第8話 王位奪還編

文字数 5,971文字



 昼間の噴水広場で四人は進入の準備を整えていた。
「それで、現六聖騎将シャルナのシナリオ通りオレの存在を現国王に伝えるんだな」
 国王エルヴァスの欲する「力」を持つアルフィードを目にして手放すとは考えにくい。聖導兵器の核にされる可能性が高い分、無傷で事を進めるには危険が纏わりつく。しかし回避の術がない訳ではない事をアルテミスは知っている。物怖じせず門前に歩み寄ると、
「乗り込めば戦場だけど、準備は不要だね」
「そうだな。とりあえずエリオットはオレの後ろについて来い。それが一番安全だ」
 四人は王宮へ足を踏み入れると警備する衛兵二人がアルフィード達に目を向けた。重い鎧に身を包む門番が声をかける。
「止まれ、ここから先は一般人の立ち入りは許可されていない。止まらぬなら反逆罪としてここで裁く事になる」
「アタシの連れだ。ここを通してくれるか」
「大変失礼しました! 六聖騎将シャルナ・オルバード様の関係者とはいざ知らずご無礼をお許しください」
 シャルナの姿を見るなり態度が激変する。つまりこれは六聖騎将の権威あっての成せる力なのだろう。
「さぁ、進もうか、オレ達の目的を達成しに」
 三人が王宮中庭へ入るや否や、そこは既に囲まれていた。剣を持った騎士団五十人、高台から弓兵三十人が狙う中、アルフィードは視線を騎士団員に向け睨め付ける。
 三十人の弓兵が放つ矢は弧を描きエリオット目掛けて飛翔する。三十の矢は直撃を免れないが、エリオットは怯えて動かない。現状を熟知したアルフィードは王剣を鞘に収めたまま飛び交う矢を両手で器用に掴み取ると素早く投げ捨てた。
「な、なんでボクを……」
 城内からシャルナ以外の六聖騎将全員が四人を見下すように見据えている。これは跳梁跋扈
というに相応しい状況だった。
「これではっきりしたな。今の騎士団は全員敵だ」
「そうですね、こちらの情報が漏れたとしか考えられません。おそらくはアタシの部下が裏切ったのでしょう。あの時殺しておくべきでした」
(予想は出来ていた。内乱が起きて百年も経てば騎士団員も入れ替わる可能性があることを。だけどここで引くような――)
「弱者じゃない!」
 アルフィードは十メートルはあろう距離を一足飛びにし、弓兵の立ち位置へ移ると剣を抜かず拳で兵一人を高台から叩き落す。人知を超えたまさしく超人と言える力だった。
「アルテミス、エリオットを守ってくれ!」
 そう伝えると弓兵二十九人を相手に体術のみで応戦する。拳を使い弓兵の武器を破壊、回し蹴りで蹴り落とし、膝蹴りを顎にぶつけ、頭部を掴み骨を砕く、この世で無双状態のアルフィードに勝てる者は数少ない。弓兵を全て突き落とすと、残りの騎士団員を相手に地上へ飛び降り、再度戦いを挑む。
 六聖騎将シャルナも落下した騎士団員を躊躇無く突き抜く。振り回す。弾き飛ばす。
「それでも六聖騎将の騎士団か!」
 シャルナもエリオットを守りながら戦闘を続ける。槍の使い手として見れば流石といえる技量を持つ。六聖騎将に選ばれるだけの事はある。
「弓兵ではこの程度か」
 六聖騎将の一人がつぶやき、さらに言葉を上乗せする。
「情報通りの聖法使いか見極めねばな。ところで、あの小僧は相当の手練れの様だが、聖法を使われては勝率は低いのだろう?」
「王剣さえ抜かせなければ問題ないようです。王剣を盗るか、口さえ閉じれば勝機も見えるでしょう。それに我等全員でかかれば子供といえど勝ち目が無いでしょうね」
 そう語る六聖騎将達。事実、アルフィードは王剣を抜いた時しか聖法を使っていない。しかし残りの騎士団員を無傷で仕留めていた。
「残りは六聖騎将の五人、貴様らだ!」
 怒りに燃えるアルフィードは王剣を抜こうとした時、六聖騎将の一人が矢を放つと同時に一斉に飛び出す。
