想外……でもないのか。実祝さんの積極性にびっくりする。
『私も学校には行きたいけれど……』
 せめて顔の腫れが目立たないくらいまで引いてくれたら、2週間待たずに登校出来るのに……。
『違う。そうじゃない。あたしは愛美に会いたい。学校なんてどっちでも良い』
 いやちょっと待って欲しい。私と会いたい。学校はその次って……私たちは喧嘩中じゃなかったのか。
『学校はどっちでも良いって、先生は優しくしてくれるし話しかけてもくれるでしょ?』
『でも先生は先生。それに先生の話題はいつも愛美の事ばっかり』
 私と先生の気持ちは、二人だけの秘密だったんじゃないのか。なのにあの先生は私がいない所で何を言っているのか。
 あまりにも分りやす過ぎる先生に、こっちがコケそうになる。
『だから先生なんてどっちでも良い。そんな事よりも、愛美と話がしたい。駄目?』
『その気持ちは嬉しいけれど、咲夜さんは? あれから会ったり喋ったりはしていないの?』
 咲夜さんとは私も大喧嘩してしまった手前、蒼ちゃんの前では名前を出す事は出来なかったけれど、この二人はゆっくりと信頼「関係」を築いて来たはずなのだ。
 なのに実祝さんの口から咲夜さんの名前が出て来ないのがとても気になる。
『咲夜。電話に出ない。まさか愛美、咲夜に酷い事言った?』
 やばい。そう言えば実祝さんからは咲夜さんにあまりキツく言うのは駄目だって話をしてたっけ。
『キツくって言うか、蒼ちゃんの事で喧嘩はした』
 ただ、喧嘩をしていても実祝さんとは友達である事には変わりはないのだから、やっぱり友達相手に嘘や秘密は嫌だった。
『防さん……愛美。あたしが防さんに電話しても良い?』
 私が正直に話したら、どう言う思考になったのか、恐らくは初めて実祝さんの方から蒼ちゃんと連絡を取りたいと言ってくれる。
『もちろん良いって言うか、私に断りを入れるような事じゃ無いけれど、急にどうしたの?』
 もちろん私としては飛び上がりたいほど嬉しい事には変わりないけれど、私が咲夜さんと喧嘩したって言った直後での話。
 正直勘繰りが無いと言えば嘘になる。
『愛美と喧嘩する原因となった防さんに謝って、愛美……じゃなかった。二人に許してもらいたい』
 実祝さんがあの日の事を忘れずに覚えていてくれた事は嬉しいけれど、
『まさかとは思うけれど、私と喧嘩したのを蒼ちゃんのせいにするの?』
 暴力と性暴力を受ける中、孤立深まる蒼ちゃんの話を、戸塚を含めたみんながいる中で咲夜さんから聞いているにもかかわらず、まだ蒼ちゃんのせいにするなんて、誰であろうと私は絶対に認めない。
 その中でも咲夜さんや実祝さんと少しでも仲良くなりたいと、あの時クッキーを作ってくれた蒼ちゃんの気持ちを踏みにじるような言動は、私が悪者になったとしても絶対に許さない。
『違う。ごめん。間違えた。あたしの勝手な思い込みで防さんの気持ちを無碍にしてしまった事を謝りたい』
 なんか無理矢理言わせてしまった形になっている気がするけれど、この電話の初めから謝りたいって言ってくれている実祝さんの気持ちを信じる事にする。
『ありがとう。実は蒼ちゃんも外に出られる状態じゃないからずっと家にいて、誰とも喋る機会が無いって言っていたから、実祝さんが電話してくれたら蒼ちゃんも喜んでくれるよ』
