第04話
文字数 3,498文字
ゴツゴツとした岩の陰に、全長18メートルほどの大きなトレーラーが止まっている。
黒髪の少年が見つめる中、赤髪の少年が慣れた手つきで荷台からレールを引き出し、もう一度乗り込んで行った。
エンジン音が響き、小型のバギーが現れる。
荷台に燃料 タンクと水タンクを乗せ、その周りに雑多な機械を満載したバギーは、黒髪の少年に横付けされた。
「よし、乗れよ、クロエ」
「うんありがと。でもウィル、キャリアとグランドブレイカーはここに置いていくの?」
赤髪の少年、ウィルがバギーの助手席のほこりを払い、黒髪の少年、クロエを招く。
フレームにぶら下がるようにして乗り込みながら、クロエは不思議そうに大型トレーラー、グランドキャリアを見上げた。
ウィルは腰から20センチ四方ほどの端末を取り出すと、得意げな表情で操作を始める。
その指の動きに反応して、キャリアの扉が唸りを上げた。
「わぁっ!」
するすると自動で閉じるキャリアのドアに歓声を上げるクロエ。
得意げに操作を続けるウィル。
「この程度で驚いてたらよ、クロエ。旅が終わるころには、アゴがもとに戻らなくなっちまうぜ!」
もう一度、ウィルが端末に指を滑らせる。
キャリアの表面にノイズが発生し、数秒かけて、その姿は周囲の岩肌に溶け込んだ。
「えっ?! すごいよウィル! なにこれ!」
「光学迷彩ってやつだ。キャリアの表面を覆う電磁メタマテリアルに少量のエネルギーを供給し、光に対する負の屈折率を持たせることで、まわりから視認できないようにする技術さ」
「……え~っと、ごめん。ぼくにはちょっと難しくてわかんないや」
突然の技術の説明にクロエは一生懸命頭をひねったが、結局ウィルの言葉を理解することはできなかった。
笑いながらクロエに視線を戻したウィルは大きくうなづく。
「安心しろ、俺もわかんねぇ。ぜんぶ師匠の受け売りだ」
ウィルはアクセルを踏み、バギーを走らせた。
二人はバギーのエンジン音と風を切る音に負けないよう、大声で話をつづけ、大声で笑う。
やがて視界の端に、周囲の岩と同じ色の赤茶けた壁が見え始めた。
――城塞都市デルリオ。
タルシス地方の砂漠によく見られる中規模の城塞型都市。
ここがクロエとウィルの二人の、この旅で初めて立ち寄る都市となった。
◇ ◇ ◇
吹き付ける赤い風と外敵の侵入から、ここに住む住人を守る高さ20メートルほどの岩壁が、目の前に迫っていた。
クロエを助手席に残し、ウィルは手慣れた様子で城門の脇の小屋に居るガーディアンと話をしている。
やがて戻ってきたウィルは、二枚受け取って来た『短期滞在カード』の一枚をクロエに手渡した。
「ここはわりと良心的な街だな。通行料は一人10通貨 で安かったし、ガーディアンは市場に近い宿を親切に教えてくれたぜ。まぁ宿の人間に袖の下はもらってるんだろうけどな」
「へぇ……あ、10グレンだよね。払うよ」
「そうだな……金の話は宿でしよう。これから宿代やらメシ代やらファウンテンの使用料やらいろいろかかるからな。いちいちワリカンじゃあ面倒だし、あまり外で金を出すのは危ないからな」
「そう……か。そうだね。うん、わかった」
ウィルは人通りの多い中央の通りをバギーで進み、教えられた宿へと向かう。
途中、街の中央にそびえる幅5メートル、高さ20メートルほどの真っ黒なモノリスの横を通った。
「あ! あれがファウンテン?!」
「……あぁ、お前の街にもあっただろう? ファウンテンなんかどこでも同じだぜ」
「あ、うん。そうだけど」
人々は燃料 と水のタンクを持ち、ファウンテンに群がっている。
武装したガーディアンが、その人たちから手数料を受け取り、ファウンテンから湧き出る燃料 と水を流れ作業のように分け与えていた。
