第14話

文字数 1,159文字

 彼女の心がジェイスに向いていても、クリフはこれからもサラを想い続けるに違いなかった。

「君に、これをあげる。今日のお礼だよ」

 クリフはジャケットのポケットに手を入れる。 
 そしてごく小さな包みを取り出すと、サラに手渡した。
 彼女は曖昧に微笑む。

「……あいつの油田なんて、枯れてしまえばいい」

 抑揚のない声で、彼は小さく吐き捨てる。



 
 深夜。

 マンションの自室にて、サラ・ベネットは思い詰めた顔をしたままソファに腰かけていた。

 その傍らには、先刻カフェに現れた青年が静かに寄り添っている。

「……さっきは少し焦ったよ」

 彼は言う。

「何というか、カフェでのクリフは明らかに機嫌が悪そうで――君が、とっさに目配せで合図してくれたから良かったようだけど」

「ごめんない、ディラン」

 サラは自分の手元に視線を落としながら、

「あの時はちょうど、あなたの名前が禁句になっていた最中だったから」

「そうみたいだね」

 青年は慣れたように微笑んで、サラの頭を優しく撫でる。

 彼は、サラの夫だった。

「聞いて、ディラン。……今日の昼、クリフが私のフロアに居たの。エレベーターの側で立ち尽くしていた」

 サラは言いながら、少し前のめりになる。

「私、それを見てハッとした。また発作を起こして動けなくなっているんじゃないかって、怖かった」

 けれど。

 いざ声をかけてみると、クリフは思いのほか落ち着いていた。
 それどころか彼女を気遣う素振りをみせたのだった。

「でも残念ながら、また私への設定は変わっちゃっていたけど……」

 クリフの中で、いつの間にかサラは「富豪に婚約破棄された可哀想な女性」にされていた。

 そして、夫のディランに至っては――。

「僕はまた悪役キャラだったのかな?」

 くだけた調子でディランは言う。

「そう。私を狙う同僚になってた」と、サラ。

「クリフは、ずっと僕がサラを奪ったと思っている……それは相変わらずだろうから、仕方がない。ただ、君がいつか決定的に傷ついてしまう事が起きやしないかと不安なんだ」

 対してサラは否定する。

「それは絶対に無いわ、大丈夫。あの子は決して私を傷つけたりしないから」

「言い切れるのか?」

「もちろん」

 はっきりと頷く。
 むしろクリフは、常にサラを守ろうと必死で居続けてくれているのだ。

 子供の頃より変わらないであろうその姿勢を、ありがたいと思いこそすれ、万が一にも――。
 
 サラは目を伏せる。

 今晩いっしょに観た映画は、最近のクリフのお気に入りだった。

 観るのは今夜で三回目。

 内容は、石油企業のCEOが主人公のコメディアクションである。

「…………不条理だと思うわ」

 突然、涙がこぼれた。
 サラは顔を覆って嗚咽する。

 どうして。
 自分とクリフはいつから、このようになってしまったのだろうかと思う。

 ――生まれた時から?



 
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