第02話
文字数 3,213文字
振り下ろされた黄色いグランドブレイカーの腕。
砂漠に舞う赤い砂。
クロエの声にならない叫び。
そして、美しい白銀 に包まれた――白き龍 の腕。
クロエの頭上で、幼いころに祖父と聞いた雷 のような音が鳴り響いた。
目を開けたクロエの視界に灼熱の火花が舞っている。
熱い火花の中に立つ、白銀 の騎士のような姿のグランドブレイカーの姿に、クロエは心を奪われた。
――きれい。
初めて見るすらりとしたグランドブレイカー。
いまだ敵か味方かすらわからないその姿に、クロエはなぜか安堵感を感じている。
同時に心に広がる、新しい何かが始まってしまったという根拠のない不安。
クロエは胸を押さえ、ただグイベルの輝く瞳 をじっと見つめた。
『てめぇ……このガキ!』
クロエを仕留め居ようとしていたグランドブレイカーは、グイベルのすらりとした白銀 の腕に、黄色く武骨な腕を抑え込まれている。
『モーターガンだけじゃなく、グランドブレイカーまで隠してやがったとはなぁ!』
降り注ぐ罵声に、クロエは律儀に首を振った。
それに答えて、小さくノイズのような音を立ててグイベルのスピーカーのスイッチが入る。
『勘違いすんな。俺はただの通りすがりだ』
スピーカーを通して響いたウィルの声に、クロエはまた安堵を感じた。
若い……と言うより、わずかに幼さすら残る声。
その声は落ち着いていたが、今自分が狙っている子供と同じくらいの歳だと予想した男は、頭に血が上りいきり立った。
『くそっ! てめぇもガキかよ! なんだってんだ! ここいらのガキはみんな遺跡からモーターガンなりグランドブレイカーを掘り当ててんのか?!』
『うるせぇな。ガキだろうがなんだろうが……俺はあんたより強いぜ? さぁ、どうする?』
『関係ねぇんだったらすっこんでろ! ガキだろうがなんだろうが、お宝を持ってるヤツぁ狙われる。それが世の中ってもんだろうが!』
『ああ! だけどな、俺はグランドブレイカーを悪事に使うやつが……ぶっ殺してぇほどゆるせねぇんだ!」
『ぶっ殺すだ?! なめんなよこのガキぃ!』
スロットルを盛大に吹かし、黄色いグランドブレイカーはグイベルの腕ごとクロエを押しつぶそうと力を掛ける。
ミシリ……。
音を立ててクロエに迫り始めた腕は、しかし、すぐにグイベルの腕が押し返した。
ガクン。
細い腕に大きく吹き飛ばされ、たたらを踏んで片膝をついた黄色いグランドブレイカーのコクピットで、モニターにグイベルのパワーの予測値が表示される。
自分のグランドブレイカーの倍以上の数値に男は我が目を疑った。
『な?! なんだこのふざけたエネルギーゲインは! てめぇ! なんだそのグランドブレイカーは?!』
『教えてやる義理はねぇな』
『くそっ! なんなんだ! てめぇなにもんだ?!』
『それも教えてやる義理はねぇが……まぁ正義の味方ってとこだ』
その不敵なセリフに答えるように、黄色いグランドブレイカーの右腕についている巨大な破砕機 が唸りを上げる。
牙の並んだ獣の咢 のようなそれは、飲み込むものすべてを粉砕しようと口を開き、グイベルへ向けられた。
2機のグランドブレイカーの間に緊張の糸が張り詰めてゆくのがクロエにも分かる。
危険と同時にチャンスを感じとったクロエは、荷物を背負うと戦場から全力で駆けだした。
ほぼ同時に、黄色いグランドブレイカーは一気に距離を詰める。
雷のような轟音が空気を裂き、グイベルはバケットクラッシャーを両手で受け止めた。
荷物を背負ったまま、クロエは耳をふさいで走る。
砂と岩の丘を駆け上り、やっと一息ついて振り返ると、そこでは神話の巨人同士の戦いが繰り広げられていた。
黄色い巨人 が、右腕の禍々しい咢 を振りかぶり、真っ直ぐに突き出す。
白い巨人、グイベルは、紙一重でそれをかわすと、がら空きのボディへと左拳を突き出した。
繊細な部品の並ぶ指のパーツが分厚い鉄板で出来ているボディへと当たる直前、その拳 は手首からスライドしたシールドに覆われる。
シールドとボディは火花を散らし、黄色のグランドブレイカーは、体をくの字に曲げて吹き飛んだ。
コクピットに衝撃が伝わり、エアバッグが開く。
男はスイッチ操作でエアバッグを格納し、自律運転でバランスを保ったグランドブレイカーに構えをとらせた。
『ふざけんなガキぃ! でたらめなパワーしやがって!』
『エネルギーゲインがグランドブレイカーのパワーの全てだと思ってるようじゃあ、おっさん。あんた俺に勝てないぜ』
グイベルと黄色のグランドブレイカーは何度も拳を叩き付け合う。
