第4話 王位奪還編

文字数 3,662文字



 王都クリムレスタは城を中核とし、城下町を六区画に分けた大都市。一つの区につき一人の聖騎将が守護を任されており、六人の聖騎将が存在する。故に六聖騎将と呼ばれる。シャルナ・オルバードはその中の一人である。
「久々に王都へ帰ってきたな。百年ぶりか」
 百年の時を経ても、何も変わらぬ光景に懐かしさと切なさを感慨深くとらえるアルフィード。歩を進めるにつれて人の声が耳に入る。声のする方へ耳を欹てると、
「王都に御用のある方は通行証を。通行証が無い方は一万ベルグを王都に寄付して頂きたい。出来ない方は裏口の審査にて合格を受けた者のみ入都できます」
 外聞悪い門番であった。その昔は粛然としていたため国の有様が変貌したのがよくわかる。
 一万ベルグ稼ぐのにも相当な商売上手か詐欺師でなければ安々と出せる金額ではない。ここに訪れる人々の中で通過できるのは大半そういった連中なのだろう。
 十万ベルグあれば王都クリムレスタで土地が買える金額だ。王都クリムレスタに住む住人は一月で数千ベルグは稼げるが、王都外であれば節約しなければ王都へ入る事もできない。王都内部では一部を除いてそれほど貧しくはない。
「百年前はこんな税金取りはしなかったのに、偽りの王が変えたのか。全くくだらないな」
「ところでアルフィード君は今も通れるの?」
 ため息交じりで愚痴を漏らすアルフィードに疑問を提示するアルテミス。元王族の身である彼が通過できぬ訳がないと踏んだのだろう。
「王族の証はあるけれど、国王が偽者だから無理だろうな。あと通行証も百年前はなかったし、一万ベルグ払うか……もしくはそのまま――」
「入国する人達、皆通行証持ってないみたいだよ。裏口審査もあるけど、私達はそのまま行こう」
 裏口に回されるのは大抵身だしなみが貧相な国民ばかりだった。王都に住めれば裕福な暮らしが約束されるという噂もあるのかもしれない。
「……アルテミスはどうやって王都に忍び込んだんだ?」
 事の発端はアルテミスの「エリー」という言葉からだった。現状、一万ベルグを持ち合わせていなく、通行証も持たないアルテミスはどのような手段を用いて情報を得たのか。
 不思議そうにアルテミスの表情を伺うアルフィード。
「この百年間何もしていないと思っているなら心外だなぁ。アルフィード君が呆けている間も百万ベルグ稼いでたんだよ」
「そ、そうか、ありがとう……」
 笑顔ではあるが、その表情から身の毛もよだつオーラを感じ取った。おそらくはとてつもない戦略で人を騙したのであろう。アルフィードは後ずさりしながらも感謝の言葉を述べ、門前で列に加わった。
「とりあえず、通行料払って通過するか」
 二人は門番に二人分の二万ベルグを払い、王都内部の侵入に成功した。
「こうもあっさりと通れるなんて、アルテミス様様だったな」
「もっと感謝してもいいんだよ?」
「感謝するのは全て取り戻した後だ」
 アルテミスへ一言告げると歩き出す。
 王都内を探索するが、露天商が並ぶ城下町は賑わいを無くすほど閑散としていた。六区に分かれる城下町のうちの六番街は売り物も型崩れな品物ばかりが並んでいる。値段は三ベルグだが、この地区にとってはそれでも高いのだろう。誰も目をつけることは無かった。それに比べて食品を扱う露天商は収益を上げている。
「ここの区は貧困の住民しかいないのか」
 薄汚れた城下町を踏み進めると、アルフィードの視線が一人の男に傾く。その男は城下町の露店で働いていた。
(この男、見覚えがあるな)
「確か……」
 記憶の奥底から探し出す。見覚えのある男の正体は、
「貴族だったはず。位は最高位の公爵だったかな。名は――ラック・キャビアス」
「そ、それは曽祖父の名……私はラック・キャビアスの子孫、レイバルト・キャビアスといいます。なぜ曽祖父の名を君が」
「公爵なら、何か知ってるかもしれないよ? 聞いてみよう」
「そうだな、王都も変わってしまったみたいだし。それにキャビアス卿がこんな城下町に居る事も気になる」
 爵位ある者ならば、城下町での労働は無いのがこの国の常識。しかしながら何故此処にと思い、アルフィードは「曽祖父になにがあった?」と問いてみた。
「国王に逆らったばかりに、我がキャビアス家は爵位を剥奪され、曽祖父も連れ去られてしまったと聞きます。そして我が子レオスもドリュアスの堕天の呪印を受け、先週から騎士団に捕まってしまいました。それからのことは何も知らされておりません。知ることすら許されないのです。ところでキャビアスの名を知るあなたは?」
 彼の問いに見合う回答が見つからず名乗ることを諦めたアルフィードはアルテミスに視線を向けると彼女は直ぐにサポートを行なった。
「昔のことですが祖父がお世話になったので、そのお礼をしようと参りました」
 キャビアスは納得した様子を見せて安堵の息を吐くと、
「国王に逆らわないほうが身の為ですよ。言葉一つで殺されかねないので」
