第3話 王位奪還編

文字数 5,067文字


 時を戻すこと午前十時。翠影に隠れていたのはアルフィードとアルテミスの二人。二人は騎士団よりも早く辿り着く事も容易だった。当然と言えば当然だ、アルフィード達はこの場を熟知している数少ない者達なのだ。
「エリーって子は、エミリーに似ている」
「最初に教えたのに信じていなかったんだね?」
 信用していなかった容疑が浮上し、アルテミスが不満を見せ付けるも、
「オレはただ見たかっただけだ。決して信じていなかったわけじゃないぞ。と言うか何年付き合ってると思ってる!? 千年だぞ、ここに来てアルテミスを裏切るようなことオレがするはず無いだろ」
「うん、知ってるよ。だってアルフィード君はいつも自分で確かめるからね」
 アルフィードの焦り顔にアルテミスは笑顔で言葉を交わす。その笑みは女神の如く神々しい。
「あとはエリーの素性だが、あの騎士邪魔だな。血が騒ぐ」
 アルフィードにとってエリーが王族である確信が必要なのだ。そのため騎士団であろうと、偽りの王族であろうと邪魔であれば世界から消す覚悟を持つ。が、
「多分、奇襲を仕掛けても答えてはくれないよ。もう少し様子を見て決めれば大丈夫だよ」
「はぁ……実力行使で聞ければ楽なのにな。七面倒だけど仕方ない。アルテミスの言うとおり、様子見に徹するか」
 それがいいと判断したアルフィードは少しの時間見守ることを即断したが不測の事態が起きてしまった。黄金の林檎を手に入れたエリーはシャルナと共に王宮へ向かうはずだったが、不意にも番人ドリュアスが現出したようだ。
 普段ならばありえない現象。なぜなら久遠の泉は神の領域とされる。その領域にドリュアスが顕現するなど寿暦始まって以来の非常事態なのだ。
(こんな場所にまでドリュアスが来るのかよ)
(おそらく騎士団員は堕天の呪印が完成した者を連れてきたのかも)
 アルテミスの答えは正しい。ここに現れる以上何者かが狙われている。それと同時に騎士団一行は剣を構えた。
「こんなところに番人が――誰だ!? 堕天の呪印を隠し持っていた奴は!」
 シャルナの一声に騎士団はびくつく。番人ドリュアスは餌とする者に対して堕天の呪印を与え、黒く変色した時に生命を喰らいに現出する。クラウディア王国に伝承として残されている救世の存在は、王家及び六聖騎将と直属のみが誕生までの道程を知らされている。
 騎士団一行は素早く臨戦態勢を整えた。
「さて、どうする、アルフィード君。このままだと何も知らない騎士団は全滅だよ」
「そうだけど、ここは実力の拝見としよう」
 アルフィードの一言でアルテミスはしばし見届けることに専念する。同時に騎士団、番人ドリュアス、両者が仕掛けた。
 騎士団一同はドリュアスを中心に円陣を取り、間隔をあけるとシャルナが指令をかける。
「騎士団員、全員武器をドリュアスに向けよ! そして見極めるため三歩下がれ!」
 部下を後方へ下がらせるとドリュアスの行動に目を向ける。その振る舞いはドリュアスの餌を探し出すためだった。ドリュアスは後方で構える騎士セバスに目を向ける。
「番人の狙いはセバス、貴様か。ならば生きて会おう。全員撤退だ! 目的は果たした。急げ!」
 その一言と同時に他の騎士団はエリーを連れて撤退する。肝心のセバスという男は捨て駒同然の扱いだが無理も無い。人間では勝率が乏しい相手だ。
 セバスは自らの腕を見ると堕天の呪印を見つけ、自らの役目を全うせんとドリュアスに立ち向かう。
(昨日までは呪印すらなかった筈だがいつの間に……)
「俺もここまでか。だが番人ごときにこの命差し出すと思うなよ! 生還すればエルヴァス陛下の、新たなる救世の誕生を拝める! そして新たなる秩序のために――」
 セバスは啖呵を切って飛び出した。その姿を黙視するアルフィードとアルテミスは騎士セバスの救出よりも、その後の行動について思考を回らせる。
「シャルナの行き先は方角から王都だろ。すぐ追いつくし問題ない」
「ならあの騎士はどうするの? なんの力も持たない人間が戦っても勝ち目ないよ」
「今の騎士団の実力がオレと対等かどうか、実力を見ておこうと思う。それに、腐っても騎士団員だ。過去と違って簡単にやられるほど弱くは無いだろ。それに、あいつに聞きたいこともあるからな。危機的状況に陥った場合、助けるさ」
(エリーについて知ってることを全て吐かせる。あと聖騎将シャルナの目的も気になる)