「剣を抜かせはしない!」
 六聖騎将の四人はアルフィードに刃を向けて斬りかかる。肝心のアルフィードは王剣を抜くと後方へ投げ捨てる。
「この程度の力なら剣は必要ない! エリオット、王剣はお前に預ける」
 そう言い残し、戦いに身を投じた。
 四人の攻撃は今までの騎士団員とは比べ物にならない強さを見せ付ける。短剣の高速突きをアルフィードは交わすも背後からの重量ある大剣が猛威を振るう。脅威と感じたのだろう、すぐさま横に飛び退った。その着地点に矢が送り込まれ、その場から回避するも重槍の突進がアルフィードを襲い、直撃寸前のところで受け流したかに見えたが、隠れ潜んでいた六聖騎将の一人がアルフィードの腹部を鉄拳で殴り、突き飛ばした。
「うぐっ……」
 痛みは感じるようで少量の血を吐き、眉根を寄せる。
 飛ばされたその先に居たのがもう一人の六聖騎将。アルフィードの背後から両手足を取り押さえ、地に叩きつけた。
「王剣無しじゃ、ここまでのようだな」
 王剣アルカロンは生命力を吸収し光となる剣、王剣無しでは我らに敵わないと踏んだ六聖騎将はアルフィードを拘束するが、
「アルテミス、ここはアレを使うぞ」
 その一言に気付いたアルテミスは「やるならど派手にね」と笑顔で承諾した。
「アルフィード様、何を――」
 己の持つ力の限り全力で立ち上がり、後方の六聖騎将一人を仲間の下へ飛ばすと、五人の六聖騎将に手をむける。
「お前ら五人、まだ見ぬ怒りの聖法を味わえ!」
 鋭く鋭利な目つきで周囲の六聖騎将を睨み付けると、手をかざした。
「王剣も持たぬお前に何が出来る! 今すぐ骨を折るぞ!」
ディアスティマ・アンシシ(宇宙に咲く)アステール・ズィナミ(星の力よ、)オマダ・キニギ(集まりて撃ち抜く)カタラクティス(滝となれ)アペレフセロスィ(解放)……トクソティス・ヴェロス!(いて座の矢!)
「あれ、王剣が光ってる……」
 エリオットに預けたアルカロンは光を放ち、輝きを保つ。そして上空に現れた陣がアルフィードの生命力を集め始める。
「なっ、王剣無しでは使えぬはずだろ! どういうことだ!」
 上空から一斉に大地へと光が振り注がれ、六聖騎将の五人は光に包まれた。
「誰が王剣無しでは無能だと?」
 その光はアルフィードの生命力を収束したものだった。その光に包まれた者は生命力を注ぎ込まれ、耐え切れず自壊する。ただしこれは人間に使用した場合であり、ドリュアスに使用した場合は光となる。
 勝利は目前。そして天空に現れた陣、巨大な光の矢が、城外にまで漏れていた。
「な、何事だ!?」
 そこ場に顔を出したのが現国王エルヴァス。王の出現とともにアルフィードは術を止め、王目掛けて指を刺す。
「久しぶりだな、いや、始めましてか。エルヴァス、お前の真実を国民に晒す!」
 その言葉に疑問を示すエルヴァス。アルフィードの存在はクラウディア王国の伝承の中で伝えられている。今も生きている事を知る者はアルテミス含む神々のみであるから無理もない。
「そうか、先ほどの光は聖法か。伝承通りならば王族のみが使えると聞くが、王族にしか使えぬなら、無理にでも子孫を作ればいいと考えた。しかし王族の子孫は小倅ばかりが生まれる。生まれた子供は聖法を扱えない。ならば伝承にある黄金の林檎を食わせれば良い。もしものときも考えて子孫を残すように伝えた。だが王族の血を引く者は黄金の林檎を食す前に苦しみ死んだ。唯一の救いはエリオットが残っていた事。だが報告では王族の血を引く小僧でも失敗したそうではないか。さらにはジノヴィオスに弟、ジルヴァニスが居たとはな。つまり聖法を扱えるのは国王のみで、王位はジルヴァニスに受け継がれ、子孫であるアルフィードが王位を受け継いでいた。ならば納得がいく。これまで奴隷を使っても聖法は使えぬ訳だ」
(よく喋る奴だ。今すぐぶっ潰したいが、それこそエリオットを王に出来なくなる……)
