第1話 王位奪還編
文字数 2,743文字
ストラトス・トゥ・イストリア
序章
「全知 は語る、世界の終末と生誕の鼓動を。
クラウディア王国の王子にして神の力を受けた少年 。
しかし歴史は叛逆者によって壊され、少年は希望を失った。
偽りの王族が支配するクラウディア王国はいずれ崩壊する。彼らのやり方は順行から外れ逆行する、無知さ極まりない愚かな行為だ。
全知 は国が滅びる様を是として見届けるほど無粋じゃないさ。あの国が消えるのは全知 としても困る。だからこそ全知 は少年 を導こう。
望む未来に、辿き着くように」
この世界は千寿の樹を中心に動いている。千寿の樹は常に生物の命を欲しており、樹木の精霊ドリュアスを産み、従わせている。ドリュアスが狙う生物には堕天の呪印と呼ばれる白い痣が現れ、黒く変色するとドリュアスが現れ命を食らう。ドリュアスが現れた時を境に世界共通紀元「寿暦」が誕生した。
ドリュアスは世界各地に出現し、生物を襲う。カルビア大陸を治める科学に長けたスリージア連合国、リベルト大陸を支配する皇帝率いるヴァレスト帝国もドリュアスを相手に手一杯。ここメルナ大陸もまた他国と同様。
この世界には天界エリュシオンに住む十二の神々が人々のために黄金の林檎を生成し、神に等しい力を与えると言い伝えられている。神の力を持つ者は各大陸に数える程度しか確認されておらず、ドリュアスに唯一対抗できる力でもある。その番人ドリュアスが存在する限り他国同士の争いも起きる事は無い。
それから烏兎怱怱と千年の月日が流れ、寿暦3000年現在。
大地に根付きし千寿の樹。天より千寿の番人ドリュアス来たりて、生く者命千を捧ぐ時、世界は均衡を保つ。千寿の命枯れ果てし時、かの地は終を迎えん。然はあれど久遠の泉の実り見つく童に大地はささめかなるあらましも叶ふ永久の力を与えん。
これはメルナ大陸の半数を占めるクラウディア王国に伝わる伝承。その伝承は寿暦2000年、クラウディア王家の王子が久遠の泉を発見し、己の人生と引き換えに神と等しい力を与える黄金に輝く林檎を得た史実が基である。
クラウディア王国の王都クリムレスタに聳え立つ城、その一室・謁見の間にエルヴァス国王とその部下が立会い、秘め事を話していた。
「シャルナ・オルバード、お前の奴隷を使わざるを得なくなった。この意味が解るな」
「アタシの奴隷を、ですか。はい、エルヴァス陛下、いつでも実行できるよう準備は万全であります」
(今まで大切に、我が子のように育ててきたあの子を使うときが来たのか)
「結果は成功しか聞かん。失敗は貴様の首を晒すことと思え」
「承知!」
シャルナ・オルバード、六聖騎将の称号を得たクラウディア王国最強騎士。その騎士に命令を下すのはエルヴァス・クラウディアを名乗る国王が気に入る忠実な部下の一人である。
国王との会話を終えた翌日の早朝、暁が上り始める頃にシャルナは一人の奴隷と会話っをしていた。
「エリー様、今この国にはドリュアスの襲撃を防ぐ手立てがありません。そして早朝、国王自らあなたを使うようにと命令が下りました」
声をかけるのは六聖騎将シャルナ・オルバード。クラウディア王家に仕える騎士だ。しかし最高位の騎士の筈だか、今居る場所は質素な暮らしを思わせる狭い一軒家、とても六聖騎将の地位を持つ者が住まう場所ではない。そんな家に一人の子供と居住していた。
「シャルナ、ボクは本当に救世主になれるの?」
エリーは首を傾げてシャルナに問う。これから向かう場所は伝承の地・久遠の泉、永久の力を授かったとされる場所。
永久の力とは聖法と呼ばれる神の力。聖法は堕天の呪印を打ち消し、ドリュアスを祓う。クラウディア王国では王族のみが力を使えると信じられてきた。しかしここ100年の間、クラウディア王家は力を使う際に相手を選別している。それは力を持つ者がいない事実と、偽りの王族を隠すため。
「今まで、エリー様を隠し続けるのに精一杯でした。ですが真の王族であるあなたなら、伝承通りの力が得られます。王位を取り戻すチャンスは今しかないのですよ」
「でも、ボクが力を得ても国民は……」
「今は奴隷の身分です。今まで幾人もの奴隷を使ってきましたがどれも失敗。ですがあなたが力を手に入れれば、自ずと国民もあなたを王と認めてくれます。何せ王家のみが使える力ですから」
