第11話 新生騎将編

文字数 3,323文字

「エリオットに伝えなきゃいけないことがある」
 エリオットの顔をまじまじと見つめ、口を開く。
「伝えたいことって……」
 国王となったエリオットもアルフィードには逆らえず彼の瞳に視線を向ける。
「まず、明日の事だが騎士団員の選抜を行なう。今はオレがいるから安心だが、オレの留守中にドリュアスやそれ以上の者が襲ってきたら、エリオットを守る者がいない隙をついて、叛逆が起こるかもしれないからな」
 元々、アルフィードはドリュアスを退くために存在する。そのため使命を放棄するわけにもいかないのだ。
「それともう一つ。聖法についてだが、王族や国王でも使えない。使うにはある儀式を行なう必要があるんだ」
「儀式ってどのような……?」
 黄金の林檎を食べたくらいで得られる力ではない事はエリオットも実体験で理解していた。ならばどのようにして得たのか、誰もが知りたい事。
「それについては私が話すね」
 エリオットの疑問に答えるべく、女神アルテミスが語りだす。
「生命力を用いる聖法は、祭壇で神の骨から取れる聖髄を脊髄に注入し、聖髄から侵蝕される神の神経と人の神経を融合させ、七日七晩の苦痛に耐えた者を神格化させるの。だけど神格化しても人と神の混合種。だから神の力、聖法に変換する生命力は人並みしかなくて無限ではない。だから黄金の林檎を食すことで肉体は不死となり、生命力は無限に湧き続ける」
 語り終えたアルテミスはアルフィードの背後に廻り、彼の服を捲し上げる。
「ちょっ、アルテミス何してんだ!?」
「ちょっとだまってなさい!」
 問答の暇も与えずアルフィードの口を閉ざさせる。当のアルフィードはと言うと、肌を露出させられ頬を赤らめた。
 一月前、六聖騎将を相手に遅れを取らなかったのは剣術の研鑽とそれに見合った肉体が物語っていた。だが人とは違う部分が見受けられる。
 胸の中心、琥珀色に輝くものが目立つ。それを目にしたエリオットはアルフィードが人ではないことを直感した。
「黄金の林檎を食べられるのは神格化した者のみ。そしてここ、胸にあるものが黄金の林檎の種。これがある限り生命力は失われない。でも儀式を行なっていないエリオット君は肉体が耐え切れないんだよ。そして――」
 おもむろに骨を取り出すと、
「これが神の骨」
 掌に乗せた脊椎の一つを見せる。一見普通の骨だが、聖髄と呼ばれる部分が煌きを放つ。女神の言葉だからこそ人は信じざるを得ない状況と言えよう。
「私を含む十二の神の骨であり、認められないと儀式は執り行えないから次からは黄金の林檎を食べないようにね」
 忠告を含んだ説明を飲み込んだエリオットは頷き、聖髄の入った骨と、アルフィードの胸に埋め込まれた琥珀色に輝く林檎の種をまじまじと見つめる。アルテミスの会話から一月前を思い出し、
「ボクも食べたけど、あの時はどうなるかと思ったよ。でもどうして助かったの?」
 肉体が怪物化していく様は神が与える力とは対を為す、悪魔に見える異質の存在といえるだろう。だが儀式を済ませていなかったが為の結果に過ぎない。次に、なぜ自分が救われたのかの問いにアルテミスは、
「王剣は鍛冶の神、ヘパイストスが作り出した武器。だから種も壊せて、壊れさえすれば力は削がれて人に戻れるから」
 その答えに、そうなのかと納得したところでアルフィードが、
「話が長い!」
 二人の会話に割って入れなかった事に嫌気が差したのか、話を中断させた。
「あぁ、仲間はずれにしちゃってたね。ごめん」
 事細かく説明し終えたアルテミスは捲し上げた服を手放し、アルフィードは着衣を調える。
「でもそんな秘密、ここで言ってもいいの? 他に聞かれたら大変なことになると思うけど」
 エリオットから常識的な質問だがアルフィードも愚かではない。
「謁見の間の広さでわかると思うけど、この程度の声の大きさで洩れる心配はないさ。聞かれたとしてもアルテミスから聖髄を分けてもらう方が難しい。だからこの場で話したんだ」
 この会話でいくつかの疑問も生まれるだろう。エリオットは再び問いを向ける。
「不老不死ってことは、アルフィードって何歳?」
 素朴且つ日常的によくある質問だった。これに対しアルフィードは、
「13の時にこの体になって千年経つから1013歳か」
 千年以上も生きるアルフィードに真偽を問わないエリオット。だが真実であるという証拠がエリオットの目にしかと映っていたから問われることもなかったのだろう。あの戦いで致死量の出血、刺し傷を負っても尚生きている。傷の再生するところも全て現実ではありえないのだから。