 聖法使いを見つけた事に歓喜を隠しつつも口は動き出す。
「この国や、エリオットの命、補償してやってもよい。お前の肉体の隅々を調べ上げ、聖導兵器の核となってもらう。そう、君はモルモットになるしかないのだよ」
 耳を澄ませば微かに聞こえてる歓声。その声はアルフィードを応援するものではなくエルヴァスを応援するものだった。
「エルヴァス、エルヴァス、エルヴァス、エルヴァス、エルヴァス」
 この状況はあまりにも不利。アルフィードがエルヴァスを討ち取れば、現在の上流階級の国民はアルフィード、エリオット、アルテミス、そしてシャルナを敵と認識するだろう。そうでなくてもエルヴァスはその先の策を練っていないとは限らない。
「やれ、シャルナ・オルバード」
 その一言と共にシャルナは動き出し、槍をアルフィードに向ける。
「お前、裏切るのか!?」
 いきなりの出来事にアルフィードは戸惑いを見せる。味方だと思い込んでいた者が裏切ったのだ。誰しもが疑うこの行為はまさに叛逆。
(だからあれほど淀みなく口達者に巻き舌で駄弁っていたのか)
「な、なんでシャルナが裏切るの!? ボク、信じていたのに!」
 エリオットと過ごした日々、十年以上も共に暮らし、家族のように愛情を注いでいたシャルナ・オルバードが裏切ったのだ。
「嘘だよね? シャルナ、裏切りなんて……」
「アタシは元からエルヴァス陛下の忠実な部下だ!」
 シャルナの言葉を聴いたエリオットは心を抉られるように悲鳴を上げた。
「シャルナ! てめぇは赦さねぇぞ!」
 エリオットの心を踏みにじったシャルナに怒りをぶつけ、争いはさらに激化する。
「アルフィード君、コレ!」
 エリオットに預けた王剣をアルテミスがアルフィードへ投げ、王剣を受け取るなり戦闘態勢に入る。
 剣と槍が交じり合い、激しい金属音が宮廷に響く。剣槍ぶつかり合い、両者の武器が弾かれるもアルフィードは怯むことなく突き進む。
「エリオットの気持ちはどうなる!?」
 シャルナもまた槍を振り回し先鋭をアルフィードに向けた。
「元から捨て駒だ!」
 アルフィードは一歩踏み出し跳躍する。シャルナも槍の持ち手を逆手に変えて迎え撃つ。槍を下限から振り上げ、アルフィードも王剣で受け止める。
「真の王族に忠誠を誓うのが六聖騎将と騎士団だろ!」
 シャルナの槍術は達人の域に達しており、アルフィードの凄まじい剣戟を全て槍の矛先で受け流した。胴体に切りかかるも槍の口金で流し、シャルナの反撃もアルフィードは王剣の剣身で受け流す。
「エルヴァス様の理想の体現こそ、この国を救う救世の道よ!」
 鈍い音を響かせながら相互にぶつかり合う二人の魂。互角に見えるこの戦いだが早々に決着がつくだろう。アルフィードは六聖騎将を上回る力があるとシャルナ本人に焼き付けているのだから。
(そうだ、きっとエルヴァスに騙されているんだ)
「シャルナ……嘘……だよね?」
 エリオットが唯一信じていたシャルナ。彼女の裏切り行為はエリオット自身が今も信じられずにいた。今までの優しさ、愛情が今も存在してほしいと願い、彼女に問う。
「エリオット様は邪魔なんですよ」
 腰に据えたナイフを取り出し、即座にエリオットへ投げつけたが側で見守るアルテミスがナイフを弾き飛ばす。その隙にアルフィードは少し離れ、王剣を強く握り締めた。
「ひぃ! なんで、なんで今まで優しかったのに、なんでこんなことに!?」
 ナイフを投げつけられ、裏切りの確証となり始めたエリオットに更なる追い討ちが圧し掛かる。
「シャルナは元から我が配下だ。聖導兵器の核を見つけた今となっては王族の小僧一人殺したところで釣りが来る。エリオットの家族も皆奴隷として扱い、さらには実験として利用させてもらった。この計画はシャルナ・オルバードの考えなのだよ」