このクラウディア王国で国王に逆らう者は女、子供構わず捕らえられ、身分を剥奪された挙句、国王の隷属として琴途切れるまで国の為に一生を費やす。そして使い物にならなくなれば、人体実験として扱われ黄金の林檎を食わされ一生を終える。
「エリー様なら無事出来ます。今までは王家とかかわりを持たない者達でしたが、エリー様には王家の血が流れています。必ず成功しますよ」
彼女の言葉にエリーは自信を保ち、首を立てに振るう。エリーは正統なクラウディア王家であり、訳あって百年前の内乱で王位を簒奪された王族の子孫。
「失敗する可能性もございません、国の為、民の為、犠牲に……なってくれますか?」
エリーは逡巡の念を踏まえるもシャルナはお構い無しに言葉を放つ。
「国民がドリュアスに恐怖を抱いております。アタシが身代わりになれるなら代わりたい。けれど出来ないのです。そして国民はエリー様にしか救えないのです。国民の為に……もし失敗するようでしたらアタシが共に!」
共に死ぬという言葉を踏まえたうえでシャルナはエリーに再び問う。
「エリー様、ご決断を」
(今まで失敗してきたんだ。ボクでも失敗するに決まってる。それにこれって人体実験……成功してもボクはモルモット。でも国民を救うのに力が必要それにシャルナはいつも優しくしてくれてる。シャルナの為にボクは――)
シャルナはエリーに対して唇を反することは一度も無い。それだけ愛情を注いだのだろう、彼女の瞳に曇りがあり、エリーを久遠の泉に向かわせたくないのが見て取れるようだ。
「解った。ボク、がんばってみるよ」
その時シャルナの唇は尖るもエリーの判断に覚悟を決したのか、「死ぬときは一緒ですよ」と約束を交わしあった。
(ボクはシャルナの為にこの命を賭ける)
「とりあえず、まずは朝食をとりましょう。何が食べたいですか?」
住まいこそ貧しく思えるが、シャルナの地位がエリーを家給人足に満たしている。この時間こそがエリーにとって円満具足な時なのだろう。
「シャルナの作るシーチキンサンドが食べたい」
「かしこまりました」
二人は朝食を楽しく食べる。その姿は確執のない確かな幸福を描いた家族だった。
序章
「
クラウディア王国の王子にして神の力を受けた
しかし歴史は叛逆者によって壊され、少年は希望を失った。
偽りの王族が支配するクラウディア王国はいずれ崩壊する。彼らのやり方は順行から外れ逆行する、無知さ極まりない愚かな行為だ。
望む未来に、辿き着くように」
この世界は千寿の樹を中心に動いている。千寿の樹は常に生物の命を欲しており、樹木の精霊ドリュアスを産み、従わせている。ドリュアスが狙う生物には堕天の呪印と呼ばれる白い痣が現れ、黒く変色するとドリュアスが現れ命を食らう。ドリュアスが現れた時を境に世界共通紀元「寿暦」が誕生した。
ドリュアスは世界各地に出現し、生物を襲う。カルビア大陸を治める科学に長けたスリージア連合国、リベルト大陸を支配する皇帝率いるヴァレスト帝国もドリュアスを相手に手一杯。ここメルナ大陸もまた他国と同様。
この世界には天界エリュシオンに住む十二の神々が人々のために黄金の林檎を生成し、神に等しい力を与えると言い伝えられている。神の力を持つ者は各大陸に数える程度しか確認されておらず、ドリュアスに唯一対抗できる力でもある。その番人ドリュアスが存在する限り他国同士の争いも起きる事は無い。
それから烏兎怱怱と千年の月日が流れ、寿暦3000年現在。
大地に根付きし千寿の樹。天より千寿の番人ドリュアス来たりて、生く者命千を捧ぐ時、世界は均衡を保つ。千寿の命枯れ果てし時、かの地は終を迎えん。然はあれど久遠の泉の実り見つく童に大地はささめかなるあらましも叶ふ永久の力を与えん。
これはメルナ大陸の半数を占めるクラウディア王国に伝わる伝承。その伝承は寿暦2000年、クラウディア王家の王子が久遠の泉を発見し、己の人生と引き換えに神と等しい力を与える黄金に輝く林檎を得た史実が基である。
クラウディア王国の王都クリムレスタに聳え立つ城、その一室・謁見の間にエルヴァス国王とその部下が立会い、秘め事を話していた。