 そうアルテミスに伝えるとアルフィードは静観に徹する姿勢を取り、セバスという男の行動を黙視した。その肝心のセバスは――
「番人と言ってもただの傀儡、胴体は粉微塵にしてお前の首を陛下に献上してやるよ!」
 番人の背後に回り込み剣を振るう。番人は二度三度と斬りつけられるも大きく腕を振るい、背後にいる騎士セバスへ打撃を打ち込む。騎士セバスはドリュアスの動きを先読みし、バックステップで直撃を避けると再び背後へ回り、再度切りつける。
 その動作は番人ドリュアス対策なのだろう。ヒットアンドアウェイは番人に対して有効な手段とも言えるがアルフィードの反応は曇りを見せていた。
「騎士一人の腕は昔よりは良くなってるけど、それだけじゃ勝てないな」
 自慢げに一人語るアルフィード。だが彼の言うとおり、ドリュアスを相手に一人戦場で勝ち抜くことは不可能。番人ドリュアスの背中ばかりを切りつける騎士の動きが気になるようだ。おそらく奥の手でもあるのだろうと考える。
 ドリュアスの背中に穴を開けた騎士セバスは最後のトドメと言わんばかりの物を取り出した。それは小さく丸い物体。
「これで最後だ! 番人と言えど唯の樹木。吹き飛んじまえ!!」
 その一言と同時にドリュアスの背中に飛びつくセバス。背中にあけた僅かな空洞に丸い物体を押し込み、点火させる。
「爆弾か!」
 アルフィードは一瞬驚き表情が一変したが、すぐさま冷静に戻る。
 導火線を辿る火は着実に爆弾の元へと進んでいく。爆破に備え、騎士セバスは背中から離れると、十メートルほど間隔をあけ、同時に爆発。その威力は城壁程度なら破られるほどである。
「爆薬使って敵を粉砕。ドリュアス相手に申し分ある威力だな。これじゃあ逆効果だ」
 アルフィードの予測は蓄積された経験の上で成せる事。孤軍奮闘、勝てば勲章ものだがセバスの実力は轅下の駒というに相応しい訳だ。しかしこの程度の力ではドリュアスにダメージは与えられない。
「やったか!」
 勝ち誇った顔つきで焔を見つめる。爆炎と焦げ臭さが漂う洞窟で勝ち誇った表情を魅せる。勝利の美酒に酔いしれるセバスだが無理も無い。彼の持つ全力を出し切って勝利を掴んだつもりでいるのだから。
 煙で視界に入らない番人ドリュアス。その姿を視認できたのは数秒後。
「な、なぜ無傷……というか、何故傷が無い!?」
 騎士になって日が浅いのだろう、ドリュアスに対してセバスは無知だ。故に死神が首に鎌をかける姿でも想像したのだろう。逃げ出そうと敵に背を向けてしまった瞬間、ドリュアスは彼を鷲掴みにした。
「そろそろか。行くぞアルテミス」
「言われなくても」
 二人はフードで顔を隠し、岩陰から姿を現す。
「足止めするね」
「頼む、オレはこいつに用があるから切り離すぞ」
 アルフィードは王剣を片手で握りしめ、セバスを掴んだドリュアスの腕を両断し、弱った騎士セバスを連れて少し離れた木陰に身を隠す。
「た、助かった。礼を言う。わたしは王国騎士団のセバスだが――」
「無駄の多い話は無しだ。単刀直入に問う。お前らはエリーを使って何をしようとしている?」
 御託を嫌うアルフィード。それに対しては理由がある。長話をしているほど余裕が無いらしく、王剣をセバスの喉元に突き立てる。
「…………わたしはなにも知らない。本当だ信じてくれ」
 彼の言葉に虚偽が無いか、アルフィードの視線は彼の僅かな動作も記憶に入れる。
 視聴した限りでは嘘か見分けはつかない。なぜなら嘘を嘘と思わせない術が存在するからだ。
(戦闘時の言葉遣いと今の態度はまるで別人。わたしは何も知らない。と言った。つまりこいつは言葉を使い分けている。俺は知ってるけれど、わたしは知らない。この可能性がある)
「とりあえず騎士団としてのあるまじき言葉遣い。貴様自信を恨むんだな」
 王剣を握り締め、セバスの太ももに突き刺す。
「ぎゃあああああああああああああああああ!」
 洞窟内にこだまするほどの悲鳴だが、生憎この場はアルフィード、アルテミス、セバス、ドリュアスしか居ない。これはセバスにとって幸運なのか、不運なのか、本性が露になる。
「貴様ぶっ殺すぞ! 四肢を切り落として、首を刎ねて、国王に献上してやる。喜べ!」
 彼の罵声にアルフィードもあきれた表情を浮かべ、王剣で彼の片腕を切り落とす。
「!?」
「シャルナという六聖騎将とエリーの関係は何だ? 返答次第では首を刎ねる事になるぞ」
