第16話 新生騎将編

文字数 2,422文字



 夕暮れをとうに過ぎた夜十時、アルフィードとエリオットは今日の疲れを癒す為、王族以外立入禁止という看板を置き、王宮大浴場の湯船に浸かっていた。
「汗をかいた後は風呂に限る」
 湯に浸かりながら天上を見上げるアルフィード。
「お疲れ様。今日は大変だったね」
 エリオットの一声に「あぁ、そうだな」と言葉を返し、さらに付け加える。
「何の収穫も得られなかった訳じゃない。むしろ良い結果が生まれたんだ」
「六聖騎将もまだ一人しかいないよね……」
 六聖騎将は過去一度たりとも欠けた事がない。それは王に忠誠を誓う者から選出していたからである。しかし此度の件で六人全てを失い、国王エリオットを守れる者はアルフィードと新たに加わった六聖騎将レオスのみ。
「五人集めるより、強さと忠義に長けたレオス一人の方が安心できると思うぞ。まぁ、性格は――少々難有りだが侍従としてなら十分だろ。後はエリオット次第だ」
 少年レオスは従者として見れば十分すぎるが、全てはエリオットの行動にかかっている。内乱を起こした六聖騎将達も国を思っての行動なのだろう。その行動が後に歪みを生み出すとは知らずに真の王を偽りの忠誠で誤魔化し、ログワルド一族の手駒にされた愚かな者達。ならば新しき六聖騎将の少年と国王エリオットが供に生き、供に過ごし、供に導く事で「信頼」という強固な関係を築き、裏切りを無くす道を進むのだろう。
「そうだね。ボクもレオスのことを知っておかないと――友達なんていままで作った事ないし、上手くやっていけるかな。嫌われたりしないかな……」
「どんな事があっても、支えあえば良い」
 不安そうな顔を向けるエリオットに慰めと、彼なりの答えを差し伸べた。それは生きた先祖として、又従兄弟として、一つの可能性を示したに過ぎない。深い繋がりほど壊れる事はないのだから。
「そこまで言うならレオスも一緒に入れば良かったのに」
 一つの不満を打ち明けるエリオット。友情を築くなら今この場で語り合い、笑い、泣き、喜怒哀楽を分かち合うべきとアルフィードに伝えるが、
「こんな姿、誰にも見せられないからな」
 アルフィードは人であって人であらず。胸にある琥珀色の大きな種がその証拠。この姿を一人でも見てしまえば人の持つ探究心は治まりを知らず、いずれ秘密に辿り着く。危惧すべきは神の骨の存在、黄金の林檎の効果、この二つを知られる事。知れば王族でなくとも使える事に気付き、人は誰しも得ようとする。事実、聖髄を持つ神の骨を移植すれば手に入るのだから。しかし、神前で儀式を執り行い適合した者だけが得られるが、不適合者は死の道を行く。そうなれば怒りの矛先はアルフィードに向けられるだろう。
 だが二人の休息も虚しく扉がガラガラと開き、その音が大浴場に響いた。アルフィードは驚き、湯船から立ち上がる。王族以外入浴禁止の大浴場だが、そこに現れたのは少年レオス。
 レオスは右手にワインボトルを持ち、動きも所疎らにふらつきを見せる。
「なんでここにレオスが!? っていうかあれ、酒だよな……まさか酔ってるのか!?」
 千鳥足で湯船に向かう酩酊状態のレオスだが、言葉だけは話せるようで、
「ふたりともじゅりゅい、いちゅもいちゅもふちゃりだけひひちゅのはなじをして~」
 ワインを少量飲んだらしい。残されたワインは湯船にこぼされ湯が赤く染まる。
「酒に酔ってるなら、ある意味都合がいいぞ」
「都合って……」
 アルフィードの思考が読めず、眉を潜める。出会って一ヶ月程度だが兄弟のような仲の二人。しかし如何せん裏切りのシャルナと比べれば、過ごした時間が短いのだから致し方ない。
「あれは多分アルテミスが飲ませたんだろ。秘密がバレなくて済む。レオスが……いや、騎士が王を守らず酒に手をつけるのは――そもそもレオスって子供だよな」
 レオスの年齢こそ確認してはいない。だが見た目でエリオットと同年くらいだろうと判断していた。
「うん、多分ボクと同じくらいだと思う」
「仕方ないなぁ……」
 酔いを醒まさせるために近づき――
「おれもまじぇてくだしゃぃよぅ」
 レオスもまたアルフィードに接近する為に湯船に足を入れる。
「ちょっと待て! それ以上入ったら――」
 レオスに向かって走り出す。が、
「おれだってろきゅ――」
 先に倒れたのはレオスだった。酔いがあまりにも酷く、足場ですべり、アルフィードを押し倒し、
「ちょ、レオ――」
「うぉげ~、うゔぉ~」
 口から吐瀉物をアルフィードの顔面にぶちかけてしまった。その汚さと臭さに、アルフィードは湯に沈む。
「あ、アルフィード、大丈夫!?」
 吐瀉物は湯で洗い流され、湯の中に潜む中、エリオットの声を頼りに起き上がるアルフィード。
「オレは大丈夫だよ。これくらいで倒れるわけがないだろ。まったく、これはアルテミスの仕業だろ」
(神様なのにいたずら好きなんだね)
 つぶれそうなレオスを連れて大浴場から抜け出すと、床に寝かせ、着替え始める。
「レオスは大丈夫なの?」
 多少の心配を胸に抱くエリオット。王の自覚こそまだ無いようだが、王家の血を引く限り王として目覚しくなるであろう。
「酔い潰れてるけど飲んだ量が少しだったおかげで、このまま寝かせれば大丈夫だろ」
 介抱し始めるもレオスは目を覚まし、二人を目にした瞬間、飛び上がりその場を離れる。
「す、すみませんでした! 陛下と殿下にご迷惑をおかけしてしまい、どう詫びればいいか」
「今回の処罰は――どうしようかな」
 エリオットの指先を自ら額に向け、思考を廻らせる。その姿を目にしたレオスは己の犯した罪に焦りを見せる。
 焦燥、緊迫、迫り来る失意の波、絶望が入り混じる脱衣所の悲劇。起こした罪は厳罰に値する。王の命令は絶対であり、回避不可である。が、事の発端を理解しているエリオットは許しを与えたようだ。
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登場人物紹介

クラウディア王国・王子アルフィード


世界はドリュアスと呼ばれる樹木の使いに脅かされる。

千年前、妹エミリー・クラウディアを救う為、

女神アルテミスと儀式を行ない、不老不死となり、神の力「聖法」を授かった。

この物語はそれから千年の世界での出来事となる。​

女神・アルテミス


人々を見守る十二の神の一柱。

アルフィードに力を与え不老不死にした存在。

全知(ゼウス)の命令でクラウディア王国復興の手助けをする。

エリオット・クラウディア(エリー)


クラウディア王国、真の王族。

百年前、欲望に飲み込まれたログワルド家が内乱を起こし、国は瓦解。

生き延びたクラウディア王家の末裔であり、

数多くの子供達が偽りの王の奴隷として使われている。

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