第11話
文字数 3,510文字
有刺鉄線の柵を開き、こちらも門の外と同じようにガラの悪いガーディアンがウィルのバギーを招き入れる。
他の街ならば一日中人が集まっているファウンテンに、ガーディアン以外の人影が無いのを見て、ウィルは嫌な予感メーターの針が振り切れるのを感じた。
ウィルがバギーを止めるのも待たず、ガーディアンは勝手にタンクをファウンテンにセットし、補給を始める。
クロエは素直にお礼を言い、ウィルは慌てて飛び降りると、ガーディアンにに詰め寄った。
「ちょっと待てよ、まだ貨幣 も払ってねぇんだ、勝手に入れんな」
「なんだ? ファウンテンまで来て燃料 も水も入れないのか? その年で子供をもらいに来たって訳でもねぇだろ?」
ウィルの頭の上からクロエを覗きこみ、ガーディアンは下品な笑いをもらす。
同調して周囲からも笑いが起き、ウィルはそれに聞こえるように大きく舌打ちを返すと、自分より頭一つ二つ大きいガーディアンを睨みつけた。
「チッ……ふざけたことばかり言ってんじゃねぇよ。いくらだ?」
ウィルを茶化したガーディアンは一瞬真顔になる。
それでもまた面白そうな顔に戻ると、アゴ先を撫でながらウィルとクロエを舐めるように見回した。
「そうだな、まぁ手数料2千……いや、5千貨幣 ってとこか」
「……ふざけんな。お遊びに付き合ってる暇はねぇんだ。本当の手数料を言えよ」
「くっくっく……怖いねぇ。だがこっちも遊びでやってるわけじゃねぇ。5千と言ったら5千だ」
「ボウズ、なんなら1万グレンでもいいんだぜ」
周りからどっと笑いが起き、どうしていいか分からないクロエはウィルの背中に身を寄せた。
ウィルはクロエを背後に抱えながら、周囲をうかがう。
ガーディアンの何人かは、懐から大きなナイフを取り出して、これ見よがしにもてあそび始めた。
5千グレンと言えば中古のバギーが買える金額だ。
おいそれと出せる額ではないし、そもそも燃料 や水の対価に支払う額で考えれば、数百人分でもおつりがくる。
ガーディアンたちがウィルと取引をする気がないのは明らかだった。
「それから、ファウンテンから補充したアイスと水の半分は税だ。置いていきな」
「……そんな金もねぇし、半分なんてバカな税も払う気はねぇ」
「おおそうかい。ならしかたねぇ、タンクは没収だ。金ができたらまた来な」
話は終わったとばかりに、ガーディアンたちはウィルのタンクを小屋へと運んでゆく。
カッとなったウィルは、一番手近に居たガーディアンのひざ裏に蹴りを入れ、体勢を崩した男の頭を抱えて後頭部に膝蹴りを入れた。
「ふざけんな! 俺のタンクを返しやがれ!」
「小僧! なめやがって!」
タンクを放り投げ、ガーディアンたちがウィルとクロエを囲む。
ウィルが倒したガーディアンも後頭部を押さえながら起き上り、腰からナイフを抜いた。
一対一なら、ウィルはどんな大人にも負ける気はない。
しかし、さすがに武装したガーディアン7名が相手では、クロエをかばいながら戦って勝てるとは思えなかった。
それでも、先ほどのウィルの動きを見て只者ではないと分かったガーディアンたちも、遠巻きにするばかりで率先してかかっては来ない。
緊張した空気が流れ、場はこう着した。
「土下座すれば命だけは助けてやるぜ?」
「はっ、やなこった」
「……しかたねぇな、少し痛い目にあってもらおうか」
「痛い目に合うのは俺じゃないかも知れないぜ?」
「ウィル……」
クロエは心配げにウィルの裾を握り、いざとなったら抜こうと腰のモーターガンに手をかける。
その気配を察したウィルは、そっとクロエの手を制した。
多勢に無勢だ、相手が怯んでくれれば御の字だが、こんな場面でモーターガンを見せれば、クロエに狙いが集中することも考えられる。
それでなくても、クロエは人間相手に引き金を引くことを未だに恐れているため、確実な場面以外では使わせたくなかった。