 と助言めいた言葉をアルフィード達に伝えた。
「有難う、肝に銘じておきます」
(助かったよアルテミス)
(あまり世話焼かせないでね)
「ところで、ここに六聖騎将シャルナは通ったか?」
「シャルナ・オルバード様を呼び捨て!? いえ、確かに通りましたが、これ以上の冒涜は周りが」
 周囲がアルフィード達に視線を鋭く光らせるも二人は動じず会話に集中する。
「かまわん。どっちに向かった?」
 二人の強い眼光が元貴族の子孫に拍車を掛け、シャルナ・オルバードの居場所を聞き出す。
(待ってろよ、全ての真相を突き止めて、助けてやるからな)
 シャルナ・オルバードは部下を従えて城下町にある地下通路へ進路を取ったという情報をレイバルト・キャビアスから入手。その通路を辿り、暗闇の地下通路を突き進む。
「この先、何があるんだろうね」
 アルテミスの素朴でシンプルな疑問にアルフィードは答える。
「この道は王宮地下に繋がる一本道、その先にあるのが嘗て拷問部屋と呼ばれた場所。そこにエリーが居るはずだ」
 通路は仄暗いものの、周囲には間隔をあけて付けられた燭台が蝋燭を灯らせる。この光が幸いにも視界を遮るには到らなかった。
「蝋燭があるということは正解か。蝋燭はほとんど溶けてはいないし、この通路で間違いない」
 確信を得たアルフィードは奥へ奥へと歩みを進める。薄暗く不気味な通路、鉄分を含んだ腐臭が漂う中、揺らぐ灯火が三人の騎士の姿を映し出す。
「こいつは見覚えがある。シャルナと行動を共にしていた奴らだ」
 アルフィードは王剣を取り出し、騎士に刃を向ける。
「何者だ貴様! ここが何処だか知って――」
 偽りの王に使える騎士の言葉は聴くだけ無意味と判断しているアルフィードは一人の首を切り落とした。アルフィードの姿は騎士達には王国に対する厭悪の集合体と認識されたのだろう。残された騎士は剣を抜き、アルフィードと対峙する。
「残り二人!」
 騎士達の剣はアルフィードの王剣とぶつかり、激しい金属音が鳴り響く。
 二人の騎士を相手にしているアルフィードをアルテミスはただ見守っていた。彼女は武器を構えていない。それは彼の実力と騎士達の実力に差がある事を示していた。故に自分の出番はないと悟っている。
 激しい鍔迫り合いに到る事も無く先に倒れたのは騎士二人。
「な、こ……の賊党が!」
 二人の騎士は片腕、片足を切り落とされ、絶叫するもアルフィードは容赦しない。騎士一人の髪を掴み上げ、問いただす。
「ここに、エリーという者がいるんだろ?」
 その問いに答える気はないようだ。無言を貫く者にアルフィードは一瞬、感心を覚えた。クラウディア王家の血筋でないにしろ王と名乗る者にここまで忠誠を尽くすのだから、そこに感服したのだろう。しかし、アルフィードはすぐさま剣を首元に沿え、切り落とした。
「な、なんて惨いことを……」
「こうなりたくなければ、質問に答えろ」
 怒りに燃える彼を止めることはできず、畏れに負けた騎士は指を刺す。
「この奥に……居ます」
(シャルナ様に勝てるはずが無い。死んでしまえ、賊め)
 それを聞くや否やすぐさま刃を首筋に突きつけ喉笛を切ると、アルフィードはその先にある扉を開け、拷問部屋に足を踏み入れる。周囲には血にまみれた三角木馬、血なまぐさいアイアンメイデン、血が垂れ流されている審問椅子が今も使われている事を示している。そしてその部屋には六聖騎将シャルナが槍を持ち、彼の行動を予見していたように待ち構えていた。
「貴様だな、侵入した賊は。生きて帰れると思っているならば、それは夢に終わるぞ!」
「オレも同じこと考えてたぞ。だがオレはエリーを助け、真実を知るまでは諦めない」
 もとよりアルフィードは不死の身体ゆえに死の恐怖が無い。シャルナにいたっては普通の人間。そして二人の戦いの幕が切って落とされる。
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登場人物紹介

クラウディア王国・王子アルフィード


世界はドリュアスと呼ばれる樹木の使いに脅かされる。

千年前、妹エミリー・クラウディアを救う為、

女神アルテミスと儀式を行ない、不老不死となり、神の力「聖法」を授かった。

この物語はそれから千年の世界での出来事となる。​

女神・アルテミス


人々を見守る十二の神の一柱。

アルフィードに力を与え不老不死にした存在。

全知(ゼウス)の命令でクラウディア王国復興の手助けをする。

エリオット・クラウディア(エリー)


クラウディア王国、真の王族。

百年前、欲望に飲み込まれたログワルド家が内乱を起こし、国は瓦解。

生き延びたクラウディア王家の末裔であり、

数多くの子供達が偽りの王の奴隷として使われている。

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