しかしその一発一発の威力は、一見細身でパワーも無さそうなグイベルの方が、何倍も高いようにクロエには見えた。
クロエはグランドブレイカー同士の戦いを見たのはこれが初めてだし、戦闘に詳しいわけでもない。
そんな素人の目で見ても2体の巨人の動きには違いがあった。
黄色いグランドブレイカーの攻撃は、まずエンジンが唸りを上げ、シリンダーにパワーが伝わり、腕が振りぬかれる。
当たればすべてが刈り取られてしまいそうに見えるその攻撃は、しかしグイベルの体にぶつかっても、表面に衝撃を与えるだけに終わっていた。
対して、白い巨人、グイベルの攻撃。
それは足先から始まる。
左足を短く踏み込み、砂塵を巻き上げる。攻撃をするのとは逆の腕と肩が一瞬前に出、すぐに引かれる。
同時に右足がエンジンの唸りを上げて地面を蹴り、勢いに乗せて旋回した胴は、回転を右腕に伝え、まるで巨大なモーターガンのように拳を撃ち出す。
針のように鋭いその拳は、一撃ごとに黄色いグランドブレイカーの胴を穿 ち、マシンだけでなくパイロットにも衝撃を与えていた。
「すごい……グランドブレイカーを自分の体みたいに動かしてる」
クロエの見ている前で、グイベルは今まで以上に体を沈め、地面から突き上げるように拳を伸ばす。
黄色いグランドブレイカーの肩の付け根へと突き刺さった拳は、火花を散らして腕を吹き飛ばした。
くるくると宙を舞った腕のパーツがクロエの頭上を越える。
頭を抱えてしゃがみ込んだクロエをかすめて腕は砂漠に突き刺さり、クロエは頭から降ってきた砂とオイルを浴びた。
『うわぁぁぁ! てめぇ! やりやがったな!』
『どうした? まだやるかい?』
『そのパワー、白銀 の装甲……まさかてめぇ、壊し屋で名前を売ってる白き龍 ってやつか?!』
『なんとでも呼べばいいさ。それより今なら腕一本で勘弁してやるぜ?』
周囲に沈黙が降り、ビョウビョウと言う風の音だけが聞こえる。
クロエは赤黒く固まった砂を体から払い、立ち尽くすグランドブレイカーを見つめた。
『……くそっ、疫病神め! 覚えてやがれ!』
ひときわ高いエンジン音を響かせ、黄色いグランドブレイカーは元来た道を戻ってゆく。
それを見送ったグイベルは小さなため息とともに拡声器のスイッチを切り、クロエの方へと向き直った。
赤茶けた錆のような砂に、ズシンズシンとくるぶしまで埋まりながら、グイベルはクロエの目の前まで迫る。
黙ってじっとしたままそれを見上げていたクロエの頭上を越え、グイベルは黄色いグランドブレイカーの腕を拾うと、そのままゆっくりと歩み去った。
クロエは慌てて荷物を背負い直すと、ゆっくりとして見えるのに素早い白い巨人を追って、赤い砂漠を駆けるのだった。
砂漠に舞う赤い砂。
クロエの声にならない叫び。
そして、美しい
クロエの頭上で、幼いころに祖父と聞いた
目を開けたクロエの視界に灼熱の火花が舞っている。
熱い火花の中に立つ、
――きれい。
初めて見るすらりとしたグランドブレイカー。
いまだ敵か味方かすらわからないその姿に、クロエはなぜか安堵感を感じている。
同時に心に広がる、新しい何かが始まってしまったという根拠のない不安。
クロエは胸を押さえ、ただグイベルの輝く
『てめぇ……このガキ!』
クロエを仕留め居ようとしていたグランドブレイカーは、グイベルのすらりとした
『モーターガンだけじゃなく、グランドブレイカーまで隠してやがったとはなぁ!』
降り注ぐ罵声に、クロエは律儀に首を振った。
それに答えて、小さくノイズのような音を立ててグイベルのスピーカーのスイッチが入る。
『勘違いすんな。俺はただの通りすがりだ』
スピーカーを通して響いたウィルの声に、クロエはまた安堵を感じた。
若い……と言うより、わずかに幼さすら残る声。
その声は落ち着いていたが、今自分が狙っている子供と同じくらいの歳だと予想した男は、頭に血が上りいきり立った。
『くそっ! てめぇもガキかよ! なんだってんだ! ここいらのガキはみんな遺跡からモーターガンなりグランドブレイカーを掘り当ててんのか?!』
『うるせぇな。ガキだろうがなんだろうが……俺はあんたより強いぜ? さぁ、どうする?』
『関係ねぇんだったらすっこんでろ! ガキだろうがなんだろうが、お宝を持ってるヤツぁ狙われる。それが世の中ってもんだろうが!』
『ああ! だけどな、俺はグランドブレイカーを悪事に使うやつが……ぶっ殺してぇほどゆるせねぇんだ!」
『ぶっ殺すだ?! なめんなよこのガキぃ!』
スロットルを盛大に吹かし、黄色いグランドブレイカーはグイベルの腕ごとクロエを押しつぶそうと力を掛ける。
ミシリ……。
