第7話 王位奪還編

文字数 3,670文字

 城下町は入場した貧困の町とは違い、意外と賑やかで盛んな様子が見て取れる。服飾から食材まで兼ね揃えている。これほどの差に少々吃驚したのかアルフィードは唾を飲み込んだ。
「オレの知らないうちにここまで発達したなぁ。まぁ、百年経てばこうもなるか」
「六つに分かれたうちの一つ、ここはシャルナが管理している区なので比較的不便はないと聞いたことが……」
「あいつが管理ね。確かにここは貧困の無い贅沢な暮らしが出来る区だ。土地や建築物もあの区より大きいな。なら、お言葉に甘えさせてもらおうか」
 二人は城下町を散策しながら服飾専門の店に立ち寄り物色を始める。
「儀礼用あたりが好ましいが、こんな店じゃ売ってないか。エリオット、色は何が好きか?」
 エリオットの好みに合わせて服を選ぶようだが、どうも苦戦中。何しろ自分好みに仕上げるわけではないのだ。
「好きな色、白かな」
 その言葉にピンと来たのか、素早く行動に移る。
「白か、白だな」
 手に取った服はワンピースから民族衣装、幾多もの女性用の服ばかりだった。その一着一着を試着室へ持ち込み、エリオットに繰り返し着せ替える。困惑する表情を浮かべながら、しぶしぶ物申すエリオット。
「あの、ボク男……」
 その一言にハッと我を取り戻すアルフィード。忘れていた様子だがエリオットは男である。エミリーと重ねていたのだろう。遊戯に浸ってエリオットを女装させていた。
「ご、ごめん、男だったな。ハハハ」
 笑って誤魔化し、再びエリオットに似合う白の服を選ぶ。その中でも軽装な服に決めると購入し、エリオットに着替えさせる。
「サイズもピッタリだな。コレならいける」
「そ、そうかな……」
 エリオットは照れ隠しに笑みを浮かべる。その表情をエミリーと比べ、思い出に浸り始める。笑顔が似合う幼き少女。その微笑みはアルフィードの心の支えであった。そして今はエリオットの微笑みが心の支えとなる。
(笑顔はエミリーに似てるな)
「それじゃあ噴水広場へ行こう」
 アルテミスとシャルナの待ち合わせ場所に二人は向かうため、店員に服の値段を聞く。
「お支払いは200ベルグでございます」
「200ベルグ!? さっきの貧困区とは大違いだぞ!」
 驚愕が顔に浮き出る。
「伝えていなかったけれど六区画にはランクがあって、ここの区は稼ぐ金額も高額だってシャルナが言ってた。それにアルフィードが入場した区は最下位だと思う。贅沢な暮らしがしたいならベルグを貯めて検査に合格しないと他の区には行けないとか」
 エリオットの言葉を聴いて一つの疑問が生じた。検査に落ちた者はどうなるのだろうか。その疑問も数刻前のシャルナの言動が頭を過ぎった。
(奴隷の身分……か、なるほどな)
 アルフィードの出した答えは、検査に落ちれば奴隷になり、さらに落ちれば実験体ということなのだろう。その可能性はおそらく高い。
「とりあえず百ベルグ払おう」
 財布から百ベルグを店員に渡すとその店を後にした。
 外の空気を吸いながら辺りを見回す。アルフィードの視界には幸福な家庭、楽しみながら会話を弾む人々、昼間から酒を飲む者、彼らの行動を見て納得したようだ。
「つまり貧困区にとって一ベルグですら貴重なものなのか」
 納得行く形で街中を探索すると背後から跫音を響かせアルフィードに近づく。足音に気付き振り返ると一人の少年が騎士団に追われていた。
「待てや、この貧困奴隷が!」
「この区はテメェのようなクソの足しにもならねぇクズが入っていい場所じゃねぇんだよ!」
 罵声を放ちながら追いかける騎士団の二人は見るからに悪意の塊である。
 この通路は一本道、逃げ続けるには不向きな場所であり、たとえ人質を取ったとしても騎士団は人質ごと切り捨てる可能性が高い。
「どうせ王の首を取るんだ。準備運動でもしておくか」
 アルフィードは少年の下へ駆けるなり、すぐさま少年の手を掴むと、
「エリオット、逃げるぞ!」
 そう伝え、その場から抜け出そうと走り出した。
 左手に見知らぬ少年、右手にエリオットの手を握り、逃げ出す。一本道を駆け抜け、人ごみに紛れながら騎士団の追っ手に右往左往することなく走りぬき、腐りきった烏合の衆から少年を雨過天晴へと導いた。
「あ、有難うございます。おかげで助かりました」
(この子、可愛い……どこかの貴族かな)
 涙ぐみながらも感謝の言葉を伝える紅い髪の少年。見るかぎりエリオットと同年代と思われる相貌。子供であろうと奴隷にしてしまう国の体制に怒りを隠しきれないアルフィードは少年に尋ねる。
「にしても君は何かしでかしたのか?」
 なぜ騎士団員に追われていたのか、それは誰もが気にもなる。身長はアルフィードよりも少し高く、国民から見ればアルフィードより年上と扱われるだろう。
「俺は……この国が嫌いだ。国王は誰も救ってはくれない。それどころか奴隷として今まで扱われていた」