興味津々といった様子でそれを見ているクロエをよそに、ウィルはバギーを止めることなくファウンテンの横を通り過ぎる。
「燃料 と水の補充は街を出るときでいい。それよりまずは温かい昼飯だ。それにグランドブレイカーのパーツをさばいて金を稼がねぇとな」
荷台に山積みにされたパーツへちらりと目を向け、ウィルは久々の大漁ににんまりしながらアクセルを踏む。
クロエを助けたときに敵グランドブレイカーから奪った腕は、シリンダーブロックやアクチュエータなどのアッセンブリーパーツとして使用できるものから、細かなネジに至るまで、きれいに磨かれ仕分けられており、それらがウィルにもたらしてくれる通貨 は、旅の資金としては申し分ない金額になるはずだった。
◇ ◇ ◇
「注文しすぎだよ、ウィル」
「ばぁか、気にすんなよ! 今日は俺とクロエの旅立ちの記念だぜ?!」
夜霧に銀と蒼の月が霞み、大地を見つめるころ。
クロエは大量の料理を前にあきれながらも楽しげに微笑み、ウィルはテンションが上がりきった様子で陽気に笑っていた。
中規模城塞都市デルリオ。
大通りから少し外れた安酒場である。
周囲には酒を飲んでいる大人が数人居るだけの酒場で、陽気にはしゃぐ二人は場違いに目立っていた。
「ボウズたち、ずいぶん豪勢なメシじゃないか」
となりでチビチビと安酒をなめていた小太りの男がウィルに声をかける。
騒ぎすぎたことを咎められたのだと思ったクロエは「すみません」と頭を下げたが、ウィルはそんなことお構いなしで男に言葉を返した。
「ああ、商品が思ったより高く売れたんでね。それと、こいつとの出会いを祝う宴 ってやつだ」
「はっはっ、出会いたぁなかなか風流だな」
「そうさ、クロエと俺の冒険への旅立ちだ。なぁクロエ」
「もう、ウィル。ちょっとさわぎすぎだよ。すみません」
「なぁに、宴 ってぇことなら構わんさ。俺からも祝わせてもらおう。おい店主! 酒! ボウズたちに!」
この世界に飲酒の年齢制限などはない。
自分で金を稼ぎ、自分を養えるものならば、誰でも好きに飲むことができる。
しかし、クロエはまだ酒を飲んだことがなく、目の前に出された揮発性の液体を不安げに眺めた。
実はウィルも故郷では「酒を飲めるような腕じゃない」と師匠に止められていたため、数える程度しか酒は飲んだことはない。しかも、今出された酒は彼が飲んだことのある薄い穀物酒ではなく、アルコール度数の高い蒸留酒だ。
それでも、クロエにいい恰好がしたくて、ウィルは男とグラスをぶつけ、一気に飲み干した。
「っげほっ! ごほっごほっ!」
「おお、ボウズなかなかいい飲みっぷりだな! 気に入った!」
むせるウィルの背中をたたき、男はもう一杯酒を注文する。
どんなもんだと涙目で胸を張るウィルを見て、クロエも酒に少し口をつけた。
「……あ、おいし」
クロエはぺろぺろと少しずつ酒を飲み、食事をとる。
男に勧められるままに何度も酒杯をあおったウィルは、数十分後にはテーブルに突っ伏し、前後不覚に陥っていた。
「おい! おいこらボウズ! お前先輩より先に寝るとは何事だぁ!」
男は陽気にウィルを揺り動かすが、ウィルが目覚める気配はなかった。
なんだかんだと三杯目のグラスを半分以上開けているクロエも、周囲の全てがふわふわしていてうまく座っていられない。
あんなにあった料理も三人でほとんど食べ終えていたので、クロエは宿へ帰ろうと立ち上がった。
「ねぇウィル。もう帰ろう? ねぇってば」
「無理だボウズ、こいつぁしばらく起きねぇぞ」
「え~? どうしよう」
「安心しな。俺が背負って連れてってやる」
「あぁ。ありがとうございます」
「なぁに、気にすんな。これも何かの縁ってな」
クロエは安心してウィルの懐から今日の売り上げが入った袋を取り出し、支払いを済ませる。