「シャルナ・オルバード、お前の奴隷を使わざるを得なくなった。この意味が解るな」
「アタシの奴隷を、ですか。はい、エルヴァス陛下、いつでも実行できるよう準備は万全であります」
(今まで大切に、我が子のように育ててきたあの子を使うときが来たのか)
「結果は成功しか聞かん。失敗は貴様の首を晒すことと思え」
「承知!」
シャルナ・オルバード、六聖騎将の称号を得たクラウディア王国最強騎士。その騎士に命令を下すのはエルヴァス・クラウディアを名乗る国王が気に入る忠実な部下の一人である。
国王との会話を終えた翌日の早朝、暁が上り始める頃にシャルナは一人の奴隷と会話っをしていた。
「エリー様、今この国にはドリュアスの襲撃を防ぐ手立てがありません。そして早朝、国王自らあなたを使うようにと命令が下りました」
声をかけるのは六聖騎将シャルナ・オルバード。クラウディア王家に仕える騎士だ。しかし最高位の騎士の筈だか、今居る場所は質素な暮らしを思わせる狭い一軒家、とても六聖騎将の地位を持つ者が住まう場所ではない。そんな家に一人の子供と居住していた。
「シャルナ、ボクは本当に救世主になれるの?」
エリーは首を傾げてシャルナに問う。これから向かう場所は伝承の地・久遠の泉、永久の力を授かったとされる場所。
永久の力とは聖法と呼ばれる神の力。聖法は堕天の呪印を打ち消し、ドリュアスを祓う。クラウディア王国では王族のみが力を使えると信じられてきた。しかしここ100年の間、クラウディア王家は力を使う際に相手を選別している。それは力を持つ者がいない事実と、偽りの王族を隠すため。
「今まで、エリー様を隠し続けるのに精一杯でした。ですが真の王族であるあなたなら、伝承通りの力が得られます。王位を取り戻すチャンスは今しかないのですよ」
「でも、ボクが力を得ても国民は……」
「今は奴隷の身分です。今まで幾人もの奴隷を使ってきましたがどれも失敗。ですがあなたが力を手に入れれば、自ずと国民もあなたを王と認めてくれます。何せ王家のみが使える力ですから」
このクラウディア王国で国王に逆らう者は女、子供構わず捕らえられ、身分を剥奪された挙句、国王の隷属として琴途切れるまで国の為に一生を費やす。そして使い物にならなくなれば、人体実験として扱われ黄金の林檎を食わされ一生を終える。
「エリー様なら無事出来ます。今までは王家とかかわりを持たない者達でしたが、エリー様には王家の血が流れています。必ず成功しますよ」
彼女の言葉にエリーは自信を保ち、首を立てに振るう。エリーは正統なクラウディア王家であり、訳あって百年前の内乱で王位を簒奪された王族の子孫。
「失敗する可能性もございません、国の為、民の為、犠牲に……なってくれますか?」
エリーは逡巡の念を踏まえるもシャルナはお構い無しに言葉を放つ。
「国民がドリュアスに恐怖を抱いております。アタシが身代わりになれるなら代わりたい。けれど出来ないのです。そして国民はエリー様にしか救えないのです。国民の為に……もし失敗するようでしたらアタシが共に!」
共に死ぬという言葉を踏まえたうえでシャルナはエリーに再び問う。
「エリー様、ご決断を」
(今まで失敗してきたんだ。ボクでも失敗するに決まってる。それにこれって人体実験……成功してもボクはモルモット。でも国民を救うのに力が必要それにシャルナはいつも優しくしてくれてる。シャルナの為にボクは――)
シャルナはエリーに対して唇を反することは一度も無い。それだけ愛情を注いだのだろう、彼女の瞳に曇りがあり、エリーを久遠の泉に向かわせたくないのが見て取れるようだ。
「解った。ボク、がんばってみるよ」
その時シャルナの唇は尖るもエリーの判断に覚悟を決したのか、「死ぬときは一緒ですよ」と約束を交わしあった。
(ボクはシャルナの為にこの命を賭ける)
「とりあえず、まずは朝食をとりましょう。何が食べたいですか?」
住まいこそ貧しく思えるが、シャルナの地位がエリーを家給人足に満たしている。この時間こそがエリーにとって円満具足な時なのだろう。
「シャルナの作るシーチキンサンドが食べたい」
「かしこまりました」
二人は朝食を楽しく食べる。その姿は確執のない確かな幸福を描いた家族だった。