 元々蒼ちゃんとは腕の事を引き替えにしてまで、私と実祝さんの仲を気にしてくれていたのだから、喜んでくれるに決まっている。
『愛美……ありがとう。じゃなかった。だから愛美とも会って仲良く……仲直りしたい』
 そして話が元に戻って来る。
『その気持ちは嬉しいけれど、私、今はあんまり外に出たくないの』
 結局、この私の顔が色々な問題を解決するのを妨げる形になってしまっている。
『やっぱりあたしと会うのは嫌……許せない……』
 今の私の顔の状況を把握していない実祝さんの方も、私の今までの態度も手伝って諦めの混じった声になる。
『違うよ。会うのが嫌なわけ無いよ。あの日から私と会っていないし、先生からの話だけじゃピンとは来ていないかも知れないけれど、今の私の顔は本当に形が変わってしまっているの。だから外を出歩くのが恥ずかしくて……だから完治した後の二週間……ううん。10日後くらいなら、私も大丈夫なんだけれど――』
『――違う。あたしは今、愛美と会って話がしたい。今、愛美と仲直りがしたい。それに愛美に相談したい事もある』
 って今、今日の話なのか。しかも私に相談って言われると、何か断り辛くなってくる。
『電話じゃ駄目? 顔は見られないだろうけれど、この電話で相談ならいくらでも聞けるよ?』
 その中でも割と良さげな解決方法を提案したつもりだけれど……
『駄目。相談はちゃんと顔見て話す。それにそこまで言われたらあたしも愛美が心配になって来た。だからあたしが愛美の家に行く』
 今まで見た事の無い実祝さんの押し込みに、さらにびっくりする私。
『いや、家に来るって……実祝さん。学校はさすがに行かないと駄目だよ』
 さっきの学校なんてどうでもいい発言から心配したけれど、
『そうじゃない。今日の放課後、愛美の家に行く。前にした約束だから。場所』
『いや、今日は先生が家に来てくれるから駄目だって』
『――……』
 教室の空気がしんどくて、私と仲直りがしたいって思ってくれるのは嬉しいけれど、今日先生から事の顛末と処分。それから私の進路の話もしないといけないのだ。
『ってちょっと実祝さん?! 大丈夫?』
『! 駄目。大丈夫じゃない。先生と二人は狼になる。やっぱり今日愛美との約束を果たしてもらう』
 何をどう勘違いしたのか……は分かるけれど、先生は先生を続けたいから私たちの関係は、今こんな中途半端な事になってしまっている。
 だけれど、当然その話は私と先生だけの話で、事情を知らない実祝さんがお父さんと同じような事を口にする。
 何となくだけれど、実祝さんとお父さんは気が合うんじゃないだろうか。今までの実祝さんの話とお父さんの行動をを思い返すとあり得ない話じゃない。
『ごめんね。でも今日は本当に駄目なの。今日はお母さんと一緒に先生から、例の男子学生と加害者たちの話。それに私の進路の話もする予定なんだよ』
 今日のやり取りの感じだと、本当に三ヶ月も喧嘩しているだなんて感じが全くしない。
『それでもあの先生、愛美に狙いを定めてる』
 いや定めてるって……せっかく先生の気持ちはハッキリと言葉にしない様に躱し続けていたのに、どうして第三者に分かるように言ってしまうのか。
 先生から私への気持ちを他人に伝えてどうするのか。これは先生にしっかりと釘を刺しておかないといけない。