小太りの割に筋肉質な男は、ウィルを軽々と背負うと、クロエに宿の名前を聞き、店を出た。
「こっちだ、ボウズ」
「え? でもぼくたち、来るときはこっちの道から……」
「俺ぁこの街もなげぇからよ、任せとけ。近道だ」
「あぁ、はい。ありがとうございます」
男はウィルを背負ったまま、確かな足取りで暗い道を進む。
チョコチョコふわふわと後ろをついて歩くクロエの見ている前で、男は突然ウィルを放り投げた。
黒髪の少年が見つめる中、赤髪の少年が慣れた手つきで荷台からレールを引き出し、もう一度乗り込んで行った。
エンジン音が響き、小型のバギーが現れる。
荷台に
「よし、乗れよ、クロエ」
「うんありがと。でもウィル、キャリアとグランドブレイカーはここに置いていくの?」
赤髪の少年、ウィルがバギーの助手席のほこりを払い、黒髪の少年、クロエを招く。
フレームにぶら下がるようにして乗り込みながら、クロエは不思議そうに大型トレーラー、グランドキャリアを見上げた。
ウィルは腰から20センチ四方ほどの端末を取り出すと、得意げな表情で操作を始める。
その指の動きに反応して、キャリアの扉が唸りを上げた。
「わぁっ!」
するすると自動で閉じるキャリアのドアに歓声を上げるクロエ。
得意げに操作を続けるウィル。
「この程度で驚いてたらよ、クロエ。旅が終わるころには、アゴがもとに戻らなくなっちまうぜ!」
もう一度、ウィルが端末に指を滑らせる。
キャリアの表面にノイズが発生し、数秒かけて、その姿は周囲の岩肌に溶け込んだ。
「えっ?! すごいよウィル! なにこれ!」
「光学迷彩ってやつだ。キャリアの表面を覆う電磁メタマテリアルに少量のエネルギーを供給し、光に対する負の屈折率を持たせることで、まわりから視認できないようにする技術さ」
「……え~っと、ごめん。ぼくにはちょっと難しくてわかんないや」
突然の技術の説明にクロエは一生懸命頭をひねったが、結局ウィルの言葉を理解することはできなかった。
笑いながらクロエに視線を戻したウィルは大きくうなづく。
「安心しろ、俺もわかんねぇ。ぜんぶ師匠の受け売りだ」
ウィルはアクセルを踏み、バギーを走らせた。
二人はバギーのエンジン音と風を切る音に負けないよう、大声で話をつづけ、大声で笑う。
やがて視界の端に、周囲の岩と同じ色の赤茶けた壁が見え始めた。
――城塞都市デルリオ。
タルシス地方の砂漠によく見られる中規模の城塞型都市。
ここがクロエとウィルの二人の、この旅で初めて立ち寄る都市となった。
◇ ◇ ◇
吹き付ける赤い風と外敵の侵入から、ここに住む住人を守る高さ20メートルほどの岩壁が、目の前に迫っていた。
クロエを助手席に残し、ウィルは手慣れた様子で城門の脇の小屋に居るガーディアンと話をしている。
やがて戻ってきたウィルは、二枚受け取って来た『短期滞在カード』の一枚をクロエに手渡した。
「ここはわりと良心的な街だな。通行料は一人10
「へぇ……あ、10グレンだよね。払うよ」
「そうだな……金の話は宿でしよう。これから宿代やらメシ代やらファウンテンの使用料やらいろいろかかるからな。いちいちワリカンじゃあ面倒だし、あまり外で金を出すのは危ないからな」
「そう……か。そうだね。うん、わかった」
ウィルは人通りの多い中央の通りをバギーで進み、教えられた宿へと向かう。
途中、街の中央にそびえる幅5メートル、高さ20メートルほどの真っ黒なモノリスの横を通った。
「あ! あれがファウンテン?!」
「……あぁ、お前の街にもあっただろう? ファウンテンなんかどこでも同じだぜ」
「あ、うん。そうだけど」
人々は
武装したガーディアンが、その人たちから手数料を受け取り、ファウンテンから湧き出る
興味津々といった様子でそれを見ているクロエをよそに、ウィルはバギーを止めることなくファウンテンの横を通り過ぎる。