 エルヴァスの言葉に絶望を見出すエリオット。
「我が先祖が手に入れた聖導兵器の設計図。それが全ての始まりだ。百年前に手に入れたとされる設計図、これを我が先祖がジノヴィオス陛下に見せ、聖導兵器の開発を促したが断られたことを。他の六聖騎将はドリュアス殲滅の為、喜んで賛同してくれた。解るかね諸君、ドリュアスに畏怖し、なす術もない今の国民の心を。だからこそ君が聖導兵器の核となってくれれば世界は救われる。千寿の樹を破壊すれば全てが救われる!」
 エルヴァス本人の口から語られたことから鑑みるに、国を思ってのことなのは見て取れる。しかし彼は真実を知らない。その行動が後に毫釐千里となることを。故にこの発言なのだろう。だが千寿の樹を打ち滅ぼせば世界が終わる。これは変わらない
「だからエリオットを殺すのか」
「そうよ。クソの役にも立たず、計画にも支障をきたした。それに比べてアルフィードは計画に必要な要。今すぐ捕らえて道具にしてあげる」
 シャルナの鋭い目つきと歪んだ計画にエリオットは裏切られた事を知るが、アルフィードは既に彼女の声に耳すら傾けず、裏切りの六聖騎将と認識していた。
「てめぇ、狂ってやがる!」
 彼女の言動が怒りを滾らせ、アルフィードの逆鱗に触れてしまう。アルフィードはエリオットの涙ぐむ表情を見ると、せめてもの償いの機会を与えようと拳を強く握り締め、
シラ・キーリア・プシュケー(集合せよ千の魂、)ランブロス・フロマ(鮮に染まり)アナラビ・アラギ(閃と成りて)ピギ・セルモクラスィア(泉を熱せよ)……」
 アルフィードの拳に命の光が集約する。戦闘特化型の聖法は人に有害、このことを知ったシャルナは槍を構えアルフィードの腹部を突き刺すが、
「聖法は使わせない! ここでアンタは――」
キリアデス・エクリクシス!(幾千の爆発!)
 アルフィードの拳はシャルナの顔面に打撃を与え、顔に高火力の爆発を当てられ皮膚が燃焼し、歪み爛れ、爆風に体が飛ばされ宮廷側面の城壁に叩きつけられる。シャルナの顔は化物と見紛う程原型を留めておらず、人として見られるものではなかった。
「エリオットの想いを踏みにじった罰だ。シャルナ、お前だけは生かしておいてやる。お前の最後はエリオットが王になった後に決めてやるよ」
 そう言い残し、アルフィードは現王エルヴァスへ視線を向ける。エルヴァスもまたアルフィードに睨みを利かせる。しかしアルフィードは動じる様子を一切現さない。
「くくく、ははは、流石だな。聖に導かれし者。ストラトス(軍隊)の称号を与えるに相応しい。が、その傷で生き延びることは出来まい。王自ら君の前に立とう。それまでに生きて兵器の核となるか、この場で死ぬか、答えを用意しろ」
 命令口調でアルフィードに伝えるとその場を離れた。
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登場人物紹介

クラウディア王国・王子アルフィード


世界はドリュアスと呼ばれる樹木の使いに脅かされる。

千年前、妹エミリー・クラウディアを救う為、

女神アルテミスと儀式を行ない、不老不死となり、神の力「聖法」を授かった。

この物語はそれから千年の世界での出来事となる。​

女神・アルテミス


人々を見守る十二の神の一柱。

アルフィードに力を与え不老不死にした存在。

全知(ゼウス)の命令でクラウディア王国復興の手助けをする。

エリオット・クラウディア(エリー)


クラウディア王国、真の王族。

百年前、欲望に飲み込まれたログワルド家が内乱を起こし、国は瓦解。

生き延びたクラウディア王家の末裔であり、

数多くの子供達が偽りの王の奴隷として使われている。

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