ジリジリとした時間が流れる中、大通りに大型のバギーのエンジン音が響き、近づいてくるのが分かる。
気づいたガーディアンたちが直立不動の姿勢をとった。
「なんだそいつらは?」
横付けされたバギーの後ろにふんぞり返った男は、ガーディアンたちの敬礼に鷹揚に頷き、アゴ先でウィルを指し示す。
ガーディアンたちは事の経緯を最初から順番に説明し始めた。
ボウマンと呼ばれたバギーの男は、最後まで聞かずに手を上げ、話を遮る。
「つまり手数料も税も納めない不届きものと言うことだろう? ……ならば縛り首だ。そうだな?」
自分の決めたルールがガーディアンたちに浸透していることを確認するように、ボウマンは周囲を見渡す。
ガーディアンたちはその眼に射すくめられたかのように、手に持ったナイフを見つめた。
さすがに暴虐の限りを尽くしているガーディアンとは言え、むやみに人を殺すことには抵抗を感じていると見える。
その一瞬の間に、ボウマンはイライラと足を組み替え、ガーディアンを一喝した。
「どうした?! 命令に従わぬものはバギー引 きだぞ!」
ウィルにもクロエにも「バギー引き」と言うのがどのようなものなのか分からなかったが、少なくともガーディアンたちにとってそれは恐怖の対象であるらしかった。
明らかに目の色が変わり、それぞれにナイフを構える。
一人目のガーディアンがナイフを大きく振りかざし、ウィルめがけて襲い掛かった。
ウィルは身をかがめ一本背負いの要領で吹き飛ばす。
ナイフを持ったままの男が、別のガーディアン数人を巻き込んで倒れた隙を逃さず、ウィルはクロエの手を握り、囲みを破った。
「ウィル?! バギーは?」
「とりあえず今は撤退だ!」
倒れたガーディアンの上を飛び越え、細い路地に入った二人はとにかくひた走る。
ボウマンが怒りにまかせて怒鳴り散らす声と、ガーディアンたちが路地へと殺到する靴音が背中に聞こえた。
何度目かの路地を曲がり、足がもつれて転びかけたクロエを支えたウィルは壁を背に息をつく。
狭く曲がりくねった道をやみくもに走ったせいで、もうウィルにも自分たちが街のどのあたりに居るのかすら分からなくなっていた。
「くそっ、なんとか一度街の外に出ねぇと……」
グランドキャリアまでたどり着けさえすれば、グランドブレイカー「グイベル」による武力を交渉材料に、バギーや燃料を取り返すことも出来るだろうとウィルは考えていた。
だが、街なかでグランドブレイカーを暴れさせる気はない。
そんなことをすれば、被害を被るのは罪もない一般の住人たちだからだ。
ウィルはグランドブレイカーをそんなことに使う人間を一番嫌っていた。
「いたぞ!」
「あっちだ!」
三叉路の二方向から、同時にガーディアンの声がかかる。
クロエの息が整うのを待つことも出来ず、ウィルは残りの通路へとクロエの手を引いた。
「ウィル……ぼく……もうっ……!」
胸を押さえ、ウィルに引きずられるように走っていたクロエの足が、自分の足に絡まる。
地面に激突する寸前にウィルが手を引き上げクロエを立たせたが、もうこれ以上走ることは出来そうもなかった。
加えて最後の角を曲がった先も行き止まりである。
どちらにしろ逃げ道はない。
ウィルはクロエをそこに座らせ、肩を回してゴキゴキと鳴らすと、今にも姿を現すであろうガーディアンたちへ向けて構えをとった。
状況は良くない。それでも、黙ってやられる気は毛頭なかった。
それに……。
「……北壁まで無事に送り届けるってぇ約束だしな」
ウィルは黒髪の華奢 な友人をちらりと見ると、小さくつぶやいた。
その視線の先、息を切らし地面にうずくまるクロエの座っている地面が、突然ゴトゴトと音を立てる。
お尻をずらして自分の脚の間を覗いたクロエは、そこに隙間が開き、二つの目が覗いているのに気づいて声を上げた。
「わっ?!」
「にいちゃんたち、こっち! はやく!」
幼い声が素早く告げる。
目を白黒させるクロエをよそに、ウィルは地面のふたを大きく開き、クロエを抱えて滑り込んだ。