『実祝さんなら大丈夫だと思うけれど、他人のそう言う気持ちは憶測で吹聴したり、面白半分で騒いだりしたら駄目だよ』
 たいていそう言う噂から始まった話が、該当者を苦しめる事になるのだから。
『……分かったけど。そうしたらあたし、愛美に会えない。愛美との約束を果たせない』
 ……さっきから実祝さんの口をついて出て来る“約束”に思い当たる節がない。
 しかも喧嘩している最中にする約束ってどんな約束なのか。 (8話・19話・30話)
『そんな事無いって。明日にはどうにかして時間を作るから』
 だから約束を忘れている事を悟られない様に、返事をしたのだけれど、
『分かった。じゃあ明日愛美と会えるの、楽しみにしてる』
 明らかに返事の仕方を間違えた気がする。
『あの、実祝さん? 明日って言うのは言葉の綾で、今は極力誰とも会いたくないんだけれど?』
『ひょっとして愛美。あたしに出まかせ言った……』
 そんな寂しそうな声を出すのは辞めて欲しい。
『言葉の綾は出まかせとは違うと思うんだけれど』
『あたしは自分の気持ち、正直に言った』
 いやまあそうなんだろうけれど。でもこれ、とてもじゃないけれど喧嘩している友達同士の会話じゃない気がする。
『あたしは防さんとも仲直りして、愛美とも仲良くしたい。そしてお母さんを安心させたい』
 ……お母さんか。そう言えば実祝さんのお姉さんからも、実祝さんとは仲良くして欲しい。私が叱った事を実祝さんが喜んでくれていたって教えてくれたっけ。 (127話・133話)
『分かったよ。じゃあ何とか明日時間作るようにはするけれど、本当に統括会で立て込んではいるから、その場合だけは本当に許してね』
 だったら蒼ちゃんはどう言う形であれ、私に腕の事を教えてくれた。そしてあの咲夜さんですらも私と実祝さんの仲をしきりに口にしてくれていた。
 そこに関しては実祝さんのお姉さんからも、二人の仲と私と実祝さんの仲は別々だって、私と実祝さんに仲良くして欲しいって釘も刺されている。
 更に優希君は、夏季講習の時以来、私の友達として実祝さんの事を気にかけてくれている。
 だったら私のつまらない意地の為に、笑顔が一つ減ってしまうのは、なんだか違う気がする。それに言い訳だって出来る要素はどこにもないのだから、これ以上は“逃げ”になり兼ねない。
『ありがとう。でもあたしは明日愛美と会える事を楽しみにしてる』
 第一、私の中に親友との約束を反故に出来るような考えなんて持ち合わせていない。
『分かったよ。じゃあ明日何らかの形で連絡は入れるから、実祝さんも蒼ちゃんへの連絡、よろしくね』
 だから、自分の覚悟の証として退路を断っておくことにする。
『ありがとう愛美。お母さんの言った通り、愛美に全部話して押して押して押しまくって良かった』
 ちょっと待って。
『お姉さんが何か関係しているの?』
 どう考えても、関係ない人物が混じっていた気がするんだけれど……実祝さんには内緒でお姉さんと電話した事はあるからおかしい事でもない……のかな。
『それじゃ、午後の授業があるからそろそろ行く』
 そう言って無造作に切られた電話。明らかに実祝さんのお姉さんの入れ知恵があった事は明らかだけれど、実祝さんのお姉さんにもまた、口で勝てる気がしないから、抗議の電話をするのは辞めておくことにする。 (89話)