音を立ててクロエに迫り始めた腕は、しかし、すぐにグイベルの腕が押し返した。
ガクン。
細い腕に大きく吹き飛ばされ、たたらを踏んで片膝をついた黄色いグランドブレイカーのコクピットで、モニターにグイベルのパワーの予測値が表示される。
自分のグランドブレイカーの倍以上の数値に男は我が目を疑った。
『な?! なんだこのふざけたエネルギーゲインは! てめぇ! なんだそのグランドブレイカーは?!』
『教えてやる義理はねぇな』
『くそっ! なんなんだ! てめぇなにもんだ?!』
『それも教えてやる義理はねぇが……まぁ正義の味方ってとこだ』
その不敵なセリフに答えるように、黄色いグランドブレイカーの右腕についている巨大な
牙の並んだ獣の
2機のグランドブレイカーの間に緊張の糸が張り詰めてゆくのがクロエにも分かる。
危険と同時にチャンスを感じとったクロエは、荷物を背負うと戦場から全力で駆けだした。
ほぼ同時に、黄色いグランドブレイカーは一気に距離を詰める。
雷のような轟音が空気を裂き、グイベルはバケットクラッシャーを両手で受け止めた。
荷物を背負ったまま、クロエは耳をふさいで走る。
砂と岩の丘を駆け上り、やっと一息ついて振り返ると、そこでは神話の巨人同士の戦いが繰り広げられていた。
黄色い
白い巨人、グイベルは、紙一重でそれをかわすと、がら空きのボディへと左拳を突き出した。
繊細な部品の並ぶ指のパーツが分厚い鉄板で出来ているボディへと当たる直前、その
シールドとボディは火花を散らし、黄色のグランドブレイカーは、体をくの字に曲げて吹き飛んだ。
コクピットに衝撃が伝わり、エアバッグが開く。
男はスイッチ操作でエアバッグを格納し、自律運転でバランスを保ったグランドブレイカーに構えをとらせた。
『ふざけんなガキぃ! でたらめなパワーしやがって!』
『エネルギーゲインがグランドブレイカーのパワーの全てだと思ってるようじゃあ、おっさん。あんた俺に勝てないぜ』
グイベルと黄色のグランドブレイカーは何度も拳を叩き付け合う。
しかしその一発一発の威力は、一見細身でパワーも無さそうなグイベルの方が、何倍も高いようにクロエには見えた。
クロエはグランドブレイカー同士の戦いを見たのはこれが初めてだし、戦闘に詳しいわけでもない。
そんな素人の目で見ても2体の巨人の動きには違いがあった。
黄色いグランドブレイカーの攻撃は、まずエンジンが唸りを上げ、シリンダーにパワーが伝わり、腕が振りぬかれる。
当たればすべてが刈り取られてしまいそうに見えるその攻撃は、しかしグイベルの体にぶつかっても、表面に衝撃を与えるだけに終わっていた。
対して、白い巨人、グイベルの攻撃。
それは足先から始まる。
左足を短く踏み込み、砂塵を巻き上げる。攻撃をするのとは逆の腕と肩が一瞬前に出、すぐに引かれる。
同時に右足がエンジンの唸りを上げて地面を蹴り、勢いに乗せて旋回した胴は、回転を右腕に伝え、まるで巨大なモーターガンのように拳を撃ち出す。
針のように鋭いその拳は、一撃ごとに黄色いグランドブレイカーの胴を
「すごい……グランドブレイカーを自分の体みたいに動かしてる」
クロエの見ている前で、グイベルは今まで以上に体を沈め、地面から突き上げるように拳を伸ばす。
黄色いグランドブレイカーの肩の付け根へと突き刺さった拳は、火花を散らして腕を吹き飛ばした。
くるくると宙を舞った腕のパーツがクロエの頭上を越える。
頭を抱えてしゃがみ込んだクロエをかすめて腕は砂漠に突き刺さり、クロエは頭から降ってきた砂とオイルを浴びた。
『うわぁぁぁ! てめぇ! やりやがったな!』
『どうした? まだやるかい?』
『そのパワー、
『なんとでも呼べばいいさ。それより今なら腕一本で勘弁してやるぜ?』
周囲に沈黙が降り、ビョウビョウと言う風の音だけが聞こえる。
クロエは赤黒く固まった砂を体から払い、立ち尽くすグランドブレイカーを見つめた。
『……くそっ、疫病神め! 覚えてやがれ!』
ひときわ高いエンジン音を響かせ、黄色いグランドブレイカーは元来た道を戻ってゆく。
それを見送ったグイベルは小さなため息とともに拡声器のスイッチを切り、クロエの方へと向き直った。
赤茶けた錆のような砂に、ズシンズシンとくるぶしまで埋まりながら、グイベルはクロエの目の前まで迫る。
黙ってじっとしたままそれを見上げていたクロエの頭上を越え、グイベルは黄色いグランドブレイカーの腕を拾うと、そのままゆっくりと歩み去った。
クロエは慌てて荷物を背負い直すと、ゆっくりとして見えるのに素早い白い巨人を追って、赤い砂漠を駆けるのだった。