鉄のふたはすぐに閉じられ、赤い砂に紛れて継ぎ目も見えなくなる。
やがて現れたガーディアンたちは大声でウィルたちを探したが、ついにその扉を見つけることはできなかった。
他の街ならば一日中人が集まっているファウンテンに、ガーディアン以外の人影が無いのを見て、ウィルは嫌な予感メーターの針が振り切れるのを感じた。
ウィルがバギーを止めるのも待たず、ガーディアンは勝手にタンクをファウンテンにセットし、補給を始める。
クロエは素直にお礼を言い、ウィルは慌てて飛び降りると、ガーディアンにに詰め寄った。
「ちょっと待てよ、まだ
「なんだ? ファウンテンまで来て
ウィルの頭の上からクロエを覗きこみ、ガーディアンは下品な笑いをもらす。
同調して周囲からも笑いが起き、ウィルはそれに聞こえるように大きく舌打ちを返すと、自分より頭一つ二つ大きいガーディアンを睨みつけた。
「チッ……ふざけたことばかり言ってんじゃねぇよ。いくらだ?」
ウィルを茶化したガーディアンは一瞬真顔になる。
それでもまた面白そうな顔に戻ると、アゴ先を撫でながらウィルとクロエを舐めるように見回した。
「そうだな、まぁ手数料2千……いや、5千
「……ふざけんな。お遊びに付き合ってる暇はねぇんだ。本当の手数料を言えよ」
「くっくっく……怖いねぇ。だがこっちも遊びでやってるわけじゃねぇ。5千と言ったら5千だ」
「ボウズ、なんなら1万グレンでもいいんだぜ」
周りからどっと笑いが起き、どうしていいか分からないクロエはウィルの背中に身を寄せた。
ウィルはクロエを背後に抱えながら、周囲をうかがう。
ガーディアンの何人かは、懐から大きなナイフを取り出して、これ見よがしにもてあそび始めた。
5千グレンと言えば中古のバギーが買える金額だ。
おいそれと出せる額ではないし、そもそも
ガーディアンたちがウィルと取引をする気がないのは明らかだった。
「それから、ファウンテンから補充したアイスと水の半分は税だ。置いていきな」
「……そんな金もねぇし、半分なんてバカな税も払う気はねぇ」
「おおそうかい。ならしかたねぇ、タンクは没収だ。金ができたらまた来な」
話は終わったとばかりに、ガーディアンたちはウィルのタンクを小屋へと運んでゆく。
カッとなったウィルは、一番手近に居たガーディアンのひざ裏に蹴りを入れ、体勢を崩した男の頭を抱えて後頭部に膝蹴りを入れた。
「ふざけんな! 俺のタンクを返しやがれ!」
「小僧! なめやがって!」
タンクを放り投げ、ガーディアンたちがウィルとクロエを囲む。
ウィルが倒したガーディアンも後頭部を押さえながら起き上り、腰からナイフを抜いた。
一対一なら、ウィルはどんな大人にも負ける気はない。
しかし、さすがに武装したガーディアン7名が相手では、クロエをかばいながら戦って勝てるとは思えなかった。
それでも、先ほどのウィルの動きを見て只者ではないと分かったガーディアンたちも、遠巻きにするばかりで率先してかかっては来ない。
緊張した空気が流れ、場はこう着した。
「土下座すれば命だけは助けてやるぜ?」
「はっ、やなこった」
「……しかたねぇな、少し痛い目にあってもらおうか」
「痛い目に合うのは俺じゃないかも知れないぜ?」
「ウィル……」
クロエは心配げにウィルの裾を握り、いざとなったら抜こうと腰のモーターガンに手をかける。
その気配を察したウィルは、そっとクロエの手を制した。
多勢に無勢だ、相手が怯んでくれれば御の字だが、こんな場面でモーターガンを見せれば、クロエに狙いが集中することも考えられる。
それでなくても、クロエは人間相手に引き金を引くことを未だに恐れているため、確実な場面以外では使わせたくなかった。
ジリジリとした時間が流れる中、大通りに大型のバギーのエンジン音が響き、近づいてくるのが分かる。
気づいたガーディアンたちが直立不動の姿勢をとった。
「なんだそいつらは?」