 セバスは出血を止めるために余った片腕で傷口を塞ごうとしているがアルフィードは容赦なく胸元に刃先を添える。
「質問に答えろ、ゲス野郎。関係は何だ?」
 セバスの口元はゆっくりと開き、そして答えた。
「あいつはシャルナ様の奴隷です」
 奴隷という言葉がアルフィードの逆鱗に触れてしまい、残った腕を切り落とす。
「ひぎゃああああああああああああ――」
 死を感じた騎士セバスはアルフィードへ向けて傷のない足で蹴り込むが、直前に片足を切り落とされる。
「最後の質問だ。シャルナはエリーをどうするつもりだ?」
「喋る。喋りますから命だけは――」
 怒りによって目つきが変わり、流石のセバスも知ること全てを口に出すしかなくなっていた。
「すべてはエルヴァス陛下の命を受け、奴隷を使って神の力を引き出す実験をするつもりです。そして伝承が事実であれば、あいつが聖法を使えるようになるはずです。その力を手にしたら兵器の核としてドリュアスの殲滅、そして世界の統一を果たす礎になります。無論死ぬまで自由など与――」
 アルフィードは最後まで聞く気が失せたのだろう。セバスの首を跳ね、シャルナの向かう王国へ剣を向ける。
「エリーがエミリーの残した希望なら守り抜く。六聖騎将もすべて潰して国を立て直す。違ったとしてもこんな国は滅ぶべきだ」
 アルフィードの生きる意味を見出す戦いが始まろうとしていた。が、
「アルフィード君、ドリュアスも目標失って手が着けられないよ」
「そうだった。まずはドリュアスからだ」
 アルテミスの一言で己の役目を思い出し、ドリュアスに戦いを挑む。
「時間が惜しい。一気に畳み掛けるぞ」
 アルフィードは王剣アルカロンを握り締め、ドリュアスの腹部に向けて突き刺すと己の生命力がドリュアスの体内に吸い込まれていく。しかしアルフィードは聖法を扱える不死の存在。これを知る者はこの国でアルフィードを覗いて一人、アルテミスのみ。
ゼーン(生きる)ズィナミ()ウシオディス(我が)エルピス(希望となれ)……ヘイス・カサリズマ(一掃)! 」
 黄金の林檎を種ごと食したアルフィードの肉体は、その果実と完全に融合を果たしている。
 アルフィードの胸部には琥珀色に輝く果実の種が浮き出ており、その種がある限り生命力は無尽蔵に生み出され、不死であり続ける。生命力は人が持つ微弱な放射体であり、オーラとも呼ばれる。人であり続ける以上、生命力の増加はない。そして聖法とは生命力を用いり神の呼び声に呼応し具象化する術であり、アルテミスから学んだもの。
 王剣アルカロンは最後のカサリズマの一言と共に琥珀色に輝く膨大な生命の光を放出し、ドリュアスに注ぎ込む。その結果ドリュアスは光の粒子となり天へ帰還した。そしてアルフィードの手によって殺された騎士の呪印は消えていく。
「生命力を用いる聖法の使い方はまだ覚えていたんだね。偉い偉い」
 アルテミスがアルフィードの頭を優しく撫でるもアルフィードは眉を狭めて嫌を見せる。
「もうオレは子供じゃないんだから、いい加減に頭撫でないでくれよ」
 ごめんと言わんばかりの笑みを浮かべたアルテミスはアルフィードに問う。
「決まった?」
「あぁ、目指すは王都クリムレスタ、そしてシャルナをぶっ倒して問い詰める」
 決意を胸にした彼らは王都クリムレスタへ向かう。


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登場人物紹介

クラウディア王国・王子アルフィード


世界はドリュアスと呼ばれる樹木の使いに脅かされる。

千年前、妹エミリー・クラウディアを救う為、

女神アルテミスと儀式を行ない、不老不死となり、神の力「聖法」を授かった。

この物語はそれから千年の世界での出来事となる。​

女神・アルテミス


人々を見守る十二の神の一柱。

アルフィードに力を与え不老不死にした存在。

全知(ゼウス)の命令でクラウディア王国復興の手助けをする。

エリオット・クラウディア(エリー)


クラウディア王国、真の王族。

百年前、欲望に飲み込まれたログワルド家が内乱を起こし、国は瓦解。

生き延びたクラウディア王家の末裔であり、

数多くの子供達が偽りの王の奴隷として使われている。

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