第12話
文字数 2,286文字
真っ暗な地下室の一室。
鉄と石が組み合わされて作られたその部屋は、砂漠の街だというのにひんやりとしていて、空気には湿気が含まれていた。
「こっちだよ」
幼い声に誘われて、ウィルはクロエの手を引いて地下を進む。
やがてたどり着いた扉を開くと、そこはランタンの明かりに薄暗く照らされた部屋だった。
燃料 を節約しているのか、部屋の大きさに比べて明かりはいかにも頼りない。
ウィルは目を細め、危険なものを一つでも見逃すまいと辺りへ目を配った。
「無事だったようじゃな。さぁ、お連れの方をこちらへ」
薄汚れた服を着た初老の男が立ち上がり、手招きする。
ウィルたちをここまで連れてきた少年が、クロエに手を貸して小さな椅子へと座らせてくれた。
「……あり……がとう……ございます」
息も絶え絶えになりながら礼を言うクロエに、ホワイトと名乗った初老の男が微笑みかけ、小さなコップを差し出す。
そこには透明な水がなみなみと湛えられていた。
焦って水をこぼしそうになりながら、クロエはコップを受け取ると、喉を鳴らしてその冷たい水を流し込む。
しかし、途中で気づいて飲むのをやめ、半分残った水をウィルへと差し出した。
「……げほっ。ウィル、お水」
「いいから全部飲めよ……落ち着いてな」
「だって……」
二人のやり取りに、ホワイトの表情がさらに和む。
先ほどの少年がもう一つのコップを持って現れると、黙ってそれをウィルに渡した。
「大丈夫、この音が聞こえるじゃろう?」
――ちゃぽん……ぴちょん。
耳を澄ました二人に、水の滴る音が聞こえる。
ウィルとクロエはコップを空にし、やっと一息つくことができた。
「ここには地下水が染み出とりましてな。……そう、ファウンテンの水ではなく、天然の水じゃよ。あまり量は無いが、旅人の焼けた喉を潤すことくらいはできる」
ホワイトにもう一度礼を言い、二人は部屋を見渡す。
初めは気づかなかったが、薄暗い部屋の隅には数十人レベルの人間が、クロエと同じように疲れ切った様子で座っていた。
普通人間ならば大なり小なり生命力は感じられるものなのだが、生気も気配も、ウィルには全く感じとれない。
突然そこに湧き出したような人たちに、思わずウィルは身構えた。
「大丈夫。ここに居 るのはボウマンに虐げられた街の人々じゃよ」
「街の人々って……なんでこんな薄暗い地下に居るんだ?」
「……ここも数年前までは、貧しいながらもほかの街と同じように暮らしていた。じゃが、突然やってきたボウマンと言う男に、この街は乗っ取られてしまった」
以前ホワイトは、この街の領主をしていたと語りはじめる。
街の守護者だったグランドブレイカー乗りを手下にして街を乗っ取ったボウマンは、ファウンテンの使用に法外な手数料や税をかけ、街を恐怖で支配したのだ。
全ての住民のカードには犯罪者としてのロックが掛けられ、他の街のファウンテンを使用することも出来ない。
逃れることも出来ない人々は、偶然見つかった地下水を分け合いながら、なんとか生きていくのが精いっぱいだった。
「こんなに何十人も人がいるなら潰しちまえばいいじゃんか」
「相手にはグランドブレイカーが2機もある。武器も持たない我々にはどうにもできんよ」
「でもよ!」
「ウィル」
ホワイトの言葉にも、この街の住民の行動にも納得のいかないウィルは声を荒げる。
クロエに諌められ口をつぐんだが、ウィルはふてくされたように横を向いた。
「旅の方々よ、あなたたちのカードはまだロックされておらん。少しだが水も燃料 もある。これを持って今のうちに逃げなさい」
「でも、ホワイトさんたちは?」
「もちろん私たちも諦めたわけではない。あなた方へ託したい。次の街へ着いたら、グランドブレイカー乗りへ救援を求めていただきたいのじゃ」
最後の希望、なのだろう。
いや、希望はあると自分たちへ言い聞かせるための方便なのかもしれない。
クロエの疑問に答えたホワイトの言葉に、隠しきれない諦念が滲んでいることはウィルにも分かった。
グランドブレイカー2機を相手に、ファウンテンを占拠して籠城する相手と戦い、報酬も定かではない見ず知らずの人間を救おうとするものがそうそう居るとは思えない。
それはホワイトにも分かっているはずだ。
だがそれでも、ホワイトはお願いしますと言ってなけなしの燃料 と水を差し出し、ウィルとクロエに頭を下げた。
「ウィル」
クロエがウィルの腕をつかむ。
振り向いたウィルはクロエの瞳に決意があふれているのを知り、そして腕をつかんでいる手が、これから自分たちが行おうとしていることへの恐れで、かすかに震えているのも感じた。
安心させるようにクロエの手に自らの手を添え、ウィルは小さくうなづく。
その眼には、クロエのものと同じ、断固とした決意がみなぎっていた。
それを受け、クロエがホワイトへと口を開く。
「ホワイトさん、グランドブレイカー乗りへの救援は、今、確かに伝えました」
「グランドブレイカーを悪事に使うやつは許しちゃおけねぇからな。まぁ、任せておけ」