横付けされたバギーの後ろにふんぞり返った男は、ガーディアンたちの敬礼に鷹揚に頷き、アゴ先でウィルを指し示す。
ガーディアンたちは事の経緯を最初から順番に説明し始めた。
ボウマンと呼ばれたバギーの男は、最後まで聞かずに手を上げ、話を遮る。
「つまり手数料も税も納めない不届きものと言うことだろう? ……ならば縛り首だ。そうだな?」
自分の決めたルールがガーディアンたちに浸透していることを確認するように、ボウマンは周囲を見渡す。
ガーディアンたちはその眼に射すくめられたかのように、手に持ったナイフを見つめた。
さすがに暴虐の限りを尽くしているガーディアンとは言え、むやみに人を殺すことには抵抗を感じていると見える。
その一瞬の間に、ボウマンはイライラと足を組み替え、ガーディアンを一喝した。
「どうした?! 命令に従わぬものはバギー
ウィルにもクロエにも「バギー引き」と言うのがどのようなものなのか分からなかったが、少なくともガーディアンたちにとってそれは恐怖の対象であるらしかった。
明らかに目の色が変わり、それぞれにナイフを構える。
一人目のガーディアンがナイフを大きく振りかざし、ウィルめがけて襲い掛かった。
ウィルは身をかがめ一本背負いの要領で吹き飛ばす。
ナイフを持ったままの男が、別のガーディアン数人を巻き込んで倒れた隙を逃さず、ウィルはクロエの手を握り、囲みを破った。
「ウィル?! バギーは?」
「とりあえず今は撤退だ!」
倒れたガーディアンの上を飛び越え、細い路地に入った二人はとにかくひた走る。
ボウマンが怒りにまかせて怒鳴り散らす声と、ガーディアンたちが路地へと殺到する靴音が背中に聞こえた。
何度目かの路地を曲がり、足がもつれて転びかけたクロエを支えたウィルは壁を背に息をつく。
狭く曲がりくねった道をやみくもに走ったせいで、もうウィルにも自分たちが街のどのあたりに居るのかすら分からなくなっていた。
「くそっ、なんとか一度街の外に出ねぇと……」
グランドキャリアまでたどり着けさえすれば、グランドブレイカー「グイベル」による武力を交渉材料に、バギーや燃料を取り返すことも出来るだろうとウィルは考えていた。
だが、街なかでグランドブレイカーを暴れさせる気はない。
そんなことをすれば、被害を被るのは罪もない一般の住人たちだからだ。
ウィルはグランドブレイカーをそんなことに使う人間を一番嫌っていた。
「いたぞ!」
「あっちだ!」
三叉路の二方向から、同時にガーディアンの声がかかる。
クロエの息が整うのを待つことも出来ず、ウィルは残りの通路へとクロエの手を引いた。
「ウィル……ぼく……もうっ……!」
胸を押さえ、ウィルに引きずられるように走っていたクロエの足が、自分の足に絡まる。
地面に激突する寸前にウィルが手を引き上げクロエを立たせたが、もうこれ以上走ることは出来そうもなかった。
加えて最後の角を曲がった先も行き止まりである。
どちらにしろ逃げ道はない。
ウィルはクロエをそこに座らせ、肩を回してゴキゴキと鳴らすと、今にも姿を現すであろうガーディアンたちへ向けて構えをとった。
状況は良くない。それでも、黙ってやられる気は毛頭なかった。
それに……。
「……北壁まで無事に送り届けるってぇ約束だしな」
ウィルは黒髪の
その視線の先、息を切らし地面にうずくまるクロエの座っている地面が、突然ゴトゴトと音を立てる。
お尻をずらして自分の脚の間を覗いたクロエは、そこに隙間が開き、二つの目が覗いているのに気づいて声を上げた。
「わっ?!」
「にいちゃんたち、こっち! はやく!」
幼い声が素早く告げる。
目を白黒させるクロエをよそに、ウィルは地面のふたを大きく開き、クロエを抱えて滑り込んだ。
鉄のふたはすぐに閉じられ、赤い砂に紛れて継ぎ目も見えなくなる。
やがて現れたガーディアンたちは大声でウィルたちを探したが、ついにその扉を見つけることはできなかった。