 ホント、実祝さんの交友関係については口を出さないって言っていたくせに。 


 かなりの長電話をしていたのか、通話を終えた時には大きくお昼を回っていた。もっとも実祝さんが午後の授業が始まると言っていたのだから、それなりの時間なんだろうけれど……実祝さんはお昼を食べてから電話して来たのかは気になった。
 一方私を想ってくれている先生の前で、お腹を鳴らすと言う粗相なんて出来るわけがないのだからお昼にしようと、リビングに顔を出すと、
「随分長電話だったわねぇ。彼氏との電話? それとも先生との内緒の話かしら」
 とっくに出来上がっているっぽいお昼を前に、腰掛けたお母さんが年齢が分からないくらいキラキラした瞳を私に向けて来る。
 あの先生への対応を忘れてしまったのか、見事なまでのお母さんの手の平返しに、呆れる以外の言葉が浮かばない。
「友達と電話していただけで、どっちでも無いって」
 大体二人とも忙しい時間なんじゃないのか。まぁ、それを言うなら実祝さんもそうだったとは思うけれど……。
「あら? 今日は男の人が愛美と話しをしに来る事、彼氏には言わなくて良いの? 後で喧嘩になったりしない? お母さん、愛美のああいう顔を見るのは二度と嫌よ」
 なのにこのお母さんはなんて言い方をするのか。そんな言い方されたら私も含めてみんなびっくりするに決まっている。
 しかもお母さんも同席の元で聞くはずじゃなかったのか。なのにどうして誰がどう聞いても煽っているように聞こえるような言い方をするのか。お母さんは自分の娘をどうしたいのだろう。
「……お母さん。お願いだから変な勘繰りは辞めてよ? 私は優希君だけが大好きなの。なのに、そんな言い方をして、優希君と喧嘩になったらどうしてくれるの? 自分の娘をお父さんみたいな浮気者にしたいの?」
 大体お母さんは、私と優希君の仲を応援するって言ってくれていたはずなのに、どうして耳に入ってしまえば喧嘩になりそうな事を平気で言うのか。
「お父さんみたいな浮気者って……愛美も言うようになったわねぇ。大体愛美の場合は浮気じゃなくて選べる立場よね」
 選べるって……まさかお母さん。優希君と先生を選ぶとか言っているのか。そんなの優希君とはもう口付けまでしてしまっているのに、他の人なんて考えるわけがない。
「……愛美? 今ため息ついたけど、愛美の性格だと1回しか結婚はしないでしょうから、しっかりと相手は選ばないと駄目よ」
 私の性格なら1回しかって……二回も三回も進んでやりたい人なんていないんじゃないのか。しかもしっかり選ぶも何も、私は自分が好きになった人ひとりで良いから好きになってもらえたら、もう何も要らないって何度も言っているのに。
 だけれど、先生との話は二人だけの秘密なんだから、私からその話をする訳にはいかない。
「その勘繰りを辞めてって言っているのに」
「こんなのは勘繰りって言わないわよ。大体愛美が言ってたんじゃない。先生とは仲が良い方が良いに決まってるって」
 確かにケンカする時にそんな事を言った記憶もあるけれど、男の人とか彼氏とか言って煽るのは、どう考えても“仲が良い”範疇を超えているのだと思うけれど。
「何でも良いから、先生を誤解させるような事だけは絶対に言わないでよ。もし言ったら家出するからね」
 って言うか、先生の気持ちがお母さんのせいで、溢れてしまったらどうなってしまうのか。私には全く想像できなくて、お昼ご飯の味が全くしないのだけれど。
「はいはい。家出されたら困るから先生には言わないけど、先生が来るんだからある程度可愛い格好はするんでしょう?」
 駄目だ。咲夜さんと同じ“悪い笑み”を浮かべたお母さんが、私の話に全く耳を傾けてくれない。
 先生からの好意は嫌な気が全くしないだけで、私が“大好き”なのは優希君ただ一人だけなのだ。
「可愛いって、人前に出て普通に恥ずかしくない格好をするだけだってば!」
「男なんて調子に乗ったら、すぐに他の子に目が行くんだから、その優希君を中々安心させてあげない愛美のやり方、良いと思うわよ。今日の愛美の態度と行動を優希君が知ったら大慌てでしょうね」
 もう何回目か分からないけれど待って欲しい。
 その言い方じゃあ、まるで私が腹黒に聞こえるんだけれど、それも実の娘に対して使う言葉なのか。
「お願いだから優希君にも変な事は言わないでよ! そんな事ばっかり言っていると、お母さんにも優希君に会わせられなくなるよ!」
 何を言い出すのか分からないなんて、とてもじゃないけれど怖すぎる。
「あら? そんな事されたら先生と優希君。どっちがハンサムか分からないじゃない」
 今日来てくれる先生と、娘の彼氏になんて目を向けているのか。これじゃあ男の人のヤラシイ視線の事を何も言えないんじゃないのか。
「信じられない。先生が来てくれるまで部屋で勉強しているから」
 結局、明日友達の実祝さんが来てくれるかもしれない話をしそびれたまま、
「まだまだ愛美も初心ねぇ」
 お母さんの言葉を背に、自分の部屋へと向かう。
 いくらお父さんと喧嘩していて寂しいからって、その気持ちを全部、私で発散するのは辞めて欲しいと思いながら。

―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
       止まらないお母さんのはしゃぎっぷりとイタズラ
               その中で迎える先生

  その先生が本題に入った瞬間、先生を見るお母さんの態度が変わり……
    それに気づかないまま、主人公に気持ちを溢れさせる巻本先生

       その先生から全容とその処分内容を全て伝えられる

     「それでも私は先生に、実祝さんと咲夜さんをお願いしましたよ」

              次回 159話 邯鄲の夢
  ※このタイトルもこのお話の当初から入れようと思っていたタイトルです。
          私はこの言葉を戒めとして意識しています。
    読者様の中に、普段の生活の中で意識している言葉ってございますか?
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