 涙腺から涙を流す少年の感情は今にも弾けそうなほど憤りを露にしていた。
「どういった扱いをされたのか、教えてくれるか?」
 少年はアルフィードを怪しむも救われた事実から信頼とまでは行かないが、信用に足る存在だと核心し、今まで起きたことを伝える。
「貧困区から逃れるために働いていたら、堕天の呪印が俺を蝕み始めたんだ。そしたら騎士団が俺を連れ去って、奴隷の烙印を捺されたんだ。王宮地下で相応の仕事が出来れば救ってやると言われて、言われたとおり働いていた。奴隷にされるのは俺達子供ばかりで、言われたとおりに働けば、皆どこかに消えていった。今の国王はきっと力が無いんだ。だから皆を助けてくれない。俺も助けてくれない」
 厭世観に心を支配された子供は、幼いが故に悲観主義から抜け出せない。希望という概念を失っていれば尚の事。
 奴隷を必要とする理由は伝承にある童という言葉から、子供に苦痛を与えてきたのだろう。そして奴隷に与えられる仕事は聖導兵器の核にする為のモルモットに過ぎない。堕天の呪印を持つ少年も残された時間を有意義に過ごさせるよりは奴隷として扱い、処分するほうが都合はいいのだ。
(聖導兵器はもう完成している? それとも核から作り出すのか? 核から造るとしたら貧困区は実験区という訳か)
「それで逃げ出してきたのか」
 今の国王の正体を知るアルフィードだからこそ、少年の感情を受け入れやすいのだろう。偽りの王の粗暴な正確は赦し難い事だ。
「大丈夫だよ。アルフィードなら助けてくれる」
 エリオットはあの部屋での激痛から解放された。アルフィードの持つその力を感じたからこそ言える一言。そしてアルフィードもエリオットの期待に答えるべく、満面の笑みを浮かべ、双眸は少年を見据える。
「堕天の呪印は消してやる」
 堕天の呪印は薄い生地の奴隷着にうっすらと見えていた。胸元にある呪印に手を翳し、治癒の聖法を解き放つ。
フィリア(愛を)セリシ(気力と)アラギ(化し)メギストス(最大の)サブマ(奇跡を)……・フォス(光の)セラピア(治療)
 堕天の呪印は狙い過たず消滅した。
「あ、有難うございます。なんとお礼を言ったらいいか。この力、王族……でも得る明日は子を作っていなかったはず」
「気にするな。救える命は救ってこそだ」
 礼をしたい少年にそう伝えると、アルフィード達は背を向けその場を立ち去る。
「アルフィード様の隣の方は本当に可愛いな。この方が国王なら安泰したのにな」
 一人の少年はそう呟き、物陰に身を潜めた。
 その頃、アルテミスは王都の外れで誰かと会話をしていた。しかしその場には彼女しか見当たらない。
「なんだい、愛しの娘(アルテミス)、困ったような声色で僕に話しかけるなんて、珍しいね」
 ねっとりとした声がアルテミスに話しかける。
全知(ゼウス)は手を貸さないの?」
「僕は常に観測し、演算し、分析し、理を導く。その結果が今に至るわけだよ。何をいまさら僕に問う必要がある?」
 アルテミスの疑問に全知(ゼウス)は問いで答え、さらに付け加える。
「全知たる僕が手を貸さずとも、少年(アルフィード)が居る限り、この世界は崩れはしないよ。あの子(エリオット)彼女(エミリー)の子孫であることこそ、少年(アルフィード)の力の根源だからさ。だからこそ大切に、そして見守りながら、用意された(ルート)を歩ませればいい。なぁに、心配する事は無い。この先のあらゆる壁も、彼らなら抜けられる。後々、智を貸すときは現れるが、それまで傍観者でいるつもりさ。それじゃあ御機嫌よう。愛しの娘(アルテミス)
 一方的に会話を切られ、ため息混じりに暗い表情を醸し出す。
「全てを知るから見守るだけ、か。解っていた答えだけど、今まで手を貸した事は一度もないんだよね。あきれたなぁ……」
 そう呟きながら、アルテミスはみんなが向かう噴水広場へと足を向ける。
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登場人物紹介

クラウディア王国・王子アルフィード


世界はドリュアスと呼ばれる樹木の使いに脅かされる。

千年前、妹エミリー・クラウディアを救う為、

女神アルテミスと儀式を行ない、不老不死となり、神の力「聖法」を授かった。

この物語はそれから千年の世界での出来事となる。​

女神・アルテミス


人々を見守る十二の神の一柱。

アルフィードに力を与え不老不死にした存在。

全知(ゼウス)の命令でクラウディア王国復興の手助けをする。

エリオット・クラウディア(エリー)


クラウディア王国、真の王族。

百年前、欲望に飲み込まれたログワルド家が内乱を起こし、国は瓦解。

生き延びたクラウディア王家の末裔であり、

数多くの子供達が偽りの王の奴隷として使われている。

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