「
荷台に山積みにされたパーツへちらりと目を向け、ウィルは久々の大漁ににんまりしながらアクセルを踏む。
クロエを助けたときに敵グランドブレイカーから奪った腕は、シリンダーブロックやアクチュエータなどのアッセンブリーパーツとして使用できるものから、細かなネジに至るまで、きれいに磨かれ仕分けられており、それらがウィルにもたらしてくれる
◇ ◇ ◇
「注文しすぎだよ、ウィル」
「ばぁか、気にすんなよ! 今日は俺とクロエの旅立ちの記念だぜ?!」
夜霧に銀と蒼の月が霞み、大地を見つめるころ。
クロエは大量の料理を前にあきれながらも楽しげに微笑み、ウィルはテンションが上がりきった様子で陽気に笑っていた。
中規模城塞都市デルリオ。
大通りから少し外れた安酒場である。
周囲には酒を飲んでいる大人が数人居るだけの酒場で、陽気にはしゃぐ二人は場違いに目立っていた。
「ボウズたち、ずいぶん豪勢なメシじゃないか」
となりでチビチビと安酒をなめていた小太りの男がウィルに声をかける。
騒ぎすぎたことを咎められたのだと思ったクロエは「すみません」と頭を下げたが、ウィルはそんなことお構いなしで男に言葉を返した。
「ああ、商品が思ったより高く売れたんでね。それと、こいつとの出会いを祝う
「はっはっ、出会いたぁなかなか風流だな」
「そうさ、クロエと俺の冒険への旅立ちだ。なぁクロエ」
「もう、ウィル。ちょっとさわぎすぎだよ。すみません」
「なぁに、
この世界に飲酒の年齢制限などはない。
自分で金を稼ぎ、自分を養えるものならば、誰でも好きに飲むことができる。
しかし、クロエはまだ酒を飲んだことがなく、目の前に出された揮発性の液体を不安げに眺めた。
実はウィルも故郷では「酒を飲めるような腕じゃない」と師匠に止められていたため、数える程度しか酒は飲んだことはない。しかも、今出された酒は彼が飲んだことのある薄い穀物酒ではなく、アルコール度数の高い蒸留酒だ。
それでも、クロエにいい恰好がしたくて、ウィルは男とグラスをぶつけ、一気に飲み干した。
「っげほっ! ごほっごほっ!」
「おお、ボウズなかなかいい飲みっぷりだな! 気に入った!」
むせるウィルの背中をたたき、男はもう一杯酒を注文する。
どんなもんだと涙目で胸を張るウィルを見て、クロエも酒に少し口をつけた。
「……あ、おいし」
クロエはぺろぺろと少しずつ酒を飲み、食事をとる。
男に勧められるままに何度も酒杯をあおったウィルは、数十分後にはテーブルに突っ伏し、前後不覚に陥っていた。
「おい! おいこらボウズ! お前先輩より先に寝るとは何事だぁ!」
男は陽気にウィルを揺り動かすが、ウィルが目覚める気配はなかった。
なんだかんだと三杯目のグラスを半分以上開けているクロエも、周囲の全てがふわふわしていてうまく座っていられない。
あんなにあった料理も三人でほとんど食べ終えていたので、クロエは宿へ帰ろうと立ち上がった。
「ねぇウィル。もう帰ろう? ねぇってば」
「無理だボウズ、こいつぁしばらく起きねぇぞ」
「え~? どうしよう」
「安心しな。俺が背負って連れてってやる」
「あぁ。ありがとうございます」
「なぁに、気にすんな。これも何かの縁ってな」
クロエは安心してウィルの懐から今日の売り上げが入った袋を取り出し、支払いを済ませる。
小太りの割に筋肉質な男は、ウィルを軽々と背負うと、クロエに宿の名前を聞き、店を出た。
「こっちだ、ボウズ」
「え? でもぼくたち、来るときはこっちの道から……」
「俺ぁこの街もなげぇからよ、任せとけ。近道だ」
「あぁ、はい。ありがとうございます」
男はウィルを背負ったまま、確かな足取りで暗い道を進む。
チョコチョコふわふわと後ろをついて歩くクロエの見ている前で、男は突然ウィルを放り投げた。