あっけにとられるホワイトをよそに、ウィルは腰の端末を操作してグランドキャリアの自動操縦 を実行する。
クロエはモーターガンのエンジンを始動させ、その小さなエンジン音は、薄暗い地下室に鳴り響いた。
鉄と石が組み合わされて作られたその部屋は、砂漠の街だというのにひんやりとしていて、空気には湿気が含まれていた。
「こっちだよ」
幼い声に誘われて、ウィルはクロエの手を引いて地下を進む。
やがてたどり着いた扉を開くと、そこはランタンの明かりに薄暗く照らされた部屋だった。
ウィルは目を細め、危険なものを一つでも見逃すまいと辺りへ目を配った。
「無事だったようじゃな。さぁ、お連れの方をこちらへ」
薄汚れた服を着た初老の男が立ち上がり、手招きする。
ウィルたちをここまで連れてきた少年が、クロエに手を貸して小さな椅子へと座らせてくれた。
「……あり……がとう……ございます」
息も絶え絶えになりながら礼を言うクロエに、ホワイトと名乗った初老の男が微笑みかけ、小さなコップを差し出す。
そこには透明な水がなみなみと湛えられていた。
焦って水をこぼしそうになりながら、クロエはコップを受け取ると、喉を鳴らしてその冷たい水を流し込む。
しかし、途中で気づいて飲むのをやめ、半分残った水をウィルへと差し出した。
「……げほっ。ウィル、お水」
「いいから全部飲めよ……落ち着いてな」
「だって……」
二人のやり取りに、ホワイトの表情がさらに和む。
先ほどの少年がもう一つのコップを持って現れると、黙ってそれをウィルに渡した。
「大丈夫、この音が聞こえるじゃろう?」
――ちゃぽん……ぴちょん。
耳を澄ました二人に、水の滴る音が聞こえる。
ウィルとクロエはコップを空にし、やっと一息つくことができた。
「ここには地下水が染み出とりましてな。……そう、ファウンテンの水ではなく、天然の水じゃよ。あまり量は無いが、旅人の焼けた喉を潤すことくらいはできる」
ホワイトにもう一度礼を言い、二人は部屋を見渡す。
初めは気づかなかったが、薄暗い部屋の隅には数十人レベルの人間が、クロエと同じように疲れ切った様子で座っていた。
普通人間ならば大なり小なり生命力は感じられるものなのだが、生気も気配も、ウィルには全く感じとれない。
突然そこに湧き出したような人たちに、思わずウィルは身構えた。
「大丈夫。ここに
「街の人々って……なんでこんな薄暗い地下に居るんだ?」
「……ここも数年前までは、貧しいながらもほかの街と同じように暮らしていた。じゃが、突然やってきたボウマンと言う男に、この街は乗っ取られてしまった」
以前ホワイトは、この街の領主をしていたと語りはじめる。
街の守護者だったグランドブレイカー乗りを手下にして街を乗っ取ったボウマンは、ファウンテンの使用に法外な手数料や税をかけ、街を恐怖で支配したのだ。
全ての住民のカードには犯罪者としてのロックが掛けられ、他の街のファウンテンを使用することも出来ない。
逃れることも出来ない人々は、偶然見つかった地下水を分け合いながら、なんとか生きていくのが精いっぱいだった。
「こんなに何十人も人がいるなら潰しちまえばいいじゃんか」
「相手にはグランドブレイカーが2機もある。武器も持たない我々にはどうにもできんよ」
「でもよ!」
「ウィル」
ホワイトの言葉にも、この街の住民の行動にも納得のいかないウィルは声を荒げる。
クロエに諌められ口をつぐんだが、ウィルはふてくされたように横を向いた。
「旅の方々よ、あなたたちのカードはまだロックされておらん。少しだが水も
「でも、ホワイトさんたちは?」
「もちろん私たちも諦めたわけではない。あなた方へ託したい。次の街へ着いたら、グランドブレイカー乗りへ救援を求めていただきたいのじゃ」
最後の希望、なのだろう。
いや、希望はあると自分たちへ言い聞かせるための方便なのかもしれない。
クロエの疑問に答えたホワイトの言葉に、隠しきれない諦念が滲んでいることはウィルにも分かった。
グランドブレイカー2機を相手に、ファウンテンを占拠して籠城する相手と戦い、報酬も定かではない見ず知らずの人間を救おうとするものがそうそう居るとは思えない。
それはホワイトにも分かっているはずだ。
だがそれでも、ホワイトはお願いしますと言ってなけなしの
「ウィル」
クロエがウィルの腕をつかむ。
振り向いたウィルはクロエの瞳に決意があふれているのを知り、そして腕をつかんでいる手が、これから自分たちが行おうとしていることへの恐れで、かすかに震えているのも感じた。
安心させるようにクロエの手に自らの手を添え、ウィルは小さくうなづく。
その眼には、クロエのものと同じ、断固とした決意がみなぎっていた。
それを受け、クロエがホワイトへと口を開く。
「ホワイトさん、グランドブレイカー乗りへの救援は、今、確かに伝えました」
「グランドブレイカーを悪事に使うやつは許しちゃおけねぇからな。まぁ、任せておけ」
あっけにとられるホワイトをよそに、ウィルは腰の端末を操作してグランドキャリアの
クロエはモーターガンのエンジンを始動させ、その小さなエンジン音は、薄暗い地下室に鳴り響いた。