「1013歳!? ご年配とは知らずに――」
 年齢を知ると途端に礼儀正しく振舞い始めたが、
「気にするな。見た目は子供、歳も取らない。それに又従兄弟と周りに伝えてあるし、いつも通りに接してくれればいい」
「うん……アルフィードが言うならそうするよ。でもどうして千年も続けてるの?」
 質問が多いなと思いつつも、アルフィードは口を開く。
「それは千年前、オレにも妹が居た。エミリー・クラウディアという名で、姫だった。でも堕天の呪印がエミリーを蝕んだ。千年前は薬もなければ医者もいない。堕天の呪印は死の宣告とまで呼ばれていたからな。だからオレは捜し求めた。助ける術を、せめて身代わりになれる方法を」
 エリオットは真剣な面持ちで話を聞いていた。
「その行く先で出会ったのがアルテミス。最初は神の存在なんて御伽噺程度だと思っていたから信じていなかったよ。でも力を見せられたら嫌でも信じてしまうものだろ。そして儀式を行ない、力を手に入れたオレは聖法を使い、エミリーを助ける事に成功した。その後、オレは王位継承をエミリーに譲り、そして約束した。家族を……子孫を守り抜くと」
「ボクなら絶対千年も続けられない。アルフィードは凄いよ。ボクの今までの人生よりもっとずっと凄い」
 妹との約束を果たすために、千の時を生き、千の時を過ごし、千の時を戦い抜いている。この凄惨且つ悲壮な人生を知れば、この百年の不在を誰が咎めるものか。
「そのエミリーに似ていたのがエリオット。だから確かめ、助け、そして今がある」
「ボクとそこまで似てるんだ。一度見てみたかったな」
 見ることの叶わぬ過去の話を語り終えたアルフィードは心の奥に思い出を置くと、ふぅ……と息をつく。
「ごめんな、昔話に附き合せて。でも王の座に就いた者には教えていたから、聞いてほしかったんだ」
「ううん。千年前から代々王様が聞いてきた、この国の過去の事。それを少しでも知れて良かったよ。何だか感動しちゃった」
 アルフィードの事を思ってか気遣って見せる。エリオットにしては上出来すぎる気配りに気付き、この会話に意味があったと核心した。
「後は国王からに与えられるストラトスの称号だが、六聖騎将並に強く、ドリュアス相手に戦えるだけの実力を持つ者に与えられる称号なんだ」
「それって……アルフィード以外でドリュアスを倒せるってこと?」
 戦える。という言葉に反応を示したエリオット。初耳なのだろう、驚愕の表情が伺える。しかしそこでもアルテミスが割って入り込む。
「戦えると言っただけで倒せるとまでは行かないね。ドリュアスは千寿の樹の番人、つまり樹木だからある程度の鍛錬を積めば戦えるようになるよ。あの六聖騎将程度じゃ無理だけどね」
 その昔、アルフィードと共に戦い、武勲を挙げたものが内乱の起きる前には居たのだろう。しかし時代は常に先を行く。新たな武器が生まれれば、それに頼るのが人間の弱き心。故に剣技の磨きを止めた人間で埋め尽くされたこの国に、いまやストラトスの称号を得られる者はアルフィード以外居るのだろうか。
「だからこそ明日の騎士団の再編成と選抜を行ない、見極める。実力のある人物にめぐり合えると良いけどな」
 唯一つ解る事は、アルフィードがこの国に対する希望を失ってはいない事だ。
「ボクを守る騎士の選抜……実力ある人は来るのかな」
「来ないという決め付けはまだ早いからな。全ては明日だ」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

クラウディア王国・王子アルフィード


世界はドリュアスと呼ばれる樹木の使いに脅かされる。

千年前、妹エミリー・クラウディアを救う為、

女神アルテミスと儀式を行ない、不老不死となり、神の力「聖法」を授かった。

この物語はそれから千年の世界での出来事となる。​

女神・アルテミス


人々を見守る十二の神の一柱。

アルフィードに力を与え不老不死にした存在。

全知(ゼウス)の命令でクラウディア王国復興の手助けをする。

エリオット・クラウディア(エリー)


クラウディア王国、真の王族。

百年前、欲望に飲み込まれたログワルド家が内乱を起こし、国は瓦解。

生き延びたクラウディア王家の末裔であり、

数多くの子供達が偽りの王の奴隷として使われている。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み